表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海の部屋  作者: 日次立樹
4/9

4

展示室の中に入ると、私は息ができなくなった。そこに広がる、一面の青。

まるで恐ろしい生き物のようにそれは私を飲み込んだ。文字通り、息が止まった。もしかしたら心臓も止まっていたかもしれない。ぷくぷくと身体の奥から得体の知れない感覚が湧き上がってきて、死んでしまうかも知れない、と馬鹿なことを思った。


その青い生き物の中を、悠々と泳いでくる男がいた。

「ねえ、君、大丈夫?」

バスで一緒になった彼は心配げに私の顔を覗き込む。

彼の声が鼓膜に触れた瞬間、唐突に海は私に優しくなった。柔らかく包み込む腕の様な波に身を預けて、このまま眠ってしまいたいほどだった。

「熱中症かな?気分悪い?」

そっと私の肩を掴みしゃがませようとする彼に大丈夫だからと言って断る。

「少し、びっくりしただけです。あんまり青いから」

彼は展示室を見渡し、なるほど、といった。

「確かにすごいよね」

彼が同意してくれたことにほっとする。近くにあるパネルを見るが、作者の名は書かれていなかった。

「これ、誰の写真ですか?」

私と違って展示を見に来たのだろう彼に訊ねる。

これは斉地一臣の写真だ。私はそう確信していた。

「…ああ、これを見に来たわけじゃないんだ?」

記念館に来るなんて酔狂だと思ったのだろうか。寂れた様子からしても、あまり常設展示が面白いとは思えない。

「はい、これどうぞ」

彼が渡してくれたリーフレットには平坂記念館特別展示・海の部屋という文字と、斉地一臣の名があった。


「…私、これを見に来たんです」

あおいろ。

「そう。ゆっくり見ていきなよ」

展示の中にはあの絵葉書の写真もあった。一面の青の中の水のうねり。優しく、力強く私を引き込もうとする海を恐ろしいとはもう思わなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