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私と新天地と急ぎたがる想い

 やりたいことをやるという言葉や、頑張りたいから頑張るという姿勢などを見つめていると自分もなにかしないといけないという気持ちになる、というのはあるのかもしれないと思う。

 何も考えていないで歩いている時に町中で、ふと動き回る人々を見つけると、何故か不安な感情が湧いてくることがあったりする。それは、もしかしたら、「頑張らないといけない」という言葉を聞くと、やらないといけないと感じて一生懸命になりすぎてしまうこともあるからかもしれない。私はそういう風に考えるほうではないから心配はいらないが、そうやって悩んでいる人達に対して、変なお節介みたいな言葉を呟かないようには気をつけている。


「……まあ、この場所が賑わってるのは頑張りたい魔女が頑張るという意思でやってるからで、だからこそこういうこと考えちゃうっていうのはなんとなく感じてるけどね」


 私が今立っている場所はまだ名前もない島だ。あえて言うならば、魔女の島という方が親切かもしれない。そう呼んでいる魔女も少なくない。魔女そのもののの新しい生活圏を広めようと、コツコツと頑張っている魔女の姿が目に映る。スコップなどを持って土を掘り進めている者もいる。

 地上……人間が住んでいる世界に興味を持った魔女図書館の魔女達が集まって、無人島を魔女図書館以外の新しい住居にしようという計画が、現在、私の眼の前でこつこつと進められている。前に見た時よりも、発展しているように思えるのは紛れもない事実だろう。


「ちょっとしたカフェテリアみたいな建物も完成してるし……」


 なんていうか、自由だ。

 右を向いてみると、ガラス張りとなっている建物があった。そこではガラスの椅子に座りながら優雅に紅茶を飲んでいる魔女がいる。

 逆の方向を向いてみると、今度はお菓子の家……のようなお店があった。こちらではお菓子の家具をおすすめしていたりしている。

 しかし、真正面にはまだ何もない。いや、厳密に言うなら道があるのだけれども、まだ発展途上みたいな感じだ。道が作りかけだったり、建設途中の建物が存在している。

 足元を見つめてみる。道路は丁寧に整備されているが、その両端には色とりどりの花が咲き乱れている。なんていうか、新しい都市みたいな印象を感じるのもあって、新鮮な感じがする。

