2
ざり。ざり、ざり、ざり、ざり。
もう少し歩きやすい靴で来るべきだった。田舎とは言っても山道を歩くわけではないのだし、と油断していたのだ。道は一応アスファルトで舗装してあるのだが、年月が経っているせいであまり歩きやすいとは言えなかった。おまけに坂道だから余計に疲れる。途中でバスに乗りたいと思ったが、バス停はないようだった。
一五分も歩けば目的地を発見することができた。到達ではない。建物の一部が見えただけだ。この土地出身の建築家がデザインしたとかいう、特徴的な――よくいえば斬新な形の屋根。丸いお椀をひっくり返したような形で、何やら角の様なものが3本突き出ている。
緩やかな坂を上りきれば、ようやく建物の全貌が見えた。
『平坂記念館』何のひねりもない名前を、何のひねりもないゴシック体で刻んだそこは静かに佇み、私を待ち構えていた。
「こんにちは」
館内に入る。受付には一人の男性が座っていた。
「はい、こんにちは。入館ですか」
「ええ」
いかにも田舎にいそうな、のほほんとした顔立ちの男だった。誰かに似ているような、でも誰だか思い出せない。以前訪れた時とは別人だと思う。特筆すべきところは何もないといった、平凡な顔だった。
いかにも面倒ですという顔をして男は入場券を切って渡してきた。私は五百円の入場料を払い、奥へと足を踏み入れた。
記念館というだけあって、展示されているパネルにはこの町平坂の歴史が書かれていた。あまり見るべきものもないだろうと思っていたのだが、なかなかどうして、よくまとめてあるものだ。
平坂は観光地だ。一応。青い空と、海と、山。それしかないような田舎だから、あまり有名でもない。それでも私は、この町にどうしても来なければならなかったのだ。
完結まで毎日午前6時に更新します。