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アル・フィアータの魔女物語  作者: 宿木ミル
私の魔女物語編
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私と人間世界の研究

「問題なく到着できたかな」


 召喚した扉をくぐり抜けて、今いる場所を確認する。

 街の近くにあるちょっとした森に私は出てこれた。人に見られていることもない。そそくさと移動すれば怪しまれることもなさそうだ。

 扉を開いて通り抜けるだけで、指定の場所に到着する。古典的な呪文だとしても、多くの魔女が使えるように伝わっている扉の呪文はやっぱり便利だ。


「えっと……ヨラビトロエキ」


 その呪文を唱えた瞬間、魔女図書館へと通じる扉は姿を消した。呼び出した扉を消し去る呪文。これもまた、古典的な呪文だ。普段使わないような言葉の並びが綴られている都合、早口で唱えるのは大変だったけど、練習することでそれなりに素早く唱えることが出来るようになった。きっと成長できているのだろう。

 魔女が呼び出した扉は、基本的にその魔女しか移動に使うことはできない。だから、悪用されることはないけれど、家でもない場所に扉があったらあまりにも不審だ。下手すれば調査される恐れもある。だから、呼び出した扉は早期に消しておくことが大切だと思っている。魔女図書館への扉の移動がしたければ、また呼び出せばいいだけの話だし。


「さて、のんびりと探索しようかな」


 場所をしっかり指定しないと出てくる場所は不安定になる。だけど、行くべき場所はわからないわけではない。大きめな建設物がある場所が街なのは、見ているだけでわかるし森の奥に出てきたわけではないから、迷子になる心配もない。

 大丈夫、しっかり行動できる。


「まずは……人が多そうな場所を目指していこうかな」


 そう考え、私は大通りを目指すことにした。大通りは、大きいポスターなどがあるからわかりやすい。

 しっかりと私のペースで動いていく。これが大切だ。

 焦らないようにのんびりとしたペースで街に赴くことにした。







「こういう賑やかな場所って、やっぱりいいよね」


 道なりに進んでやってきた街の大通り。

 私は素直に感想を述べた。

 誰かに言っているわけではない。ただのひとりごとだ。

 活気ある場所は賑やかで良い。歩いているだけで元気が湧いてくる。ぼんやり歩いていると、チョコレートの甘い香りが届いてきたり、くるっと回って見渡してみると、かわいい女の子が書かれた袋を持った人がいたり、わいわい友人同士で喋っている楽しそうな人だっている。


「ぶつからないように気を付けないと」


 人の波に押しつぶされないようにうまく距離を取りながら、大通りを歩く。本当に人がいっぱいだ。

 ふと交差点を見てみると、そこでもたくさんの人が歩いていた。なんていうか、都会の迫力みたいなものを感じる。自分という存在がちょっと押しつぶされてしまいそうな。


「……悪目立ちはしてないよね、大丈夫かな」


 ふと不安になって、周囲を見渡そうとする。

 ……けど、その動作そのものが不審なような気がしたので、すぐにやめた。

 けど、私と同じくらいの身長の女の子を見つけて、のんびり歩いているのを確認して、大丈夫そうだと判断した。


「ぱっと見だとわからなそうだし」


 私は魔女である。けど、多くの物語に登場する魔女のような特徴的な見た目はしていない。

 とんがった鼻じゃないし、ひっひっひと笑うようなこともしない。爪もそんなに長いわけじゃないし、怪しげな黒魔術を心得ているというわけでもない。

 確かに魔女図書館には実際にそんな古典的な魔女はいる。けれど、それだけが魔女というわけではない。昔話に登場するような老婆のような見た目の魔女だけではなく、おねえさん、なんて雰囲気の魔女だっている。そして、そういうのじゃない少女らしい見た目の魔女もいるのだ。私は、その中では少女らしい見た目の魔女に分類されているだろう。


