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アル・フィアータの魔女物語  作者: 宿木ミル
まったりする日常編
341/394

私とトゥリのバレンタインデート

「これでよしっと」


 魔女図書館の『自室』で準備をしっかり整える。

 持っていくチョコレートもばっちり用意済み。衣装についてもいい感じに調整できた。あとは出かけるだけ。

 チョコレートは私なりの想いを込めて作ったから、美味しくできているはずだ。自信を持って渡せる。少し心配なのは自分自身の衣装だ。


「バレンタインデートっぽいかな」


 バレンタイン風のチョコレートファッション。それを目指してみた。

 丈の短いスカートのワンピースにふわふわのフリルが付いたものが今回私が着ている衣装だ。

 可愛すぎず、派手すぎない色合いとしてチョコレートカラーのものを選んでいる。赤いものを着るのも少し考えていたけれど、それは目立ってしまいそうだったからやめた。

 靴下はサイハイソックスの白。靴はローファー。足がちょっと肌寒いのもきつそうだったから長めの靴下にしてみた。バランスはいい感じになっていると思う。


「さてと」


 心の準備も万端。

 荷物に忘れ物もない。

 しっかり楽しめそうだ。


「行ってきます」


 魔女図書館を抜け出して、トゥリと決めていた待ち合わせ場所に向かう。

 弾むような気持ちを抱えながら、私なりのペースで進んでいった。








「アル」


 街の公園。私を見つけたトゥリが駆け寄ってきた。


「待たせた?」

「ん、待ってない」


 ふとトゥリの衣装を確認する。

 いつもの洋風ファッションかと思いきや、彼女もまたチョコレートカラーのファッションになっていた。

 白いワイシャツに大きめなローブという格好はいつもどおりなものの、スカートが赤くなっている。それにローブもチョコレートカラーのものになっていて、ふわっとした雰囲気になっていた。手元にはフリルも付いている。


