【モノローグ】一瞬の出来事……中学校二年生の頃
曽我部優希と守谷主李は、実は、優希は覚えていないが、同じ幼稚園、小学校も同じ、中学校もである。
同じクラスになったのは、小学校の高学年の二年間だけ。
優希は主李から見ると、大人しく、言われたら嫌と言えない、いじめられっ子。
最初は、学級委員長を歴任していた主李は、小学校時代は苛められて逃げ出した優希の行方を捜索し、ベソベソしているのを宥めたり連れて帰ったりと、かなりイライラする存在だった。
何で言い返さないんだ‼
何で泣くんだ‼
何で逃げるんだ‼
でも、最初は鬱陶しいと思っていた優希と近くなると、解ってきた事がある。
頑固なところもある努力家。
真面目で、とことんまでやりとげて満足そうな顔や、主李がほとんど行かない図書館で、会ったときの目をキラキラさせて本を読んでいる姿が気になった。
「ん?何見てるんだ?」
親友の菊池実里の声に我に返る。
実里は、中学校からの同級生で、学級委員の会議で知り合って以来意気投合し、今年同じクラスになった。
実里も主李も万能タイプだが、主李が運動能力が特化しているのに対し、実里は芸術系が優秀だった。
ヴァイオリンやピアノも弾けるのだと言う。
頭も切れるし、冷静沈着で周囲からの信頼も厚い。
主李は前期の学級委員長に選ばれたが、後期は実里になるのは確実である。
「ん?あ、のり。いや……あの、えーと……」
「あぁ、『図書館の精霊』見てたのか?」
「『図書館の精霊』?」
「あぁ、何か、図書委員でもないのに図書室の本の整理整頓楽しそうにしてるんだって、お薦めの本とかも言ってた。図書の司書の先生よりも図書室の本に詳しいぞ。それに市立図書館でよく会うんだ」
成績は上位をキープしているが、軟式野球をしている主李は部活に忙しく、時々ベソベソと図書室で泣いているのは見たが、初耳だった。
「市立図書館で会う?」
「あぁ、曽我部、滅茶苦茶歴史詳しいだろ?それに古文漢文。で、小学校の頃から何回かあったことあるんだ。向こうは覚えてないけど。市立図書館の二階の資料室でもう、ニヤニヤしてたり、ポーっとした顔で資料をコピーしていてさぁ……」
「コピー?何の?」
実里は真顔で、
「この間は『諸外国の人名事典』。どういう意味があって、言葉が変化していくとかだったなぁ。その前は『絶滅生物、レッドデータブックにのる絶滅危機生物について』何か『ヨウスコウカワイルカ』について調べるって言ってた。その前が、『オーストラリアの生物の生態』?『平安文学についての服装資料』、あぁ、一番多いのが『世界の神話』と『妖精事典』」
「……」
クラっとする。
そうなのだ。
主李も一応はゲームとかで人物名はわかるのだが、優希は極端に『世界の神話』にはまっていて、目をキラキラさせて語る。
創造力が豊かと言うか、片寄っていると言うか……普通、同年代の少女のうっとうしいぐらいのギラギラ感はないが、
「『北欧神話』のトールさまが好きなのです」
「『妖精との生活のしかた』と言う絵本があって、箱庭をつくって、一緒に住みたいなぁ……って」
と本を抱き締め、うっとりとしている。
しかし思うのは、ここまでの知識があれば、何で人間関係について努力をしようとしないのか?
