表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

紹介頂いた作品(文学)

何処にも行けない少女


物語の構造に少女を閉じ込めました。一種のギミック小説です。


彼女は物語の始まりと共に走り出しますが、ある地点を境にして、出発点へと戻ってきます。彼女は何処にも行けません。


露悪的な不愉快な作品ですので、読む時はお気を付け下さい。





 私は私のことを気に入っている。





「冗談のように小さい」

 女友達からそう評される、顔の形も。


「芸能人みたいだよな」

 男友達からそう言われる、目鼻立ちも。


「この調子でいけば、国立大も狙えるぞ」

 先生からそう激励される、頭の良さも。


 全部、全部気に入っている。


 通勤途中のサラリーマンから欲情される、胸こそないが、スラリと細長い体形も。美容師から褒められる睫の長さも。母親から羨望される引き締まったお尻も。


 スポーティーなショートカット、口と鼻のバランス、縦長のお臍、爪の形、きめ細かい肌、陰毛の薄さ、酢昆布が好物なところ。全部、全部気に入っている。


 特別に幸せという訳じゃないけど、それはそんなに重要じゃないと思う。大切なのは、自分の人生を気に入っているか否か。私は私の人生を気に入っている。



 ――誰も私を見抜けない。



 でも、いつからだろう。

 いつから私は、そんな自分を見つけたのだろう。


 昔から人の印象を操ることが上手かった。世に構造というものがあることを、フランスの構造主義者のことを知るよりも前に知っていた。積極的に利用していた。


 元気がよくて、カラカラ笑って、運動が得意で、物事に執着しないで、男子に媚びないで、飾らなくて、責任感はあって、前向きで、お洒落が好きで、頭が良いのを隠してて、正義感が少しあって、クラスでは中心にいることが多い。


 それが私。


 自分が学校で快適な時間を過ごせるように、他人に与える印象を読み取って、演じて、操作して、集団の思考の領域から立ち顕れた私。


 人を小馬鹿にして、鼻で笑って、なじって、せせら笑って、冷めた目で見て、言うことを信じないで、期待しないで、自分が好きで、ただ自分が大好きで、自分以外の人間を全て見下している。


 それも私。

 ううん、それが本当の私。


 私はある時から、孤独を囲ってしまった。あんまりにも同級生が簡単に騙されるから。ただ外にあるものしか見ないから。私の期待値しか、添付された情報しか見ない。可笑しさを通り超えて、寂しくなった。


 そうして私は唐突に、いつも時々、ひどく辛い。


 ――あ~あ、こいつら、本当に馬鹿だ。


 私は人間の完全性という奴を信じない。奇麗事を信奉しない。むしろ私は人間の救い難い醜さ、愚昧さ、弱さ、狡猾さ、情痴を信じている。私に宿っている物が、どうして他の人間にも宿っていないなどと言えるだろう。


 人はそういった一連の性格、嗜好をありのままに露呈することが、誠実であったり純情に値するとは考えないから、何よりも不都合だから隠して生きている。


 でも同じなのだ。皆、皆、私と同じものを持っているのに、そんな自分を見つめようとはしない。目を逸らしている。私は決して、私が偽善的で、狡猾で、多淫であることを否定しない。

 

 だからこそ誰かに、そんな自分を見抜いて欲しかった。女子はウザいから、男子がいいな。格好良くなくてもいいから、頭が良いといい。蔑んだ目が似合う奴だと尚いい。


 授業と授業の合間。談笑の中心に立っている私は、ソイツに肩を叩かれて振り向く。そして言われるのだ。冷めた声で。ぞくぞくした侮蔑をこめて。


「お前、気持ち悪いよ」


 続け様にはこんな感じ。


「何で外面ばっか気にしてんの?」


 半笑いになった後にはこうかな。


「一緒に笑ってる奴ら、全員馬鹿にしてんだろ」


 急に真面目な顔になってこう。


「そうやって一生、人を見下して生きて行くんだな、お前は」


 最後に一言。



「気持ち悪いよ、お前。本当に気持ち悪い」



 そうしたら私は、その人にこう返すんだ。

 自然で自由で、幸福な人みたいに笑って。


「あはぁ、バレちゃった? だってコイツら、ビックリする位に下らないんだもん。可愛くて、明るくて、いっつも笑ってるような娘なら誰でもいいんだよ? 内面は関係ないんだよ。私はそうやって、自分も含めた人間の醜悪さを自覚しない奴等が一番嫌いなの。ほんと、出来るなら死んでほしいよね。え? 私? 私はいいの。私は私が気持ち悪いなんてことは、自分が一番よく知ってるから。それに少なくとも、コイツらみたいに馬鹿ではないから。あはははははは!」


