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アル・フィアータの魔女物語  作者: 宿木ミル
私の魔女物語編
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私と魔女の物語

 魔女図書館の本棚にある本に手を伸ばし、私の部屋へと運んでいく。ちょっとだけ古臭い本だって、大切な資料だ。しっかりと確保しておきたい。


「これくらいで……大丈夫そうかな?」


 読んでおきたかった本を借りて、それを参考に研究する。いつもの私らしい日常だ。魔女図書館には本がいっぱいある。魔女が書いたもの、人間の世界で売っているようなもの、ちょっとした魔法書など、本当にいっぱいの本が存在している。

 私は、どんな本も好きだけれど、最近はよく過去の逸話などが書かれた本を読み続けている。


「色んな考え方がわかるから」


 本の中には物語がある。それは、事実としてこの世界に残り続ける。それをもっと知りたい。だから、私は本を読みたくなる。私なりの感覚で。

 魔女図書館の『自室』まで戻り、普段から使っているテーブルの上に借りてきた本を置く。その付近には以前に借りていた本がまばらに散らばっていた。


「……そろそろ返却しておこうかな」


 机の近くにある椅子に座り、ぼんやりと呟く。

 通常の図書館と違って、とにかく本が膨大な量あるのが魔女図書館だ。どれくらい大きいかというと、本がひとつ返却されていなくても、バレないくらいには広い。だからといって、返却しない理由にはならないけど。


「意地悪な魔女って噂されたくないからね」


 本を貯め込む性質がある魔女なんかは意地悪魔女だとか言われたりすることがあるらしい。周囲の目というのは魔女の世界にもなんだかんだであったりする。

 ……色んなことが頭を過っていたけれど、今、私がやりたいことは本を読むことだ。忘れない間に行動しておかないと。


「……っと。すっかり忘れてた」


 本を開こうとした瞬間に思い出した。『自室』で本を読んだりする時に必要な必需心を忘れていたのだ。

 そそくさと、魔女図書館で購入しておいたココア粉の袋を手にして、コップを用意する。


「……もう残り少ないから、新しいのを用意しないと駄目かな」


 空になっているカップを手に掴み、残っているココア粉を全部入れる。

 今度、購買している魔女のところに行って色々買い足した方がいいのかもしれない。


「ポットからお湯を入れてかき混ぜれば出来上がりっと」


 お湯の温度は良好。かき混ぜて完成したココアの香りも素敵だ。

 魔女図書館のお金事情は正直なところとても曖昧だ。

 ちょっとしたレポートを本の参考資料として持っていくと、そのレポートなんかをお金に換算してくれる物好きな魔女がいたりする。

 その魔女は人間が暮らしている世界のお金もうまい感じに調整しているみたいだ。細かい事情はわからないけれど、コネがあるというのは聞いたことがある。


「……なにも食べないでも魔女なら生活はできるけど、我慢できないんだよね」


 魔女は趣向品がなくても生きていけるだけの生命力はある。

 飲まず食わずで研究に没頭している魔女がいるというのも耳にしたことはあるし、多分やろうと思えば私も同じことはできるだろう。

 ……けれど、正直なところ、私はそれはあり得ないと思っている。


「本を読む場合、ココアがないと頭がいっぱいいっぱいになるからね」


 ココアのような甘いものがない生活なんて耐えられない。

 美味しいものを食べない暮らしも考えられない。

 だから、私は私なりの研究でそれとなくお金は貰っている。そんなに高いものでもなければ、問題なく買えるくらいの資金はある。


「……駄目だ、すぐ脱線しちゃう。ちゃんとしなきゃ」


 気を取り直して、本に目を移す。今回大切なのはこっちなのだ。文章に目を通し始める。


――Once upon a time。


「始まり方は同じ」


 魔女の物語に多い、お決まりのワードだ。


『昔々、あるところに……』


 魔女図書館にある、魔女の逸話について語られる物語は大抵この言葉から始まる。

 そうした本の内容はどれも単純で明確だ。魔女と呼ばれる人物が現れて、世界に魔法をもたらす。その結果として良いことも悪いことも発生するが、最終的には魔女はなにかしらの理由でいなくなる。


