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アル・フィアータの魔女物語  作者: 宿木ミル
変わり者な魔女の些細な日常編
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私と迫る不思議系魔女

 恐怖を感じるタイミングというのは、どういうものだろう。ふとした拍子にそれが気になって、本で調べてみたことは何度かあった。

 本には、恐怖について具体的なことが丁寧に書かれていたものの、何故だかどれもしっくりこなかった。私自身の恐怖体験が少なかったからかもしれないし、もしかしたら怖いというのは思い込みだからだとか、そういうことを考えていたからかもしれない。

 そんな私が、恐怖の感情を抱く日が来るとは、思わなかった。

 恐怖、という感情でもあるけれども、それと同時にびっくりとか、そういう気持ちも強い。なににしろ、唐突な出来事というものには、心は敏感に反応するものである。

 突如、『自室』に押しかけてきた魔女を見つめながら、そう感じた。



「思った以上にすんなり入れた」


 魔女図書館の、私の『自室』、そしてその寝室に、トゥリウットがやってきた。前触れもなく、招いてもいないのに、突然。

 これは明らかにおかしいことである。

 そもそも魔女図書館の『自室』は、部屋主が許可しない限り他のどんな存在でも入ってこれない閉鎖空間という側面を持っている。一般的な扉の呪文を利用しても、部屋主の魔力で侵入を防ぐことができる関係から、よっぽどの魔力がないかぎり、侵入するのは困難とされている。それなのに、彼女は平然とやってきている。その事実に驚きと、恐怖の感情が同時に押し寄せる。しかも、ベットで横になって寝ている時に来たものだから、余計に心臓に悪い。


「ど、どうやってここまで?」


 用件を聞くことも考えた。しかし、まずは手段が聞きたい。もしかしたら、なにかしら、部屋の設定に不備があったのかもしれない。

 パジャマ服の私は、身構えたままトゥリの方を見る。正直、寝起きすぐなので、髪なども乱れているかもしれない。そもそも、布団に包まっていた状態だったので、あまり頭の回転もよろしくない。

 そんな私を知ってか知らずか、トゥリはその口をのんびりと開いた。


「会いたいと思ったからやってきた」


 なんか聞きたいことと違う。会いたい理由としては嬉しいかもしれないけれども、何かか違う。もう一度聞き返してみる。


「方法は?」

「魔法の扉」


 やはり扉か。これは魔女図書館の私の『自室』に繋がる扉に不備があったのかもしれない。もっと細かく追求する。


「どこかに変なトラブルとかあった?」

「別に無い」

「本当?」

「まぁ」


 本当かと、見つめてみても、トゥリの目は嘘を付いていないように感じた。そうなると、いったい何が原因なのだろうか。

 もう少し掘り下げて聞いてみないと。


「魔法の扉ってケラヒヨラビトの呪文で召還した?」

「違う」

「なるほど、違う……え、違うの?」

「ん。違う」


 一瞬、トゥリの言葉に耳を疑う。一方で彼女は、はっきり断言してこっちを見ている。

 ……これは私のほうが勘違いしているパターンかもしれない。呼吸を整えながら、トゥリの言葉を聞く。


「私自身の魔法でやってきただけ。魔法の扉が私の魔法。アルの金平糖の魔法みたいなもの」

「固有の魔法?」

「そういうこと」


 その言葉を聞いてようやく安心できた気がする。魔女が独自に持っている魔法なら私の部屋に進入できても変ではないだろう。もっとも、やられた方としたらビックリしてしまうのはしょうがないとは思うけれども。


