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ジャムと曲芸師

作者: ふみ

 町の外れに、その女の子は一人で住んでいた。女の子は森で果実をつんでは、ジャムを作って町で売った。

 ジャムはよく売れた。たいへん味がよかったのに加え、町の人は幼くして一人で暮らす女の子をかわいそうに思っていたからだ。


 ある日、女の子は管理者に呼ばれて城へ行った。

 管理者は言った。

「あなたの両親は曲芸師だったそうですね」

 女の子は答える。

「はい」

「ならば、あなたは曲芸師でなくてはなりません」

「でも」

 女の子は管理者をまっすぐ見た。

「わたしはジャムを作るのが好きですから。ジャム職人でありたいのです」

「しかし、子は親の仕事を引き継ぐものと決まっています」

「両親はわたしに曲芸を教える前に死んでしまいました。わたしは曲芸はできません」

「ならば、となり町の曲芸師に弟子入りするのがよいでしょう」

 女の子は家に帰って一晩泣いたが、次の朝にはとなり町へと発った。こうして女の子は曲芸師になることが決まったのだった。



 月日は流れ、一人前になり元の町へ帰ってきた女の子は、新年の祭で曲芸を披露することになった。

 大人になった女の子は、もう泣くことはなかったし、ジャムを作りたいとも言わなかった。ただし、心のなかで何を思っていたのかは分からなかった。


 観衆が見まもる前にはひとつのはしごが天高くそびえていた。大人になった女の子は一度深呼吸をすると、いよいよ決心してはしごを登りはじめた。

 町の人たちは、女の子の両親が死んだ日のことを思い出した。父母は新年の祭の最中に死んだのだった。



 その日は嵐であった。雨は視界がとけるほどにふり、時たま雷がばりばりと音をたてた。しかし、新年を迎えるための曲芸は決まりであったので、女の子の両親ははしごに登った。

 女の子ははしごのふもとでじっと待っていた。強く吹きつける雨と風が、女の子をこごえさせる。その小さな手で、母親の作ったジャムのびんをかかえていた。

 町の人たちは女の子をかばうように立ち、かれらもまたはしごの上のほうを心配そうに見ていた。


 ひときわ空が明るく光り、低く重い音が町中をゆらした。雷は、ちょうどはしごのてっぺんに落ちた。女の子の父と、母もはしごから落ちた。二人の世界はそこで終わってしまった。

 その日から、曲芸師を失った町は新年の祭をやめた。



 新年の祭が再開されることになったのは大人になった女の子の提案であったので、町の人は止めなかった。

 この日は快晴で、雷の心配はなかった。


 大人になった女の子ははしごの上で、さかさまになったり回転したり、精いっぱい体を動かした。

 その姿は美しかった。町の人は拍手喝采でかの女の曲芸に応えた。


 突きぬけるような青空に、女の子は両親はを見いだした。


 大人になった女の子がはしごから下りてくると、ふもとでは管理者が待っていた。

「すばらしい演技でした」

 大人になった女の子は笑って答える。

「ありがとうございます」

「あなたさえ良ければ、ですが。頑張りに免じて、仕事の項目をジャム職人に書きかえましょう。管理局にはひみつですが」

「……いえ、もういいんです。わたし、この仕事も好きになりました」

「……そうですか」

「わたしの家へおいでになりませんか。まだ戻ってきたばかりなので、片づいていませんけど」



「これを食べていただきたかったんです」

 大人になった女の子はお茶うけにジャムを出した。

 一つは女の子だった時に作ったジャム。もう一つは、ずっとお守りがわりに持っていた、女の子の母親が最後に作ったジャムだった。

「古いものですが、きちんと処理をし封をしてあったので、大丈夫ですよ」

 管理者はジャムをスプーンで口に運んだ。

「二つとも、おいしいです」

「ありがとうございます。でも」

 女の子はいったん言葉を切った。

「味が全然違いませんか」

 管理者はしばらく迷ったあと言った。

「違います。違いますが、あなたの味ですよ」


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