私と水流の邂逅
流れる水が、身体を運ぶ。
ゆったりと身を委ねてみると、なかなかに心地いい。身体をそっと水に浮かせて、そのまま流れに身を任せてもいいかもしれない。
プールに行こうと春野すみれが提案し、私もそれに乗っかる形でプールで泳ぐことになった。他にいるのはリフィー・シュアーとトゥリウット。私を含めて4人でプールにいる。
一緒に行くこととなったプールの特徴としては、若干、人が少なめなことがあるだろうか。人がいっぱいいるわけでは無いから、空間としての余裕がある。大きい流れるプールがあるのも目立っている。水の流れがプールにあり、それに沿っていくと、ぐるぐる回る様な形で、水流を楽しむことができる。これは、個人的には好きかもしれない。なんというか、平和的で。
「折角プールに来たんだから、泳がなきゃ!」
そんなこんなで、のんびりしていようと思ったら、リフィーに話しかけられた。健やかな笑顔で、いかにもプールを楽しんでいる様子だ。
様子をのんびりと見ていたら、急にちょっかいを出された。
強すぎない力で、私の身体を水に沈めようとしてきたのだ。
「あ、わわ、お腹押さないで」
「だって楽しまないと損じゃない」
「私、泳ぐの苦手なほうだからさ」
「えー、もったいない。泳げた方が可愛いよ?」
押され続けているのも少し辛いので、浮かぶのではなく、足をつけて立つように姿勢を変える。
私を押していたリフィーは、少し水に浮かび、こちらの方を振り向いていた。
「わからなくもないけど……」
「うん、じゃあ、早速泳ごう! ほら、手を繋いで」
「ちょ、ちょっと待ってって」
プールでのリフィーは普段以上にテンションが高い気がする。グイグイ私のことを引っ張っているその姿からも強くそれを感じる。
「ほらほら、こっちにおいでって」
突然手を離すと、空を飛んでいるかのようにように、リフィーが私の目の前で泳ぎ始めた。水中こそがホームベースだと仕草から感じさせる。
「人魚みたいにすいすい泳ぐね」
「ふっふっふ、泳ぐの好きだからね!」
笑顔でそう語りかけるリフィーの姿は眩しかった。
そもそも、水着選びからして、なんだか彼女っぽかったのもある。
元々来ているセーラー服のような水着姿だ。セーラー水着と呼ばれるものだろう。身体の動きを阻害しないように、競泳水着のような側面が強いものとなっている。白と紺のコントラストが可愛らしい。
「どうしたの? じっと見つめて」
「いや、素敵だなぁって」
「私からしてみたら、アルちゃんも素敵だけどね」
「そうかなぁ」
「そうだと思う」
「トゥリ」
後ろから話しかけられて、トゥリが近くに来ていたことに気がついた。さっきまでは、遠くで泳いでいたのに、あっという間にこっちに来るものだ。
振り向いて確認するとすみれも一緒に泳いできていた。
「私とコスチュームを合わせてるから尚更素敵」
「コスチュームって」
「水着のこと」
「な、なるほど……?」
コスチュームという謎の言葉が聞こえてしまったが、あえてスルーすることにした。
私とトゥリの水着は、スクール水着で統一している。私の水着は、紺色でシンプルなものとなっている。変に露出しすぎるわけでもなく、目立つこともないから個人的に悪くないと思っている。
「トゥリさんの水着は、なんだか目立っている気がします」
すみれがトゥリのことをじっくり見ながら、呟く。事実それは感じていたので、私も頷いた。
まず、すみれの水着は、普段のワンピースの姿をイメージさせる、ふわふわな感じがあるワンピース水着だ。爽やかな水色が、緑色の髪とよく似合っている。素朴な感じがいいと感じる。
その隣のトゥリは、なんだか凄かった。
スクール水着なのは事実なのだ。ただ、なんというか凄い。
「なんだか珍しい感じがするかな」
「私の水着が?」
「うん。なんていうか、凄い」
言葉にしていないのにリフィーと以心伝心してしまった。それくらい、インパクトはあった。
「白のスクール水着は、私みたいなのが着るといいってこの前、森で迷ってた人に言われたからこういうの試したんだけど」
「……男の人に言われたの?」
「そういうところ」
「騙されないように気をつけてね、本当に」
「まぁ、気をつける」
素直に説明するならば、そういう人の琴線に触れてしまいそうな感じの白いスクール水着だ。私よりも少し、大きいところがないわけではない、トゥリウットという魔女の身体にいい感じにマッチしていると感じるのだ。
蠱惑的魅力、と言ってしまうのも違う気がするものの、そういうのが好きな人からしてみるとあっという間に誘惑されてしまいそうな気がする。紫髪が変に大人びていて、スクール水着とはミスマッチ。どこかアンバランスな感じが、独特な魅力を引き出している。トゥリの性格をなんだかんだで知っている私からすると正直なところ不安で仕方がない。
「しかし、これでも忘れているものがある」
「えっ?」
「ネームプレート。ひらがなで『とぅり』って名前を書いたほうがいいって」
