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アル・フィアータの魔女物語  作者: 宿木ミル
変わり者な魔女の些細な日常編
30/394

私と風の導きと

 風を感じるということ、素敵だと思う。

 素直に言葉にして、表現するのは少し難しいけれども、風を感じることによって心が落ち着くというのはきっとあるだろう。事実、今の私はそれによって癒やされている。


「人との会話も好きだけど、こういう時間もやっぱり悪くないし、とってもいいかも」


 断崖絶壁、下は森林で覆い尽くされている。そんな空間で私は風を浴びている。

 スカートがなびいてしまう、というのは嫌だったのでハーフパンツにワイシャツという軽装だ。少しだけ伸ばしている私の髪だけが風でなびいている。

 激しく響き渡る風の音が心を刺激する。内側から体をマッサージされている感覚と呼ぶべきなのだろうか。心が満たされるような安心感を覚える。


「……落ちたらどうなるかみたいなこと考えると、やっぱり怖いけど」


 崖際で座っている関係から、下を見れば、ぞっとするほどの高さを強く実感させられる。

 人が立ち入る場所ではないからか、フェンスや策といったものは一切無い。そのため、後ろから突き落とされたりなんてしたら、大変なことになるのは間違いないだろう、そう考えると怖い。

 それでも、景色や風が心地よいから、そのまま座り続けている。度胸試しがしたいというわけではない。ちょっとしたスリルもこの時間を楽しむ要因になっているから、この状態を維持しているのだ。


「開放的な気分になれるから、素敵」


 何処までも続いているような自然の景色。綺麗で美しい澄み渡った空。視線いっぱいに広がる風景が世界の広さを感じさせる。コテコテした都会では考えることはないだろうゆったりさといったものが良い。

 ぼんやりしていると、時間の流れる感覚を忘れる。この後のこと。次、何をするべきか。そういうことを今だけは頭で考えなくてよいのではと感じるのだ。今は風と共に伸びやかな時間を過ごす。そういった思いでいっぱいだ。

 もっと風を感じられるように、体を斜めに傾かせる。びゅう、という音を耳にしながら、ふと上を見てみたら、人が私の顔を覗いていた。


「ふぇ!?」

「おっと、すまなかったな」


 私らしくない悲鳴を上げてしまった。全く気が付かなかったので、びっくりしてしまったのは仕方がないけれども。

 振り向いて、よく確認してみる。赤い長髪が特徴的だった。長いジーパンにジャケットを羽織っている。髪を見ていなかった一瞬だけ、男性に見えたけれども、女性だ。身長は高く、大人らしさを感じる。

 急に迫ってくるとトゥリウットを疑うけれども、彼女ではない。あからさまに違う。体格とか、雰囲気が全然違う。となると、この女性は誰なのだろうか。知り合いにはいないタイプなので、どのように接して良いのかイマイチわからない。


「ど、どちら様ですか?」


 少し不安だったので、敬語で様子見をする。すると、女性は笑った。


「怪しいものではないよ。こういうところが好きな変わり者。名前は、ベゴニア・ルートリッハ。気軽にベゴニア、と呼んでくれて構わない」

「ベゴニア……」


 ベゴニアという名前が、どこかで聞いたことがあるような単語だったので、思い出す。確か、花の名前だったような気がする。本で調べた時、愛の告白みたいな花言葉があったのを覚えている。愛の告白というと、甘い印象があるけれども、今、目の前にいるベゴニアからはそれを感じない。他にも花言葉があって、それに準じたネーミングなのだろうか。


「まぁ、ルートリッハの名前の方が知られていることが多いかもしれないな。巷では、『魔法少女の師匠』だとか言われてるからね」

「魔法少女の師匠……」


 ベコニアが雄弁に話す。

 魔法少女の師匠という言葉にも思い辺りがあった。確か、春野すみれが師匠を持っていたという話をしていたからだ。もしかするとその師匠なのかもしれない。


「ところで、君の名前は?」

「あ、すみません。アル・フィアータと申します」

「かしこまらなくていいよ。よろしくな、アル」

「敬語でなくてもいいと」

「あぁ、構わない」


 男性らしい口調をしている。それが、より私に凛とした雰囲気を感じさせる。


「隣、座ってもいいかな?」

「こっちとしては大丈夫」

「では遠慮なく」


 ベコニアが崖際に座る。私よりは頭一つ分くらい大きいのだろうか。改めて、身長差を感じさせられる。

 ふとした拍子に長髪が風になびき、広がった。まるでライオンのようだ。


「ん、今日も良い風だ」

「ベコニアはいつもここにいるの?」

「そういうところだ。とはいえ、今日は先客がいて驚いたがな」

「邪魔だったなら、申し訳ないけど……」

「邪魔ではないさ。君の正体が気になるところではあるけれどね」

「どうして?」

「こんな場所に来る人間なんて、まずいないからね」

「なるほど……」


 素直に打ち明けるべきか、悩む。魔法少女の師匠などと呼ばれている人ならば、前に魔女と戦ったことなどがあるかもしれない。私が魔女であると言った瞬間に攻撃されるという可能性も否定はできない。

