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アル・フィアータの魔女物語  作者: 宿木ミル
夏の日常・プールの交流編
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私と修行の闘技場

 魔女図書館。人間が暮らす世界とは異なる空間に存在している、魔女が生きている世界。いつからそれが存在していたか、私は知らない。ただ、居心地がいい家のように、私はそこを拠点に生活しているという事実がある。


「なるほど……ここが闘技場」


 周囲を見渡してみると、観客席のようなものが見えた。大理石で作られたそれは、重要な戦いを見定める人が座る為に、丁寧にできているように感じる。闘技場そのものは、身体を動かし、戦い合うという競技に適した空間であることは、普段戦うことがない私でもわかる。

 今の私は、魔女図書館の中でも、普段行かないような場所に赴いている。

 魔女図書館は、一定の空間が繋がり合う仕組みで出来ている。『闘技場の空間』や、『踊り場の空間』というもの、『魔法研究の空間』みたいなものも存在している。単純に言うならば、よく見かけるホテルのようなものなのかもしれない。廊下は、魔女図書館そのもの、本がいっぱいある空間であるものの、『扉』で空間を遮り、それを開くことによって別の個室などの空間に行くことができる。プライベートな空間を『部屋』として区切っているホテルとは、どこか似ているのではないか。


「まぁ、ホテルと完全一致とは言えないけどね」


 『扉』を開けたら別世界、というのはきっと魔女図書館だけだろう。外の気候がどうであれ、冬になっていたりするといったものは、少なくともここでしか体験できないと思う。

 少しずつ歩いて、空間全体を確認する。

 歩きやすさはほどほど。地面はアスファルトみたいで、少し硬い。

 両腕を広げて、距離を確認してみる。……とても広い。壁まで私の手が届くには、私自身が15人ほど必要な気がするほどだ。

 闘技場の全体は、円の形になっている。やろうと思えば、マラソン大会みたいなのもできるかもしれない。運動があまり得意でない私は、途中でバテてしまいそうだけれども。

 空を見上げてみると、びっくりするくらい綺麗な青空が広がっている。雲ひとつ存在していない。気候は夏だろうか。じっとしていると、とても暑い。


「……ん、ここの時間は外と一緒?」


 時間間隔が狂わないように、と持ってきた時計を確認する。外の時間はお昼時。ちょうど、この場所の時間と合致する。


「いや、でも、そうでもないかな……?」


 昼の状態で固定している空間という可能性もある。決めつけるのはよくない。早期に決めつけようとするのは、研究ではやってはいけないことだ。反省しないと。長期滞在したいわけではないから、調べるのはまた今度になりそうだけれども、知っておくのは悪くないのかもしれない。

 壁沿いを歩きながら、色々調べる。

 最近はあまり使われていないからだろうか、人影はない。物好きな魔女が少しはいるのかなと思っていたが、そういう魔女もいない為、今、この場所には私しかいない。


「何か、イベントがあったらやってきたりするのかな」


 運動をする場所としては悪くはないとは思う。だからこそ、この静けさはどこか妙にも感じたのだ。

 本当に、誰もいないのか。気になったから、一旦立ち止まり、音を聴くことを意識してみる。

 少しの間、静かだった。一切の音がしなかった。

 しかし、その状態はすぐに変わった。

 風を切る音が聞こえた。ビュン、と繰り返し聞こえてくる。

 聞き慣れない音が気になり、その方向を向く。

 すると、見覚えのある人がそこには立っていた。


「アルがこんなところに来ているとは珍しいな」

「ベコニア、いつからそこに?」

「今さっきかな。素振りをする前は飛行魔法の練習をしていた」

「気が付かなかったのは仕方ないのかな」

「すこし離れてたところで飛んでいたからな」


 私が空を見上げた時にベゴニアの姿を見なかったのは偶然だろう。お互いに会う予定がなかったので、こうしたタイミングで出会えたことに驚いている。 

 素振りを行っていたと言ったベコニアの腕には、一見、何も細工がなされていない木の棒があり、ベコニア本人は汗を流していた。かなりの時間、修行みたいなことをしていたのかもしれない。


「……魔女図書館に何回も来て大丈夫?」

「まぁ、この空間は魔法少女も気軽に侵入できる空間だから心配はいらない。図書館の空間にずっと長居していたら流石に何か言われるとは思うが」

「それならいいけど……」

「これでも長く魔法少女をやっているものだし、身の振り方は理解しているつもりだ。だから、問題ないよ」


 自信を持ってそう言い切るベコニアの姿は、変に気にしなくていいと言っているようだった。事実、立ち振舞いからもそう、強く感じる。そうしたこともあり、これ以上は追求しないことにした。