 遠くの風景には観覧車のようなものまで見える。これもまだ製作途中という印象ではあるが、しっかりとした造形をしている。完成が今からでも待ち遠しい。


「まるで……魔女のテーマパーク状態?」


 作りたいものを作る、やりたいことをやる。その姿には潔さすら感じる。

 私自身の感情としては、そういうのはかなり好みである。なんていうか、愉快で、賑やかで、創造的だ。そういうのを見ると不思議とうきうきしてしまう。素敵だと思う。

 なんとなく、道路をのんびりと真っ直ぐ歩いていく。道行く魔女に話しかけられたりしたら、軽く挨拶を交わそうくらいの感覚で。

 硬めの石で造られた道は、コツコツとしていて、少し疲れそうだけれども、歩いている感覚を直で感じるのもあって、感触として悪くない。

 しばらくの間、ぼんやりと歩こう。何も考えず、風を感じて。

 目を閉じて、心地よい様々な音を耳にする。

 新しい何かを作る音。

 金槌の音。

 魔法の独特な音。

 草木がざわめく音。

 様々な音が混ざり合って、心を暖かくしてくれる。

 難しいことを考えてしまいがちな自分を、スッキリさせてくれるような音。そう考えると、ずっと聴いていたいと思える。

 時間を忘れて、ゆっくり歩く。

 何事にも囚われず、歩く。


「きゃあ……!?」


 そう思っていたら、目の前の相手にぶつかってしまった。

 びっくりした声でハッとなって、目を開けて確認してみる。

 私がぶつかって悲鳴を上げたのはリアヴィリアだった。相手の方も私のことに気がついていなかったようで、思いっきりよろけてしまった。

 すぐさま私は、倒れないように手を差し伸べる。リアもどうにか持ちこたえてくれたらしく、倒れ込むみたいなことにはならなかった。


「ごめん、リア。少しぼんやりしてて見えてなかったの」


 頭を下げて、謝る。

 するとリアは、首を振って「大丈夫です」と言葉にした。


「私にも非がありますから、そんなに謝らなくてもいいですよ。……それに、私も少し、考え事をしてましたから……」

「考え事?」


 リアの表情が暗そうだったから、深く聞いてみる。

 リアはロングドレスで、ゆったりしている姿なのもあって、なんだかお姫様のような佇まいに感じる。しかし、いつものリアよりも、なんだか今日は雰囲気が暗めだ。なんていうか、薄幸美人のような、憂う表情をしているように思える。

 私が気になっているのがわかったのか、一呼吸したあと、リアが口を開いた。


「なんだか最近……怖いんです。私が、取り残されてるようで」

「取り残されてる?」

「私も少しずつ……人間と付き合えるように頑張ってはいるのですが、まだ、うまく話しかけられなくて……」

「まだ人間と話せてないい?」

「そう、ですね。……恥ずかしい限りですが」


 自分自身を追い詰めている。リアの雰囲気からそう感じ取った。

 やらないといけないとか、頑張ろうという気持ちが先走っている。私ならきっとできるという気持ちだけが前に進んでしまっていて、それが返って追い詰めているようだ。

 リアは、苦い表情を浮かべながら、胸元で右掌を握っていた。


「……この島の、魔女の皆さんは一生懸命、前向きに頑張っています。けれども、私は一歩を進むことを躊躇っている。……それが、情けないなって」


 振り絞るような声だった。苦しくて、それでもどうすればいいかわからないという気持ちが声に宿っていた。

 ……その様子を見て、私はあることを思った。リアは、自分で自分を苦しめようとしているのではないかと。苦しむようにしないといけないと考えているのではないかと。

 その重荷を少しでも楽にしてあげたい。そう思った頃には、私の身体はもう動いていた。


「情けなくなんてないよ」


 リアの握りしめていた手を、そっと両手で掴む。

 彼女は驚いた表情をしていた。掌も震えていた。


「……どういうことですか」

「リアは情けなくなんてない」

「そんなこと、ないです」

「でも、私は情けなくないって、そう思ってる」


 念を押すように繰り返し言葉にする。

 リアが信じられないという雰囲気で顔を背けたけれども、私は、私が思った言葉を口にする。


「リアは、しっかり考えて前に進もうとしてるよ。だから、そんなに暗く考えなくてもいいって私は思うの」

「でも、まだ他の魔女の方に比べると私は全然……」

「良くも悪くも他者は他者、自分は自分。他の人が頑張ってるから、私も頑張ろうって思うことそのものは、私もいいことだと思うけど、そればっかだと疲れちゃうとも、私は思うかな」

 動けていない自分が怖いというのがリアの考えだろう。

 ならば、それを癒やしてあげればきっと、心も落ち着く。そう私は考えた。


「私は、リアの素敵なところを知ってるよ。努力家さんなところとか、真面目で、頑張り屋なところとか、色々。……それに、私だったら、リアみたいに『白銀世界』は作れない。リア、もっと自信を持ってもいいんだよ?」