 ベコニアの顔を見つめてみる。澄んだ瞳だ。赤い髪と違い、青い色をしている。彼女に嘘を言ったとしても、すぐに見抜かれてしまうであろうことは思った。それほど真っ直ぐな瞳をしている。

 ……悪い人には思えない。むしろ、正義の人みたいな、そういう誠実さを感じた。


「……人間ではなくって、魔女かな。魔女図書館にいる魔女の一人」


 だから、嘘を言わずにはっきり答えた。変に嘘を言うよりはこっちもしっかり伝えたほうが良いという考えだ。


「やっぱりか、そんな感じしてた」


 ベゴニアは、それを平然と受け止めてきた。まるで、知っていたかのような態度だ。

 あまりにもあっさりすぎたので、こちらが困惑してしまう。


「雰囲気、漂わせてた?」


 最近は、正体がばれてもいいかなと思う気持ちもあったから、別にそんなに気にしてはいないものの、魔女だと言って驚かれないのも、それはそれでなんだか斬新だった。


「いや、そうでもない。アルからは普通の人間らしい雰囲気を感じる。でも、わかるんだ」

「わかる?」

「長年、魔法少女をやっているのもあって、魔女だって見抜くのが私にはできる。それだけのことさ。人間と言って近づいてきた魔女と会った回数は少なくないしね」

「経験則なら仕方ないって感じるかも」


 魔女と何回も会っているのであれば、私みたいな存在を見抜くのは容易いのだろう。自慢げではなく、事実を話すようにベゴニアは喋っていた。長年培ってきた技術みたいなものだろう。

 改めて嘘をつかなくて良かったと思った。そうしていたら、今とは違う反応が返ってきていたかもしれない。好意的というより警戒される方向で。


「まぁ、魔女だから敵対するっていうのは無いよ。無論、悪事を行うなら話は別だけどね」

「特にそういうのには興味はないかな。私はのんびり美味しいものを食べたりするのが好きで、悪いことには興味が無いから」

「だったら問題ない。撃退とか突然しないから、安心してほしい」


 ベコニアが手を差し伸べてきたので、その手を繋ぐ。ほのかに暖かくて、少しだけ手のひらが大きい。少しの間、手を離さないで繋いだままだったのは、信頼して欲しいという気持ちの現われと考えた。


「アルは魔女なのに、なんだか魔女らしくないな」

「どういうところが?」

「よく見る魔女は、闘争心が強いみたいなところが強くてね。よく、魔法少女とぶつかったりすることが多いんだ」

「本でよく見たことがあるかも」

「あ、そうなのか?」

「なんだったっけ。『魔法少女に我々の力を示すのだ』みたいなのとか、よく書かれてた」


 ベコニアの話はなんとなく納得がいった。というのも、魔女図書館に置いてあった魔女自身が自分のことを語る本で、そういった記述などが多く散見されたからだ。

 それに、そもそもあの場所にいる魔女はピリピリしていて、ライバル意識を持っているものも多い。


「好戦的な魔女っていうのは結構いるものだ。前は特に多かったな」

「今はどうなの?」

「少なくなってきた傾向にはあると思う。魔法少女と魔女が特別敵対する理由が無ければ、そういうものだとは思うけどね」

「無意味に争い合っても不毛なだけということ?」

「そういうことさ」


 魔法少女側からも、そういう風に考えられているということは、魔女側も変に人間を敵視する動きも少なくなってきているのかもしれない。少しだけ、そう考えたが、すぐに考え直した。残念なことに、偏見を持っている魔女は魔女図書館にはまだまだいる。会話の中で対立を煽るような魔女だっているのだ。

 そういうことを思い出すと少しだけため息が出てしまう。


「こんな感じに気軽に手を繋ぎ合えるくらいの距離感がちょうどいいって、私は思うんだけどね」

「魔法を使うもの同士、仲良くしようということか?」

「魔法の使い方、育ちが違うだけで対立するっていうのも、妙な話。異なることを知っていくことで、より自身の魔法の研究を行ったりして高め合うのもいいんじゃないかなって」

