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アル・フィアータの魔女物語  作者: 宿木ミル
秋冬の日常・お泊り会編
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私と自由気ままな研究談義

 自由気ままに色々なことに挑戦する姿勢は大切だと、いつも思っている。

 それは、なにか頑張らないといけないという気持ちに突き動かされているというわけではなくて、多くのことを知りたいという感情があるから、そう感じているところが強いかもしれない。

 そういうわけで、私は名前も知らない道をただ、まっすぐ歩いている。

 天気は快晴、空は雲ひとつ存在しない。気温はとても低い。コートを着ていないと身震いしてしまいそうだ。

 周囲を見渡してみる。

 近くには大きい建物のようなものは見つからない。むしろ、周りにあるのは大きな樹木だけだ。しっかりと整備された、私が歩いている道路を除くと、それしかない。

 深呼吸をしてみると、なかなか空気が美味しい。澄んでいる、みたいに表現するべきだろうか。のびのびできる雰囲気に思える。


「なにか面白そうなこと起きないかな?」


 両手を伸ばして歩く。人影もないので、のんびりとすることができるのは個人的に素敵だと思う。

 扉召喚の魔法で、適当に場所を指定して、辿り着いた場所を探索する。いい加減な魔法の使い方だとは自覚しているけれども、知らない場所というのはそれだけで刺激になるものなのである。

 慌てず、自分のペースでのんびりと。だけど、時々、刺激もほしい。我ながら雑なところがある考え方かもしれないけれども、これがなかなか楽しいのだ。

 大きくあくびをし、まだまだ道路をまっすぐ歩く。

 目的地など考えていないし、目的などない。あえて目的を作るとしたら、興味を抱いた場所を調べるというのが目的だろうか。いつも通りな気もするけれども。


「まぁ、そのほうが私らしいかな」


 何かに縛られることもなく、自由に気まま。アル・フィアータという魔女としての私らしさみたいなものは、そういうのが重要なのではないかと自分のことながら感じている。

 道路が右に曲がっていたので、道に沿って歩いて、私も右に曲がる。すると、その先に見慣れぬ建物を発見した。


「……気になる」


 早足で近づき、建物の外装を確認する。

 レンガ造りで、落ち着いていているところが、どこかキリッとした雰囲気を感じさせる。2階建てとなっており、ぱっと見、古い家のようには思えない。

 入口付近には看板があり、それにはこのように書かれていた。


『どなたでも歓迎。休憩したい方はこちらへどうぞ。現在、中に人がいるので対応可能です。ノックしてください』


 かなり達筆だ。丁寧な字をしている。だが、なんというか怪しい。こういうのは大概、何かがある気がする。


「でもまぁ、何事も動かなければ始まらないし」


 扉を開けて、中に入ることを決意した。なにか不審なものなどを見かけたら、すぐさま逃げてしまえの精神だ。

 扉に手を伸ばし、ノックする。


「……誰」

「ちょっとした通りすがりですけど、少し中に入っていいかなーって」

「別に入ってもいいけど、こんな場所に人が来るなんて、珍しいと思ったから聴いてみただけ」


 一瞬、扉が話しかけてきたのかと動揺してしまった。けれども、よく耳にすると、扉の向こうから声が聞こえてきていただけだった。ノックした瞬間に返事をされたので、びっくりだ。

