何処にも行けない少女
物語の構造に少女を閉じ込めました。一種のギミック小説です。
彼女は物語の始まりと共に走り出しますが、ある地点を境にして、出発点へと戻ってきます。彼女は何処にも行けません。
露悪的な不愉快な作品ですので、読む時はお気を付け下さい。
私は私のことを気に入っている。
「冗談のように小さい」
女友達からそう評される、顔の形も。
「芸能人みたいだよな」
男友達からそう言われる、目鼻立ちも。
「この調子でいけば、国立大も狙えるぞ」
先生からそう激励される、頭の良さも。
全部、全部気に入っている。
通勤途中のサラリーマンから欲情される、胸こそないが、スラリと細長い体形も。美容師から褒められる睫の長さも。母親から羨望される引き締まったお尻も。
スポーティーなショートカット、口と鼻のバランス、縦長のお臍、爪の形、きめ細かい肌、陰毛の薄さ、酢昆布が好物なところ。全部、全部気に入っている。
特別に幸せという訳じゃないけど、それはそんなに重要じゃないと思う。大切なのは、自分の人生を気に入っているか否か。私は私の人生を気に入っている。
――誰も私を見抜けない。
でも、いつからだろう。
いつから私は、そんな自分を見つけたのだろう。
昔から人の印象を操ることが上手かった。世に構造というものがあることを、フランスの構造主義者のことを知るよりも前に知っていた。積極的に利用していた。
元気がよくて、カラカラ笑って、運動が得意で、物事に執着しないで、男子に媚びないで、飾らなくて、責任感はあって、前向きで、お洒落が好きで、頭が良いのを隠してて、正義感が少しあって、クラスでは中心にいることが多い。
それが私。
自分が学校で快適な時間を過ごせるように、他人に与える印象を読み取って、演じて、操作して、集団の思考の領域から立ち顕れた私。
人を小馬鹿にして、鼻で笑って、なじって、せせら笑って、冷めた目で見て、言うことを信じないで、期待しないで、自分が好きで、ただ自分が大好きで、自分以外の人間を全て見下している。
それも私。
ううん、それが本当の私。
私はある時から、孤独を囲ってしまった。あんまりにも同級生が簡単に騙されるから。ただ外にあるものしか見ないから。私の期待値しか、添付された情報しか見ない。可笑しさを通り超えて、寂しくなった。
そうして私は唐突に、いつも時々、ひどく辛い。
――あ~あ、こいつら、本当に馬鹿だ。
私は人間の完全性という奴を信じない。奇麗事を信奉しない。むしろ私は人間の救い難い醜さ、愚昧さ、弱さ、狡猾さ、情痴を信じている。私に宿っている物が、どうして他の人間にも宿っていないなどと言えるだろう。
人はそういった一連の性格、嗜好をありのままに露呈することが、誠実であったり純情に値するとは考えないから、何よりも不都合だから隠して生きている。
でも同じなのだ。皆、皆、私と同じものを持っているのに、そんな自分を見つめようとはしない。目を逸らしている。私は決して、私が偽善的で、狡猾で、多淫であることを否定しない。
だからこそ誰かに、そんな自分を見抜いて欲しかった。女子はウザいから、男子がいいな。格好良くなくてもいいから、頭が良いといい。蔑んだ目が似合う奴だと尚いい。
授業と授業の合間。談笑の中心に立っている私は、ソイツに肩を叩かれて振り向く。そして言われるのだ。冷めた声で。ぞくぞくした侮蔑をこめて。
「お前、気持ち悪いよ」
続け様にはこんな感じ。
「何で外面ばっか気にしてんの?」
半笑いになった後にはこうかな。
「一緒に笑ってる奴ら、全員馬鹿にしてんだろ」
急に真面目な顔になってこう。
「そうやって一生、人を見下して生きて行くんだな、お前は」
最後に一言。
「気持ち悪いよ、お前。本当に気持ち悪い」
そうしたら私は、その人にこう返すんだ。
自然で自由で、幸福な人みたいに笑って。