それを一度実里に聞くと、
「ん?本人はあれでもかなり努力中だと思うけど?」
「そうか?」
「と言うか、あの格好で言葉遣いが丁寧で、先生受けはいいんだよ、曽我部は」
現在は文庫版『正史三国志』の5巻『蜀書』に食い入るようにみいっている姿を示す。
他のクラスメイトの女子が、ミニスカートに可愛らしいくつ下、靴も規定外の物を履いて、化粧をしているが、優希は制服は規定通り、靴下も無地の靴下で靴も規定通り。
髪の毛は肩でパッツン。化粧もしていない素っぴんである。
ただ、バッグや鞄には可愛らしいくまのキーホルダーがついている。
「でも、人付き合いと言うか距離感がわからないんだと思う。図書館では……おーい、曽我部」
実里の声に、顔をあげキョロキョロすると教室と廊下の間の窓に近づいてきた。
「あ、えっと、菊池くん?……だったよね?」
「いい加減名字覚えてくれよ~‼」
「えと、一応は覚えようと思ってるんだよ⁉えっと、菊池くんの『池』が『池』か『地』か‼『池』だったら、九州の菊池姓に縁があってね‼『曽我部』は、長宗我部元親の縁で‼」
「お前は俺の名字にしか興味がないんか‼」
「う~ん……伊達とか、吉川、小早川、毛利、鍋島、島津、村上水軍、織田……あぁ、知ってる?織田って書いて『おりた』って読む家もあるんだよ‼地域によって名字が違うんだよ。勉強になると思うの‼あ、この間借りた本はどうだった?小学校の時に読んだんだけど……」
優希は興味津々に実里を見る。
「……お前の小学校生活、絶対おかしいと思った」
「えぇぇ?何で?何で?コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』シリーズと一緒に『妖精』の研究書に、西洋の錬金術、東洋の錬丹術、ホムンクルスの作りかたの本だったんだけど……」
「シャーロック・ホームズから何でそっちに行くか~‼」
つい主李も突っ込む。
すると、くるくる丸い瞳が悪戯っ子のように細くなり、
「コナン・ドイル……アーサー・コナン・ドイルは、『シャーロック・ホームズ』シリーズの作家であるのと同時に、その頃の『心霊主義』専門家だったんだよ?結構面白い論文だったから。しかもコナン・ドイルが、当初『これは絶対に間違いなく妖精を写した写真だ』と言いきった写真が、後年、写真を提供した当時の少女によってカラクリがあった偽物ってわかったりするんだけれど、スピリチュアルなことが気になって研究していたんだって。だから、一緒に読んでって」
「はぁぁ‼」
主李も実里も言葉を失う。
萌えレベルが違う。
大丈夫か‼
「こ、今度は三国志か?」
「うん、菊池くん。諸葛孔明の文章を読んでて考えてた」
「諸葛亮孔明?」
「違うよ。守谷君。日本では誤って伝えられてるの。本当は姓+字の諸葛孔明か、諸葛+官職名。亮は諱。忌まれている名前。避けられている名前ってこと。昔は日本でもそうだけど名前には力があって、滅多な人に知らせてはいけないってあったの。『実名敬避俗』って言って、だから、源義経は源九郎どのとか、官職の判官。この判官から、『判官贔屓』って言葉ができたんだけどね」
何なんだ。
このマシンガントーク。
普通の時の、俯いている怯えているような表情はどこに行った?
「れ、歴史とか、好きなんだなぁ……」
「うん‼大好き‼」
言い切る優希の満面の笑顔に、少しムッとした。
「読書はいいけど、曽我部。もうちょっと、友達作れよ……」
「え、えと、が、頑張る……」
一瞬にして悲しげな表情になった優希に、あっと思い、
「ごめん‼言い方きつかった。読書はやめなくていいから、俺たちでよければ、話も聞くし‼な?友達だろ?」
「……う、うん‼ありがとう。守谷君に菊池くん。あ、でも……」
こそっと告げる。
『だ、大丈夫だからね。いつもは無視していいよ?ありがとう』
じゃぁ……と、離れていくのと入れ違いに教室に入ってくるのは、クラスでも問題児であるクラスメイトとその取り巻き。
席につき、三国志を読み始める優希に、
「お前、なにしてんの?」