 人間の神様は残酷だ。確か罪というものを一番初めに考えた、下らない奴だったと記憶している。その神様は全ての人間に、美醜を判断出来る力を授けた。


 醜い者にも、美しさが分かるということ。


 残酷な力だ。与えられなかった人間は、一生悶え苦しめという皮肉なんだろうか。だが逆に言えば、与えられている人間にとって、人生は快適だ。


 それと同時に……退屈でもあるけど。


 でも私は、私が積み上げてきたものを崩すつもりもない、だって自分が大好きだから。空想して遊ぶだけ、そんな自分を見抜いてくれる人間が現れるのを。



「気持ち悪いよ、お前。本当に気持ち悪い」



 へ、へ、へ、へ。本当に気持ち悪いよね。

 異常かな? でもさ、こんな自分のこと、私、結構気に入ってるんだ。


 そんな私が人を殺してみようと思ったのは、高校二年の夏休みが始まって二週間が過ぎようとしていた頃で……ごく自然にその考えは浮かんだ。


 幸せって訳じゃないけど、私は私の人生を気に入っていた。だけど、やっぱり、ひどく退屈だった。誰も私を見抜けない。


 馬鹿な女子たちと適当に遊んだり、男の子たちとも遊んだけど、そんなことをする位なら勉強してる方がマシだと気付き、カリカリとペンを走らせていた。


 夜の十二時を時計の針が示す。今日と明日の境目。キッチンに降りて冷蔵庫の扉を開け、アイスコーヒーをグラスに注ぎ、部屋で口をつけた。静かな時間だ。



 ――人を殺すのって、楽しいかな?



 ぼ~っとしながら、不意に思った。思うだけで実行はしないけど、誰もが一度は考えることじゃないだろうか。高校生の時期に、無意味に人を殺してみたいと思うことは。特殊じゃないと思う。


