表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アル・フィアータの魔女物語  作者: 宿木ミル
穏やかな日常、平和な日々編
216/394

私と音楽による休息の時間

 うまく行動しようとすればするほど失敗してしまうという罠がある。

 一生懸命になりすぎると駄目になってしまうというよくある話だ。

 そうなる原因ははっきりしている。


 まずひとつ。気合が空回りしてしまっている。やる気だけあっても闇雲に頑張るのでは意味がない。

 ふたつ。身体がついていかない。これも単純な話、動こう動こうと必死になって身体を動かしていても、どこかで限界が来るものだ。

 みっつ。気分転換が出来てないことによる、気持ちの余裕がない。これが一番良くない。動かないといけない、という気持ちに駆られすぎるとそのことばかり考えてしまって、心配になる。心配になると不安になって、不安になると身体に影響が……という負のスパイラルに陥る。これは危険だ。


 活動的になる。それは大切だ。ただ、無暗に行動するのでは体力を浪費してしまう。大切なのはバランス感覚、しっかりと休息をとるのも重要なことだ。

 考えが纏まらない、うまく行動できない。そんな時はあえてそのことから離れてみるのも悪くはないだろう。

 だから、私は気分転換を行っていた。


「……なるほどね、わざわざ書いてるあたり結構深刻そう?」


 私が走り書きでささっとメモした紙をノイザーミュートが机に置く。

 そう、私は今ノイザーミュートの家にいるのだ。


「深刻ってわけじゃないけど、うまく気分転換したいなって思っただけ」


 気さくな態度でそう言葉にする。

 考えることが嫌になったわけではない。ただ、魔女図書館を離れて友達と会話する時間がほしかっただけだ。

 大きめなソファーに深く座っているノイザーミュートはオフの状態というべきか、かなりおおらかな雰囲気になっている。目立たない色の部屋着をしているのもあって、平穏な時間を感じさせる。


「まぁ、そういうのは大切だからね。同じリズムの繰り返しが続きすぎても疲れちゃうし、似たジャンルの曲をいっぱい聞いてたら、あえて別のジャンルだって聞きたくなるし」


 音楽を表現に加えながら会話する姿はなんとも彼女らしい。

 大きいソファーで、のんびりしているのはノイザーミュートだけではない。私もそれなりにくつろいでいる。


「急に押しかけてきて、大丈夫だった?」

「気にしてないよ。こういうのは慣れっこだし」

「やっぱりトゥリで?」

「まぁね」


 苦笑しているけれど、いつものことだと思っているらしい態度だ。

 なんていうか親近感を覚える。


「だから、気が済むまで休んでいいよ。今日は家でゆっくりするつもりだったし」

「気分転換しててもいいと」

「まぁ、ここにあるのは音楽系のものばっかりだけどね」

「私からすると珍しかったり刺激を感じるものが多いかな」

「そう? それなら色々聞かせちゃうのも面白そう」

「聞かせたいものを自由に聞かせていいよ。多分、どういうのでも楽しめると思うから」

「なら、遠慮なく色々聞かせちゃおっと」


 そういって彼女は大きめな音楽機械の前に立って、その中に何やらディスクを入れた。

 数秒が経過したのち、音楽が流れてきた。

 重厚な演奏、様々な楽器の音が響いてくる。


「厳かな雰囲気……」

「クラシック音楽だからね。歴史がある音楽なのもあってコンサートとかでも聞ける丁寧さがいいよね」


 場面転換で静かになったり、時々派手に音が響き渡ったり、様々な変化を音楽の中に感じる。大胆なところもあり、繊細な部分もある。ちょっとした物語のようだ。


「こってりとしてるって感じるところもあるかも」

「こってり?」

「ほら、ひとつの音楽の中にぎっしり色んな展開が詰め込まれたりしてて……満足度が高い、みたいな」

「あはは、なんとなくわかるかも。結構お腹いっぱいになるよね。盛り上げて盛り上げて、じゃーん! ……って感じに終わって、あぁすっきり終わったって感じの曲とかあるし」


 そう言っているノイザーミュートの背後から聞こえてきていたクラシック音楽が最後の盛り上がりを展開していて、彼女の言う通り、じゃーんという合奏音が響いたのちに終わった。

 その音の迫力に影響されたからか、私も彼女も少しの間、話が止まった。

 会話が再開されたのは、次の曲が再び勢いよく開始の音をあげたあとだった。


「余韻の迫力ってあるよね」

「それはある。断言する」


 いつも以上の強い声のトーンで彼女が言葉にする。


「クラシック音楽はね、音響がしっかりしている施設で聴くと、凄く圧倒されるよ。映画館で映画を楽しむ時に立体音響による衝撃を感じるように、コンサート会場の音の響きはすっごく身体全体に来る。おすすめ」 