「その木の棒、軽いんですか?」


 心配がなくなったので、気になったことを聴いてみる。

 印象的な音を出しながら素振りをしていたので、その重さがどのようなものか知りたかったのだ。


「私の魔力で細工してる。相当重いよ」

「持ってみても」

「勿論構わない」


 許可が降りたので、ベコニアから木の棒を受け取った。

 早速、持ち上げよう。そう思い、力を入れてみる。


「こ、これは……重たい……」

「修行用の特別性だからね。やろうと思えば、もっと重くできる」


 ベコニアの口調から、まだまだ序の口というのが伝わってくる。

 それでも、私からしてみると持ち上げようとするだけでも精一杯だ。少しも持ち上げることができない。

 気合を入れても、木の棒は一切動かない。本当に木の棒なのかと疑いたくなるほどだ。


「……戦う魔法少女の大変さが分かる気がする」


 限界を悟り、木の棒をベコニアに返す。

 ベコニアは、返された木の棒をすぐに持ち上げ、自身の肩にとすんと置いた。重そうな素振りをまるで感じさせない。


「まぁ、こんな古典的な鍛え方をしているのは、私くらいだとは思うよ。魔法を鍛えていった方が安定して強くなれるからね」

「じゃあ、どうして身体を鍛えるような修行を?」

「単純明確に身体が資本だからさ」

「身体が資本」


 面白そうな言葉に、興味が沸く。

 なかなかこれは為になる話かもしれない。そう思い、そそくさとメモをする準備を整えた。

 鉛筆、メモ用紙。準備は完璧だ。


「メモを取り出す速度、凄いな」

「そう?」

「瞬発力、あるかもしれない」

「なんだか嬉しいかも」

「まぁ、それはいいとしよう。別に筋肉を特別つけたいというわけではないけれども、私は魔法を使うにも体力は必須だと思っているんだ」

「それはどうして?」

「健全な状態で発動する魔法と、そうでない状態の魔法だと、その効力に大きな差が付くものだからさ」


 メモに、書き記す。

 自信を持って私に語っているベコニアはまるで教授のようだ。質問しながら、色々聞いていきたくなる。


「体調がそのまま、魔法に響くと」

「そういうことだ。読書をするときも、しっかりとした体調じゃないと頭に入ってこないし、スポーツを行う時も、病気だと全力が出せないだろ? 魔法だってそういうものさ」

「つまり……健康維持、そしてよい体調管理の為に修行をしていると」

「そういうことになるな」

「なるほど……」


 確かに単純明確だ。身体が資本、というのもとても頷ける内容である。メモをしていながら、首を縦に振ってばかりなほど。

 しかし、だからこそ、それ以上にもっと聞きたくなってしまう気持ちもある。納得できるからこそ、もっと深掘りしたくなるのだ。


「じゃあ、ベコニアの修行の魅力が知りたいな」

「私のような体型になれる」

「えっ」


 一瞬、気になってベコニアの身体を凝視してしまった。

 スタイルがいい、メリハリのある身体。どこかお姉さんのような気品を感じ、それでいてキリッとしている。美しいとも、かっこいいとも取れる。

 そんなベコニアの身体を凝視してしまった。


「冗談」

「やっぱり」

「でも、身が引き締まるのは事実だ」

「身体を鍛えるタイプの修行っていうのもあるからね」

「そういうことだ。それにしても、そんなに私の身体は魅力的か?」

「……えっ?」

「真剣にまじまじと見ていたよ」


 真顔でそう言われたので、つい挙動不審になってしまう。

 変に集中したりしてしまうのは私の癖だけれども、指摘されるとなかなか恥ずかしい。


「いや、私に比べて色々大きいなって思ったのはあるけど、魅了されたというのとかはないから大丈夫」

「そ、そうか」


 何が大丈夫か、わからない弁明をしてしまった。ベコニアが困った顔をしている。

 変な空気になってしまった。

 ……これは良くない。咳払いをして、空気を一新して、こちらから話を切り出す。


「えと、修行して、最近戦った魔女とかいるの?」


 こうして身体を鍛えてるということは、何かに備えているからかもしれない。そう思っての発言だ。


「そういうのは無いかな。最近は、戦闘とかが好きな魔女は見かけないのもあって、平和だ」