 女の子同士が自分を慰めていることを口には出さないように。決して口には出さないけど。高校生なんて、皆、自意識という病を抱えている。私だけじゃない。


 暇つぶしに買った、文庫小説に書いてあったことを思い出す。


 無関係な人間ならそもそも調べられない。関係のある人間を殺すから、警察に取り調べられる。嘘を吐き通せる人間は少ない。必ずボロが出る。


 だから自分と無関係の人間を殺すのだ。目撃者がいない場所で。通り魔的な犯行。田舎であれば特にた易い。例えば夜、グラウンドで走っている人を殺すとか。


 住んでいる町はとくに都会と云う訳でもない。家のすぐ近くには、コミュニティ公園というグラウンドも内包した、大きな公園がある。さびれた田舎町。


 私は未だどこにも行けないし、何者にも成れないでいる。砂を口に入れたような、ざらついて不愉快な退屈が、もごもごしている。


 散歩に出ようと思って、立ち上がって着替えた。ウエストポーチに、昔、家庭科の調理実習で使った果物ナイフを潜ませる。それだけでなんだか興奮した。


 本当に殺人を犯すつもりはない。ただのお遊びだ。両親は寝ていた。家の裏手口から外に出る。近隣住民に見つかってはいけない。その方がお遊びも盛り上がる。


 人目に気をつけて歩く。五分足らずの公園まで行くのが楽しかった。何だこれ。馬鹿だな、私は。でもいいや、楽しいから。


 公園に辿り着いたら、鼻歌を歌いながらウロウロと歩いた。


 公園とは言っても、体育館やテニスコート、ゲートボール場があったりと、かなり広い。もともとは高校だったものを公園に作り替えたものだと聞く。


 中にいる人を見せまいとするように、周囲は背の高い木で覆われている。死者のように静まり返った夜の底、街灯の白い光を頼りに私はニヤニヤしながら歩いた。


 月もない夜。小さな星の光。深海のよう。黒い炭酸水のような空が広がる。人は見当たらなかった。よかったね。私に殺されなくて。


 人目を忍んで家に帰る。家に着いたら浴室でシャワーを浴びて、自分を慰めた。自分がやっていたことを馬鹿みたいだと考えながらも、奇妙な満足を覚えた。


 そういったことを繰り返しながらも、夏休みを送っていた。たまには同級生とも遊ぶし、予備校で知り合った友達とも時間を作って出かけた。



 ――そして、時が来た。



 ある日、夜のお遊びの中で私は人を見かけた。いつもの時間。公園のグラウンドを誰かが走っていた。身の内に爆ぜるような歓喜を覚え、咄嗟に身を潜めた。


「へ、へ、へ、へ、へ」


 ドストエフスキーの小説に出てくる人間のように笑った。


 グラウンド脇から、走っている人間を観察する。中年の男で、そして……一人だ。目撃者なんて何処にも見当たらない。完全に殺せる。完全に殺せると思った。


 そこで私は満足した。

 思考実験をして、ソイツを殺せることが分かったからだ。


 現実は簡単じゃないから、笑顔で話しかけて足を止めさせ、喉元を突き刺すなんてことは上手くいかないかもしれない。でも私の中で、その男は殺せるんだ。


 あの小説に書いてあったことは、本当だったんだなと思った。簡単に、こんなに簡単に人を殺せるチャンスがあるんだ。だって、私がここにいることを知る人はいなくて、目撃者もいなさそうで、グラウンドを走る奴は一人なのだ。


 最後のお遊びにと、タイミングを見計らい、そいつとは反対の、反時計回りに走り出した。走り始めて暫くすると、男は私の存在に気づいた気配を滲ませた。


 そういえば殺した際についた返り血は、どう始末すればいいんだっけ。包丁はハンマーで粉々にして、欠片を少しずつ川に捨てて。


 そんなことを考えている間に、鼓動が早まり、男と距離が近づく。


 ――ぞくぞくしたいな。ぞくぞくしたいな。


 人間って、思った以上に固そうだな。そう思った。

 ウエストポーチが開く音がした。


 ――ぞくぞくしたいな。ぞくぞくしたいな。





「あの~~、すいません。私のこと、見抜いてもらえますか?」





 ――ぞくぞくしたいな。ぞくぞくしたいな。


 ウエストポーチが閉まる音がした。

 こう思った。私という人間って、思った以上に馬鹿だな。


 ――ぞくぞくしたいな。ぞくぞくしたいな。


 そんなことを考えている間に、振り向いた男は首を捻り、また走り始めた。


 殺害後には、包丁はハンマーで粉々にして、欠片を少しずつ川に捨てよう。そういえば殺した際についた返り血は、どう始末すればいいんだっけ。


 私が再び走り始めると、男は私の存在に気づいた気配を滲ませた。最高のお遊びにと、距離を見計らい、走っている男と同じ方向に走り出していた。


 だって、私がここにいることを知る人はいなくて、目撃者もいなさそうで、グラウンドを走る奴は一人なのだ。簡単に、こんなに簡単に人を殺せるチャンスがあるんだ。あの小説に書いてあったことは、本当だったんだなと思った。


