ゴスロリが家にやってきた
僕は背中に両手を縛られたまま身動きがとれなくなっていた。目の前には幼女。フリルが滅茶苦茶入った、というか入りすぎてよーわからんくらい膨らんだお嬢様のスカートというかワンピースというか、高貴な方々が着るものは良くわかりません。あーでも、こういうのは趣味なのかなゴスロリファッションとかどっかで聴いたことあるような。どっかの声優が大好きだったのは、ロリータか、あーでもロリータってなんぞや?ってかこれはドレスっていうのか。あー、そうそうドレスだ。さっきまで傭兵アクションやってたからね。バトルドレスからの連想を聴かせてね、上手く言葉を引き出したよ奥さん。いや…
「何、何か文句あるの?」
「ありまふぇん」
「ちゃんと喋りなさいよ」
いや、あんたがあんたの手であんたの手によって僕の口がガムテープで塞がれた訳で…
「しっ!静かに!これ以上なんかしたらぶっさすから」
昨日なんかの間違いで買ってきた僕の出刃包丁は肉とかキュウリを切る前に幼女の手によって僕の喉元を切り裂く凶器になろうとしていた。突きつけられた歯の先端に僕の顔から流れた汗が滴っていく、それが幼女の包丁を持つ手に伝っていく、と幼女はそれに驚いたのか気持ち悪いと思ったのか、漫画みたいに目を見開いて、化粧まみれで滅茶苦茶に伸びたまつ毛がポロっと落ちるくらいにギャーギャー言い始めた。包丁を振り回すな。とか言う暇もなく、それは、その刃先は僕の喉を掠めた。勿論血がでる。僕も喚く。
「うるさいうるさい気持ち悪い!」
「それはこっちのセリフだっ!!」
「騒がないで!バレちゃうでしょ!!」
「ちょっ、あんたの方が先に騒いだんでしょう?」
「だからこっちくんじゃない?それから汗をかくな!」
「なななななな、ふざけんじゃねぇよ、なんで僕が、こんな目にあわなくちゃいけないんだよ!」
「大声出さないで!みつかっちゃうでしょ!」
「なんだこの幼女!!」
「幼女じゃない!これでも立派なれでゅーですのよ!」
噛んだ。思いっきり噛んだ。そして舌を思いっきり噛んだらしい。幼女の弁舌がぴたっと止まっかと思うと、幼女は思いっきり泣き出した。
「訳わかんねーんだけど!」
隣から壁ドンが入る。家賃三万。風呂なし。トイレ共同。古き良き東京の下町の長屋のペラペラな壁、敷居の前にこの騒ぎは流石にマズイ。というか、僕まだ地方から引っ越してきて一日目なんですけど。僕の夢見たカレッジライフの夢はどこ行ったの。
「お嬢様!」
「お嬢様!」
「お嬢様!」
「お嬢様!」
「お嬢様!」
どっかに言っちゃたのだろうか。この子の正体はなんなんだろうか。という問いを発することすら許されないんだろうか、僕は。黒服のスーツ姿のいかつい、屈強な男達が四畳半の小さなこのアパートの一室に殴りこんできた瞬間。僕の意識は吹っ飛びかけたが、そこで胸ぐらを掴まれて無理矢理意識を戻されたので問題ない、地獄はまだ続いているみたいだ。これが東京なのか。そうみたいだ。都会ってこわい。
「おおおおおおおおおおおおおおお、おちついて皆!この人はなんにも悪くないの!」
幼女が手をわちゃわちゃさせて皆を止めようとしている。
「でもお嬢!」
「いいの!あたしが…ちょっと…やりすぎちゃった…の…その…ごめんなさい」
泣きそうな幼女の顔を見るやいなや、黒服達は僕から退いた。ついでに胸ぐらを掴んだ時に歪んだTシャツを直してくれた。ウーン,,,なんだかよくわからんけど、納得もいかないぞ。
「い、いきなりなんなんですか,,,そのあなた達は…」
「えーとその、実は、ちょっとあなたにお願いがあって…ここに来たの…」
「お願い?」
「そう、お願いっていうか、まぁバイト、みたいな」
「バイト?」
「あたしを、ちょっと、社会に慣れさせて欲しいっていうか、みたいな、そういう感じ」
まるで話が読めなかった。
*
ことのあらましはこうだ。
ピンポーン。
「はーい」
「あわわわわわわわわ」
「うおっ!なんでズボン脱がすん?ってか幼女!!」
「幼女じゃない!」
「脱がされた衝撃で転んだ!でもって、そこらへんに転がってた縄跳びで手を縛られた!」
「な、なにをするだー!」
「ひいいい、気持ち悪いからちょっと縛られて!」
「意味わかんねぇよ!」
*
「で、今に至る。と」
「そう」
「この拘束解いてくれないの?」
「てめぇ、お嬢になんて口の聞き方…」
「…えーと、なんで解いて頂けないんですか?」
「襲ってきたら怖いし…」
「僕の方が襲われてんですけど!!」
「てめぇ舐めた口聞いてっと!」
「皆、やめて、、、あたしが、悪かったわ…わかったから、拘束を解いてあげる。だから、その、ちょっとあたしの話を聞いて欲しいの…」
「お嬢!」
「無理はしないでください…」
「…いいの、ここで頑張んないと…ダメだから…」
なんか勝手に話が進んでるみたいだけど、僕は何をすればいいんだろう。何をしたらいいんだろう。なんでこの人達は僕の事情を無視するんだろう。事情にしつこくて嫌だった田舎の方がマシに思えて来たのはなんでだろう。そんなことを思っている間に僕の拘束は解けて、漸くズボンを履くことができた。今迄ステテコだったんですよ。大分恥ずかしかったよ。人間の尊厳とかどっかいってたよ。でも今更変に外見だけ取り戻しても意味なくないでっすか。これから何が僕を待っているんですか。
僕は胡座座りをした。
