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アル・フィアータの魔女物語  作者: 宿木ミル
私とみんなの魔女物語編
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私と音の導き

「最近の調子はどう? 元気かな?」

「ほどほどかな。時々リラックスしたくなる気分になることは多いけど」

「それならゆっくり休んで。いい感じの音楽も流せるよ」

「ありがとう」


 ノイザーミュートの家。文章を纏める作業の気分転換に、今日は彼女の家に赴いた。今日は彼女と二人きりだ。

 隣り合って座るソファー。冬の寒さを凌げるように部屋の中は暖かい空気に包まれている。

 今流れている音楽は、ゆったりとした感じのジャズ。落ち着いた気持ちにさせてくれる。


「それにしても魔女に向けての本を出すなんて大変そうだね。どういうこと書いてるの?」

「人間文化と魔女文化の差異、魔法の性質の違いとかそういう事柄かな」

「うわぁ、真面目そう」

「考え方によっては論文に近いのかも……でも、なるべくカジュアルにする為に文章形式は柔らかめにしてるけどね」

「サンプルとかある?」

「一応、ちょっとした部分は用意してるよ」

「読んでも?」

「もちろん大丈夫」


 興味津々なノイザーミュートが私の書いた文章を黙読していく。

 その間、少しだけ暇だったのでそわそわする気持ちを和らげる為に置かれていたお茶を飲むことにした。

 お茶は暖かいもので、飲んでいると少しゆったりした気持ちになれる。

 私が一服していると、文章を読み終わったノイザーミュートがこちらに顔を向けてきた。感想を述べるのだろう。


「淡々としすぎてないのはいいと思う!」

「それは狙って書いてたからね」

「でも、ちょっとアルっぽさが足りないかも?」

「私っぽさ?」


 うーんと悩みながら、彼女が続ける。


「なんていえばいいのかな。ほわほわした温かさみたいなのとか、好奇心旺盛な感じの部分とか? そういうのが見えないのが寂しいなって思って」

「事実を伝えるのが大切だから、そこは省いてたところかな……」

「うーん、もったいない! せっかくだから筆者の考えも取り入れちゃえ!」

「主観で話過ぎたら、それはなんだか最初の趣旨とかけ離れちゃいそうなんだよね。大丈夫かな」

「そこはバランス感覚だと思うけど……でも、個性って大切なことだと思うんだ、私はね」

「そこまで言うなら、もう少し文章練ってみようかな」

「みんなと意見をぶつけ合って、より良いものにするっていうのは素敵なことだからね。私も手助けするよ」

「うん、魔女のみんなにも掛け合ったりして調整してみる」

「その調子、その調子っ」


 客観的に事実を述べることも大切だけれども、主観的な感想を述べることも重要。

 ガチガチな論文ではなく、私の文章で文化を知ってもらうという形ならばエッセイに近いかもしれない。それを考慮すると、もっと緩く書いてみてもいいのかもしれない。もちろん、事実に反することは書かないことは前提で、だ。

 私が私なりに感じたことを文章にして、それと同時に文化研究をしっかり纏めていく。難しいけれど、やりがいがある。これまで以上に魔女と人間の交友をよくするために、私にできることをしてみたい。