「あはぁ、バレちゃった? だってコイツら、ビックリする位に下らないんだもん。可愛くて、明るくて、いっつも笑ってるような娘なら誰でもいいんだよ? 内面は関係ないんだよ。私はそうやって、自分も含めた人間の醜悪さを自覚しない奴等が一番嫌いなの。ほんと、出来るなら死んでほしいよね。え? 私? 私はいいの。私は私が気持ち悪いなんてことは、自分が一番よく知ってるから。それに少なくとも、コイツらみたいに馬鹿ではないから。あはははははは!」
人間の神様は残酷だ。確か罪というものを一番初めに考えた、下らない奴だったと記憶している。その神様は全ての人間に、美醜を判断出来る力を授けた。
醜い者にも、美しさが分かるということ。
残酷な力だ。与えられなかった人間は、一生悶え苦しめという皮肉なんだろうか。だが逆に言えば、与えられている人間にとって、人生は快適だ。
それと同時に……退屈でもあるけど。
でも私は、私が積み上げてきたものを崩すつもりもない、だって自分が大好きだから。空想して遊ぶだけ、そんな自分を見抜いてくれる人間が現れるのを。
「気持ち悪いよ、お前。本当に気持ち悪い」
へ、へ、へ、へ。本当に気持ち悪いよね。
異常かな? でもさ、こんな自分のこと、私、結構気に入ってるんだ。
そんな私が人を殺してみようと思ったのは、高校二年の夏休みが始まって二週間が過ぎようとしていた頃で……ごく自然にその考えは浮かんだ。
幸せって訳じゃないけど、私は私の人生を気に入っていた。だけど、やっぱり、ひどく退屈だった。誰も私を見抜けない。
馬鹿な女子たちと適当に遊んだり、男の子たちとも遊んだけど、そんなことをする位なら勉強してる方がマシだと気付き、カリカリとペンを走らせていた。
夜の十二時を時計の針が示す。今日と明日の境目。キッチンに降りて冷蔵庫の扉を開け、アイスコーヒーをグラスに注ぎ、部屋で口をつけた。静かな時間だ。
――人を殺すのって、楽しいかな?
ぼ~っとしながら、不意に思った。思うだけで実行はしないけど、誰もが一度は考えることじゃないだろうか。高校生の時期に、無意味に人を殺してみたいと思うことは。特殊じゃないと思う。
女の子同士が自分を慰めていることを口には出さないように。決して口には出さないけど。高校生なんて、皆、自意識という病を抱えている。私だけじゃない。
暇つぶしに買った、文庫小説に書いてあったことを思い出す。
無関係な人間ならそもそも調べられない。関係のある人間を殺すから、警察に取り調べられる。嘘を吐き通せる人間は少ない。必ずボロが出る。
だから自分と無関係の人間を殺すのだ。目撃者がいない場所で。通り魔的な犯行。田舎であれば特にた易い。例えば夜、グラウンドで走っている人を殺すとか。
住んでいる町はとくに都会と云う訳でもない。家のすぐ近くには、コミュニティ公園というグラウンドも内包した、大きな公園がある。さびれた田舎町。
私は未だどこにも行けないし、何者にも成れないでいる。砂を口に入れたような、ざらついて不愉快な退屈が、もごもごしている。
散歩に出ようと思って、立ち上がって着替えた。ウエストポーチに、昔、家庭科の調理実習で使った果物ナイフを潜ませる。それだけでなんだか興奮した。
本当に殺人を犯すつもりはない。ただのお遊びだ。両親は寝ていた。家の裏手口から外に出る。近隣住民に見つかってはいけない。その方がお遊びも盛り上がる。
人目に気をつけて歩く。五分足らずの公園まで行くのが楽しかった。何だこれ。馬鹿だな、私は。でもいいや、楽しいから。
公園に辿り着いたら、鼻歌を歌いながらウロウロと歩いた。
公園とは言っても、体育館やテニスコート、ゲートボール場があったりと、かなり広い。もともとは高校だったものを公園に作り替えたものだと聞く。
中にいる人を見せまいとするように、周囲は背の高い木で覆われている。死者のように静まり返った夜の底、街灯の白い光を頼りに私はニヤニヤしながら歩いた。