「それで、僕になんのようなんですか」
「まずは自己紹介って言う奴じゃないかしら」
「君ガ先に、そういうものはするもんじゃないの」
「…?そうなの?」
「お嬢が自分からなされる必要が今迄なかったのでございます」
細かいことはもうやめだ。取り敢えずとっとと帰ってもらおう。
「僕は鈎付未来」
「私はクレア。星星クレア。あなた、年はおいくつ?」
「19」
「良かった。あたしと同い年ね」
今なんて言ったんだろうね。この子は、僕と身長の差がありすぎて、というか僕今からこの子の事背負ってトンボとか捕まえに行ったりとか出来る感じしまくってんですけどね。それくらいちっちゃい子ですよ。この子。
「嘘だ,,,嘘だ嘘だ! 僕と同じ年だなんて!」
「というか最初から知ってたわ」
知ってたんですか。
「出身が日本の奥深く、山々に埋もれた辺鄙な所の小さなムラで、で、そこから抜け出す為に必死に勉強したけど、センターに失敗。でも都会に出たくで色々と色んな人に無理言って私大に入り、こんな格安の物件をなんとか掘り立ててこれから楽しいキャンパスライフをはじめようとしている、んでしょう」
開いた口がふさがらない。
「ちなみに大学も学科も皆同じよ」
「誰と」
「あたしと」
「はーーーーーー????」
「ちょっと…唾…飛 ば さ な い で ――――――――――!」
「テメェお嬢になんてことを!!」
「だって、え、何、わかった、わかったけど、」
ホントはなんにもわかってないけど
「で、僕になんの用だよ」
「で、こんなその、自分でいうのもなんだけどね、あたしって、その、こんなちっちゃいでしょう?」
そうですね。
「で、これっていうのは、呪いなのよ」
クレアは人差し指をピンと立てて僕の方につんのめってきた。小さいが迫力のある顔だ。
「呪い?」
「そう私の星星家っていうのはね、生まれてくる人が皆ちっちゃくなっちゃうの」
「遺伝かなんか?」
「じゃないのよ。どうやら現代に残るファンタジーみたいな感じみたいなのよ。どんなに背の高い人との間に子を設けても大きな子が生まれてこないの」
「はぁ…」
それが僕のバイトとやらにどう関係してるんだよ。
「というわけで、私たちは生まれながらにして強くならないといけないの」
「いきなり飛んでないか?」
「飛んでないわ」
クレアの話をまとめるとこうだ。簡単にいうと「獅子は我が子を谷に突き落とす」みたいな逸話に説得力を持たせるために「なぜかどの子も背が小さい」っていう星星家のわけわからん現象が使われたっぽいのだ。で、その試練が始まるのが大学に入ってから。谷に落とされるというのは、どこかの家にホームステイするってこと。しかもただのホームステイではなく「星星家」初代当主、星星源三郎が生まれ育ち、齢10にして財を成したというこの東京の下町で四年間勉学に励みながら毎日を過ごす、というものだったのだ。
「なんでこの家が選ばれたん?」
「あなた、えーと未来は、なんか説明受けてないの?」
そーいえば、なんかいろいろと頭下げたんだよなぁ。というか下げすぎてよくわかんなかったけど、なんか色々なかったっけ。学費とか免除するから、ちいと厄介なアルバイト引き受けてくんない?未来君?的な。おじさん…おじさん…優しいおじさん…
「あたしのおじい様と大のお友達の鍵付のおじい様からおじ様に話が言ってらっしゃるとおじい様から聞いたのはあたしだけってことじゃないでしょうねぇ」
わけわかんないけど、多分そういう話はあったけど、聞いてたけど、多分色々ぼかされて僕に伝わったと思うぞ。
「なによそれ!」
「こっちの方が聞きたいわ!」
「というかこっちはイケメンがいるって言うからこんなむさくるしい男しかいないなんて!」
「それはこっちのセリフだ!なんでこんなチンチクの相手を僕がこれから輝かしいキャンパスライフを送ろうとしている今日この日にプレゼントされなくちゃんならないんだ!」
「こちとらこんな習わし試練古臭い慣習お断りよっ!!ちょっと電話かして!」
「どうぞお嬢様」
「もしもしおじい様クレアです。約束が違いますわ!」
ふんふんと鼻息荒く電話をかけたクレアだったが、そこの言葉を口にして数秒後、携帯からものすごい音量の怒声が聞こえたかと思うと、ガタガタと震えながら両手で携帯をもって、泣きそうになりながら5分くらい説教を受けていた。
「…」
「で、どうだったの?」
「馬鹿者、お前のような輩が一族に居るからこのような試練を課しておるのじゃ。いいか、鍵付の御子息のお力をお借りして、お前を立派な一族の娘に育てる為に余が計らった今回の試練を合格出来なかった場合、お前を破門する、よいな」
……あかんかったかー。
「泣きそう」
というか泣いている。黒服たちがハンカチを何枚か渡して鼻水を拭き取らせている。まじでお嬢様というか餓鬼だ。幼女だ。この服も。いつの間にか運び込まれていた部屋に入りきらんばかりのスーツケースの、今にも始めそうな蓋を一生懸命抑えたベルトの隙間から煌びやかな色をした布が覗いている。と、え、
「これって、何、どういうことですか」
「未来様のお仕事、それは、ここにお嬢様と二人っきりで四年間、ここで過ごしていただくことでございます」
僕の意識がついに、そこで、色々とすっとんだ。
*
大学生に成り立ての春に、こうして僕は我が儘なゴスロリお嬢様の面倒を見ることになった。