 頭の中で色んな思考を巡らす。

 そんな私を見て、ノイザーミュートは笑顔で微笑んできた。


「個性って不思議なもので、色んなところで浮かび上がってきたりするんだよ」

「そういうもの?」

「うん、音楽だってそうだし」

「演奏するジャンルとか、それぞれ演奏者によって違うのもそういうことだったり」

「そうだね。ロックが得意って言う人もいるし、ジャズを奏でるのがいいって人もいる。魔女だってそれぞれ違う音楽を奏でること多いかもよ?」

「やりたいことも違ったりする」

「歌いたい、演奏したい、指揮したい……色んな表現方法をみんな持ってる。それが音楽だね」

「凄いことだと思う」


 のびのびと語るノイザーミュートに対して、ありのままの感想を言葉にする。

 やりたいことをやって、伝えたいことを伝える。それは、まっすぐな自己表現だ。


「歌い方もそれぞれ歌手によって違うし、込められた思いだって少しずつ変わっていく。演奏だって、目立たせたいところがそれぞれ違ったりもする……」

「各々が自由に生きているって感じがするでしょ?」

「そうだね、自由で……なんだか尊敬しちゃうかも」

「そう? アルも結構自由だと思うけど」

「それはどうなんだろ……」


 いざ自由について考えてみると、なかなか難しく思う。

 私は私なりに行動しているけれど、それは自由なのだろうかとか、そんなことを考えてしまう。

 そんな私の考えを見抜いてか、軽く話すような口調でノイザーミュートが続けた。


「自分は自由であるって考えるとそれは哲学の分野になるかもしれないけれど……」

「けれど?」


 突然、ノイザーミュートが指から発する音をピアノの音に変えて演奏しだした。ジャズの音楽に合わせて繋げるような連弾を重ねる。

 元々の音楽の形とは違うけれども、ノイザーミュートのアレンジが加わり、また別の雰囲気を出していく。

 軽快なピアノ、弾むメロディー。リズムの速度は変わらないけれども、軽快な感じになっている。


「やってみたいことをやる、ならばまだ簡単な感じしない?」

「今のアレンジとか?」

「うん、まさにその通り。これは今の心境を音楽にしてみたいから繋げてみたってだけだし」

「どんな心境なの?」

「アルとの会話は楽しいなっていう音楽」

「わかりやすい」

「だからそれくらいがいいんだって」


 そう言葉にしながらにっこりと微笑む彼女。

 難しいことを考えすぎる必要はない。私なりにやってみればいいのだ。そういうアドバイスを貰った。


「楽しかったこと、思い出のこと、伝えたいこと、全部詰め込んだらアルの書きたいものができると思うよ」

「文章量ぎっしりになりそうだね?」

「アルが満足できるまで、いっぱい纏めちゃえばいいよ。そこで色々調整して、削ったり付け加えたりしたものがやがて完成品に繋がっていくはずだからね」

「そう言われると俄然燃えてきたかも」

「その意気その意気っ」


 私にできることをする。

 私だからこそできることをする。

 今までの経験をいっぱい詰め込んだ書物ができるのならば、それはきっと相手にも思いが伝わるはずだ。


「一種の演奏会みたいなものだよ」

「演奏会?」

「本番に向けて準備して、用意したものを発揮する。文章という形であっても、アルの演奏会みたいなものだって私は思うんだ」

「観客を感動させるならば、それなりの熱意を用意しないといけないよね」

「そういうこと。それでも、アルが感じてたこと、全部ぶつければきっとうまく行くよ」

「……そうだね、頑張ってみる!」


 私の本で歴史が変わるとかそんな派手な分岐点が発生するかなんてわからない。

 もしかしたら、読まれたとしても、明日忘れ去られてしまうかもしれない。

 それでも、私が私なりに伝えた物語で、少しでも多くの魔女の印象に残るのなら、それは幸せなことなのだと思う。

 ノイザーミュートの言葉を、心意気として私なりにメモに残しておこう。


『私が主役の演奏会を全力で楽しむ! 後悔しないように、しっかりと準備もする!』


 まっすぐ私なりに向き合えばきっとうまくいくはずだ。

 しっかりと頑張っていきたい。


「なんだか話してたら即興曲を奏でたくなってきちゃった。なにか奏でてもいい?」

「問題ないよ。ノイザーミュートの演奏が聴けるのは嬉しいから」

「やった。じゃあ早速演奏していくねっ」


 自由に奏でられる即興曲。

 明るい音楽が、心を奮い立たせていく。まるで応援歌のようだ。

 私も、彼女のように心を震わせられるように頑張ろう。

 表現したいものをはっきり奏でていくノイザーミュートの姿に強く励まされる冬の日だった。

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