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アル・フィアータの魔女物語  作者: 宿木ミル
変わり者な魔女の些細な日常編
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私と箒のスカイスター

 不思議なことに、今日の私は落ち着きが無かった。何事にも上の空な感じで、どんなことをしても頭に入ってこない状態になっている。こうなったのは多分、昨日の夜に読んだ本が原因だろう。


『空を飛ぶ魔女の物語』


 ストーリーの内容はとてもシンプルで、空飛ぶ魔女が目的もなく、ただ自由に世界各地に箒で駆け巡るというものだ。

 その物語の内容が、目が覚めてからも、ずっと頭から離れない。

 空を飛ぶという行為そのものに、もしかしたら興味を感じたから、こうなっているのかもしれない。風を駆け抜ける感触、遠くから見る風景、そして箒と魔女の親和性。どれを取ってもロマンチックに思える。是非とも自分も同じようなことをやってみたいと感じるほどに。

 どこまでも、自由に風を感じながら飛んでいく。自分の考え方を通り越して、風になる瞬間。私はどうなるのだろうか。そんなことを考えていたら、本を読むことに集中できなくなっていた。


「……だったら、もう試すしかないかな?」


 集中力を別のところに使えるなら悪くない。そう思った私は、読んでいた本を閉じ、椅子から立ち上がり、勢いよく呪文を唱えた。


「ケラヒヨラビト!」


 詠唱したことによって、魔法の扉が現れる。移動する先については、適当な森でいいだろう。人目につかない場所なら問題ない。いい加減に調整しても、悪くない感じに移動はできる。

 それに魔女図書館には、もう一度呪文を唱えれば、どんな場所でも扉を通じて帰れるのだから、そちらについても細かい心配はしなくていい。飛ぶ準備があればそれで良いのだ。


「っと、忘れてた」


 飛ぼうとしているのに、大切なものを忘れていた。箒を持ってこないと、外に出る意味がない。

 マジカル・テレポーションと一言詠唱して、自分の手元に箒を持ってくる。


「よし、悪くない」


 久しぶりではあるものの、箒はしっかりと手になじむ。悪くない感触だ。適度に振り回しやすく、そして上に乗りやすい。なんだかんだでインドアなところがあって、運動が特別得意でない私からしても、これはいいものだと胸を張って言える。きっと、箒をよく使う魔女も、この箒に近いものを使っている。


「さて、行ってみよう!」


 一呼吸おいて、自分が召喚した魔法の扉を開く。

 今日の外出はとても有意義になる。心の中で、そう予想した。






 扉を開けた先は、大自然だった。人間が関わる要素は一切ない、まっさらな緑の空間。周囲を見渡すと、動物たちが自由に活動していた。

 子リスが動き回っている。

 名前もわからないような鳥が、一斉に空を飛んでいる。それ以外にも様々な姿が見て取れる。どんな動きも、自由を感じて、のびのびとしているように思えた。

 ……空に飛び立つスタート地点としてはとてもいい位置だろう。

 私も、あの動物たちのように自由になれたらベストだろう。


「色々準備してこっかな」


 持ってきた箒を立てて、魔力を込める。右腕で強く握るとそのまま魔力を箒に注ぐことができるのだ。

 数秒間、続けてその行動を行う。いい具合に魔力を注がないと、途中で墜落する可能性があるからだ。一応、私自身、魔法を利用して飛ぶことはできるし、不時着に対する手段は無くもないけれども、いざという時に動けない可能性もある。ハプニングが発生すると、頭が混乱するというのはよくある話だ。

 繰り返して、しばらくすると箒が輝いた。

 魔力供給に成功したのだ。


「補給完了!」


 集中していたので、リラックスするためにも少しだけ、背筋を伸ばした。同じ姿勢だったので、少しだけ身体が固くなっていた。

 魔力を供給した箒からは、独特な光が溢れている。これは、込められた魔力が放出されている証拠にもなる。きっちりと、綺麗に輝いている。気合十分、と言わんばかりにカラフルな色で光り輝いているものだから、私もなんだかやる気を引き起こされる。

 光の色は魔女によって異なるという話を耳にしたことがある。私独自の魔法が金平糖なことも、もしかしたら、この色とりどりな光に関係しているのかもしれない。そう考えると悪くないかも、と感じた。一つの色に止まらない自由な色。そういうのは、私としても素敵だ。


「久しぶりだけど」


 箒に跨るのではなく立つ。バランスが少しくらい崩れても、箒そのものが自分の魔力を利用した足場であるため。問題ない。魔力を通じて、落ちないように足を貼り付けるかの如く固定することは可能だからだ。だからきっと、大丈夫。

 それとは別に、敢えて立った理由としては、跨るのは安定していいのだが、箒に乗るのであれば、立つか座るかのどちらかのほうが好きというのもある。これについては好みの問題ではあるのだが、そういう些細なところも大切だと思ったから、自分の感情に従った。