頭の中でイメージしてみる。
見た目が少し幼い、それでもちょっぴり大胆なそんなトゥリがそういうのをつけている。
そして、普段と同じように私にひっついたりするのを考える。
……あれ。なんだろう。恐ろしい犯罪っぽい感じがする。私ならまぁともかくとして、それ以外の人にやっている姿を想像してみると、なんだかとてもアレな感じがする。
「……トゥリちゃん、それは流石にヤバイと思う」
「何が?」
「見た目とかがとてもヤバイって。すみれもそう思うっしょ?」
「うん。それは流石に、なんていうか……危険な感じが……」
「そう? じゃあ、やめとこうかしら」
色んな人の説得により、どうにか考え直してくれたようだ。内心とてもほっとする。
白という色そのものは純粋な感じで悪くは無いと思うのだけれども、普段のトゥリの態度から、そこはかとなくそういうのとは違う何かを感じざるにはいられないものなのだ。
気を取り直して、水の流れに沿って、プールを泳ぐ。とはいっても、足を付きながら、ゆっくり歩くように進んでいるだけだけれども。
他の人達を確認する。リフィーは自由に泳いでいる。トゥリは、私が思っている以上に泳げるようで、水の音を立てながら、リフィーを追いかけにいっていた。
一方で私とすみれは、ゆっくりなペースで歩きながら一緒にいた。
「すみれは泳げないの?」
「そういうわけではないですが、適度にのんびりするのが好きなもので」
「私も仲間かも」
なんというか、すみれと私は流れるプールみたいなのが好きなのかもしれない。
背中を押してくれるような感じ、少しずつ動けるから、別の景色が見れるということ、そして水の流れそのもの。どれも悪くない感覚だ。
「勿論、リフィーを追いかけるのも楽しいですけどね。こうやって、普段とは違った空間で話たりするのも素敵かもって思うわけで」
「水着姿なんて、夏以外じゃあまり見れないからね」
「そういうことです」
こうやって話していると健康的な感じがするのだ。
すみれの雰囲気もそこはかとなくいつもより活発的だし楽しそうで、私も普段とは違う装いになって、少しだけ恥ずかしいけれども、新鮮な感じがしている。
普段とは違う、だからこそ面白いかもしれない。
「スキあり」
「うえっ……!?」
ぼんやりしていたら、顔に水をかけられた。
誰かと思って、飛んできた方向を確認してみたら、トゥリが澄まし顔でこっちを見ていた。
「おっと、こっちも!」
「ひゃあ!?」
隣ではすみれが水攻撃を受けていた。当然相手は、リフィーだ。
突然のことだから驚いて、声を上げていたけれども、すぐに切り替えて、すみれが反撃を始めた。
「リフィー絶対許すまじ!」
「ふっふっふ、水を得た私は完全無敵! 水を当てられるものなら、当ててみろー!」
「言われなくてもやってやるからー!」
バシャバシャと音を立てて、壮絶な水合戦が始まる。
狙いをつけず、水を当てようとするすみれの水攻撃は当たらないけれども、リフィーの攻撃は的確に命中してゆく。
キャリアの差なのだろうか。水中に潜っては、顔を出し、確実に狙うという丁寧な動きがリフィーの強さの秘訣なのかもしれない。
そちらの方に気を取られていたら、もう一回、水が私の元に飛んできた。どうやら私も動かないとまずいらしい。
やられっぱなしというのも、なんとなく悔しいものなので、めいいっぱい抵抗してみる。
「トゥリ、手加減はしないから!」
できる限りの力を込めて、トゥリに水をぶつけようとする。
反撃しようという意思を見せていないつもりだったから、きっと当たるだろう。そう思っていた。
しかし。
「ハズレ」
リフィーは『まるでそこにはもういなかった』かのように、水を避けてきた。
元々居た位置とは異なる場所に、まるで瞬間移動をしていたかのように動いていた。
泳いでいたのを見ていたわけでもない。当たっていたはず。それなのに、何故か避けられていた。
困惑していると、トゥリが再び私に水を飛ばしてきた。
二度三度、途切れる暇もなく飛んできている。
何回か当たりながら、さっきよりトゥリに近い位置まで歩いていく。今度こそ当てる為に。
「これでっ……!」
ありったけの水をぶつけようとした瞬間だった。
「捕まえた」
眼の前にいたトゥリが、あっという間に私の後ろに回り込んでいた。
「……っ!?」
後ろから、私の身体全体を抱きしめる形で、拘束されてしまったから、もう逃げられない。ここまで、水合戦して、ようやくトゥリが何をしていたのかがわかった。
「扉召喚、してたでしょ」
「大正解」
「水中でも使えるんだね」
「私だけが通り抜けられる扉にすれば簡単に」
「……やっぱり凄いと思う、それ」
「ん。素直にありがとう」
私が気が付かないように発動して、瞬間移動のように思わせる。その技量はかなりのものだと感じるし、相当使い慣れているとも感じる。私も、金平糖降らしをもう少し練習していきたい。
こっちが一段落ついたころ、リフィーとすみれの方も勝負がついていた。