 声の感じは落ち着いたクール系な女の子といった印象だ。知らない声なので、知人ではないと思う。


「まぁ、細かいことを気にするだけ時間の無駄ね。私の家にようこそ。今、こっちから扉を開けるわね」


 きっとお互い初対面になる。どう挨拶するべきだろうか。

 そう悩んでいる内に、扉はすぐに開かれた。


「あれ、ちょっとまって、もしかして、じゃなかった、ひょっとしなくても、アル?」


 黒い長髪、音符の髪飾り。ちょっと高めな身長。それにはなんとなく見覚えがあった。


「……ノイザー、ミュート?」


 もし別人だったらどうしようと思いながら、恐る恐る聴いてみる。

 すると目の前の彼女は、首を縦に振った。どうやら間違いではないらしい。顔を見ると、真っ赤になっている。


「どうしよう、めちゃくちゃ恥ずかしいわ。こんなの私らしくないわよ」

「えと、普通の口調で大丈夫」


 テンパっているのか、クール系の声なのに、いつもの調子でいようとしている。その影響かはわからないけれども、口調が変なことになっている。


「……いや、でも、いきなりここに、アルがやってくるなんで予想してなかったから、本当にびっくりしてるんだよ? 私」


 声の感じが普通の、聞き慣れたノイザーミュート本人のものに戻った。

 びっくりしているのは事実なようで、そわそわしていて落ち着きがない。


「私だって適当にぶらついていたら、こんな形でノイザーミュートと出会えるなんて思わなかった」

「こんなこともあるもんなんだね」

「ちょっと珍しい体験したかも」

「あ、立ち話もなんだから、家の中で話す?」

「それも構わないけど……ここ、ノイザーミュートの家なの?」

「そういうところ。金欠気味っていうのもあって、ちょっと魔法で調整したから、足りないものとかはあるけどね。まぁ、普通に生活する分には問題ないかな」

「本当に入って大丈夫?」

「大丈夫だって。ココアとかだって用意するよ?」

「じゃあ、お言葉に甘えようかな」


 ノイザーミュートに案内される形で、私も家の中に入ることになった。偶然とはいえ、なかなかに面白いことはあるものである。









 案内された部屋は、基本的に無駄のない空間だった。椅子や机など、実用的なものはあるけれども、それ以外の家具は見当たらない。テレビみたいなものも、当然存在しない。

 目立っているのは、今、私とノイザーミュートが座っている大きめなソファーだろうか。グレーの色をしたこのソファーは、なかなかに座り心地がいい。

 用意してくれたココアをそっと口にする。

 ……甘くて、暖かい。寒い季節になってくると、この味が特に身に沁みてくる。ココアの味を堪能しながらぼんやりしていると、ノイザーミュートから話しかけられた。


「クール系美少女みたいな感じのキャラってどう思う?」

「え、どうして急に」

「ほら、かっこいいとか素敵とかそういうのでいいからさ」

「クールビューティー、みたいな言葉で表すタイプが好きかも」

「なるほどなるほど。……最近研究してるんだよね。そういうタイプの声とか性格とか」

「音楽とかで使えると」

「ん、そういうこと。そして、私の魔法は音を自在に変えることができるから……」

「形から入ることができるみたいな」

「そう、そんな感じ。色々試してみたいから、知りたいのよ」

「なるほどね、さっきのもそういうイメージだった感じ?」

「初対面の相手だったら、クール系のままで維持すれば、普段とは違うままにできるんだけどね。変なタイミングでボロが出ちゃう」


 自分の身体を通じて、研究するみたいなのは私自身行ったりしているところがあるので、強く共感できる。是非とも彼女の力になりたい。

 しかし、クール系美少女。なかなか強い言葉の響きに感じる。なにか思い浮かばないだろうか。


「じゃあ、お題を出して、それに答えるみたいな形はどうかな」

「あ、それ面白そう! なにか案はあるの?」

「まずは……クールだけれども、心の中は優しい系みたいな」

「んー、そういうのか。ちょっと試してみるね」


 ノイザーミュートが深呼吸をする。うまく調整しようとしているのがとてもよくわかる。


「無理のしすぎは身体に毒よ。特に寒い日に防寒対策をしていないだなんて、言語道断。しっかりと対策をすることを推奨するわ」


 きっちりとしたクールな声だ。しかし、なにか違うような気もする。


「ちょっと硬い感じがするのかな」

「そうかしら」

「もっと砕けた印象になってると私好みかも」

「……それは、難しいわね」

「あ、今のいい感じ」

「え、そう?」

「クールだけど、どこか触れやすいみたいな印象を感じるかな」


 適度に距離が近いほうがなんだかノイザーミュートの良い部分を引き出せるような気がするのだ。逆に、難しい言葉を並べたりすると、なんとなくそれっぽくない感じになってしまうと思う。