 力説する彼女からは凄い熱意を感じる。

 心から推奨しているというのが態度だけでもわかるほど。


「そういう音楽系の場に足を運ぶのは面白そう」

「素敵な合奏団の演奏を聞けたときとか、満足度凄いからね。色々、検討するといいかも」

「そうしよっかな」


 うまく探していけるかはわからないけれど、こんなにおすすめされてるのなら、興味が沸いてくる。色々研究の幅を広げられそうだ。

 しばらくクラシックを楽しんだのちに、ノイザーミュートが立ち上がった。

 何曲か聞き終わった後の、余韻の時間が終わった時だった。


「そろそろ別のジャンルに移ってみよっか」

「クラシックは結構楽しめたかな。ちょっと休憩したくなったけど……」

「わかるわかる。何度も聞いてると、本を読み終わった時みたいなちょっとした疲労感は感じるかもだよね」

「確かに、それはわかるかも」


 ノイザーミュートの例えにしっくりきたので頷いた。

 ひとつの物語を読み終えた時のような満足感。そういうのがクラシックからは感じとれた。ほどよい感じの疲労感もそれに近い。満足しているけど、ちょっとのんびりしたい。そんな気持ち。


「次のジャンルのリクエストとかはある?」

「うーん、リラックスできるような曲かな」

「リラックスねぇ……ヒーリング系も良さそうだけど、ここはこういうのにしてみよっかな」


 そう言って彼女は音楽器具のディスクを取り換えて、別の音楽を流していった。

 ……落ち着いた音楽。ピアノの音が丁寧に響いていく。

 さっきのクラシック音楽は物語全体を感じさせるような印象だったけれど、今回の音楽はそれとは違い、なんだか日常のひとつ場面で流れているような雰囲気を感じさせる。


「これは……」

「ジャズとボサノバのミックスアルバムの曲。えっと……今流れてる曲のジャンルはボサノバなはず」


 ノイザーミュートのアルバムの裏を確認していたけど、大丈夫そうだ。

 今の音楽はボサノバ。なんだか不思議な名前だ。


「違いがちょっとわかりにくいの?」

「そうでもないかな。産まれた場所は違う音楽だし、強い縁としてはカフェとかで両方とも使われやすいっていうところにあるかなって思う。あ、でも結構縁がないわけでもないのかな……ジャズミュージシャンがボサノバを演奏したっていうのは聞かない話ではないし」

「結構専門的……」

「まぁ、ボサノバはゆったりしてて、ジャズはリズミカルって雰囲気を感じてもらえればそれでいいと思うよ。ジャズやってた人がボサノバやってたり、逆もありそうだから、音楽って自由だよねって話だから」

「なるほどね、それならわかるかも」


 音楽に形はあれど、それを奏でる人は自由でいい。

 わかりやすい話だ。


「……あっ、そろそろジャズになるよ」

「しっかり聞いておこうかな」


 耳をしっかり傾けて、次の曲に備える。

 ジャズというジャンルに分類されている曲は小刻みにリズムを刻んでいた。

 ちょっと心が弾むような感覚で、それでもどこか物静かな雰囲気もあるという不思議な感じだ。踊るように弾んだ音が心地いい。


「これもやっぱり喫茶店とかで聴くとよさそうかも」

「でしょ。おちついた時間に会話するときとか良さそうじゃない?」

「わかる」

「……なら、せっかくだし、コーヒーでも飲む?」

「貰っていいなら、そうしようかな」

「よしっ、ちょっと待っててね。持ってくるからっ」


 そういってノイザーミュートはコーヒーを用意しに歩いていった。

 ……音楽だけで、色んな表現があって、心がワクワクしたり、安らいだりするのは凄いし、素敵なことだと思った。こういうのをしっかりメモしておくのもいいかもしれない。


『音楽の力研究!』


 実際に聞いて、感じたことをメモにしていくだけでも色々心の整理整頓ができるかもしれない。もしかしたら、気分転換にもなるだろう。


「持ってきたよ!」

「ありがとう」


 音楽で気分転換。もっと積極的にやってみてもいいのかもしれない。コーヒーを笑顔で運んできてくれたノイザーミュートを見つめながらそう思う。

 ジャズの音楽に耳を傾けながら、味わうコーヒーの味。おしゃれなカフェにいるような感覚になって、充実した時間を堪能できた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