月もない夜。小さな星の光。深海のよう。黒い炭酸水のような空が広がる。人は見当たらなかった。よかったね。私に殺されなくて。
人目を忍んで家に帰る。家に着いたら浴室でシャワーを浴びて、自分を慰めた。自分がやっていたことを馬鹿みたいだと考えながらも、奇妙な満足を覚えた。
そういったことを繰り返しながらも、夏休みを送っていた。たまには同級生とも遊ぶし、予備校で知り合った友達とも時間を作って出かけた。
――そして、時が来た。
ある日、夜のお遊びの中で私は人を見かけた。いつもの時間。公園のグラウンドを誰かが走っていた。身の内に爆ぜるような歓喜を覚え、咄嗟に身を潜めた。
「へ、へ、へ、へ、へ」
ドストエフスキーの小説に出てくる人間のように笑った。
グラウンド脇から、走っている人間を観察する。中年の男で、そして……一人だ。目撃者なんて何処にも見当たらない。完全に殺せる。完全に殺せると思った。
そこで私は満足した。
思考実験をして、ソイツを殺せることが分かったからだ。
現実は簡単じゃないから、笑顔で話しかけて足を止めさせ、喉元を突き刺すなんてことは上手くいかないかもしれない。でも私の中で、その男は殺せるんだ。
あの小説に書いてあったことは、本当だったんだなと思った。簡単に、こんなに簡単に人を殺せるチャンスがあるんだ。だって、私がここにいることを知る人はいなくて、目撃者もいなさそうで、グラウンドを走る奴は一人なのだ。
最後のお遊びにと、タイミングを見計らい、そいつとは反対の、反時計回りに走り出した。走り始めて暫くすると、男は私の存在に気づいた気配を滲ませた。
そういえば殺した際についた返り血は、どう始末すればいいんだっけ。包丁はハンマーで粉々にして、欠片を少しずつ川に捨てて。
そんなことを考えている間に、鼓動が早まり、男と距離が近づく。
――ぞくぞくしたいな。ぞくぞくしたいな。
人間って、思った以上に固そうだな。そう思った。
ウエストポーチが開く音がした。
――ぞくぞくしたいな。ぞくぞくしたいな。
「あの~~、すいません。私のこと、見抜いてもらえますか?」
――ぞくぞくしたいな。ぞくぞくしたいな。
ウエストポーチが閉まる音がした。
こう思った。私という人間って、思った以上に馬鹿だな。
――ぞくぞくしたいな。ぞくぞくしたいな。
そんなことを考えている間に、振り向いた男は首を捻り、また走り始めた。
殺害後には、包丁はハンマーで粉々にして、欠片を少しずつ川に捨てよう。そういえば殺した際についた返り血は、どう始末すればいいんだっけ。
私が再び走り始めると、男は私の存在に気づいた気配を滲ませた。最高のお遊びにと、距離を見計らい、走っている男と同じ方向に走り出していた。
だって、私がここにいることを知る人はいなくて、目撃者もいなさそうで、グラウンドを走る奴は一人なのだ。簡単に、こんなに簡単に人を殺せるチャンスがあるんだ。あの小説に書いてあったことは、本当だったんだなと思った。
私の中で、その男は殺せるんだ。現実は簡単じゃないから、笑顔で話しかけて足を止めさせ、喉元を突き刺すなんてことは上手くいかないかもしれない。
思考実験をして、ソイツを殺せることが分かった私。
でもそこで……満足出来なかった。
完全に殺せると思った。完全に殺せる。目撃者なんて何処にも見当たらない。中年の男で、そして……一人だ。グラウンド周辺に、他に人がいないか観察する。
ドストエフスキーの小説に出てくる人間のように笑った。
「へ、へ、へ、へ、へ」
身の内に爆ぜるような歓喜を覚え、足を早めた。公園のグラウンドを誰かが走っていたのだ。いつもの時間。今日のこの日、夜の遊びの中で私は人を見かけた。
――そして、時が来た。
たまには同級生とも遊ぶし、予備校で知り合った友達とも時間を作って出かけよう。そういったことを繰り返しながらも、残りの夏休みを送ろう。
