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優希は目を覚ましました。

 うとうととたゆとうのは、夢の泉。



 はちすの花は、汚れた世界みずでも、すっと茎をつぼみを持ち上げ、両手を広げるように一枚一枚花びらを開く。

 その美しさはとても繊細で、その汚れなき花が羨ましく、




「……うちは……池におるふなやなぁ……金魚になれん……錦鯉にも……」




 コンコンと眠る優希ゆうきが呟いた。

 手を握り、見守っていたタツエははっとして、


「ゆう?」

「……可愛くない……綺麗じゃない……泥臭い。汚い。何で?それでも、エエのに……泥が駄目なら、田んぼも畑もダメじゃない……」


ぽつりぽつり溢す。


「もう、いい……可愛くなくて……いい……いなくなれば……いい……」

「優よぉ‼何をいよるんで‼」

「お祖母さん……うわごとです」


 来てもらった医師に、診察をしてもらう。


「血行が悪いのと、唇が青いのは体温調節がうまくいっていないのだと思います。起きられるようになったら、動くようにしてあげるといいでしょう。それに……まだ起こすのは時期尚早かと思いますよ」

「何ででしょう⁉」

「優希さんは、現実を考えるのが苦痛なんです。養子縁組が整い、新しい御両親が来るまで、お休みさせてあげて下さい」

「もう、会えんかも……」


 嘆くタツエに、


「お袋……よしが一番辛いんやけん……」

「分かっとる……やけど……」


祖母に手を握ってもらいながら、優希は、


「車に酔うけど、酔わなくなったら、日向ひなたさんの……お家の、車の助手席乗って、ドライブいきたいな……」


えへへ……


照れくさそうに、はにかむ。


「お弁当もって、行きたいな……頑張って料理作らなきゃ……」


 ぽつりぽつり溢す本当に可愛らしい夢。


「おばあちゃん……元気かな。会いたいなぁ……おばあちゃん……」

「優よぉ‼ここにおる‼ここにおるで‼ここにおる」

「……主李かずいくんも、実里みのりくんも……ごめんなさい……」


 ポツッと呟き、そのまますぅっと寝入る。




 数日、眠らせるが、優希が漏らすのは、


「お父さんのご飯が食べたいな。お母さんのは美味しくない……自分で作る……それに、おばあちゃんやおいちゃんのお家のお料理、好き」


とか、


「高校いきたい……勉強したい……」

「主李くんとお出掛けしたいな……」


と、本当に本当にたわいもない、ごく日常のこと。

 それと、


「かずき……。ごめんね、ごめんね。一緒におれば良かったんよ。お姉ちゃんが悪かったんよ。お姉ちゃんが……守らんと‼」


と、カッと目を見開き、身を起こそうとする。

 危険が及ぶのをよしとしない周囲が、特に点滴をしている右腕と、右足を外したり暴れてはいけないため軽く拘束しているのだが、毎回、


「い、いややぁぁ~わぁぁん‼誰か、うちは誰?うちは誰?お姉ちゃんいややぁぁ~もうやだぁぁ。はずしてぇぇ~‼」


と泣きじゃくる。

 他の人々は仕事や学校のため忙しく、祖母のタツエや学校を休学している竜樹たつきが、


「優よぉ?ゆう。大丈夫や。泣かんでええ……泣かれん」

「ゆうちゃん。ゆうちゃん。かずき元気になりよるよ。大丈夫やけん泣かれん」

「わぁぁん!‼おばあちゃん……ごめんね、ごめんね。うちが、お姉ちゃんやけんしっかりしとらないかんかったのに、おばあちゃん、うちが悪いんよ。全部悪いんよ。生まれてきたんが悪いんよ……だから、お父さんは、怒らんといて……」

「怒っとらんで……ゆうちゃん。ばあちゃんは良明のことは怒っとらんで?それよりも、ばあちゃんは……優しい優希が、こがいになるまで、辛い思いをしとったんを、知らんかったばあちゃんが、ばあちゃんのほうが……悪かったなぁ……ごめんなぁ……」


タツエは涙を流す。


 こんなに苦しむ孫を……家から出した息子の家族に遠慮して、立ち入らなかったことを悔やむ。




 今更思えば、この孫娘は幼い頃から何かにつけ、遠慮と言うか、一言目には、


「おばあちゃん、ありがとう。優希、お姉ちゃんだから、大丈夫、一緒に運べるよ」

「おばちゃん、お手伝いするね?……む、虫‼……嫌いだけど、大丈夫‼」

「おじちゃん……ねぇねぇ、あのお話聞かせて‼昔、お父さんと猟に行ったんでしょ?お話‼優希、猟師さんになる‼」


と必死に子供なりに、アピールと言うよりも、


『自分にも何かできる』

『自分もお手伝いできる』


そして、


『ここにいてもいいよね?頑張れたらいられるよね?』


そう言いたかったらしい。

 しかし、その幼い子供のシグナルに、自分達大人は、


「また、あの優希は……」

「悪戯はせんけど、ちょこまかちょこまかと……」

「本当に元気やのぉ……」


とそのまま、見た目通りの子供だと思っていた。

 しかし、時々、休みごとにやって来る度に、ひどい車酔いで真っ青な顔でよたよたと、聞けば来るとちゅうにビニール袋を持って来た分全て使いきるまで吐き、胃液を吐くまで繰り返しやって来る姿。


