私と衣装からの学ぶ魔法少女研究
よくよく考えると私は、どうにも笑顔でピースみたいな写真を撮ったことが無い気がする。別に笑うのが嫌いとかそういうわけではないけれども、不思議とそういうのに縁がない。
夜、ちょっとした研究の考え事をしていたからか、変な夢を見てしまった。キラキラしたアイドル服を着た私が、トゥリウットに撮影される夢だ。……思い出すだけでも恥ずかしい。
早朝、私は、トゥリウットが布団に潜り込んでいないのを確認して、目を覚ました。
魔女図書館の自室にはまだ誰も訪れていない。都合がいい。もし、変な夢を見ていたことを察知されていたら、危なかったかもしれない。
テーブル付近の椅子に座り、コップを目の前に置く。シックで、落ち着いている自室は、一人でいるには、少し広いけれども、のびのびするには悪くはない空間だ。
コップに入れたココアパウダーを、お湯で溶かして、氷水で冷たくする。肌寒い季節だからこそ、わざと冷たいものを飲むのだ。ちょっとだけ、捻くれた精神で。
「今回も、悪くない味かな」
水の分量を多くしすぎると、正直、美味しくないココアが完成してしまう。ココアの甘さを感じない、薄い、重さがない。一応それでもココアは好きだから飲めるが、飲むからには美味しく味わいたいのだ。だから、分量は、可能な限り丁寧に拘る。
「久しぶりにミルクココアも飲みたいんだけどね」
誰かに向けた言葉でもない。ただの呟きだ。
ココアを飲みながら、ゆっくり伸びをする。
正直なところ、ミルクココアの味は素敵だ。マイルドな味覚、ココアの甘さを牛乳の食感で変化させてしまう、独特な美味しさ、そして口いっぱいに広がる幸せな感じ。
通常のココアでは体験できない味を、牛乳を付け加えるだけで楽しむことができるのだ。とても素晴らしい。
「でも、牛乳は保存が大変だから……」
あまり買おうとは思わない。
牛乳が苦手というわけではないけれども、ぐいぐい飲むと苦しい想いをしそうだ。それに、早期に全部飲んでしまわないと、後々大変なことになる。
外でミルクココアは味わうべきかもしれない。今度、検討してみよう。
少しずつ冷たいココアで喉を冷やし、味を楽しむ。
数分したところだっただろうか、いつものあの声が聞こえてきた。
「牛乳が飲みたいって、身長とか伸ばしたいの?」
そう、トゥリウットの声だ。私の頭より上から声が聞こえてくる。きっと、椅子の後ろで立っているのだろう。
「そういうわけじゃない。……今日は少し遅かったね」
「ん、そう?」
「そうそう。あ、隣の椅子、座っていいよ」
「ありがと」
なんだかんだで、私の部屋にトゥリがやってきてくれることは嬉しい。退屈しなくて済むし、どこか刺激を与えてくれるからだ。今日はどんなことを話し、行ってくるのか、ワクワクと不安が入り混じった気持ちになれる。
隣で座ったトゥリを見ていると、ふと、足元に置いてあった不思議な荷物が目に映った。
紙袋の中には丁寧に折り畳まれた衣装。キラキラした装飾が見える。紙袋から見える限りを分析すると、星のワッペンが付いており、ファンタジーな雰囲気を感じさせる。
なんとなく、この先、トゥリにどのようなことを言われるか、想像が付いた。
「今日もこれで撮影したい」
「……言うと思った」
「予想してたの?」
「いや、夢で似た光景を見たなって」
「夢?」
「そうそう。そっちでもこんな感じだった」
「それなら都合がいい」
その夢ではもっとおてんばな感じなアイドル衣装だったけれども、実際に持ってこられた衣装は、違うものだ。正夢というには微妙にズレているが、それでも、夢とそっくりだったので、デジャヴを感じる。
トゥリは、そんな私を知ってか知らずか、紙袋から衣装を取り出して、見せつけてきた。ならば話が早いという雰囲気のまま。
「とにかく、アルには魔法少女服を着て欲しい」
「別にいいけど……って、え? 魔法少女?」
さらっと変なものを持ってきたなと、びっくりした。あまりにも意外だったので、少し声も裏返ってしまった。
「そう。ミューにお願いしてみたら、私にくれた」
「誰のものでもないの?」
「ん。レンタルでもない」
「そ、そっか」
そんな気軽に渡してもいいのかと思ってしまったが、考えないことにした。魔法少女には魔法少女の文化がある。衣装くらいならもしかしたら気軽に作れるのかもしれない。
衣装をトゥリから受け取って確認する。そういう目で見れば、なるほど、確かに魔法少女の服っぽい。街を歩いているとよく見かける学生服にフリルが付いており、キリッとした雰囲気の中、可愛らしい印象を与えている。白を基調とした服装となっており、星をイメージしたであろうワッペンが、ワンポイントとして可愛らしい。スカートは、ミニスカートだろうか。健康的な印象を感じさせる。