犯行後、自分がやったことを馬鹿みたいだと考えながらも、奇妙な満足を覚えた。浴室でシャワーを浴びながら、自分を慰める必要もない程に。人目を忍んで帰った。
よかったね。私に殺されて。他に人は見当たらなかった。黒い炭酸水のような空が広がる。深海のよう。小さな星の光。月もない夜。
死者のように静まり返った夜の底、街灯の白い光を避けて、私はニヤニヤしながら帰った。中にいる人を見せまいとするように、周囲は高い木で覆われている。
もともとは高校だったものを公園に作り替えたものだと聞く。公園とは言っても、体育館やテニスコート、ゲートボール場があったりとかなり広い。
公園から抜けると、心の中で鼻歌を歌いながらウロウロせずに帰った。
何だこれ。馬鹿だな、私は。でもいいや、楽しいから。人目に気をつけて歩く。五分足らずの家まで歩くのが、楽しかった。
もう遊びは終わった。近隣住民にも見つかってない。家の裏手口から戻った。両親は寝ている。ただのお遊びのつもりだったのに。本当に殺人を犯してしまった。
それだけで、なんだか興奮した。ウエストポーチには、血に濡れた、家庭科の調理実習で使った果物ナイフが潜んでいる。部屋に戻って着替え、椅子に座る。
砂を口に入れたような、ざらついて不愉快な退屈が、もごもごしていたことを思い出す。私は未だどこにも行けないが、殺人者には成ることが出来た。
さびれた田舎町。家の近くには、コミュニティ公園というグラウンドも内包した大きな公園がある。住んでいる町は、とくに都会と云う訳でもない。
例えば夜、グラウンドで走っている人を殺せる程に。通り魔的な犯行。田舎であれば特にた易い。目撃者がいない場所で。自分と無関係の人間を殺した。
ボロが出る取り調べすら行われない。嘘を吐き通せる人間は少ない。関係のある人間を殺すから、警察に取り調べられる。無関係な人間ならそもそも調べられない。
暇つぶしに買った、文庫小説に書いてあったことを思い出した。
私だけじゃない。高校生なんて、皆、自意識という病を抱えている。決して口には出さないけど。女の子同士が自分を慰めていることを口には出さないように。
だから特殊じゃないと思う。高校生の時期に、無意味に人を殺してみたいと思うことは。思うだけで実行はしないけど、誰もが一度は考えることじゃないだろうか。ぼ~っとしながら、不意に思った。
――人を殺すのって、楽しかったかな?
静かな時間だ。キッチンに降りて冷蔵庫の扉を開け、アイスコーヒーをグラスに注ぎ、部屋で口をつけた。今日と明日の境目。夜の十二時半を時計の針が示す。
真剣に色んなことを考えたけど、自分の気持ちを確かめてみたけど、そんなことを考える位なら勉強する方がマシだと気付き、カリカリとペンを走らせた。
誰も私を見抜けない。だけど、やっぱり、ひどく興奮していた。幸せって訳じゃないけど、私は私の人生を気に入っていた。
こんな私が人を殺したのは、高校二年の夏休みが終わろうとする二週間前の頃で……その考えはごく自然に浮かんだ。
異常かな? でもさ、そんな自分のこと、私、結構気に入ってるんだ。
へ、へ、へ、へ。本当に気持ち悪いよね。
「気持ち悪いよ、お前。本当に気持ち悪い」
夏休みが終わってからも空想して遊ぶだけ、そんな私を見抜いてくれる人が現れるのを。私は、私が積み上げてきたものを崩すつもりもない、自分が大好きだから。
また……退屈になるけど。
だが与えられている人間にとって、人生は快適だ。与えられなかった人間は、一生悶え苦しめという皮肉なんだろうが。残酷な力だ。
醜い者にも美しさが分かる、というのは。
神様は全ての人間に、美醜を判断出来る力を授けた。確か罪というものを一番初めに考えた、下らない奴だったと記憶している。人間の神様は本当、残酷だ。