と近づき、本を取り上げる。
「はぁ?三国志?女が三国志かよ」
「関羽さまぁぁ‼とか?オタクか?お前」
「いやぁぁね。自分が偉いとかひけらかして。だから、この子って嫌なのよ」
クラスでも問題児たちの、女のトップが、ペットボトルのキャップをはずし、頭からかけていく。
「下着とか見えたらいいのよ」
「おー、セクシーってか?」
ギャハハ‼
笑い転げる周囲を見ず、びしょびしょのまま、
「ほ、本が‼タオル‼ハンカチ‼」
顔色を変え、本から水をぬぐいつつ、教室を飛び出していった。
「本、本……何がいいんだろうねぇ?」
一人の男子生徒が、机の中の物を出していき、それに水をかけようとしたのを、
「いい加減にしろ‼」
主李が教室に入り駆け寄る。
「曽我部が何をしたんだ‼見てたけど、読書をしてただけだ‼それなのに、水をかけて、その上何をする気だ‼」
「うるせぇ‼お堅い学級委員長が‼」
「のり‼」
「解ってる‼」
ビシャビシャと水を撒く女子生徒からペットボトルを取り上げ、怒鳴った。
「いい加減にしろ‼」
「で、これか?」
担任ではなく、学年主任に教頭を呼び出した実里である。
担任はえこひいきがひどく、それがますます彼らを増長させたのだ。
「俺らは悪くありマセーン。担任呼んでくださーい」
「五月蠅い‼静かに読書をしていた曽我部に頭から水をかけて、その上これ‼何が悪くないんだ‼」
「どうしました‼」
駆けつけた担任に実里と主李は舌打ちする。
「君のクラスの曽我部を苛めている彼らに事情を聴いていたんだよ。悪くないと言い張るんだ」
「じゃぁ、悪くありません。曽我部さんは元々他の生徒と交流を嫌い、線を引いていたのですわ。彼らはそれを心配して……」
「嘘つくの、やめてください。いつもいつも、嘘ばっかりだ‼」
主李が担任の女性教諭に怒鳴り付ける。
「大人しい曽我部を標的にいじめを繰り返してるこいつらを見て見ぬふりをして、泣いてる曽我部を放置して、何が楽しいんです?評価点ですか?内申ですか?先生自身だって、それじゃぁ曽我部を苛めてるじゃないですか‼」
「な、何ですって⁉」
「自分の評価が下がるからって。いじめをする生徒がいる、いじめられているのをとめもしない、逆に放置して、自分は関係ないって、酷すぎませんか‼」
「わ、私は‼」
何か言いかけた担任の後ろから、びしょびしょのまま、現れた優希。
「あ、すみませんでした。ご迷惑をお掛けしました」
頭を下げた優希の頬には涙か、頭から被った水か……分からないものが伝い落ちた。
間をすり抜け、自分の席に戻った優希は惨状に一瞬息を飲むと、唇をキュッと噛み締め、片付け始めた。
「曽我部‼濡れてるのに鞄に入れてはダメだ‼」
「そうだよ。乾かして……」
主李と実里に、泣き出しそうな笑顔を浮かべ、
「だ、大丈夫でした。さ、三国志は……水が散っただけで……大丈夫です」
「違う‼教科書とか、ノートとか、それに曽我部だって‼」
「……大丈夫です……あ、ありがとう、ござ……います……」
止めようとする二人に向かってお礼を言おうと顔をあげた優希は、ボロボロ泣いていて、
「だ、大丈夫です……私が悪いんです。皆と仲良く出来ない……うまく付き合えない、わたしのせいです。だから……」
「何で、そんな風に泣くんだよ‼」
声を殺し、ボロボロ涙をこぼす優希を抱き締めた。
「何で、俺たちに助けてくれって言えないんだよ⁉俺たちがそんなに頼りないかよ‼担任のおばさんが、何かやって来るからかよ‼そんなん、気にすんなよ‼それより、泣いてるお前の方が心配だって言ってるだろ‼」
「ごめん、なさい……わたしのせいで……守谷君や菊池くん、他に翠ちゃんたちに……」
「そんなん気にすんな‼泣くな‼」
「先生‼生徒いじめ最低だと思います‼大の大人がいいんですか?生徒いじめて。これじゃぁクラスメイトも、先生見てやりますよね?どう思われますか?」
やけになった女性担任は叫んだ。
「いじめる子は悪くないわ‼苛められる、この子が悪いのよ‼全部‼苛められる側が悪いのよ‼」
優希の物語のモノローグである。