すみれがふてくされている様子だったので、勝ったのはリフィーだろう。
「釣り竿の魔法で捕まえられるなんて思わなかった……」
「泳いでいるならば、魚みたいなものだからね」
「すっごい屁理屈!」
「勝ったのは私だからいいもんね」
「すっごく悔しい……!」
どうやらあちらも魔法を使っていたりしたらしい。得意げに笑うリフィーの姿は、自分の魔法に対する自信のようなものを感じずにはいられない。
二人がこっちに近づいてくる。この後は合流して、泳ぐ感じになるのだろうか。ゆっくり体勢を元に戻そうとしてみた。
……が、動けなかった。
「トゥリ、アルちゃんから離れないね」
「まぁ、感触が好きだから」
「か、感触が好き……?」
「水着独特の触れた感覚。お腹触ったりすると、なかなか面白いかもしれない」
「ちょっ、どこに手を伸ばしてるの」
抱きついていた手がそのまま変な動きをしそうだったので、振りほどいて、回避する。
なんというかやっぱり大胆で、油断ならない。
「……逃げられてしまった」
「そういうのは流石に良くないって」
「そっか。でも、抱きつかれるのはいいの?」
「最近慣れてきたから」
「なるほど」
的を得た、という表情でトゥリが手をぽんと叩いた。最近、トゥリとの付き合い方が少しずつわかってきたような気がする。
「でも、トゥリさんとアルさんってなんだか距離が近いように感じます」
「わかる。なんだか、トゥリの方からいっぱいアルちゃんにひっついてる印象」
「それは多分間違いじゃないと思う」
私は特に意識していないけれども、トゥリの方は、積極的に私にひっついてきている気がする。グイグイ迫ってきているという考えもないわけではない。
なんやかんやで抱きつかれるのは嫌いではないので、そのままにしているけれども、それでいいかもしれない。
「お揃いの水着っていうこともあって、一緒にいたりしてるのを見ると、似合ってるなって思うね、とても」
「落ち着いてる感じのアルさんと、少しミステリアスな感じのトゥリさんでバランスが取れてるように感じる、みたいな?」
「そうそうそれそれ! ひっついてる姿を見ると、なんかいい感じにマッチしててドキドキする!」
「え、それって少し恥ずかしいんだけど」
変に注目されてしまうのも複雑な気持ちだ。
抱きしめられていて私が感じるのは、トゥリの少し柔らかい触感があるので、そういう第三者の目線からどんな感じなのかを知ることはできない。変な顔をしていたりとか、戸惑った表情になってないか、とても心配だ。
「それだったら今度写真を取ればいいと思う」
「写真! そういう手段もあるね!」
「でしょう?」
トゥリとリフィーが意気投合する。
この二人だと、写真をそのまま私に見せてきそうな感じがして、なかなかに怖い。トゥリに迫られているときの私がどういう表情なのか、知りたいような気持ちもあるけれども、知りたくない気持ちもないわけではない。
盛り上がる二人を置いて、すみれが私に話しかけてきた。
「色々なことで盛り上がれるって大切だと思うんです」
「まぁ、どんなことだって経験になったりするからね」
「そうですね。私もすみれと一緒に泳いだりはしていますけれども、こうやって、魔女と一緒に泳ぐっていうのも楽しくって」
「……魔女っぽくない魔女でも?」
「はい! むしろ親近感がありますし、とても素敵です!」
「それなら良かった」
魔女だからって、楽しんではいけないみたいなことはきっとない。魔法少女と一緒に楽しく、日常を謳歌してもいいじゃないか。改めてそう思った。
魔法少女であるリフィー・シュアーが、魔女であるトゥリウットと仲良く話している。
魔法少女の春野すみれと、魔女の私、アル・フィアータが素敵だと笑い合う。
のんびりとしているけれども、そういう平和で、ゆったりした時間も大切だと思う。他人が特別だからというわけではない、大切な一人として接することで見えてくるものはきっと多い。だから、変に距離を空けなくていいのだ。
「あと、やっぱり……」
「どうしたの?」
「アルさんって、小さいなって」
「た、多分そんなことない」
「いや、間違いない、絶対小さい」
「トゥリまで」
「スクール水着がいい感じに似合ってるってことは、きっとそういうことだって」
「え、えぇ……なんだか複雑な気持ち」
「同じものを着てるからわかる。私の方が大きいって」
「……ねぇトゥリ。変なライバル心とか、持ってない?」
「アルに勝ってるとなんだか嬉しいから」
「なんだろう、凄い複雑なんだけど」
些細な会話だって思い出になる。
どんなことも、積み重ねていけば形になっていくように、一つ一つの出来事を大切にしていきたい。夏の出来事を忘れないように、メモにはこう書いておこうか。
『色んな夏の思い出を、目に焼き付けて、心に刻んでおこう!』
プールではしゃぐ皆の姿は、夏の太陽のように眩しい。きっと、これからも覚えていることができるだろう。
流れる水が、身体を運んだ。