「……なんだか不思議な感じかも」


 こうやって歩いていると、人間の中で、私が魔女として活動しているというのを忘れてしまいそうになる。だからといって私は魔女じゃないとは言わないけれど。

 正直、私の見た目はなにも特別なメイクとかをしていなければ普通の人間とほぼ大差ない。それは魔女図書館にいても感じていることだ。

 少女らしい見た目だとは自分で判断しているけれど、私の見た目はそんなに幼いわけではない。ちょうど街を歩いている制服を着た人くらいの身長だし、そんな感じの体格だと思っている。……残念ながら、そんなに大人びてることはないけど。

 人間の年齢でどれくらいかは少し曖昧だけど、多分二十歳よりは下の見た目だろう。……曖昧なのは、私が魔女で、そういった年齢みたいなものを気にしないからだ。


「服についてはいい感じかな」


 ほどよく街に溶け込めているのを確認して安心する。

 目立つ服装をするのはあまり好みじゃないので、普段使いしている服は、基本的に少し地味目の服で調整はしている。今日の服装は黒を中心としたパーカーに濃い緑の眺めなスカートとなっている。少し肌寒い気候だったのでタイツも履いている。

 魔女らしくない衣装だとはよく言われるけれど、普段着はなるべく動きやすいものを意識している。転んで服が汚れた、なんてことは極力避けたいから。


「私よりも目立つ髪色の人もいる……」


 道路を渡って、適当に動き回っていたら、大人びた雰囲気の人が赤い長髪を揺らしていゆったりと歩いていた。

 つい視線を奪われながら、考える。

 私の髪型はなかなか地味なのかもしれない、と。

 他の魔女は多種多彩な髪色をしてたりする。青かったり、緑だったり、白かったり黄色だったり。魔女図書館では様々な色の魔女がいる。

 そんな魔女図書館出身の私ではあるけれど、髪の色は黒い。それに、そこまで髪を伸ばしているわけではないので、そんなに目立たない。勘違いした魔女が、私を見て人間がここにいる、と言葉にしてきたことがあるのは記憶に新しい。それくらい魔女っぽくないらしい。


「うん、前向きな空気がいっぱいな空間はやっぱり安心して動けるかな」


 街のあちこちから聞こえる音に耳を傾ける。車の音、人間の喋る声、動画から流れる音声。それらが同時に聞こえてくる。その音を耳にする度、明るい気持ちになる。どこかまっすぐ心に届きそうな雰囲気がいい。


「マイナスな発言ばっかり耳にしちゃうと疲れちゃうし、これくらいおおらかな空気の方が楽だし」


 明るい会話を聞いていて、ふと魔女図書館にいる魔女のことについて思い浮かべた。気質的な部分があるのか、少しマイナス気味の内容の会話が多かったりするのが魔女図書館の魔女だったりする。全てがそう、というわけではないけれど引きずられるように暗い話題に落ち込んでしまうところは多い気がする。


「……主観による思い込みも悪いのかな」


 考えると肩が凝りそうなので、ほどほどにするべきか。そう考えながらおもいっきし伸びをする。

 魔女図書館には、いい魔女もいれば悪い魔女もいる。なにやら不審な実験をしている魔女だっている。今、平和なのは危害を加える魔法・魔術に対しての罰則がしっかりしているからで、なんだかんだで昔話に登場するような悪い魔女だってまだまだ多い。

 ……私は、魔女の中ではそんなに歴史がある方ではないので、大概の魔女が先輩にあたる。そういった事情もあって、私や、そこまで活動していない魔女に対して、人間への警告を加えてくる魔女もそれなりに多い。


『人間に気をつけろ』

『やられたら泡になるまで溶かされるぞ』

『人間は怖いぞ、外には出ないほうがいい』


 ただ、警告の言葉は大抵過去の歴史からの指摘みたいなものがおおい。実際にそうされた、というわけではない。人間は危険だとか絶対に相手しない方がいいという過去のあった出来事を見て判断している、偏見の言葉に近い。

 それを聞いて納得している魔女もいたけれど、私はどうにもしっくりこなかった。


「概念だけで人を見る、みたいなのってやっぱり駄目だと思うんだよね、もっと本質的に、知りたいって気持ちが大事なはずだし……」


 私の持論はこうなる。

 知らないから過去を見て恐れる。よくある話ではある。だからといって、それで決めつけてしまうのは良くない。もっと自分から相手のことを理解しようとするくらいの気持ちは大切なはずだ。


