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竜樹は翡翠と実里の関係を完全に勘違いしています。

 土曜日は一日部活だった為、来なかった主李かずいの代わりに、がっくりとした実里みのりがやって来た。


「失礼します。紅葉もみじ伯母さん、優希ゆうき竜樹たつき、お客さんです」

「お客さん……あぁぁ‼みどりちゃん‼」


 竜樹が駆け寄る。


「翠ちゃん‼」

「どうしたんだ⁉何か、優希と竜樹が転校するって‼それに家に行ったら、何か、守田もりたのおじさんたちが、康広やすひろの机とか運び出してて……」

「机?」

「ものすごい剣幕で、おこっとった。確か市内のおばさんとこがあったよねぇ?一旦、優希と竜樹と康広とおじさんの荷物だけそっちに移しておくって。何かあったん?」


 抱きついた竜樹を抱き締め、実里ににやっと笑う。

 ムカッとした実里は、


「朝っぱらから、何で俺の家をしってんだよ‼ほんっとに‼」

「学級委員特権」


言い切った翠こと柳沢翡翠やなぎさわひすいである。

 前期の女子の学級委員は翡翠で、男子の学級委員は主李なのだ。


「……っ」

「しゃべったらあきまへんえ。ゆうちゃん。たっちゃん?ゆうちゃんが呼んではるえ?」

「はーい。おかあはん。翠ちゃん‼……あ、先輩も来ます?」

「って、何で、俺が柳沢と手を繋ぐんだ‼」

「えっ?翠ちゃんと先輩、付き合ってないんですか?」


 衝撃の一言に凍りつく二人。


「えっ?」

「学校で言われてましたよ~?主李先輩は、ものすごくゆうちゃんを見てるのに、ゆうちゃんスルー。逆に先輩と翠ちゃんは喧嘩するほど仲がいい‼」

「要らんわ‼俺よりも男らしい彼女なんか‼」

「失礼な。私にも選ぶ権利があるぞ?まぁ、誠一郎せいいちろうは問題外だがな‼」


 ハッ!と吐き捨てる。


「誰が彼女だ‼あのくずが‼……あぁぁぁぁ‼優希の、うちの可愛い優希の顔がぁぁ‼」


 近付き、翡翠は顔を近づけ、そっとギプスの上から手を当てる。


「何てことを……‼あのくず男め‼往ねや‼」


 怒る翡翠に、優希がボーッとした顔で、


「『翠ちゃん……ごめんね?部活も途中でやめちゃったし、委員会も……』」


紙に書いて見せる。


「『それに、部活はこれからがコンクールで……私は重要な役じゃないけど、竜樹……まで』」

「何いってんだ‼優希は謙虚と言うより卑屈になってる‼それもこれもあいつ……捕まってなければ絞めてやったのに‼まぁ、揉み消そうとしたのをうちのじじいが問題にしてくれたからだんだんや、アハハハ‼」

「……柳沢のじいちゃんって?」

「知事だよ?ね?翠ちゃんは世が世ならお姫様なんだもんね~?」

「それを言うな‼竜樹。親父もお袋も『何で男に生まれなかったんだ』と嘆かれとるわ‼」


 苦虫を噛み潰す。

と、はっとしたように、紅葉を見る。


「あ、先程から失礼します。私は、優希と竜樹の幼馴染みの柳沢翡翠と申します。優希と竜樹と同じ部活動で、優希と守谷もりや、この菊池きくちのクラスメイトです。よろしくお願いいたします」

「あぁ、ようおいでくらはりました。あては賀茂紅葉かももみじ申します。縁あって、優希と竜樹の母になりました。よろしゅうおたのもうします」

「賀茂……賀茂御祖神社かもみおやじんじゃの賀茂でしょうか?」

「あれ?普通は上賀茂のでっかと言われますのに、博識ですわぁ」

「いえ、優希が教えてくれまして。優希の夢はただすの森に住む事だったので。それだけはやめって……言ったんです」


 コロコロと楽しげに笑う。


「あてとこの家は、そのそばですのや。毎日散歩に行けますよってに。そう言うたら喜んで……ウフフ。それに、一応古い家やさかいに、調べきれん蔵があるんどす。そうしたら、優希が見てみたいて……古いがらくたばっかり寄ってに……まぁ、古いべべや書物は虫干しするようにはしてますけどなぁ……」