「そこまでせんで来んでも……」


と、何度思ったか知れない。


 しかし、それは優希が、自分達に無意識に助けを求めていたのだ。

 それと、付いてきても何もしようとしない母親や、ただ無邪気に遊ぶ、甘える、ねだる兄弟の代わりに、小さな手で『手伝う』ことを……自分に課していたのだ。




 タツエは泣きながら、思い出したように持って来た袋を探しとり出す。


「ゆうちゃん。これなぁ?小さい頃、ゆうちゃんが持ってきとった本やろ?誰のかわからんかって、引き出しにしまっとったんよ」

「あ……源氏物語‼うちの‼」


 もう、10年近く前の本で、タツエも最初、他の娘達の子供の忘れ物だと思い、聞いて回ったが、年長の孫達は揃って、その『小学高学年向け物語集』を見て、


「そんなん、僕ら見んよ。学校にあるもん」

「そうやで。ばあちゃん。ぼくら知らん」


その次に年長の孫娘二人は、


「『源氏物語』?」

「なに~?それ。うちら知らん。おばちゃんちのお兄ちゃんの本じゃないん?」


と首を振る。


 その下は、小学生の優希の兄の誠一郎せいいちろう

 誠一郎は読むタイプではないので聞かなかった。

 いや、幼稚園の優希が読めるとは思っていなかったのだ。




「ずっと気になっとって、もしかして思って、ゆうちゃんに会いに来るときに、持って来たんよ。それにな?」


 もうひとつ取り出したのは、金の懐中時計。

 古い物で、でも、いわれのあるもの……。

 それを握らせ、その上からそっと握りしめる。


「これを、ゆうちゃんはいつもいつも『好きや』『綺麗……』言うとったやろ?」

「これ、おじいちゃんの遺品……隠居に吊るしとって……」

「これをあげるけん。持っとき。じいちゃんが優希を見守ってくれとるけん。ばあちゃんも、みんなや」


 目を見開き、


「いいの?おじいちゃんの、宝物って……」

「レプリカ……複製品の時計なんよ。ほんもんやったらお宝やのに、そんなに値打ちはないけんなぁ……。でも、じいちゃんがゆうちゃんにって思とる。やけんかまんかまん」

「……おばあちゃん……」


 うえぇぇぇ……


泣きじゃくる。


「ごめんなさい。ごめんね。優希、いいこじゃのうて、あかんこでごめんね。でもね……優希、おばあちゃんの孫で良かった。お父さんの娘で良かった……おばあちゃんもお父さんも大好きなんよ。でも、曽我部優希そがべゆうきには、生まれたなかった……」

「……優希……」

「なりたなかった……もう、『曽我部優希』はいらん‼おりたない‼竜樹は嫌いじゃない。『お姉ちゃん』が嫌なんよ~。ごめんなさい。竜樹、ごめんなさい」


 わぁぁんと泣きながら、訴える孫に、


「謝らんでええ、ゆうちゃんは悪うない。泣かんでええんで?」

「おばあちゃん。元気になったら、優希は……曽我部の家に戻らんといかん。かずきがおる‼かずき……本当はいいかんけど、夏休みにバイトして、かずきの病院のお金を……でも、戻るの怖い……いややぁぁ」

「竜樹‼先生を‼」

「うん‼」


ナースコールをする。

 すぐに、


『はい、何がありました?』

「ゆ、ゆうちゃんが、目を覚ましました‼泣きじゃくって……」

『解りました。すぐ参ります』


その声からさほどせず、看護師と、穏和そうな夫婦が姿を見せる。

 すぐに室内に入り、処置をしていく看護師と、手伝うタツエ。

 竜樹は、いつもは姉がしていたように、そっと近づき頭を下げる。


「初めまして。曽我部竜樹そがべたつきと申します。中学校二年生です。お見舞いですか?あの……お、ゆうちゃんは……」

「初めまして。竜樹ちゃんだね」


 ニッコリと微笑むのは着物姿の上品な夫婦。


「私は醍醐だいご……松尾醍醐まつのおだいごの伯父で賀茂賢樹かもさかき。そして……」

「妻の紅葉もみじと申します。よろしゅうおたのもうします」

「おいはん、おばはんも……あてのこと、忘れとるやろ‼」


 後でぶつぶつ漏らすのは、醍醐の兄の標野しめの




 彼は、二人の新しい両親を空港まで迎えに行っていたらしい。

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