「あ、あの。それは、どういう意味でしょうか……?」

「……え?」


 考え事にふけっていたのもあって、素っ頓狂な声をあげてしまった。

 ふと、声をかけられた人の方に振り向く。

 私より少し背が小さい女の子だ。恐る恐る言葉を繋げているあたり、少し引っ込み思案のような気質を感じる。


「特にはなにも言ってないけど……」

「そ、そうなんですか……? てっきり話しかけられたかと思って、驚いてしまいました……」

「私も独り言が言葉になっちゃってたみたいで。勘違いさせちゃったかも」

「す、すみません」


 私も急だったので、少し焦っていたけど、様子と会話内容を聞いて状況を把握する。

 ……どうやら私の独り言が言葉になっていて、それを聞いた女の子が話しかけたかと勘違いしてしまったみたいだ。困った表情を浮かべてどうするべきか悩んでいる。

 なんでもないと返答してしまうのも、なんだか話してくれた彼女に申し訳ない。そう思い、少し言葉を繋げてみる。


「見た目が怖いから話しかけない、雰囲気が暗いから言葉を繋げにくい、みたいな初見だけで相手を判断しちゃうのはもったいないなってこと考えちゃってて」

「それで、つい言葉になっていたと……?」

「まぁ、そんなところ。ひとりでいる時間がそれなりに多かったりするから、少し独り言が多くなっちゃってね。変な印象を与えてたらごめん」

「い、いえ大丈夫です」

「研究とかそういうことばっかりしてるからか、独り言が多くなっちゃってるんだよね」

「研究……なんのですか?」


 純粋な目で見つめられる。

 どう返答するか、少し悩みながら私も返答する。


「人間研究かな、色んな人を見て、私自身の事も考える、みたいな」


 嘘は言ってないだろう。

 人間を知って私なりの考えを纏める。それが今回私がやりたいことなのだから。


「なんだか大層なことをしていますね……」

「まぁ、趣味でやってるだけだから、そんなに重い研究ってわけじゃないよ」

「色んな方を見るのも勉強と……」

「そうなるかな」

「相手の第一印象のみを見ないで、しっかり相手を見て考える、みたいな……?」

「そういうのも意識してるね」

「……なんだか素敵ですっ」


 彼女が眩しい笑顔で、そう言葉にする。

 これは感銘を受けた、ということなのだろうか。


「それってどういう……」

「わたしも、そこまでおしゃべりではないので、そこまで会話上手ではないのですが、こんなわたしにも話しかけてくれる人がいて、その方と友達と仲良くなれたので……その考え方は、とてもいいなって、思いますっ」


 そう言葉にした後に、喋りすぎてすみませんと続けてきた。

 ……褒められた。

 考え方がいいと言われた。それが赤の他人で、相手が人間でも嬉しい。


「こちらこそありがとうね」

「ど、どういたしましてです……?」

「もっと、色々研究したいって気持ちになれたから、これからも頑張ってみる」

「は、はい。応援します……!」


 偶然話しかけた感じでも、こうして前向きな感情に繋げられるなら幸せだと思った。


「あ、いた! おーい、こっちこっち!」


 彼女は友達と一緒に街を歩いていて、少しはぐれていたのか。ちょっと引き留めていたかもしれない。


「じゃあ、私は行くね」

「はいっ、研究、頑張ってくださいっ!」

「そっちも友達と仲良くね」


 手を振って、出会った彼女と別の道を歩いていく。

 こうして人間と会話できたのはいい経験になったはず。対等な立場で会話できたのは、なんていうかいい進歩だ。

 ……ただ、ちょっとだけ名残惜しくもあった。


「友達かぁ」


 私には友達がいない。……と、言い切りたくはないけれど、友人と呼べるような関わりをしている魔女はまだいない。魔女なのに人間のことを知ろうとしているなんて変わり者だ、なんて偏見があったりもしてるし、仲良くする相手がうまく見つかっていない。


「……人間への研究をしっかり重ねれば、こういう声も少なくなるのかな」


 人間も悪くはない。さっきみたいに、話していて心地がいい場面だっていっぱいあるはず。それなのに、コテンパンにやられた魔女の歴史だけを考慮して怖いなんて考えるのはもったいない。私はそう思う。

