Vaccine10 The back figure who shines with purple
「・・・98・・・99・・・100・・・っと」
ふぅ。
だいぶ腕立てもスムーズに行えるようになってきた気がする。
腹筋やスクワットもかなりの量をこなせるようになった。
ランニングももう少し距離も長くしてもいいかもしれないな。
背後でガチャリとドアの開く音がする。
「あら、今日は早いのね」
ヤスナ先輩だ。
いつものようになかなかきわどめなトレーニングウェアを着ている。
「おはようございます。今日はもしかしたら来ないかと思ってトレーニング始めちゃってました」
目のやり場に困るので足元を見つつ答える。
すると急にしゃがんだので俺の見ていた足元が足元ではなく、あまり凝視してはならない部分になってしまった。
「アンタ・・・話す時は人の目を見なさいよ」
「ヤ、ヤスナ先輩こそ少しは俺の目を気にしてくださいよ・・・」
「え?何?」
「い、いえ何でも」
「へえ。だいぶマシな動きになってきたじゃない」
「ゴホッ・・・それでもやっぱりパンチ当たっちゃいますね・・・」
折れて痛む肋骨を抑えつつ返答する。
今日は二発ほど胸にパンチをもらってしまった。
訓練での骨折は日常茶飯事になってしまっていた。
初めは田中さんの負担が増えるため、加減をしてくれていたようだが、気にせず修行に専念しなさいという言葉を貰ってからというもの、今まで溜まっていた力を発散するかのように力強いパンチを放ってくるようになった。
多分そのうち死ぬと思う。
「ハイハーーイ!!ハルタ君修行頑張ってるみたいね~!お疲れ様!!」
そう言って元気よく格闘訓練室に入ってきたのはリンナさんだ。
・・・あれ、リンナさんにしては早起きだな。
俺が訝しく思っていると
「これ食べて!疲れた体に効くから」
と言って出してきたのはレモンのはちみつ漬けだ。
「ありがとうございます、カグヤさん」
「あ、ありがとうございます!カグヤさn・・・え?」
レモンのはちみつ漬けのタッパーを持っている目の前に存在している人物はどこをどう見てもリンナさんなのだが。
「カ、カグヤさんってどういうことですか。リンナさんじゃないですか、目おかしくなっちゃいました?俺が自分でもわからないうちにパンチ炸裂させちゃってました?」
「はぁ・・・アンタこそ頭がおかしくなっちゃってるんじゃないの?"もうここの生活にも十分慣れた"なんて地の文で言ってたくせに、リンナさんの生活リズムも把握できてないなんて。こんな時間にあのアル中が起きるわけないじゃない。これはカグヤさんの魔脳力の一つよ」
「ちょ!十分とは言ってませんよ、慣れ始めたって言ってたんです!てかなんすか地の文って!!・・・ってこれがカグヤさんの魔脳力なんですか、初めて見ました」
「・・・ん、まぁこれはただの応用」
姿の見えない声がしたかと思うとリンナさん(偽)の背後からヒョコッと顔をだしたカグヤさん。
「おはようございます、カグヤさんの魔脳力はどんなものなんですか?」
「・・・それは今は内緒。今度任務でチームを組む機会があったら見せてあげる。そんなことより・・・」
カグヤさんが前に出てきた。そんなことよりって、今の話より重要な話題があるのだろうか。よっぽど重要な話に違いない!
ゴクりと生唾を飲み込む。
ぐ~~~~となんとも気の抜けた音が部屋に響く。
「すんません、すぐ朝飯準備しまっす」
いつも通りヤスナ先輩は別でおにぎりを作っておいた。
おにぎりの袋がないので既に出発したようだった。
今日も横尾さんと登校しているのだろうか・・・そんな事を考えてたら目玉焼きが少し焦げてしまった。
まぁこれは俺のでいいや・・・
朝飯の準備が出来た。
通常なら「ごはんできましたよ~!!」と大きな声で呼ぶだろう。
しかし食の欲の権化のようなうちの女性陣はわざわざ呼ばずとも匂いで寄ってくるのだ!
どうだまるで獣のようだろう!
そんなことを心の中で言っていると既にカグヤさんとキルメさんが食卓についていた。はやっ
「「「「いただきまーす」」」」
「「「あれ?」」」
いただきますという挨拶にいつもは混ざらない声がしたので思わず疑問の声をあげる俺とカグヤさんとキルメさん。
そして3人の視線の先には何食わぬ顔でパクパクとご飯を食べるリンナさんの姿が。
どうやら気づかぬうちに瞬間移動で席についていたようだ。
先ほどカグヤさんの(偽)リンナさんで騙されていたけど(真)リンナさんもちゃんと起きてくれるとは。
「め、珍しく早いですね今日は・・・」
「なに、いつも私が遅いみたいに言わないでよね・・・!」
まったく・・・とふてくされた表情をしつつ、それでも箸は止めない。
いや、いつも遅いから言ってんだけどな?