「古風な魔女って感じだよね、こういうのって」


 読んでいて楽しい、というよりも強い興味を惹かれる。自分のことのように夢想してしまうのもよくある話だ。ココアでも飲みながら本を読まないと、自分の意識が本の世界に飲み込まれると錯覚するほど。

 自分なら、こういう時どうするか。

 私はどういう風に行動していこうとするか。

 物語の登場人物のひとりとして考えてしまうことも多い。油断すると、すぐに頭がいっぱいになるほどに。


「昔々、あるところに……ね」


 読む作業を一旦止めて、最近読んだ本の数を確認する。机の上に広がっている読了済みの本は、五冊ほど。私にしては少ないほうかもしれない。どうも考えながら読むと、ペースが落ちてしまうらしい。反省しなくては。


「んー、気分転換も兼ねて、ココアで休憩を取ろうかな」


 もう一度読み返す前に、ココアを飲む。

 困った時はココアの甘さに頼る。それは重要なことのはずだ。


「このふんわりとした感じの甘さ……」


 喉からすーっと全身に染み渡る、重さを感じる甘さがちょうどよい。頭の回転を促し、固いことを考えてばかりになってしまう私の頭をリフレッシュしてくれる。

 丁寧に、ずっしりくる重さ。

 全身に伝わってくるその甘さは心も身体も癒してくれる。

 じっくり味わって、休憩をとる。


「よしっ、再開する」


 気持ちがリフレッシュできたところで、本を読むことを再開する。

 さっきまで読んでいた本は、まだまだ途中だ。

 じっくり文字を見つめながら、物語を追いかける。


「ん、これは、またあのパターンかな」


 読んでいた文章の気になったところを指でなぞって確認する。デジャブを感じるのは仕方がない。今、私の『自室』の机の上に置いてある魔女に関わる本は、大体こんな終わり方をしていたのだ。

 最近読んだ魔女の本の内容をもう一度思い出す。


『邪悪な魔女はかまどで煮られて死にました』

『世界を暗闇に陥れた魔女は正義によってやっつけられました』

『悪い魔女は報いを受けるのでした』


 どれも正義の裁きが下っている。

 悪い魔女はみんなやっつけられてハッピーエンドみたいな物語がとても多い。


「やっぱりこれってどうなのかなぁ」


 正直なところ、魔女に対しての圧の強さを感じる。勿論、悪いことは悪い。ちゃんと罪は罰せられるべきではある。けれど、なんだか魔女が悪いみたいな話が多くて、不安になってしまう。


「悪いことをしたいってわけじゃないけど、ちょっと怖いよね」


 これではまるで脅迫ではないか。我が身のように恐怖を覚える。教訓話などの意味が混じっているというのは解るけど、魔女の人権とかってないのかなと疑問に感じる。正確に魔女の人権を言葉にしようとすると魔女権……かもしれないけど、それは置いておく。

 なんだかどんどん気持ちが落ち込んでいく。ダークな方面に引っ張られているような気がするくらいに。……これはダメだ。もう一回ココアを飲んで、気持ちを切り替えよう。


「やっぱり、こういう甘さも欲しくなるんだよね」


 体全身に届いていくような、ココアみたいな甘さがこの物語には無い。

 悪いことした奴に報いを与えるという勧善懲悪ストーリーは嫌いではないし、むしろあっていいものだとは思っている。ただ、その敵役にはどうにも魔女が多いような気がする。昔話の物語は、魔女に厳しいのではないだろうか。

