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「やあ、こんにちは」
青い世界の創造者が笑う。それにつられたようにぷくぷくと笑う泡のせいで私は逃げ出せずにいた。
その泡に紛れて浮かび上がってきた推測はあまり間違っていない気がした。彼の肩越しに三脚とカメラが見えた。
「私、都竹海音といいます。あなたの写真を見に来ました。――――斉地一臣さん」
「ありがとう。記念館でも会ったよね」
正解、というように彼は微笑んだ。
座りなよ、と彼に言われて折りたたみ式の小さな椅子に腰掛ける。彼は座り込んで斜め下から私を見上げる。
「なんとなく、来るんじゃないかって気がしてた」
昨日は記念館にも行ったんだよ、と彼は言った。
しばらく二人で海を見ていた。ざざん、ざぁあ、ざざん、ざぁあ。波の打ち寄せる音が静寂に響く。
「今は休暇中なんだ」
ポツリ、と彼が言った。
「ちょっとね、疲れることがあってね」
うん、きっと疲れてるんだよ。と、彼が呟く。
「海が見たくて、」
私は黙っていた。私に語り掛けていながら、彼の言葉は独り言のようだった。
「海がね、好きなんだ。たった一人で青色の中にいると、すごく落ち着く」
びゅう、と風が通り過ぎた。甘い潮の香りがした。
「でもずっと海を見てるとね、寂しくなるんだ。それで結局、現実に戻ってくる」
青の世界の支配者。独りぼっちの王様。一人膝を抱え込んでうずくまる姿が見えた気がした。
「だけど、振り返るといつも海は優しい」
彼が笑うだけで、青の世界は優しくなる。その理由を、私はやっと悟った。
あたりが薄暗くなるまで、私たちは海の音を聞いていた。
彼は駅まで車で私を送ってくれた。
「また来ますね」
「うん」
私たちはお互いの連絡先を交換した。連絡が来るかどうかは不明だ。だけど絵葉書を送ってくれるというから、住所も書いておいた。家族連れの多い電車に乗って、私は都会へと帰る。だけどまた、あの海に会いに行くのだろう。
夏の終わりごろ、海辺の街から一枚の絵葉書が届いた。
「やあ、ひさしぶり」
斉地一臣という男を連れて。
完結です。ありがとうございました。
明日は番外編を更新します。