「なんだ、今日はアメでも降るのか?」
「・・・いや、大地震の前触れかも。そういえば緊急用の食料の備蓄は大丈夫だったかな・・・?」
リンナさんをいじるのにも食べ物を用いるとはさすがと言わざるを得ない。
「ちょっとー!2人ともひどいよ!ねー、ハルタ君?」
少し泣きそうな顔で俺に話を振ってきた。
あ、はぁ・・・と俺が曖昧な相槌をしたせいでついに泣いてしまったリンナさんごめんね。
「皆さん、お食事中失礼するよ」
ドアの方から声がしたので振り向くと、そこには田中さんが立っていた。
「田中さん、おはようございます!どうしたんです?」
と俺が聞くと三人もおはよー、おはようございます、おはー、と三種三様の挨拶をした。
「うん、おはよう。実はハルタ君によ用があってね」
「え!?俺に用ですか・・・!?ま、まさか解雇なんてことはありませんよね!?俺何か悪いこととか迷惑なことしたかな・・・ハッ!まさか昨日ヤスナ先輩が食べようと思ってたバーゲンダッツを黙って食べちゃったのがバレたとか!?蓋にちゃんと名前が書いてあったのにも関わらず俺が全く気づかなくって俺はなんて馬鹿なことをしたんだ!しかも季節限定フレーバーだったのに!!!」
「ハイハイそこまで。君が勝手にヤスナちゃんのアイスを食べちゃったのは僕からきちんと説明しておくから。」
田中さんが俺の暴走を制止しつつ、こう続けた。
「ハルタ君。今まで任務に出てもらっていた時はうちの研究員が着ている白衣を着用してもらっていたね?」
「・・・はい。そうですけど・・・」
「あの白衣は普通の白衣とは違ってかなりの防御性能を誇る。しかし戦闘用として使っていけるかと言われたら、それはただの気休め程度と答えざるを得ないだろう。そこでだ。君の為に準備していた戦闘用装束が完成した!ぜひ着てみてくれたまえ」
田中さんがそう言って取り出したのは上下、ネクタイが真っ黒のスーツだった。
中は俺の紫色の雷の能力に合わせたのだろうか、紫色のシャツとなっている。
「おお!クールにビシッと決まっててカッコいいですね!ありがとうございます!」
「ふふ、喜んでくれて何よりだ。ではこれからも修行、頑張ってくれたまえよ」
そう言って部署を後にした。
「ほう、なかなかいいデザインじゃないか。馬子にも衣裳というやつか?」
「そうならないように頑張りますよ!!」
「その意気だよハルタ君!」
朝飯を食べ終えるとヤスナさんの部屋へ戻り、学校へ行く支度をする。
いや~自分専用のスーツか!カッコいいな!
先ほど貰った自分専用の戦闘装束を改めてまじまじと見てみる。
中学時代は詰襟で、今通っている朧月高校はブレザーだけどなぜか明るい配色だ。
こういった大人な雰囲気を漂わせる衣服を着用するのは初めてなので少し緊張する。
ちょっと着てみっかな・・・
合わなかったら困るもんな!と謎の言い訳をして恐る恐る袖を通す。
着終えると、部屋の中にある姿見の前へ移動した。
「ウオー!!意外と似合うんじゃないか?コレ!それに丈も何もかもピッタリだ!兄貴にも見せてやりてえな」
自分が思っていたよりもキッチリ着こなせていたので俺はかなり満足した。
・・・おっと、はしゃいでいる場合じゃない。学校に遅刻しちまう!
鏡の前でクルクル回って一通り眺めて堪能した。
スーツを脱ごうとした瞬間、外から
バダダダダダダダダ!!!!!!
と、大きな爆発音が聞こえた。
「な、なんだ!?」
あまりにも大きな音だったので俺はその場でひっくり返った。
するとブーッ!ブーッ!とサイレンのようなものが鳴り響き、
「緊急事態発生 緊急事態発生 未確認生命体侵入 未確認生命体侵入 研究部及び開発部の行動を制限 避難を最優先に行動せよ 防御システム作動 警備部は迎撃態勢をとれ 繰り返す・・・」
というアナウンスが流れた。
未確認生命体だと!?朝から穏やかじゃねーな。
まさか・・・イリーズが侵入したのか!?
向こうから乗り込んできてくれるとはな。
ここのところ修行ばっかりだったし丁度力試ししたかったところだ。
グッと握りしめた手を解くとじんわりと汗をかいていた。
前は逃げている事しか出来なかった。
しかし今はある程度自分に"やれる"という自信がある。
今度は逃げているだけじゃない。
真正面からぶつかってやる!