 適度に砕けた感じのクールが、彼女が演じる場合は良いのかもしれない。


「続けてお題を言っても良い?」

「勿論構わないわ。私も、声をそのままでやってみるから」

「じゃあ、優等生タイプとかそういうの」

「善処してみる」


 自分でも曖昧だなと思ってしまったけれども、ノイザーミュートは乗り気だ。集中した雰囲気になっている。


「本当にアルは、ココアが好きなのね」

「え、えっ、まぁ、好き、かな」


 会話形式にしてみようということなのか。少し、対応が遅れてしまった。

 ノイザーミュートは微笑むと、自分の分のコップからココアを口にした。


「なるほどね。貴女が好きっていう理由を頷けるわ」

「適度な重さ、いい感じの甘さ、そしてあったかさ……好きな理由は色々あるかな。ただ、良さを説明しちゃうと長くなっちゃうから、それはまた今度でいいかな」

「構わないわ。こうやって、二人でいられるだけでも私は幸せだから」

「……ちょっと、気取ってる?」

「えっ」

「いや、私も幸せって感じ、なんとなくわかるけど、ちょっぴり重い感じかなって」

「重い感じのクール系って、私、結構好きなんだけど」


 抗議する為か、ノイザーミュートの声が普通のものに戻っている。

 結構、今の私のつっかかりに文句を言いたそうな表情だ。口元がムッとしている。


「……これは好みの問題かも」

「それは認めざるを得ないかな……」


 一瞬、沈黙。何を言葉にすべきかお互いに探っているような状態だ。

 さて、私の方からなにか言葉にするべきだろう。そう思っていたら、先にノイザーミュートが口を動かしていた。


「クール系美少女を試してみたかった理由って、結構単純なんだよね」

「単純って言うと?」

「静かな感じの曲とか、ゆっくりと盛り上がる曲みたいなのを魔法で演奏したり歌ったりする時って、やっぱり、そういう人の気持ちを理解しないとなって思ってさ」

「それで練習して、磨きをかけていたのね」

「そうそう。実際にクールな感じに生活してたら、うまく感覚として身につくかなって。そういう意味も込めて、研究してる」

「そういうスタイル、やっぱり好きかも」

「アルなら共感してくれるって思った」


 大抵の私の研究スタイルもそれなのだ。だから、共感しないはずがない。ノイザーミュートの表情が明るくなる。音楽関係の彼女の信念は本物で、情熱的だ。


「もし時間に余裕があったらでいいけど、このまま二人で練習してもいいかな」

「別に私は構わないかな。時間のことはいつも気にしてないし」

「よし、それじゃあ、もう少しクール系美少女のこと、研究してみる!」

「やれる限りお手伝いするね」

 

 自由に、気ままに、知識を蓄える為に研究をする。それがどんなことに繋がるかなんて、未来になるまではわからないけれども、行動することはとても大切なことだろう。だからこそ、頑張ろうとしている姿を見ると応援したくなるし、自分も頑張らないといけないと感じる。

 ……今回のメモにはこんな感じの言葉を加えておこうか。


『クール系美少女の謎。一概にクール系といっても、色々な種類があるから研究対象として興味深い』


 少し固めな言葉にしてみたのはわざとだ。こうすることによって、新しく見えてくるものもあるかもしれない。否定するだけでなく、ちょっと違うかなと思ったことからも、吸収できるなにかを見つけ出す。そういうのも大切だろう。


「でも、暖かい空間だと眠くなるから……なにか、目覚ましになるような感じのクール系でお願い」

「なかなか難易度が高い要求をするのね」

「もっと柔らかく」

「……気を緩めすぎね。別に私の家だから構わないけれど、見ず知らずの場所だったら危険だわ。注意しなさい」

「台詞を聞いていると、適度に優しい系なのが似合っているのかも」

「やっぱりそうなのかな……」


 ノイザーミュートの唸り声が隣から聞こえてくる。

 研究の醍醐味は悩むことにもある。だからこそ、色々な観点で見てみるというのも大切、だとは思う。

 温かいココアを口にして、私も考えてみる。暖かい部屋の温度が、どこか心地よかった。


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