 私の中で、その男は殺せるんだ。現実は簡単じゃないから、笑顔で話しかけて足を止めさせ、喉元を突き刺すなんてことは上手くいかないかもしれない。


 思考実験をして、ソイツを殺せることが分かった私。

 でもそこで……満足出来なかった。


 完全に殺せると思った。完全に殺せる。目撃者なんて何処にも見当たらない。中年の男で、そして……一人だ。グラウンド周辺に、他に人がいないか観察する。


 ドストエフスキーの小説に出てくる人間のように笑った。


「へ、へ、へ、へ、へ」


 身の内に爆ぜるような歓喜を覚え、足を早めた。公園のグラウンドを誰かが走っていたのだ。いつもの時間。今日のこの日、夜の遊びの中で私は人を見かけた。



 ――そして、時が来た。



 たまには同級生とも遊ぶし、予備校で知り合った友達とも時間を作って出かけよう。そういったことを繰り返しながらも、残りの夏休みを送ろう。


 犯行後、自分がやったことを馬鹿みたいだと考えながらも、奇妙な満足を覚えた。浴室でシャワーを浴びながら、自分を慰める必要もない程に。人目を忍んで帰った。


 よかったね。私に殺されて。他に人は見当たらなかった。黒い炭酸水のような空が広がる。深海のよう。小さな星の光。月もない夜。


 死者のように静まり返った夜の底、街灯の白い光を避けて、私はニヤニヤしながら帰った。中にいる人を見せまいとするように、周囲は高い木で覆われている。


 もともとは高校だったものを公園に作り替えたものだと聞く。公園とは言っても、体育館やテニスコート、ゲートボール場があったりとかなり広い。


 公園から抜けると、心の中で鼻歌を歌いながらウロウロせずに帰った。


 何だこれ。馬鹿だな、私は。でもいいや、楽しいから。人目に気をつけて歩く。五分足らずの家まで歩くのが、楽しかった。


 もう遊びは終わった。近隣住民にも見つかってない。家の裏手口から戻った。両親は寝ている。ただのお遊びのつもりだったのに。本当に殺人を犯してしまった。


 それだけで、なんだか興奮した。ウエストポーチには、血に濡れた、家庭科の調理実習で使った果物ナイフが潜んでいる。部屋に戻って着替え、椅子に座る。


 砂を口に入れたような、ざらついて不愉快な退屈が、もごもごしていたことを思い出す。私は未だどこにも行けないが、殺人者には成ることが出来た。


 さびれた田舎町。家の近くには、コミュニティ公園というグラウンドも内包した大きな公園がある。住んでいる町は、とくに都会と云う訳でもない。


 例えば夜、グラウンドで走っている人を殺せる程に。通り魔的な犯行。田舎であれば特にた易い。目撃者がいない場所で。自分と無関係の人間を殺した。


 ボロが出る取り調べすら行われない。嘘を吐き通せる人間は少ない。関係のある人間を殺すから、警察に取り調べられる。無関係な人間ならそもそも調べられない。


 暇つぶしに買った、文庫小説に書いてあったことを思い出した。


 私だけじゃない。高校生なんて、皆、自意識という病を抱えている。決して口には出さないけど。女の子同士が自分を慰めていることを口には出さないように。


 だから特殊じゃないと思う。高校生の時期に、無意味に人を殺してみたいと思うことは。思うだけで実行はしないけど、誰もが一度は考えることじゃないだろうか。ぼ~っとしながら、不意に思った。



 ――人を殺すのって、楽しかったかな?



 静かな時間だ。キッチンに降りて冷蔵庫の扉を開け、アイスコーヒーをグラスに注ぎ、部屋で口をつけた。今日と明日の境目。夜の十二時半を時計の針が示す。


 真剣に色んなことを考えたけど、自分の気持ちを確かめてみたけど、そんなことを考える位なら勉強する方がマシだと気付き、カリカリとペンを走らせた。


 誰も私を見抜けない。だけど、やっぱり、ひどく興奮していた。幸せって訳じゃないけど、私は私の人生を気に入っていた。


 こんな私が人を殺したのは、高校二年の夏休みが終わろうとする二週間前の頃で……その考えはごく自然に浮かんだ。


 異常かな? でもさ、そんな自分のこと、私、結構気に入ってるんだ。

 へ、へ、へ、へ。本当に気持ち悪いよね。



「気持ち悪いよ、お前。本当に気持ち悪い」



 夏休みが終わってからも空想して遊ぶだけ、そんな私を見抜いてくれる人が現れるのを。私は、私が積み上げてきたものを崩すつもりもない、自分が大好きだから。


 また……退屈になるけど。


 だが与えられている人間にとって、人生は快適だ。与えられなかった人間は、一生悶え苦しめという皮肉なんだろうが。残酷な力だ。


 醜い者にも美しさが分かる、というのは。


 神様は全ての人間に、美醜を判断出来る力を授けた。確か罪というものを一番初めに考えた、下らない奴だったと記憶している。人間の神様は本当、残酷だ。


「あはぁ、バレちゃった? だってコイツら、ビックリする位に下らないんだもん。可愛くて、明るくて、いっつも笑ってるような娘なら誰でもいいんだよ? 人殺しでも。内面は関係ないんだよ。私はそうやって、自分も含めた人間の醜悪さを自覚しない奴等が一番嫌いなの。ほんと、出来るなら死んでほしいよね。え? 私が言うと洒落にならない? あはははははは!」