「自信、持ってもいいんですか?」

「他の魔女がどう言ったとしても、私は凄いと思ってるから」

「……ありがとうございます」


 リアの味方であるという気持ちを伝えるために、リアの掌を握る力を、包み込むようにゆったりと強くする。

 ……気持ち的に落ち着いてきたのか、彼女の掌の震えのが収まってきていた。


「リアは、リアだから凄いところがある。だから、そんなに無理に他人に影響されなくてもいいんじゃないかなって」

「やっぱり、憧れすぎは良くないと……?」

「それはどうだろう……でも、考え方をちょっと変えてみるといいのかも。『今日は少し頑張れた。明日も少し頑張ろう』って」

「……それ、なんだか甘えてるように感じます」

「でも、時に甘えるのも悪くないって私は思うよ。変に気持ちを閉じ込めるよりは、素直に感情を表現したほうが楽ってことも多いと思うし」

「甘えるってなんだか恥ずかしいです」

「恥ずかしげもなく甘えたがる魔女もいるけどね」


 ふと、頭の中に扉の呪文でほいほいやってくるあの魔女のことを思い浮かべてしまった。

 彼女はあからさまに、自分の感情とか感性に素直なタイプだろう。ある意味、見習いたい。少し大胆すぎる気もするが。



「……私にはちょっとできなさそうです」

「まぁ、あっちはちょっぴり独特だから」


 同じ魔女のことを思い浮かべたのか、思わず二人で笑ってしまった。

 もしかしたら今、私の知らない場所でくしゃみでもしてるのかもしれない。


「……話をしていたら、なんだか心がすっとしてきました」

「それは何より。どんよりとした顔で心配だったから」

「えっ、そんな暗い顔してましたか?」

「……まぁ、オーラみたいなのを感じるくらいには?」


 かなりどんよりしていただろう。まるで、曇天の空のように。


「え、それは……反省します」

「んー、別にそんなに気にしすぎなくてもいいと思うけどね」

「でも、暗い顔してましたから、申し訳ないなって……」

「……だったらもう、気分転換でもしちゃえばいいと思う!」

「えっ、えっ?」


 掌を掴んでそのまま前に歩く。

 道先なんてわからないなんてノリでグイグイ引っ張る。私らしくはないが、たまには悪くないだろう。


「甘いものを食べる、夢を語る、本を読む、ココアを飲む! なんでも自由にやってみて、気分転換してみる! そうしたらスッキリするかも!」

「は、はぁ……」


 調子がいい時の某紫髪の魔女みたいにビシッと指を指す。

 突然の私の調子の変貌にぽかーんとしているけれども、あえて気にしない。聞きたいことを聞くのが一番だ。


「と、言うわけで、なにかやりたいこととか夢とかある? 私が一緒に付き添ってあげるからさ」

「えっ、やりたいこと? なかなかすぐには……」

「なにか適当に思い浮かんだことでもいいからさ」


 やんわりと催促してみる。当然、時間が惜しいとかそういう理由ではない。リアの場合、そういう風にしてみたほうが、きっと答えが出やすいだろうと思ったから催促したのだ。ちょっとした駆け引き感覚かもしれない。

 私の読みはどうやら正しかったようだ。

 リアはちょっとの期間だけ悩んでいたけれども、すぐにやりたいことを言ってくれた。


「……音楽を歌う人と会ってみたいです」

「どうして?」

「少し前に、この魔女の島で聴いた、人間の間で流行ってるっていう音楽が耳に残ってて、それのことがもっと知りたいです」


 いつも以上に饒舌だ。興味の感情が溢れ出ているような感じ。とても素敵だと思う。


「なるほどね。それなら……力になれそうかも」

「本当ですか!?」


 音楽のことなら心当たりがある。彼女の期待に答えることならできそうだ。

 嬉しそうなリアの表情を見ていると、私も嬉しくなってしまう。


「少ししたら、準備できると思うから、その時になったらまた再び会おっか」

「はい、わかりました……!」


 未来への期待でリアの瞳が輝いていた。やっぱり、明るい表情はいい。なんていうか、私も元気が貰える。

 頑張ろうという気持ちは、生きる中で大切だと思う。けれども、それに引っ張られて無茶してしまったら元も子もないだろう。だからこそ、今日のメモはこんな風に書こうと思った。


『頑張り過ぎなくてもいい! 自分の速度でのんびり頑張ろう!』


 慌てず、自分のやりたいことなどをこつこつゆっくり頑張る。そうやって見えてくる世界もあるだろう。少なくとも私は、そういうものが大切なんじゃないかなって思っている。


「あっ、よかったら、その曲のリズムとか教えてくれないかな。いい手がかりになるかもしれないから」

「覚えているところを……? はい、知ってる限り、なるべく、教えますね」


 後ろ向きになりすぎるよりは、少しでも前向きに生きていきたい。

 発展していく魔女の島の姿と、今のリアの笑顔を見つめながら、私はそう思った。

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