 ……もうこの際、魔女図書館の先輩魔女に届くように、明確に、鮮明に、人間の文化について書いた論文でも出してみようか。そうしたら、うまくいくのかもしれない。


「やっぱり、そんなこともないのかな……」


 私が人間は素敵だと喋っても魔女図書館にいる大勢の魔女には通用しないだろう。根強く残っているマジョリティにはなかなか勝てないものだ。人間好きの魔女、という立場の方がマイノリティーな立場にいるっていうのも自覚している。変革をもたらそうとしても、私ひとりの力では限度がある。

 それに、魔女図書館で引きこもっているような魔女は、人間嫌いな節が多い。こういう人間が嫌いな心境というのは、集団心理に基づく人間悪同盟みたいな発想なのだろうか。私にはよくわからない。

 ……考察すればするほど頭が知恵熱で爆発してしまいそうだ。考えすぎてしまうのはよくあるけれど、魔女のことになると答えがなかなか見つからない。


「今は人間の文化を楽しむ、くらいの気持ちで色々動いてみようかな」


 正直、人間の街まで来たのに、頭だけ動かして動けなくなって終わりなんて悲しすぎる。甘いクレープやタピオカ、アイスクリームにカステラ。ここには甘いものがたくさんある。糖分を補給して、そこから色々研究をしていこう。甘いものは私の頭を癒すオアシスのような役割を持つ。

 資金についても問題はない。ちゃんと使える魔女図書館側で、変換してもらった人間の世界用の通貨は用意してある。

 いい場所があるかと、周囲を見渡してみる。

 ……見つけた。

 スイーツのお店。

 これは動くチャンス。足早に、私はそのお店へと向かうことにした。





「ミルクチョコのタピオカ……美味しかったなぁ」


 飲み終えたタピオカのカップをゴミ箱に捨てる。充実感がありすぎて、少しだけ意識が飛んでいた。これはすごい。素晴らしく美味しかった。


「もうちょっと、味わいたいなって思うくらいってすごいよね」


 口の中に残っている甘さを堪能しながら呟く。油断すると、また買ってしまいそうだ。流石に二杯目は重いので、そこまで飲むつもりはないけれど。

 満足感。それがこのタピオカに相応しい言葉だろう。まず、もちもちしたタピオカとチョコの相性が抜群だ。あまったるい、ふんわりとした甘さにもちもち感が混ざることによって素晴らしい味わいになる。そもそも、タピオカのもちっ感とチョコレートの中にミルクが入るのは反則だ。ミルクココアはよく飲むからといって「もちもちしたものが増えただけなら、そんなに味は変わらないんじゃ……」なんて思っていた私が間違っていたと実感できるくらいには美味しい。甘ったるさがもちもちと合わさってちょっとだけきっちりとした味わいになる。そう、この『ちょっと』が素晴らしい。本当に、美味しかった。


「……次から次へと言葉が思い浮かぶ」


 多分まだまだ話せるだろう。どんぴしゃに相性が良かったので、頭が冴えた。街を歩く私の歩き方も若干テンションが上がったものになっていると、なんとなく感じる。


「自分でもうまく作れるように試行錯誤してみるのも面白いのかも」


 タピオカを用意したりする行程とか、実際どういう風に作ればいいかなんてわからないけれど、本を探せば見つかるかもしれないし、探してみるのも楽しそうだ。

 流行の食べ物探し。これも人間の文化研究としていいかもしれない。


『私が気になったものに対して積極的になって、作り方や文化をもっと研究する!』


 こんな感じにメモしておけば忘れないだろう。

 こまめに興味を持ったことに関心を示す。これが大切だ。

 次はどこにいこうか。目的は文化研究。なんだって大切な一歩になる。


「タピオカのお店で貰った地図を使いながら、色々と気になったものを追いかけてみようかな」


 地図を広げて、次の目的地を探る。大切なのは自分の足と健康。無理さえしなければ、どこまでもいける。私なりに動こう。

 前向きな気持ちを大切にしながら、街を歩いていくことにした。

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