服の観察をしていたら、ふと隣の目線に気がついた。トゥリの瞳が何かを訴えかけている。
「もしかして、今、目の前で着てほしいの?」
「そうだけど」
こくんとトゥリが頷いた。私の発言を食う勢いだったので、よっぽど興味があるらしい。ずっと凝視してきているので、特にそれが伺える。
「……それは流石に、恥ずかしいんだけど」
「別に見ても減るものは無いと思うけど」
「いや、それでもなんだか抵抗が」
「私の裸を、お風呂以外で見たことがあるアルがそれを言う?」
「あれは事故、事故だから」
意地でも見たいという雰囲気だ。
私から目を逸らすこともなく、見ても良いという言い訳を持ちながら、私にトゥリが迫る。
さて困った。着替えている途中に変なこと言われるのは、なんとなくもやもやする。トゥリは私に対して謎のライバル意識を持っているらしく、体型のこととかになると特に色々なことを言う印象がある。
唇に指を添えて、考える。ふと、一つアイデアが思い浮かんだ。これならば、なんとかなるかもしれない。
「いいよ、この場で着替える」
「やった」
「ちょっと、試したいことができたから」
目の前にある服が、しっかりとした魔法少女の服ならば、きっと再現できるだろう。魔法や呪文は、イメージすることが大切だ。この服を着る私を思い浮かべる。
頭の中で、前に見た魔法少女の変身の場面を想像する。衣装を変えて、魔法少女として活動するときに、言葉にしていた呪文はなんだったか。うまく思い出せない。それでも、これは間違いなく言っていた。
「……変身!」
呪文としてイメージしながら、魔法少女服に手を伸ばした。
すると、伸ばした手から、私に向けて光が走り、全身を包み込んだ。
何が起こったのかわからなくなって、びっくりして立ち上がると、私は衣装に身を包んでいた。
「コ、ココアと研究が大好きな魔女、アル・フィアータ、ここに参上!」
魔法少女が変身していた時は、名乗っていた気がする。そのイメージを崩さないように、なんとなく決めポーズをしながら、名乗りを上げてみた。
うまくいっただろうか、と服装を確認する。普段はあまり着ないような、可愛らしいふんわりとした服装で、少し恥ずかしいけれども、いい感じに似合っている。
金平糖を降らしてみたら、いい感じに映えるのではないだろうか。
自己分析を行い、トゥリにもう一度、目を向ける。すると、いつ持ってきたかわからないカメラを向けながら、私のことをじっくりと観察していた。
「え、今の撮ってた?」
「バッチリ」
「複雑なんだけど……」
「魔女が魔法少女の服を着るなんて斬新だし、貴重。だから良いんじゃない?」
「言いたいことはわからないわけでもないけど、恥ずかしいじゃない」
「そう?」
カメラの録画機能を利用して、トゥリが何回も私の名乗りを音声にする。想像以上に堂々とした名乗りで、びっくりするが、それ以上に恥ずかしい。
勢いで立ってしまったので、少し椅子の位置が変になっていた。綺麗に整えて、座り直す。
「可愛らしい雰囲気、アルに似合ってる」
「服装としては、結構好みかな」
「そのまま魔法少女として活動すれば、多分魔女だってばれないと思う」
「そんなに?」
「アルはそんなに、魔女っぽさを感じないから」
いや、それでも私は魔女なんだけどね、と心の中で突っ込んだ。
しかし、トゥリの言うことには一理ある。しっかりした元気っ子ではないから、グイグイと冒険するような魔法少女にはなれないとは思うが、主人公のことを常識的にサポートするタイプにはなれそうな気がする。私は魔女なのだが。
魔法少女らしい姿に変身したからといって、特にやることはないのでぼんやりする。すると突然、トゥリが、いま着ている服を色々触り始めた。
私の体そのものを触る目的ではないのだろうか。手を滑らして色々とトゥリが考え事をしている。
「何してるの?」
「材質チェック。思った以上に生地が柔らかい」
「着ててふんわりしてる感じはあるね。着心地がいいのかも」
自分でも少し触れてみる。丁寧な作りでそこはかとなく触り心地がいい。いい感じの生地が使われているのが分かる。
「……隙あり」
「ちょっと!」
唐突にスカートを捲ってきたので、両腕で抑える。油断しているとすぐにこれだ。
ふとももも一緒に触られたのでビクッとしてしまった。トゥリがこういうことをするのは予測できてたはずなのに、完全に油断していた。
「恥ずかしがってる姿もかわいい」
「いきなりそんなことされたら、誰だって慌てるって」
「スカートを抑えている動作もいい感じ」