「あはぁ、バレちゃった? だってコイツら、ビックリする位に下らないんだもん。可愛くて、明るくて、いっつも笑ってるような娘なら誰でもいいんだよ? 人殺しでも。内面は関係ないんだよ。私はそうやって、自分も含めた人間の醜悪さを自覚しない奴等が一番嫌いなの。ほんと、出来るなら死んでほしいよね。え? 私が言うと洒落にならない? あはははははは!」
自然で自由で、幸福な人みたいに笑える日は遠い。
そう、私は誰かにこう言われたいんだ。
「気持ち悪いよ、お前。本当に気持ち悪い」
最初に一言。
「一緒に笑ってる奴ら、全員馬鹿にしてんだろ」
真面目な顔でそうだ。
「そうやって一生、人を見下して生きて行くんだな、お前は」
半笑いになった後にはそう。
「何で外面ばっか気にしてんの?」
続け様にはそんな感じ。
「お前、気持ち悪いよ」
ぞくぞくした侮蔑をこめて。冷めた声で。そうやって言われたい。談笑の中心に立っている私は肩を叩かれて振り向く。授業と授業の合間。
蔑んだ目が似合う奴だといい。格好は良くなくてもいいから、頭が良いと尚いい。女子はウザいから、男子がいいな。誰かに、そんな自分を見抜いて欲しかった。
私は決して、私が偽善的で、狡猾で、多淫であることを否定しない。目を逸らさない。皆、皆、私と同じものを持っているのに、そんな自分を見つめようとはしない。でも同じなのだ。
人はそういった一連の性格、嗜好をありのままに露呈することが、誠実であったり純情に値するとは考えないから、何よりも不都合だから隠して生きている。
だけど、私に宿っている物が、どうして他の人間にも宿っていないなどと言えるだろう。私は人間の情痴を、狡猾さを、弱さを、愚昧さを、救い難い醜さを信じている。私は奇麗事を信奉しない。人間の完全性という奴を信じない。
――あ~あ、こいつら本当に馬鹿だ。
そうして私は唐突に、いつも時々、ひどく辛い。
可笑しさを通り超えて、寂しくなった。私の期待値しか、添付された情報しか見ない。ただ外にあるものしか見ないから。あんまりにも同級生が簡単に騙されるから。私はそうして、ある時から、孤独を囲ってしまった。
うん、それが本当の私。
これが私。
自分以外の人間を全て見下して、ただ自分が大好きで、自分が好きで、人に期待しないで、言うことを信じないで、冷めた目で見て、せせら笑って、なじって、鼻で笑って、小馬鹿にしている。
自分が学校で快適な時間を過ごせるように、他人から与える印象を読み取って、演じて、操作して、集団の思考の領域から立ち顕れた私。
それが私。
クラスでは中心にいることが多い、正義感が少しあって、頭が良いのを隠してて、お洒落が好きで、前向きで、責任感はあって、飾らなくて、男子に媚びないで、物事に執着しないで、運動が得意で、カラカラ笑って、元気がよくて。
世に構造というものがあることを、フランスの構造主義者のことを知るよりも前に知り、積極的に利用していた。昔から人の印象を操ることが上手かった。
いつから私は、こんな自分を見つけたのだろう。
本当、いつからだろう。
――誰も私を見抜けない。
私は私の人生を気に入っている。大切なのは、自分の人生を気に入っているか否か。特別に幸せという訳じゃないけど、それはそんなに重要じゃないと思う。
全部、全部気に入っている。酢昆布が好物なところ、陰毛の薄さ、きめ細かい肌、爪の形、縦長のお臍、口と鼻のバランス、スポーティーなショートカット。
母親から羨望される引き締まったお尻も。美容師から褒められる睫の長さも。通勤途中のサラリーマンから欲情される、胸こそないが、スラリと細長い体形も。
全部、全部気に入っている。
先生からこう激励される、頭の良さも。
「この調子でいけば、国立大も狙えるぞ」
男友達からこう言われる、目鼻立ちも。
「芸能人みたいだよな」
女友達からこう評される、顔の形も。
「冗談のように小さい」
そう……私は私のことを、気に入っている。