「『発掘隊~‼嬉しいなぁ。元気になったら大丈夫だって‼おかあはんとおとうはんが』」


 紙に書いてキラキラした目で伝える。

 しかし、思い出したように、紙をめくると、


「『翠ちゃん……うちとたっちゃんはおらんなる……父さんと康広は田舎のばあちゃんがおる。兄ちゃんや曽我部の家はどうなるんやろ……』」

「はぁ?」


翡翠も実里も紅葉も呆れる。

 あれだけ散々……特に翡翠は知っている……な目に遭わされた実家のその後など聞いてどうするのだろう。


「『何とかならんかったのかな……』」

「って、なるか~‼優希が気にしてどうする‼向こうが謝罪なりなんなりしてくるならともかく、何もいってこんのは、向こうは優希と縁を切ったってことや。気にせられん‼」

「……『うん。そうだね』」


 紅葉たちは座ると、遠慮がちにノックが繰り返される。


「はい」


 扉が開くと、白い髪になったものの、何かから解き放たれ穏やかな表情の、それでも点滴を持ちながら現れた良明よしあきとタツエの代わりに付き添っていた標野しめのである。


「お父さん。大丈夫?」


 竜樹は近づく。


「あぁ、心配かけてすまんかった。高血圧と過労、一応糖尿はなかったが、タバコは禁煙。肺がいかんらしい」

「心臓は?」

「狭心症や。頓服でニトログリセリンを携帯しておくようにやと」


 ゆっくりと近付き、優希の顔を覗き込み愕然とする。

 可愛らしい娘の顔が腫れ上がり、痛々しいギプス姿である。

 こんな目に遭わせたのは……歯も折れ、口のなかも何針も縫い、顎の骨も折れた上に脱臼……長男かと思うと怒りが増す。

 そして自分のふがいなさに……。


「『お父さん……大丈夫だよ。見た目だけ。それよりお父さんの方が長期の治療になるんでしょう?大丈夫?』」

「お前もやろうが……本当に、すまんかった……ひどい父親や」

「『包丁の握り方とか、いろんな話楽しかったよ。元気になったら会おうね。お父さんの料理食べたくなると思う』」

「優希……」


涙がこぼれる。


「良明はん。お座りや。起きたばっかりや。無理はあかん」


 椅子に座らされ、紅葉と挨拶をする。


「優希ちゃんはまだしゃべれませんけど、よく筆記で会話していても『お父さんに教えてもらった』と言ってまして、だんはん……夫は、『良明はんに負けんてておやにならなあきまへん』言うてますわ」

「いいえ、賢樹さかきさんはエェ方ですから、それに、安心しております……あの竜樹の姿に……竜樹はいつも優希の後ろからおずおずとわしの方を向いて、様子をうかがう子でした。優希は優希で、二歩先三歩先を読むような子でした……我慢させとった……強要させよったんやと後悔しとります……本当に情けない……」


 外をつかつかと歩くパンプスの音、ノックもなく扉が開かれ、


「何なんや‼あれは‼」


ヒステリックな声に、優希が竦み上がり、


「うっ……うぅっ……」


しゃくりあげるのを紅葉と竜樹が駆け寄り、座った良明に近づく経子けいこ


「あれは一体なんなんで‼人の家のもんを勝手に持ち出して‼うちやばあちゃんの部屋まで侵入して‼」

「わしゃしらん」

「なんやて?」

「知らんもんは知らんわ。うるさいのぉ。こんなんききよったら心臓に悪いわ……頼むけん帰ってくれや」

「なんやて?よそもんのあんたが、うちに命令するんか‼」


 その声に振り返った良明は、怒鳴り付ける。


「よそもんよそもん‼それしか言えんのか‼アホが‼お前らの生活はこのよそ者のわしが働いて働いて、生活できとったんやろが‼そやのに、なんやそれは‼あぁ?」

「うちだってしごと」

「何が仕事や‼一日何時間働いた?電気代、水道代、ガス代も全部うちから出してやって、一日何人の客が来るんや‼接客もできん、客と喧嘩して追い出す‼短大行って調理栄養士の資格をもっとったって、料理できんやろが‼店の料理は全部電子レンジが作っとるのに‼」

「なんっ……」

「そんなんで客なんか来るか‼借金増やすだけや‼やめてしまえ‼仕事がそんなに甘いもんやないってこと、いい加減に分かれ‼」

「うるさいわ‼黙れ‼」


 パーン……ガリッ‼


付け爪で良明の頬が抉られ、ポタポタと血が滴る……。


「おじさん‼」


 扉を明け、翡翠が叫ぶ。


「看護師さん‼叔父さんを、女が叩いた‼怪我してます‼」


 騒々しい騒動になったのだった。

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