 自然で自由で、幸福な人みたいに笑える日は遠い。

 そう、私は誰かにこう言われたいんだ。



「気持ち悪いよ、お前。本当に気持ち悪い」



 最初に一言。


「一緒に笑ってる奴ら、全員馬鹿にしてんだろ」


 真面目な顔でそうだ。


「そうやって一生、人を見下して生きて行くんだな、お前は」


 半笑いになった後にはそう。


「何で外面ばっか気にしてんの?」


 続け様にはそんな感じ。


「お前、気持ち悪いよ」


 ぞくぞくした侮蔑をこめて。冷めた声で。そうやって言われたい。談笑の中心に立っている私は肩を叩かれて振り向く。授業と授業の合間。


 蔑んだ目が似合う奴だといい。格好は良くなくてもいいから、頭が良いと尚いい。女子はウザいから、男子がいいな。誰かに、そんな自分を見抜いて欲しかった。


 私は決して、私が偽善的で、狡猾で、多淫であることを否定しない。目を逸らさない。皆、皆、私と同じものを持っているのに、そんな自分を見つめようとはしない。でも同じなのだ。


 人はそういった一連の性格、嗜好をありのままに露呈することが、誠実であったり純情に値するとは考えないから、何よりも不都合だから隠して生きている。


 だけど、私に宿っている物が、どうして他の人間にも宿っていないなどと言えるだろう。私は人間の情痴を、狡猾さを、弱さを、愚昧さを、救い難い醜さを信じている。私は奇麗事を信奉しない。人間の完全性という奴を信じない。


 ――あ~あ、こいつら本当に馬鹿だ。


 そうして私は唐突に、いつも時々、ひどく辛い。


 可笑しさを通り超えて、寂しくなった。私の期待値しか、添付された情報しか見ない。ただ外にあるものしか見ないから。あんまりにも同級生が簡単に騙されるから。私はそうして、ある時から、孤独を囲ってしまった。


 うん、それが本当の私。

 これが私。


 自分以外の人間を全て見下して、ただ自分が大好きで、自分が好きで、人に期待しないで、言うことを信じないで、冷めた目で見て、せせら笑って、なじって、鼻で笑って、小馬鹿にしている。


 自分が学校で快適な時間を過ごせるように、他人から与える印象を読み取って、演じて、操作して、集団の思考の領域から立ち顕れた私。


 それが私。


 クラスでは中心にいることが多い、正義感が少しあって、頭が良いのを隠してて、お洒落が好きで、前向きで、責任感はあって、飾らなくて、男子に媚びないで、物事に執着しないで、運動が得意で、カラカラ笑って、元気がよくて。


 世に構造というものがあることを、フランスの構造主義者のことを知るよりも前に知り、積極的に利用していた。昔から人の印象を操ることが上手かった。


 いつから私は、こんな自分を見つけたのだろう。

 本当、いつからだろう。



 ――誰も私を見抜けない。



 私は私の人生を気に入っている。大切なのは、自分の人生を気に入っているか否か。特別に幸せという訳じゃないけど、それはそんなに重要じゃないと思う。


 全部、全部気に入っている。酢昆布が好物なところ、陰毛の薄さ、きめ細かい肌、爪の形、縦長のお臍、口と鼻のバランス、スポーティーなショートカット。


 母親から羨望される引き締まったお尻も。美容師から褒められる睫の長さも。通勤途中のサラリーマンから欲情される、胸こそないが、スラリと細長い体形も。


 全部、全部気に入っている。


 先生からこう激励される、頭の良さも。

「この調子でいけば、国立大も狙えるぞ」


 男友達からこう言われる、目鼻立ちも。

「芸能人みたいだよな」


 女友達からこう評される、顔の形も。

「冗談のように小さい」






 そう……私は私のことを、気に入っている。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 悍ましくて疎ましくて、それでいて美しい。 やっちゃいけない──少なくとも法律上は──ことを頭の中で想像して満足して……って案外身近にある様に思います。 意外とその境目って薄氷みたいなものだ…
[一言] ギミック作品ってなんだろうと思って読み始めましたが、予想以上に不思議な世界で、主人公の相対的な裏表な所とこの回文形式の文章が綺麗にマッチしてたなと思いました。 素直に読んでいてワクワクしま…
[一言] おおっ!ギミック好きの私にはストライクでした。 プリントアウトして読み直したいのですが、悲しいかな。スマホでしか読めません。 綾辻行人、あれ?遠藤周作だったかな?の小説で、全て回文で書く小説…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