6
彼は別れ際に一枚の絵葉書をくれた。
「少し古いやつだけど」
そういいながら渡してくれたのは海を写した青い絵葉書だった。ほんの少しだけ砂浜が写っていて、その白さが眩しかった。
「…いいんですか?」
斉地一臣、と書かれた絵葉書。きっともう普通には売っていないだろうものをくれるというのだから、確認せずにはいられなかった。
「一番好きな人が持っていてくれたら、俺もうれしいから」
一番好きな人。彼にそう評されたことが本当にうれしかった。だけどそんなに昔からのファンというわけではない。友人に見せて貰った絵葉書で好きになったのだけど、平坂を訪れるまで名前も知らなかったのだ。そういうと、彼は笑った。
「いいじゃないか。名前も知らないのにこんな辺鄙なところまで来るほど好きなんだから」
ほら、と再度渡されたそれを私は受け取った。
がたん、ごとん、がたん、ごとん。
その車両に乗ったのは私だけのようだった。静かな車両の中には列車が線路を走る音だけが響いている。黒い窓ガラスに映る私は微笑んでいた。
帰りの電車に乗ってから、彼の名前を聞かなかったことに思い至った。それを残念に思いながら、彼のくれた絵葉書を眺める。一枚の絵葉書から始まった旅の収穫は、斉地一臣を知ったこと、彼に出会ったこと、それから、彼のくれたこの絵葉書だった。
あと2話です。