優希ちゃん姉妹は日向さん家で宿泊のはずでしたが……。
「お邪魔します」
小声で頭を下げつつ入っていく姉妹。
「邪魔じゃないぞ。う~んと、この時間お茶はまずいな。眠れなくなる。ハーブティか?」
奥に入っていく日向に、糺がにっこりと、
「座って座って。あ、ひなちゃん。あの荷物はこれ?」
「そうだ」
夫の声を聞き、ソファに置いていた荷物を引き寄せると、
「優希ちゃんと、竜樹ちゃんにプレゼント」
「えぇぇ‼そ、そんな‼」
慌てて首を振る。
「いいのいいの。ひなちゃんと醍醐くんのポケットマネーだもん。ねー?」
「あぁ、構わないぞ、俺はひとりっ子、醍醐は3人兄弟の末っ子だ」
「あ、ありがとうございます……わぁぁ‼て、テディベア……」
「わぁぁ‼あ、ありがとうございます‼」
抱っこしたテディベアを撫でながらお礼を言う優希だが、
「かずき……大丈夫でしょうか?それに、主李くんや実里くんに……せっかく……」
「優希が悪いわけじゃないだろう?」
「でも……やっぱり病院代‼」
がま口の中身をひっくり返す。
細かいお金がじゃらじゃら出てくるがどう見ても、足りそうにない。
「あ、私も‼」
同じような小銭入れに入っていたお金を出そうとした竜樹を糺は止める。
「いいの。それよりも、ハーブティをどうぞ?ひなちゃんが持ってきたわよ」
「はい。スゥ。パジャマになりそうなものあるか?」
「うん、ちょっと待っててね」
「あ、あの。このまま……」
「ダメダメ。着替えちゃいましょう。ちょっといってくるわね?」
リビングを出ていく。
日向の運転していた車は、優希達は知らないが高級車。
5人乗りである。
駐車場に入れる前に下ろされたが、大きな駐車場には、もう2台。
「お、お姉ちゃん‼あれ、スッゴい有名なスポーツカーだよ‼そして、あ、可愛いミニカーみたい」
「あぁ、あれは、ひなちゃんお気に入りのなの。スポーツカーは醍醐くんの。醍醐くんのマンション、一台しか置けないらしくて」
「だ、醍醐さんの⁉」
「日向さんも違う感じだったのに、意外……」
姉妹は深紅の車に呆気に取られる。
「ん?あぁ、あれな?元々醍醐の兄その2の車で、その人は飽きっぽい人で、買ってきてちょっとしたらいらないって、高校で免許とった醍醐にやるって。バッテリーが上がるから時々乗る位で、醍醐も今乗ってる方で楽らしい」
「あの小さい可愛いのは……私好きなんですけど」
「ん?あぁ。車選びに行って一目ボレ。でも、傷つけたくないから大学には乗っていかない」
「うわぁ、大事にされているんですね」
車から荷物を取りだし、シャッターを閉め、家に入ってきたのだが、清潔感に溢れているものの、落ち着いた雰囲気も持ち合わせるリビングに案内され、
「わぁぁ……綺麗……家は掃除しててもごみごみしてるのに……」
「定期的に掃除しているんだ。趣味だな」
「コツを教えてほしいです」
「と言っても、出したら元の位置徹底。その点醍醐は、片付けがな……家でお菓子をつくったら、ぐちゃぐちゃだ。そっちに座って。ちょっとつまめるものと言うと、つまみ系はないし、お菓子で悪いが」
素朴なクッキー、しかもごま、チョコチップ、プレーン味を勧められ、手を伸ばした優希は、
「醍醐さんの作ったものですか?」
「いや、醍醐は和菓子だな。醍醐の家は京都でも知られた老舗で、今でも器械は使わず、手作業と手作りにこだわる職人のお父さんと、8才上の双子の兄貴がいて、二人ではうるさいが、長男の紫野さんは伝統のある上品な菓子を作る。次男の標野さんは、伝統よりも技術?的なもの。二人は一応大学も行けと言われたそうだが、高校卒業してすぐに弟子として修行に入って10年。醍醐は年が離れているから、お父さんと兄貴達を見て育って、手習い程度らしいが作るそうだ」
「和菓子……このクッキーも好きですが、和菓子好きです。茶道部でお稽古の時に戴くのですが、とっても……」
幸せそうな優希に、竜樹は、