 平和なのはいいことだと言いたそうな顔で、ベコニアが言い切った。


「まぁ、鍛えてそれを発揮できる機会がないというのは寂しいものではあるけれどもね」


 ベコニアが苦笑して、木の棒を地面に置いた。ふぅ、と一息をつく姿は戦士のようでなかなかかっこいい。


「私が模擬戦するって言っても、一瞬でやられそうだよね」

「まぁ、それはそうだと思う。すみれでも長時間耐えることは不可能だからな」

「流石……」

「魔法少女の師匠というのは、伊達にはしたくないからね」


 微笑して、私の方を見つめてくる。

 武器を振っている時はかっこいいが、一回落ち着いてみると凛々しいというか、美しいかもしれない。凛とした表情だ。


「さて、私はそろそろ戻るか」

「もう少しここにいてもいいと思うけれど」

「そういうわけにはいかない。これからすみれを鍛えてやらないといけないからね」

「魔法少女として?」

「しっかり鍛えた方が、困った時に色んな人を助けられるからね」


 気合を入れて修行すると意気込んでいるベコニアの目は、どこか輝いているように見えた。

 この後、春野すみれはベコニア・ルートリッハにきっちり修行させられると思うと、大変そうだと感じずにはいられない。魔法少女の師匠の修行というのは、とても大変そうだ。


「外で修行だよね?」

「そうだが」

「水分補給忘れないであげてほしいかも」

「当然、そういう飲料水は用意してある」

「準備は完璧ということ」

「そういうことさ」


 やはり弟子思いだ。修行は大変そうだけれども、鍛えてもらう人がいるというのはとても素敵なことだと思う。

 ベコニアが帰る雰囲気だったので、私もメモをしまい、自室に戻れるように身支度を整えた。


「そういえば言い忘れてたことがあった」

「どんなこと」

「今度、アルと一緒にプールに行きたいと」

「どうして私と?」

「師匠と一緒に行くと、敗北感があって辛いんだってさ」

「あぁ……」


 気軽に友人同士で行きたいという気持ちもあるのだろうけれども、それと同じくらい、体型のことも気にしているのかなと、その言葉から感じ取った。

 私の知り合いの中でも、ベコニアは特にスタイルがいい気がするので、その発想はきっと間違ってないと思う。


「よかったら泳ぐ前に、私が鍛えてあげようか?」

「……それ、泳ぐ前に動けなくなりそう」

「慣らせばなんとかなるものさ」


 もしかしたら、鍛錬好きとかそういうのがあるのかもしれないなとベコニアのことを再認識した。雰囲気に似合っているから、悪くないとは思う。修行を勧めるベコニアの表情は、どこか眩しいのだ。


「っと。そろそろ戻らないと待たせてしまう。じゃあ、私は行くとするよ」

「すみれによろしく言っといてほしいな」

「わかった。それじゃあ、また」

「またね」


 挨拶をほどほどにし、ベコニアは扉召喚の魔法を使って帰っていった。扉の形状が魔女のものとは違っていた為、独自の技術のものだろう。これも研究してみてもいいかもしれない。

 ベコニアが扉を通ったのを確認して、大きく伸びをする。ベコニアがいなくなった闘技場の空間は、再び静寂に包まれていた。私以外の魔女は、やはり存在しない。また、一人の空間になったのだ。


「少し、私もトレーニングしてみようかな」


 古い歴史みたいなのがある場所で修行をすれば、もしかしたら良い効果が望めるかもしれない。そもそも、ベコニアの姿を見て、私も少しやってみたいなと思ったというのもある。

 何事も挑戦することが大切。それは、どのような場面でも大切だ。ベコニアとの会話を踏まえて、今日のメモにはこう書いておくことにした。


『日々の鍛錬は、自分磨き。自分だけの鍛錬を見つけるのもいいかもしれない』


 ベコニアに影響されているのは自覚している。けれども、それでいいと思う。影響されて動いたとしても、それが自分の糧となるのならば、その行動は有意義なものだったと言えるだろう。

 深呼吸して、箒を呼び出し、素振りをする。正直、運動は得意ではない。けれども、チャレンジしていくのは得意だ。色んなことに挑戦していきたい。

 闘技場の気候は、まるで真夏のように暑かった。

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