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救急病院に向かう道筋にて……。

 醍醐だいごは、信号が変わる前にスマホを操作し、


竜樹たつきちゃん。嵯峨さがさんの電話です。かけてください」

「使い方……」

「もう鳴ってますよ」

『もしもし……醍醐?』


気安そうな声に、


「あ、あの、曽我部竜樹そがべたつきです。お、お姉ちゃんが……お姉ちゃんが……」

『竜樹ちゃん?お姉さんが何かあったんですか?』

「日向さんのお家で、急に泣きじゃくりはじめて……それに、わ、私のこと……『いや』って……」

「あのっ、優希がパニックを起こしたんです!今、醍醐に頼んで、車を運転して、町の中心部の救急病院に連れていっています」


日向ひなたは、意識のない優希を毛布でくるみ、抱き抱えるようにして告げる。


「病院名は……大きい病院ですので、もしこられるのでしたら、タクシーで」

『あ、すみません。実は私は、曽我部さん……お二人のお父さんと共に、お父さんの実家に向かっていまして……』

「お父さんの実家?ですか?」

「お父さん……婿養子なので。うちにいるばあちゃんは、お母さんの方で、おばあちゃんが田舎にいます。ここから二時間くらい行ったところです」


 竜樹は小声で答える。


「じゃぁ、嵯峨さん。優希と竜樹はこちらで見ています。よろしくお願いいたします」

『詳しい状況が判りましたら、教えてください。診断書も、良いですね?竜樹ちゃんも、診て貰っておいてください』

「時間は大丈夫ですか?」

『構いませんよ。……昏睡状態のかずきに会いました。想像よりもむごい仕打ちですね。内臓は破裂寸前。いくつもの裂け目があって丁寧にスタッフさんが縫って、縫合したそうです。肋骨も足の骨、頭蓋骨もおれていたそうですし、脳出血もあって、危なかったそうです。今は落ち着いているようですが、予断を許さないとか』


 あの姿を見たら、眠れませんね……。


 呟く声に、


「じゃぁ、祐也ゆうやの家に連絡すれば良いですね?かずきのことは」

『そうしてください。竜樹ちゃん?お父さんが話したいって言ってますが?』

「……」


姉よりも感情のこもらない瞳が迷う。


「……お父さん……お姉ちゃんが『お姉ちゃん嫌だ』って。何でお姉ちゃんだけ我慢させたの?」

『そ、それは……お母さんに言っても、してくれないから……優希は、最初は見よう見まねでも、5才までには魚の3枚下ろしや、縫い物、かぎ針編み、小学校の高学年の読む本も読んでいて……買い物にも、康広やすひろの面倒も見てくれた……』

「誕生日、覚えてくれてないって。お姉ちゃんはお兄ちゃんのお古ばかりで、着るのが嫌だったって、勉強したいのにさせてくれないって……何で?」

『それは……』

「お姉ちゃんだけ辛い思いさせるような家なんか、無くなれ‼曽我部の姓がどうしたって言うの‼兄ちゃんが跡継ぐんじゃない‼お姉ちゃん関係ないじゃない‼召し使いって、お姉ちゃん、自分のこと言ってた‼奴隷だって‼そんな家なんか、無くなれ‼兄ちゃんが苦労すればいい‼逃げられないように、曽我部の家に縛り付けておけばいい‼今までさんざんいい思いをして、自分の責任も取れない癖に‼絶対、大人になったら逃げ出して、またお姉ちゃん苦しめるんだ‼そんな卑怯な兄ちゃんなんて、大嫌いだ‼」


 竜樹は叫ぶ。


「大嫌いだ‼兄ちゃんなんて、母さんも康広も、ばあちゃんたちも大嫌い‼じいちゃんと一緒に死んじゃえば良かったんだ‼隕石でも落ちて、頭に当たってくれたら良かったのにね‼あの最低兄ちゃんの頭に‼そうすれば、頭が良くなるか、もしくは売ってお金になるじゃん‼万々歳だよ‼それにね、私は……お父さんも、私も大嫌い‼」

「……た、ちゃん……ごめんなさい……」


 ぽろっと零れる声に振り返るが、ただすは、


「まだ、意識は戻ってない。うわごと……」

「ご、めんなさい……ごめんなさい……追い出さないで、殴らないで……無視しないで……いい子にするから……言うこと聞くから……頑張るから……見捨てないで……」


テディベアをぎゅっと抱き締めたまま、ボロボロと涙をこぼしながら、謝罪と懇願を繰り返す。


「お姉ちゃん、頑張るから……お手伝いもするから……しんどくても、するから……捨てるって言わないで。……かずきも捨てないで。……かずき……助かって……私の命あげるから……私だけ生きてたくない……」