「お稽古の和菓子は美味しいですけど、普通のお店の和菓子はねとねとしてて、苦手です」
「あぁ。茶道の和菓子は、こちらでも伝統的な良いものをお店から取り寄せているらしい。竜樹が言いたいのは、一般的に大量に作られて売られているのだな?」
「はい」
「あれは人工着色料とかも入っている。でも醍醐は、ここでは醤油餅が面白いといっていたな」
「米粉に醤油と砂糖で味付けをしたものですね。丸めたり、伸ばしてねじって蒸すんです」
優希は答える。
「優希は、何でも知ってるなぁ……勉強家の優希が羨ましい」
「……でも、家では、勉強したことを口にすると、お兄ちゃんに『知ったかぶりするな‼』って言われます。『小賢しい、可愛いげがない』って祖母に。田舎の……父方のお祖母ちゃんは可愛がってくれますが、母が私たちを夏休みに送り出したあと挨拶にも行かなくて、父の兄弟に……。ごめんなさいって、弟が悪戯したときや、お兄ちゃんは食事のお手伝いもしないから……何か出来ないかって手伝いに行って……でも、山登りはきついし、畑でも虫が苦手だからきゃーきゃー言っちゃって」
「それは、無理だろ。と言うか、お父さんの兄弟も愚痴だな。優希に対してじゃない。それと、普通はこうなんだよって言ってるんじゃないか?きゃーきゃー言っても、転んだりしても、手伝っていたんだろう?」
「は、はい。余り役には……」
しょげる少女に、
「役に立つたたないって言うのは、口先だけの奴に言われていいことじゃないな。後で怒られたか?」
「よう頑張ったって。でも、お兄ちゃんに図々しい。手伝いしてますアピールか?自分が偉いと言ってるのか?って……」
「おじさん、おばさんの言葉だけ信じてろ。でも……」
竜樹はチョコチップクッキーをムグムグと頬張っている。
余程気に入ったのか3枚目が終わりかけている。
他のは……と見ると、食べていない。
チョコが好きらしい。
優希はぼんやりとしつつクッキーをリスのようにカリカリとかじり、手を止めると、
「かずき……お家に連れて帰れない。それに、もう……もう……」
顔をくしゃくしゃにして、泣きじゃくる。
「もう、いやだよぉぉ、何で?何で?何で私だけ?何で?勉強したいのに‼日本史をもっともっと‼それで歴史の研究家になりたいのに‼本を読みたい‼英語はダメだけど、もっと古文や漢文に、生物に美術も、音楽ももっと知りたいのに、何で私だけ?何で?イジメられるの?お母さんは自分勝手だし、お兄ちゃんは自己中心的だし、自分の思い通りにならないと無視をするか、殴るかの違いだけ‼祖母ちゃんは女だから、父さんに似てるから可愛くないって‼誕生日だって……皆、皆……覚えてくれてない……」
「お姉ちゃん‼」
「いや‼竜樹は、お母さんに似てるから可愛いって、いっつも綺麗な服‼私は、お兄ちゃんのお古が着れるからって……いつも人前に出る時は恥ずかしくて、『同じ体型だから、貸し借りしてる』って言い訳して……いつもいつも『お姉ちゃんだから我慢しなさい‼』じゃぁ『お兄ちゃんだから我慢しなさい‼』って何で言わないの?何で?」
テディベアを抱え、号泣する。
「何で?私がいらないなら、生まなきゃ良かったのに‼可愛くなかったら、捨てればいいのに‼召し使いとしてしか利用価値ないんでしょ?『お姉ちゃん』は『奴隷』なんでしょ‼」
「お、おねえちゃ……」
「もう嫌だ、もう嫌だ、やだやだやだー‼私は、私は……」
泣き叫ぶ声に、扉を開けた糺は駆け寄り、
「ひなちゃん‼病院‼救急車は呼べないから……」
「醍醐を呼ぶ‼」
日向はスマホを操作した。
そして、
「醍醐、優希がパニックを起こした。救急車は周囲に誤解を招く。迎えに来てくれないか?」
「もう来てるんですけど……」
合鍵で入ってきた醍醐は、泣き叫ぶ優希と呆然とする竜樹を見て、
「急がないといけませんね。竜樹ちゃんは助手席。ひな、スゥ先輩。お手数ですが、救急病院を」
「解った」
ぐったりした優希をのせた車は、走り出したのだった。