「……悪い魔女とか、そういうものが存在していることから、それのみを実行するっていうのは難しいかもしれない」

「そっか」

「だが、歩み寄ろうという気持ちがあれば、それはきっとよりよい親交に繋がると私は信じているよ」


 崖際に吹く風の流れが変わった。若干おとなしめで、ゆるやかだ。

 ベコニアは遠くを見るような目で、空を見上げていた。これまで、色々な魔女に会ってきたから、感傷に浸っているのかもしれない。


「『魔法少女の師匠』と呼ばれるベコニアに比べたら、まだ未熟かもしれないけど……私は、私なりに魔法少女とは接していきたいなと思うよ」

「未熟かどうかは、本人の心次第さ。アルは前向きだから、きっといい方向に進めると思うよ」

「ありがとう」


 微笑みながら、褒めてくれた。ある意味では先輩のような存在であるので、嬉しい。

 その後、思い出したかのようにベコニアが話を続けた。


「すみれの偏見、直してくれたの……アルなんだろ?」

「結構前のことだけどね。話してたら自然と打ち解けてた」


 リフィー・シュアーや春野すみれに初めて会ったことを思い出す。珍しいと言われたり、悪い奴ではないか、と呼ばれたりしていた。今では良い友達関係になっている。

 ……私が自分のことをアル・フィアータだと名乗り始めたころの出来事だ。

 今でもしっかりと覚えている。


「……あ。やっぱり、すみれの師匠だったんだ」


 当たり前の様にすみれの師匠だと思い込んでいたので、そのまま返答してしまっていた。間違いではなかったようで少し安心する。


「まぁ、そういうところだ。まぁ、一人だけ弟子にしているってわけじゃないけどな。昔の私の資料とかを読んでたからか、すみれは妙に魔女に対して警戒してたんだ」


 ベコニアが苦笑する。確かにすみれは真っ直ぐなところがあるから、一回信じたら止まらなそうなところがある。私に出会うまでは、魔女のことよく思っていなかったのはなんとなく納得してしまう。


「そんな彼女が、ある時期から『素敵な魔女の方に出会えました』って喋るようになってね。君の話をするすみれが、とても楽しそうでさ。ずっと会ってみたいって思っていたのさ」

「素敵って言われてたんだ……少しだけ、照れちゃうかも」

「で、偶然でも出会って思った。アル。君は素直なところが素敵なんだって」

「素直なところ?」

「そう。受け止める意思、というのかな。感覚がとてもスマートなんだ。否定から入らず、相手のことをしっかり受け止めてくれるから話しやすいんだ」


 優しく背中をぽんと叩かれた。君は凄いんだよ、と語りかけるように。少しだけ驚いたけれども、いい感触だと感じた。暖かい。


「やっぱり、そういう感覚は大切にしたいから……」


 なんとなく、空に向けて手を伸ばしてみる。大自然の広さがゆったりとしていて、心地いい。


「しっかりと、私の目や耳で、色々なものを感じていきたいかな」


 決意表明、というわけではない。けれども、ハッキリと言葉にしておきたかったから、そう宣言した。

 強い風が吹いてくる。びゅう、と音を立てながら、私とベコニアに向けて。


「やはり、魔女らしくないな」

「でも、私らしくはあるから、それでいいのかなって。アル・フィアータという魔女は自由気ままに生きるのがそれらしいからね」


 魔女らしくよりも私らしく。欲を言うなら、魔女として、私らしく。昔の考え方に囚われすぎず、真っ直ぐ私として色んなことを知ってゆく。それが大切だと思うのだ。


「……あ、そうだ」


 この心構えをメモしておこう。忘れる前に、しっかりやっておくのが大切だ。


『自由な感覚と私らしさについて』


 仮に似たようなことをメモしていたとしても、積み重ねて大切になる。だから、感じたままをメモすればいいのだ。


「なんだか面白そうなメモを取っているじゃないか。良かったら、見ていいか?」

「もちろん!」


 出会いはどんなタイミングでも訪れる。それを一つ一つ大切にしていくことで、私はもっと素敵な私になれるだろう。ベコニアとの遭遇も、偶然だけれども、とても印象に残る一時となった。だからこそ、いっぱい受け止めていきたいのだ。

 今日には、今日の。明日には明日の風が吹く。断崖絶壁という場所で吹き抜ける風は、まるで私を明日まで運んでくれるようだった。

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