 周囲がその一言に息を呑む。


「……主李かずいくん……実里みのりくん……仲良く、してくれて……ありがとう……」


 首がかくんと揺らぎ、糺は慌てて支える。


「急いで‼醍醐くん‼」

「はい‼」

『な、何があった‼』


 父の声に竜樹は、


「お姉ちゃん、意識がなくなった……ごめんなさい。追い出さないで、見捨てないで……それとかずき助かって。自分の命あげる。それと主李先輩と実里先輩にありがとうって」

『なっ!優希‼』


電話の向こうの声に、告げる。


「お父さん。お姉ちゃんよりも、兄ちゃんのことが大事なんでしょ?私やお姉ちゃんのこと心配してるふりしないで。ばいばい」


 なれない手つきで、電話を切った竜樹は、醍醐に返すこともできず、運転席と助手席の間に載せる。


「……いいの?」


 醍醐の声に首をかしげ、ふと、


「灰皿ないんですね……この車。日向さんも……」

「私もひなも、まだ20歳じゃないんですよ。それに、実家は和菓子を作っていて、臭いが移ると職人の父が嫌うんですよ。でも、兄達が20で家を出ると言い出したんですがね。上の兄は本当は出たくなかったんですよ。でも、下の兄が吸いはじめて、遠くのワンルームに移って吸って、一旦仕事の前に臭いをある程度おとして、途中の兄の家で、風呂に入って着替えて来るんです」

「大変そうですね。上のお兄さん」

「さき兄さん……上の兄は、元々気管支が弱いんです。それなのに、プンプンとタバコの臭いをさせたシィ兄さんが早朝から来るので、何度か喘息発作を起こして、救急病院に。しかも連れていくシィ兄さんの車はタバコの臭い。2年前にとうとう母が怒ってしまって、禁煙約束させられたのと、車没収です。その車がひなの家の車です。タバコの臭いは残りますね。早く返したいんですよ。あれ臭いし。でも、まだ禁煙できてなくて」


ため息をつく。

 それを見て、


「お姉ちゃん言ってたんですけど、煙草を吸う人は、ストレスを抱えていることが多いそうです。生活のこととか仕事。お兄さん跡取りじゃないんですか?」

「いや、二人で来るときは、一卵性の双子なのでうるさいんですけど、さき兄さんは、元々そんなにうるさくはなくて、一番父に似ていると思いますね。シィ兄さんは元々やんちゃで……」

「お兄さんが跡を継ぐなら、自分はどうしようとか思ってたり。結婚されてるんですか?」

「してないね。何なら、竜樹ちゃん、来る?」

「……お姉ちゃんみたいに、努力しすぎて参ることはないので、良いです」


返答にぎょっとする。


「来るの‼」

「いえ、遠慮します。あの~醍醐さん。想像してください。お会いしたことはないですが、物静かな方のお兄さんが私といるの。私、実は、小学校の低学年までほとんどしゃべらなかったんです」


『鏡文字』に続き衝撃の告白。

 唖然とする3人に、


「だって、お父さんは仕事。兄ちゃんはちやほや。弟も赤ん坊でお母さんは手がかかるっていってほっとかれたのでお姉ちゃんに育てられたんです。お姉ちゃんは根気強く話しかけて、言葉を教えてくれてたみたいなんですけど、ウンウンってうなずいてました」

「解ったから?」

「……うーん。お姉ちゃんの喋ること、難しかったです。幼稚園で読んでた本が漢字いっぱいで。確か伊勢物語?『昔、おとこありけり』って言うのですよね?かぐや姫を読んでいると、登場人物の意味を説明しはじめて……竹取のおきなとか、シンデレラもグリム童話で、イソップ物語とか千夜一夜物語のなかにアラジンと魔法のランプのお話があったとか……」

「……それは博識なお姉ちゃんだね」

「で、私が考えてること先回りして伝えたりしてくれてたので、お姉ちゃんが小学校に入ってから、ようやく私がほとんどしゃべらないのを知って、家族が慌てて」


日向は、


「じゃぁ、言葉の勉強始めたんだ?」

「いいえ、家族はお姉ちゃんが悪いんだって責めました。お前のせいで竜樹はこんなになった‼お前がいるから悪いって」


竜樹の衝撃の返答に、糺は真っ青になり、二人の青年は、


「ありえへんなぁ……おかしいことあらしまへんか?ひな」

「醍醐、素に戻っとるで」

「あ、いや……衝撃過ぎて……」

「そりゃ、俺の家でもなかったなぁ」

「ま、まぁ、病院につきました。駐車場に入れて、戻る間にちょっと電話しますから、さきにいっていてください」


玄関に偶然救急隊員の青年がおり、日向が事情を説明すると、戻ってきた移動ベッドに優希を寝かせ、


「で、いつ、どのような状況で……」


と聞きつつ脈をはかり、簡易カルテに書き込み、


「緊急性が高い患者です。直ぐに、運び込みます」


と運んでいくのを3人はついていったのだった。




 そして、救急の患者を運んできたと駐車場に車を入れた醍醐は、電話を掛ける。

 しばらくコール音が鳴り、


『もう、醍ちゃん……今何時やと思とるんかな?』

「シィ兄はんなら寝てすぐやないかと思おて。この季節、さき兄はんは体調崩しやすいさかいに早う休みはるやろうし?おかぁはんは起きてくれると思たけど、おとうはんまでおこしはったら、思たさかいに。禁煙出来てます?」


 醍醐の一言に、


『それ言わんといてや……今日もおかぁはんと正座3時間や。難行苦行……』

「正座3時間ですんで良かったんと違いますやろか?」

『あにさんを苛めるんか……』

「あの、あにさん。この程度で、『苛め』って言えませんえ?これは、あてとひなが知り合った女の子のお話や……聞いてもらえるやろか?」


弟の声に、電話の向こうで、標野は姿勢をただした。


「嵯峨にいはんには頼んどります……」

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