 考えれば考えるほど、複雑な気持ちになったので、もう一度ココアを飲もうとしてみた。


「ん、カラッポ?」


 しかし、これまでの休憩の間に、全部飲んでしまっていたようで、カップの中にはもうココアは入ってなかった。ココア粉の袋の中もからっぽだ。これは困った。あの甘さに頼らないで考え事をするしかない。


「魔女は悪、なんて物語が多くって、どうにも苦い気持ちになるなぁ」


 甘さが足りない。物語にも、私自身にも。自分の座っている椅子を浅く座りなおして考える。やっぱり、甘さが足りない。今の私の味覚も、本に登場する魔女にも。とにかく足りない。

 少しいたずらに魔法を使っただけで正義の鉄槌を喰らう魔女もいたし、改心するといっても裁かれる魔女もいた。まぁ、大概の作品の魔女は往生際が悪いのが多いから、因果応報と言われても仕方がない側面もあるかもしれない。けれども、なにかしらひっかかってしまう。

 甘くない、苦い。チョコレートのような甘味がほしくなる。


「善人気質の魔女とかって結構貴重なのかな……」


 今までに読んだ本を思い返しながら呟く。善の魔女の話は、こんなものかと思うくらいには少ない。一日に十冊読んでせいぜい二冊か三冊くらいにしか善の魔女は登場してこない。昔の魔女のお話を探ると、悪い魔女のお話の比率がとても多い。

 魔女図書館の本は、様々な情報が載った本が存在している。過去の魔女の本で言うなら、四千年前みたいなそんな時期から活動していたのかと思わせるようなものがあったり、過去の魔法使いとの抗争があった時代の本があったりする。あと、詳しいことは知らないけれど、崇高な魔女しか手に取れないような凄い本も存在しているらしい。……そこまで詳しいものは調べられてないけど。


「結構骨が折れそうになるんだよね、魔女図書館でひとつの本を探すのって」


 正直、広すぎて困るほど、本はある。空間によっては、一番高い本棚はそこらにある山と同じくらい高ものだってあるくらいだ。誰も触れていないような古い本は、そういうところにあったりするので、取るだけでも時間がかかるのだ。


「魔女の世間体とか、現在はどうなってるんだか」


 机に突っ伏しながら考えてみる。難しいことを考えると、何故だか小腹がすく。甘いドーナツでも食べれば満たされるのかもしれない。

 最近、甘いものを用意していなかった私の落ち度が出てきている。


「魔女は断罪されるべき存在って言うのが今でも続いてたらなんて考えると、ちょっと心配だよね」


 大昔は、魔女というだけで存在が許されなかった時代だってあるらしい。魔女狩りの歴史なんかは酷いもので、多くの魔女が犠牲になったらしいし、その影響も魔女図書館の創立に関係しているというのは前に読んだことがある。

 残酷な過去。その文化が今現在でも続いてるのかは、ちょっとわからない。魔女狩りのことは何故か魔女図書館でも探しても見つからない。

 直近の人間と争っていた文化について知れるのは、魔女図書館が大型化したきっかけである、人間の魔法使いへの抗争の歴史くらいだ。


「魔女ってやっぱり悪役とかになりやすいのかな……」


 ちょっと考えてみて、もやもやした気持ちに襲われる。。私は悪役をやるつもりはない。もっと、いい感じの存在でありたい。たまに見る変わり者の善の魔女のような存在でいたい。だからこそ、悪役として活躍することが多い魔女の物語を見ると不安になってしまう。


――じゃあ、この世に生きる、産まれてきた魔女は本当に全てが悪なのだろうか?