「可愛い」

「アルもいい感じ。スカート短いの珍しいし」

「た、たまにはいいかなぁって思ってね」


 こくんと頷きながらトゥリが私を見つめてくる。

 なかなか気に入ってくれたのかもしれない。


「なるほど、絶対領域」

「あんまり見つめられると恥ずかしい……」


 スカート付近に目が行っていたので、ふとスカートを抑える。ミニスカートだからあんまり意味がないのだけれども。


「隠せてない」

「うぅ」


 スカート丈が短いのはあまり着ないのもあって、感覚が違う。

 トゥリは短めのにも慣れてるからか、動きが軽快なように見える。


「と、とにかく行こう!」

「どこに行くの?」

「……あれ、決めてなかったの?」

「ん」


 あっけらかんとした態度で彼女が頷く。

 言い出しっぺのトゥリがまさか細かい行先を考えてなかったとは。私も予想してなかったので悩む。でも、こういう時は逆に考えるべきだろう。


「じゃあ、自由に適当にぶらついちゃおっか」

「デートとして?」

「そうそう、美味しい出店とかあったら買っちゃうとかしてね」

「わかった、そうする」

「じゃあ、出発!」


 前に進もうとしたその時。


「待って」


 トゥリに止められた。


「どうしたの?」

「折角のデートなら手を繋ぎたい」

「……手を?」


 私の同意を聞かないまま、トゥリは手を差し伸べてくる。どうやらしてみたいという欲求が強いみたいだ。

 それなら、応えてあげたい。


「いいよ、繋ごう」

「ありがとう」


 トゥリと手を優しく繋ぐ。

 柔らかい彼女の手の食感を感じて、少しどきっとする。あんまり私からこういうスキンシップをすることがないから斬新に思えるのだ。


「どうしたの?」

「ううん、なんでもない」


 ドキドキしてる、なんて言ったらトゥリにからかわれるだろう。

 だから、あえてはぐらかす。でも、この感覚は悪くない。少し特別な感じがするから。


「じゃあ、行こう」

「そうしよっか」


 のんびり歩幅も合わせて、ふたりで街を歩いていく。

 バレンタインデーの街は恋人同士でいる人も多くいて、微笑ましい姿を見せている。頬をひっつけあったりとか、両手で片方の手を温めたり、色んな仕草を見れて面白い。


「……ん」


 トゥリも真似して、私の掌に繋いでない方の手をぎゅっと握ってきた。

 彼女の手がとても温かい。


「ど、どうしたの?」

「主張してみた」


 おっとりとした様子でそう答えるトゥリ。

 どうやら、目移りしていたのが気になったのかもしれない。

 それなら……


「お返し」


 私もトゥリの掌の上に手を乗せた。

 当然、向かい合うような姿勢になるから動けないけれど、暖かさをお互いに感じられる。


「アルも悪戯心ある?」

「そんなことはないと思うよ」

「アルの手もいい感じ」

「な、なにが?」

「触ってて安心する」


 ……なんていうか、トゥリは心をくすぐるような言葉をいうのが得意なのかもしれない。

 顔が赤くなってしまいそうなことも、すっと出てくる。


「あ、あそこにチョコレートの出店があるよ」

「誤魔化した?」

「誤魔化してないっ」


 気を取り直して、お店に赴く。

 列に並んでいる時は、なにかトラブルなどもなく、売っているものを買うことができた。

 チョコレートの小さなクッキーだ。

 購入したのちは、トゥリと分け合って食べていく。


「ビターチョコの味わいだね」

「大人っぽい感じがいい」

「わかる、苦すぎないのが心地よい」


 ビターチョコの味ながら食べやすいクッキーだ。

 サクサクした触感が美味しくて、しっかり味わえる。苦みも控えめだからいい感じだ。


「食べるのもいいけど、ゆっくりもしたい」

「ゆっくりって?」

「ん、自由に買い物とかする」

「それなら付き合うよ」

「嬉しい」


 そんなこんなで、買い物にも赴くことになった。

 本屋では……


「アル、こういう本はどう?」

「コスプレ……興味はあるけど、似合うかなぁ」

「似合うし、写真撮りたい」

「褒めてもなにもでないよ」

「事実を言ってる」


 トゥリから本を勧められたりして盛り上がったり……


「トゥリは好きな本とかある?」

「ん、平和な話が好き」

「なら、こういうのはどうかな」

「いいと思う」

「あとね、アクセサリーの作り方とか知るのも楽しそう」

「手芸」

「そうそう! 色々用意できるからね」

「アルの着せ替えにも貢献できそう」

「もうっ」


 逆に私が本を勧めたりもした。

 話のペースがトゥリに持ってかれることもあったけれど、それも悪い感じはしなかった。

 洋服屋でも……


「アルはもっとフリフリしていいと思う」

「というと」

「ゴシックロリータ」

「袖通すの勇気いるんだよねそれ」

「どうして?」

「ほ、ほら、そこまでこてこてに可愛いの似合わないし」

「そう?」

「……純粋な目で見られると返す言葉がない」


 グイグイ迫るトゥリに困惑しながら会話を重ねた。


「トゥリだって、カジュアルな衣装を着てみたら?」

「カジュアル?」

「Tシャツとか、質素な感じなの着てるの興味ある」

「その状態で甘えてもいいなら検討する」

「うぐ、それはちょっとドキドキが凄いかも」

「……?」

「ううん、なんでもない」


 適度に軽装なトゥリを思い浮かべたりもした。

 なんていうか、私は妄想がちなのかもしれない……?

 様々なお店を行って、会話をしていく時間。それは凄い特別な時間とはいえないかもしれないけれど、悪くない時間なように思えた。

 話題が可愛いとかそういう系になることが多かったのは不思議だったけれども、もしかしたらバレンタインデーだったからかもしれない。

 もう少し可愛くあってもいいかもしれない。デート中のトゥリの微笑みを見つめているとそう思えていた。







 街の買い物を済ませて、トゥリの家の付近まで歩いていく。

 人が多いところではチョコレートを渡したくない、とのことだったので彼女の家まで赴くことにしたのだ。

 手を繋いで歩く私とトゥリ。

 外の風は冷たいけれども、心はほかほかだ。トゥリの掌が温かいから安心感も覚える。


「トゥリ……その」

「ん」


 少しだけ心配だったから尋ねてみる。


「いつも通りの日常みたいなデートだったけど、楽しかった……?」


 少しの沈黙。

 トゥリは私の瞳を見つめて、こう返答した。


「楽しかった」


 小さく微笑み。まっすぐな声。

 心から、楽しいと言っているのはその態度から伝わった。


「二人きりで歩く機会はあんまりない。だから、アルと一緒にのんびりした時間を外で過ごせたのはすごく嬉しかった」

「そっか、それならよかった」

「あと、外でアルに触れた状態でいると、特別な感じがあってよかった」

「特別な感じ?」

「安心感と高揚感」


 頬を赤くしながら、トゥリがバレンタインチョコを手渡してくる。


「ハッピーバレンタイン、アル。これからも一緒にいてほしい」


 私の瞳を見つめながら、そう言葉にするトゥリ。

 かけがえのない、私の友達。


「ありがとう、トゥリ」


 しっかりとチョコレートを受け取り、懐にしまう。

 そして、私もチョコレートを渡すときだ。

 小さく深呼吸して、トゥリにチョコレートを渡す。


「トゥリ、ハッピーバレンタイン。ふたりでいると感じるドキドキをこれからも大切にしよう」


 思い浮かんだ言葉をそのまま口にして、話す。

 するとトゥリは、チョコレートを受け取るよりも先に、私に抱きついてきた。


「わわ、どうしたの?」

「なんとなく、こうしたかっただけ」

「もう、トゥリったら」


 トゥリの顔が胸元に近づく。厳密に言うと耳がぴたっとくっついている。


「アル、ドキドキしてる」

「バレンタインチョコをプレゼントしてるからね」

「緊張してた?」

「それもあるけど……」

「あるけど?」

「ううん、なんでもない」


 心がドキドキするのはトゥリとの時間がかけがえのないものだと考えているから。

 そして、私がきっとトゥリと一緒にいたいと思っているからだろう。

 気恥ずかしくて、言葉にはできないけれど、こういう関係性も大切なものにしていきたい。


「……でも、いつまでもぎゅってされてると私も動けないよ」

「しばらくはこうしてたい」

「甘えたがりなんだから」

「たまにはいいと思う」

「……まぁね」


 他の友達にプレゼントを配る前に、こういう甘い時間があってもいいだろう。

 トゥリの背中を優しくなでると優しい気持ちになれるし、心地いい感覚に包まれる。

 ……メモにはこう書いておこうか。


『バレンタインデーは想いを伝える日。心に込めている想いをいっぱい伝えられたらそれはきっととっても幸せ!』


 甘い感じの文章になったけれど、たまにはこういうのもいいだろう。

 想いを伝えるチョコレートを渡す、バレンタインデーなのだから。

 友達の熱に、素敵なチョコ。ふんわりとした甘さを感じる時間が心を幸せなものにしてくれた。

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