カメラを構えてきたので、姿勢を整え直す。
慌てている姿を撮られたら、もしかしたら、また悪さをされるかもしれない。
姿勢が変わったことに残念さを覚えたのか、トゥリが少ししゅんとした表情で、カメラを下ろした。
「中々守りが堅い」
「……褒めてるの?」
「それなりに。清楚な感じは魔法少女っぽくて悪くない」
「じゃあ、トゥリは敵対する魔女みたいな」
「それもいいかもしれない」
「どっちかというと変わり者の魔女だけどね」
「それはアルも同じ」
「まぁね」
魔女図書館にいる魔女は、魔法少女に苦手意識を持っていることが少なくないらしい。過去の出来事がきっかけで、嫌っているといったことがある。
私やトゥリにはそういったものはない。自然な目や姿勢で魔法少女と、魔女と、人間と、接することが出来ている。それは、とても素敵なことだとは思う。
「魔法少女の服を着る魔女は、そうそういない」
「ん、そうだと思う」
「気軽にいいよって言ってくれるのは、アルだからでしょ?」
「もっと色んなことを知りたいからね」
自分の身体を通じて、体験できることは何でもやってみたい。魔女である私は、魔法少女にはなれないとは思う。それでも、同じ服を着てみることで見えてくるものはあるのではないか。単純なおしゃれというのを通り越して、魔法少女らしさみたいなのを少しでも発見できたら、それは素敵なことだと感じる。
「アルは魔女だけど、魔法少女らしい姿勢も持ってると思う」
「どうして?」
「姿勢が前向きなのは、魔法少女みたい。前、ミューと一緒に見たアニメの魔法少女もそんな感じだったから」
「研究を通じて私らしく生きるがモットーだからね」
「ん、そういうところ、やっぱり好き」
「ありがとう」
私とは別の切り口で、新しい発見を教えてくれるのがトゥリウットという魔女だ。私が行わないようなこと、私一人だと、しそうにもないこと、色々な刺激を与えてくれる。それが楽しく、同時に勉強になる。
魔女っぽくない魔法少女服を着ているという事実を、自分の目を通じて再確認する。こういった姿を他の魔法少女に見せたりしたら、どんな反応をされるだろうか。かわいいと言ってくれるのだろうか。どんな一人で研究しているだけだったら、こういった服には縁がなかっただろう。トゥリに感謝しないといけない。
小さな出来事、そしてちょっとした悪戯心も、成長に繋がる。それは私の研究していきたいことでもある。今回のメモには、このように書いてみるべきか。
『異なる衣装によって見えてくる文化もきっとある。時にはそうしたものを着てみるのもいいかもしれない』
メイド服、水着に魔法少女服。トゥリからは、色々なものを着せられている気がする。楽しいとはいえ、やっぱり普段とは違う姿なのもあって、やっぱり恥ずかしい。だからこそ、今度、私から提案してみるのもいいかもしれない。
「そういえば、アル」
「何?」
「それ、どうやって脱ぐの?」
「変身解除の呪文で出来ると思うけど……」
「やってみて」
「変身、解除!」
自分の胸元に手を添えて、衣装が脱げるように意識する。再び、光に包まれ、目の前に魔法少女服が畳まれていく。
これで、無事に元通りだろう。前に着ていた服になっているのを確認しようと、自分の身体に視線を向ける。
……何か違う。服を着ていない。……下着?
「え……?」
「ん、なんとなく予想してた」
一瞬、どうしてこうなったのか分からず、呆然としてしまった。しかし、すぐ、下着姿になってしまっていることに気が付き、急いで身を隠せるものは無いかと走る。寝室の毛布がちょうどいいだろう。駆け込むように包まった。
こうなることは考えてもいなかったので、心臓がバクバクしている。ゆっくりと付いてきたトゥリは、こうなった原因を冷静に分析していた。
「元々の服は無事だと思うけど、元通りにするにはきっちりした詠唱しないと駄目かも」
「完全に油断してた……」
「魔法少女の文化も奥が深いのかもね」
「そうかも……」
一日だけ、格好を真似しても、別の存在になれるわけじゃない。日進月歩。コツコツと積み重ね、成長していくべきだと改めて思った。
「それにしても、アルより私の方が、体型は上」
「……色々?」
「そう。それは胸を張って言える」
ドヤ顔でそう言われたので、なんとなくムッときてしまった。
ココアの中にミルクを入れたら、トゥリには負けない、もしかしたら追いつけるかもしれない。内心、そういうことにも興味を持ってしまうほどに。
どんなことも、のんびり重ねていく。それはきっと無駄にはならず、次に何かに繋がっていくだろう。布団の中に包まりながら、色々頑張りたいと、私は、私自身を励ました。