「……飛んでみる!」


 自分自身の体を通じて、箒の魔力を解き放つ。すると、あっという間に箒の光は帯を作り、空に向けて動き始めた。


「バランス調整っ」


 速度が出るまでが大切だ。今はゆっくりとした速さであるが、加速するにつれて、調整が困難になる。

 深呼吸をして、うまく足の向きを調整する。基本的には箒から魔女が離れるという現象は発生しないものではあるが、油断すると、切り離される可能性もあるのだ。


「よし、と」


 身体の傾け方を微調整して、安定させる。

 ……悪くない向きに固定できた。これなら、問題もなく動かせる。

 魔力を伝道させて、箒に注ぐ。ゆっくりだった速度がどんどん上昇し、同時に高度も上げていく。


「ちょっと、速いかもしれないけど」


 悪くない速度だ。全身に吹き渡る風が心地よい。

 さて、このままどこに行こうか。何も考えていないため、少し悩む。しかしながら、目に映る風景を見ると、その悩みも吹っ飛んでしまった。


「綺麗……」


 美しい海と空が、迎えに来てくれるような、そんな不思議な感覚だ。ただ、海の上を高速で飛んでいるだけなのに、地球の広さと暖かさを感じる。どこまでも、広大で、それでいて続いていく。

 私はその中を、まるで風のように飛んでいく。じっくりと見ていたい景色ではある。、それでも通り抜けるように、ほんの一瞬を楽しむというスタンスを貫き通す。少しだけ寂しいけれども、次から次へと移る新たな風景に心を躍らせるのだ。


「……もっともっと加速!」


 箒に魔力を込めて、さらに速度を上げる。箒は不安定に揺れ動いてはいるものの、私の想いについてきてくれている。

 風の音が耳に届く。真正面からぶつかり、音は振動となって、全身に響き渡っていく。その感覚は、心を暖かく包み込むようでとても素敵だ。


 なんとなく、急に上昇するように魔力を調整する。


「ひっ!?」


 想定していた以上にぐっと体を引っ張られてしまったので驚いてしまった。なんというか、魂が抜け落ちそうになった。びっくりしすぎて、つい、悲鳴もあげてしまった。


「……でも、楽しいかも?」


 やってくるとわかっているからこそ、怖いという感情を楽しいに変換できたのかもしれない。恐怖という感覚がとても面白い。


「次は急降下……!」


 まるで、空か落ちてくる、私の魔法の金平糖のように、自分の体ごと箒を降下させる。

 箒から引き離されそうになるほど、風が強いけれども、そのまま下に。

 引き離されるかもしれないという不安は感じる。スリリングな体験に緊張もする。しかしながら、風に覆われて、心強く守ってくれているから、まだまだ大丈夫だと考えられる。

 寄り添うような風が、私にもっともっと色んなことをやってみようと囁いてくる。ならば、それに答えてみせたいと思った。


「そのまま、一気に雲の上まで!」


 箒のキラキラとした輝きを確認して、真っ直ぐ上に飛んでみる。

 まだまだ、私に限界なんてない、そう言い聞かせながら箒に魔力を込める。

 集中する。箒から引き離されないように、前だけを見つめる。

 包み込むような風が、次は全身に襲い掛かってくる。しかし、その風すら心地よい。まるで、一緒に行こうと言ってくれているみたいだ。


「もっともっと!」


 服が風に煽られてバサバサと音が鳴る。何故か履いてきたスカートだって煽られ放題だ。でも、それでもかまわない。心地良い風と共に、速度を上げる。

 加速、加速、加速。

 何度も繰り返して、やがて私は雲の上へと到達した。


「わぁ……!」


 そこから見る風景は、絶景だった。青と白がくっきりと分かれていて、美しさに心が奪われる。

 雲に添って箒で飛んでいると、まるで雲の上を走っているようで、それもまた心を躍らせる。

 空の上は肌寒い。それでも、心に伝わる感情の情熱が不思議と体を暖かくしてくれている。その感じもとても素敵だった。


「箒に乗ってよかった……!」


 本の世界を堪能するのも当然悪くないもので好きなのだが、外でこうやって風を感じながら箒で飛んでみるのも素晴らしいことだと改めて実感できた。それだけでも、今日の外出は有意義なものだったと思う。


「速度、低下!」


 今日のことをメモする為の余裕がほしくなったので、ゆっくりと速度を落としていく。

 流石にメモは持ってきていないものの、頭の中で考えを纏めることはできるだろう。そうなると、ゆったりとした時間が必要になる。

 魔力の操作をすることによって、速度が落ち着いていく。そろそろ姿勢を変えても大丈夫だろう。


「よいしょっと」


 少しだけ魔法で自分の体を浮かせて、箒に座る姿勢を変える。程よいスピードに変えているので、軸合わせは簡単だ。

 しっかりと、箒の上に座れたことを確認して一息ついた。


「ふぅ」


 ゆっくりと飛行する箒から見る風景も良い。遠くをじっくりと眺められて、未来がどこまでも続いているように感じられるからだ。


「さて、どう纏めようかしら」


 いざ言葉にして書いてみようとすると難しい。メモにするという行為は好きなのだけれどもこういった場面で詰まることもあるのだ。


「これがいいかな?」


 でも、何も思い浮かべられないわけではない。経験したことをじっくり考えると、いい感じのアイデアが思いついた。


『空を飛ぶという行為の中にある開放感と感情の高まりはどこから来るのか』


 考察するに相応しい内容だと、自分の中で少しだけ自画自賛する。

 どこまでも続いていく空と、吹き渡る風を感じているとどんなこともできそうに思えてくる。この感覚を忘れない為にも、もう一回、いつか箒で飛んでみたいなと考えた。

 空はこんなにも青く、そして広い。だからこそ、もっともっと考えの発想も広くできるはず。心から、そう思うことができた。

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