「相手の顔さえ覚えてれば、いつでも扉を通じて会いにいける。そういう魔法」

「私のプライベート……」

「魔女図書館の『自室』のセキュリティみたいなものも簡単に抜けられる。理屈が違うから」

「じゃあ、許可してなくても入れるってこと?」

「そもそも今、そういう手段で来てる」

「……やっぱり」


 評価変更。やっぱり怖い、トゥリの魔法。私の私生活に介入し放題ではないか。なんていうか、地味に恐ろしい魔女に目を付けられてしまったのではないだろうか。

 その事実にため息が出そうになったが、出さないように気をつける。そういう態度は良くないし、自分でもするべきではないと感じた。

 なるべくは、仲良くしていきたいものである。


「うむ。今日のアルも可愛いかも。ふわふわパジャマは女の子っぽい」

「そ、それはどうも……」


 いきなり褒められた。トゥリが何を考えているのわからない。

 確かに、褒められるのは嬉しいものの、普段、こういうのは他人に見せる格好ではないから、恥ずかしい。そもそも、じっくり見つめてきているから、反応に困る。


「……なるほど。そんなに大きくない」


 次は、唐突に大きさについて語ってきた。ベットの大きさだろうか。

 とりあえず聞いてみる。


「何が?」

「胸」

「……はい?」


 自分の耳を疑った。

 彼女の返答に対して、どういう反応をすればいいのか、悩む。

 胸。彼女は確かにそう言った。

 えっ、胸……?

 あまりにも、唐突な言葉に困惑を隠せない。時間が止まった錯覚すら覚える。

 ……ちょっと待って。何故そんなところも確認する。なんというか、セクハラではないか。流石にその発言はどうなのだろうか。

 あまり凝視されたくないので、体の向きを逸らして見えないようにする。

 彼女の発言に戸惑っていると、今度は顔をじっくりと見つめてきた。今度は距離を近づけてもきている。


「なるほど。顔が真っ赤。アルのそういう素直なところ、やっぱり好き」

「唐突にあんなこと言われたら、そりゃあそうなるって」

「胸って?」

「そう、それ」

「恥ずかしいの?」

「……えっと、それについては何も言えないかな」


 無自覚なのだろうか、それとも自覚しているのだろうか。彼女の行動や発言は、そこはかとなく大胆な印象を感じる。気になったことをはっきり言うタイプなのだろうか。どうにも、私にはトゥリの行動は予測しにくいように感じる。

 しかしながら、この状況はなんというかシュールだし、なんだか私の心境的にも地味に追い詰められている気がする。どうにかしないといけない。

 何か、別の話題を出さなくては。


「……前から気になってたんだけど」

「何?」

「結構積極的だよね?」

「当然」


 トゥリは少し誇らしげな表情だ。

 ……そんな、当たり前のように即答されても困る。


「どうして?」


 だから追撃のように聞いてみる。


「魔女観察はそうそうできないから」

「な、なるほど」


 まぁ観察対象が珍しいならばそれもそうか、と頷きかける。でも、よくよく考えるとやっぱりおかしい。


「じゃあ、何でこう、私の体を見るの?」

「裸を見られたリベンジ」

「……気にしてたんだ」

「そこそこには」


 彼女の目が少し、真面目そうな雰囲気になる。それがどこまで本当かはわからないものの、気にしてはいる様子ではあるとは感じた。

 それにしても、初対面の時の出来事はどうにも覚えやすいものではあるけれど、根に持っていたとは。私が思っている以上に執念深い魔女なのかもしれない。固有の魔法と相まってかなりストーカーされると怖そうだ。


「それに」

「そ、それに?」

「可愛いから」


 ストレートに見つめながら言ってくる。正直に照れてしまう。


「また可愛いって」

「事実、可愛い。もっと顔が赤くなってるし」


 まじまじと見つめられる。何で可愛いと私に連呼するのはは気になるものの、何回も言われると、まっすぐ顔を見れなくなりそうな気がする。


「本当に可愛い?」

「本当に可愛い」


 気になったことを言ってもオウム返しだ。これは彼女の口から聞くしかなさそうだ。少し、気が進まないものの、追求してみる。


「どういうところが?」

「他の魔女にはない素直さ。なんというか初々しい」

「初々しい?」

「世を達観していない、多くのものに興味を持っている瞳。そこはかとなく感じる暖かさ。そういうところが可愛い」


 私自身の人間性が可愛いと言いたいのだろうか。確かに魔女の中には、あまり感情を表現しないタイプは多い。魔女図書館で生活しているなら尚更だ。そういうのとは、私の性質が異なっているから惹かれた……とは考えられる。