 自分の胸に問いかける。世界の常識が魔女のことを悪だというのなら、私だって悪になるかもしれない。でもそれでは納得できない私もいる。もっと、別の存在としての魔女を知りたい。どう見られているかを研究したい。


「どう思われているかを知るには、自分の身体を動かすのがいいかな」


 大きく伸びをして、椅子から立ち上がる。肩がぱきぱきしているのを感じ、よく同じ姿勢をずっと維持していたもんだと自分のことながら感心した。


「荷物用意して……行くのは、うん。大きい街。なんとなく……新しい風を感じられそうな場所がいいのかも」


 そんなにまだ人間の世界のことをしっかりわかってないから、アバウトになるのも仕方がない。危険はあるかもしれないけど、こういう時は勇気をもって一歩前に前進するくらいの気持ちが大切だ。新鮮な空気が感じられる場所にいくことを考えた。過去とは別の、今だからこその目線や文化みたいなものを感じられるなら理想的だ。

 都会の魔女物語というのはなんだかちょっと斬新だし、新しい見聞を広めるのにいい機会だろう。

 だから、行ってみよう。適当にいい感じの服を見繕って。


「私の大冒険が今、始まる。……なんて」


 誰に言うわけでもなく、ぽそっと呟く。何言ってるんだろうと考えて、くすっと笑ってしまった。

 何も考えずに人間の世界をぶらついたことは、何回かはある。でも、魔女研究の目的をもって行くのは、今回が初めてだ。ちょっとばかり緊張するが、この緊張が心地よい。心の中で楽しみへと昇華しているのがわかる。


「色んな人に話してみたいな」


 人間は老若男女、色んな姿をしている。私からしてみればそれすらも斬新だ。魔女図書館には老婆や少女の姿をした魔女が多い。それだけ聞くといろんな見た目がありそうなにも感じるけど、そんなこともなく、皆同じような魔女らしい見た目をしているから、人間ほど見た目の多種多様感が無い気がする。

 そもそも魔女は人間のように赤ん坊から成長するものではなく、今の世界の常識に合わせて内面を創作されるものらしい。だから、産まれた時の姿は人によるし、言葉も産まれてすぐ喋れる。その時代に合った体を産まれた瞬間から持ち、すぐさま人間社会に交じることが可能なのが魔女の特徴かもしれない。

 しかし、産まれたときから喋れないというのはどういうものなんだろうか。ふと考えたが、少なくとも今の私には関係のないことだ。首を振って考えをはらう。


「魔女の常識と人間の常識は違うってことだよね」


 魔女のことは、それなりに知っていると自覚しているけど、人間のことについてはまだまだ知識不足だ。よくわからないところが多い。しっかり研究してみようと考えて結局調べきれないというのが続いてる。いい加減調べないといけないな。後回しを繰り返すのは良くないことだし。


「もし、ワンス・アポン・ア・タイムの物語の魔女が、その時の常識によって創られてたとしたら」


――悪になるのが必然だったのだろうか?


 唇に指を当てて考える。この考えは面白いのではないだろうか。魔女は時代の写し鏡で、必要悪のような存在になりうるものが魔女であるという発想。私にしては確信に迫ってるのではないか。

 しかしこの考えを肯定するとしたら、もう一つ疑問が思い浮かぶことに気が付いた。それは、私自身の問題にも繋がる疑問だ。


「じゃあ、私は何者で、どんな存在なんだろう」


 古い存在の魔女ではなく、最近活動している私はいったいどんな魔女だろうか。

 自分探しなんて、答えはないかもしれないけれど、私らしいなにかは掴みたい。ちょっとした冒険の中で見つけられますように。


「ヨラビトケラヒっ」


 深呼吸して、決意。そして呪文を唱える。

 これは、古典的な魔女の呪文。シンプルな呪文とその形式で、多くの魔女が日常から使っている。

 効力は魔女図書館から一定の場所に通じる扉を呼び出すというもの。扉の先の場所を指定することができる。出てくる場所を指定しない場合、思い描いていた場所に近い人の気の少ない空間に移動できる。

 帰る時も同様の呪文を唱えることで魔女図書館に帰れるが、今日はすぐ帰るつもりはない。決意して、ドアノブに手を伸ばす。

 気持ちを前向きにしながら、私は動くことにした。私だけの私らしさを探していく為に。

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