「こうやって強引に進入して、慌てている姿を見るのが楽しい。他の魔女は大抵スルーするか、追い出すかだから」

「他の魔女にも試したんだ……」

「当然。まぁ、追い出されたけど」


 それじゃあ、私がまるでお人よしではないか。すぐに追い出さなかった自分に少しだけ呆れる。とはいえ、トゥリウットという魔女が悪い存在じゃないという事実は、知っていたし、別に追い出す予定は無かった。なんというか、そういうところが好きなのかもしれない。

 共感できるところがなんだかんだで多いのである。性質そのものはかなり異なっているとはいえ。

 だから、人間や魔女を観察をするのが好きな者同士、どこかしらに興味を感じ、惹かれたというのはある意味で自然だろう。そう考えると、少し変な話ではあるけれども、面白いなと感じた。


「アルが笑った」

「笑ってた?」


 心の中で微笑む感じを意識していたのだけれども、表情にも出ていたようだ。トゥリはじっくりこっちの顔を見つめながら、微笑み返してきた。なんだかんだで笑顔が素敵だ。


「まぁ、誰かと話すのは嫌いじゃないからね」

「私と話すのも?」

「勿論。だって、話すことによって色んなこと、知ることができるからね」

「なるほど。わかる気がする」


 トゥリが私の言葉に頷く。

 やっぱり、通じ合うところはあるものなのだ。


「急にやってきたから怖かったけど、こうやって話せて良かったと思う」

「それならば、私も嬉しい」


 どこか満足そうな顔でトゥリが呟いた。やっぱり根は素直なのかもしれない。

 そろそろ帰ってくれるのかもしれない、そう思って上体をベットから起こそうとしてみる。

 ……その瞬簡にトゥリが飛びついてきた。


「ひゃあ!?」


 突然だったので、対処しきれずにベットに倒れこむ。上にはトゥリが覆いかぶさる形だ。

 何をするつもりだろうかと身構える。なんだかやな予感がする。


「布団の感触とか知りたいから一緒の布団で眠る」

「え、ちょっ、どういう……むぐっ」


 抱きかかえられるような形でそのまま二人で横になってしまった。なんというか強引だ。無理やりは女の子に嫌われると言いたくなるほどに。いや、自分でもそういうセリフは似合わないとは思うけれども。そういう言葉を言って、牽制したいと思うくらいには強引だ。

 しかし、逃れようとしても、どうにも抱きしめる力がなかなか強く、抜け出すことが困難だ。握力が無い私の体はこういう場面に弱い。


「これから、ココアを飲みたいんだけど」

「二人で眠る」

「ココア!」

「眠る」

「あぁ、もうっ」


 必死の全力抗議も効かず、トゥリはそのまま眠りについてしまった。ココアが飲みたい私の気持ちなど考えずに。

 流石に、眠った後は腕に力は入っていない。抜け出そうと思えば、抜けれるけれども、なんとなくやめた。

 トゥリの安心そうな寝顔と、あまり体験できない、魔女と二人で眠るということに興味を持ったからだ。


「……たまには、こういうのもいいのかな?」


 強引なのは好きではないけれど。ぐいぐい迫られるのは、特別嫌いでもない。そう考えて、トゥリを少し優しくぎゅっと抱きしめながら、目を瞑る。

 ……今日、後で目覚めたらこういうことメモに書こうかな。


『変態魔女の定義』


 初対面の時、トゥリに言われたことなのだけれども、ひょっとしたらこの言葉は、トゥリ自身にも当てはまるのではないか。調べてみる価値はある。


 トゥリの可愛らしい寝息に少しどきっとしながら、もう少しだけ強く抱きしめる。

 適度に暖かさが伝わってきて、素敵だなと、ふと思った。

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