第8話 Rainbow color city
牢獄、と聞かされてイメージするのは汚い、不衛生が真っ先に挙がるだろう。しかしアルヴァルディの独房は綺麗な床にテーブルに椅子、ベッドもそこまで固くは無く寝心地は悪くない。トイレもきちんと個室になっており、シャワールームも備えている。悪くは無い環境なのだが、狭い個室に閉じこもりきりな状況と、投獄された事実に鳴鳥は気が滅入っていた。人と会話するのは一日三回、コンラードが食事を届けに来る時だけだ。退屈な時間をつぶすのはアランに貰った日記帳とジルベルトに手渡されたタブレット式端末。ジルベルトからこの端末で宇宙の常識を学んでおけと言われたが、勉強は少々苦手である為、放置している。その代わりに鳴鳥は日記帳に罵詈雑言を書きなぐっていた。暴言の相手は無論、彼女をこの独房に入れたジルベルトである。
「(信じらんない!女の子を牢屋に入れるなんてっ!確かに言う事をきかなかった私も悪いけど、ここまでする事ないじゃない!それにまた私の体型の事馬鹿にしてっ!こ、これから成長する筈だし!)」」
ジルベルトに対する不満を書きなぐっていた鳴鳥は手を止め溜め息をついた。こんな事をしていても気は晴れない。恨みつらみがつづられた日記をパタンと閉じて鳴鳥はその身体をベッドに横たえた。彼女は見知らぬ土地での唯一の支えである久城から借りたジャケットを握り締める。皺にならない様保管すべきなのだが、自我を保つためには致し方ない事である。
「(今頃どうしているのかなぁ…、久城センパイ)」
鳴鳥が地球に居た時は過去の出来事から会い辛かったが、今となっては一目でも会いたいという気持ちになっていた。離れれば離れる程、想いは強くなるもので、地球に居た時よりも彼への想いは高まっていた。
「(久城センパイだったらあんな失礼なこと言わないよね。ジルベルトさんもちょっとは見習って欲しいな)」
ジルベルトの辛辣な態度は、久城の優しさがいかに素晴らしかったかを分からせる。元をただせば、鳴鳥が忠告も聞かずに飛び出したのが悪いが、それを咎めるのにもやり方ってものがある。同じ男性でこうも違うのかと鳴鳥は疑問を持った。
「ジルベルトさんって絶対性格ひん曲がっているよね」
「ほう、誰の性格が悪いって?」
「ひぁっ!!?」
いつの間にか独房の前にジルベルトが立っていた。彼はロックを外し、鳴鳥が寝ころんでいたベッドの横に立つ。あわわと慌てて上半身を起こしていた鳴鳥を見下ろす彼の眼は蔑んだものであった。ここまでされても反省しないのかと心底呆れているようだ。鳴鳥は失態を取り繕うように正座をして用件を訊ねた。
「え~っと、本日はどのような御用で?」
「エーデル・シュタインに、目的地に着いたからしばらく停泊する。皆、一日船を降りるが、お前はこのままでいいんだな」
「えぇ!?私だけ置いて行くんですか?」
「反省が足りないようだからな」
「そんなっ、この通り反省していますから!」
三つ指をついて頭を下げる鳴鳥に対し、ジルベルトは呆れかえりつつも頭を上げるように促した。彼のその表情はどこか諦めたかのようなものであり、鳴鳥を反省させる事を無理だと悟ったようだ。
「まぁお前一人を残して行く訳にもいかないからな。すぐに支度をしろ」
「は、はい。ありがとうございます!」
いそいそと支度を済まし、鳴鳥はジルベルトと共にアルヴァルディを降りる為に昇降口に向かう。その道すがら、ジルベルトは今度こそは余計なことや勝手な行動は慎めと忠告した。さすがに独房に入れられた事に懲りたのか、鳴鳥は真面目な表情で頷く。けれども人の性格とは中々変えられないものであり、その事をジルベルトは理解している為、彼は一抹の不安を残していた。
第8話 Rainbow color city
「わぁ…!凄い…っ!」
船舶を収容するドックを出ると、そこには近未来的な都市が広がっていた。円状の広場の中央には虹色に輝く大きな噴水があり、待ち合わせをする者、これから旅立つ者、船を降りて宿に向けて歩く者など、人々が行き通っていた。広場からは5つの大きな道が続いており、一つは外部との境目である入船管理局があるドックエリア、二つ目は宿泊施設が軒を連ねる宿場エリア、三つ目は商業区であり、飲食店や買い物ができるエリアで、四つ目は緑地公園や遊園地、ビーチもあるリゾートエリア、五つ目はオフィス街、宇宙で名を轟かす大企業の本社もあるらしい。色々な都市機能を兼ね備えたエーデル・シュタインであるが、その都市が大きな船の上に存在しているというのが驚くべき所である。ジルベルト達は初めて訪れる訳ではないようなので、案内板を見ずに目的地へと歩いて行く。物珍しそうにきょろきょろと辺りを窺う鳴鳥は皆から少し遅れてはぐれそうになっていた。
「おい、ちゃんと付いて来いよ」
「あ、すみません」
はぐれかけていた鳴鳥に気が付き、ジルベルトは歩みを止めて振り返る。と、そこで彼の身体が後ろから衝撃を受け、前のめりになった。突然の事に驚き目をぱちくりとさせる鳴鳥の前で、何があったのか察したジルベルトは心底うんざりとした表情を浮かべる。彼の腰には細い女性の手が回されていて、背中からは可愛らしい猫なで声が聞こえてきた。
「ジル~!久しぶりっ!!アタシに会いに来てくれたんだよね~。嬉しいなぁ!」
「…アリーチェ。苦しいから離してくれないか」
「もう!照れちゃって~、ってちょっと、この子は誰なのよ?!」
ジルベルトを後ろから抱き締めていた少女、ピンク色のふわふわとした髪をワンサイドアップにし、胸元とおへそを晒した露出度の高い衣服を着た彼女は鳴鳥の顔を見て眉根をひそめる。敵認識するような鋭い視線に鳴鳥はたじろぎ一歩下がった。
「こいつは任務の途中で拾った難民だ」
「ふぅ~ん、そうなの。アタシはアリーチェ・バルニエール。バルニエール商会社長でジルの婚約者よ!」
「わ、私は奈々つ…じゃなくて、ナトリ・ナナツカといいます。―――って婚約者?!!ジルベルトさんと…!?」
自分と同年代であろうアリーチェが会社の社長である事も驚く所だが、鳴鳥が何よりも驚いたのは彼女がジルベルトの婚約者だと言う事だ。アリーチェはドヤ顔で腰に手を当てふんぞり返る。けれども彼女が婚約していると言った相手であるジルベルトは頭を抱えつつため息をついた。
「こいつの言う事は信じるな。と、言っても社長である事は間違いないがな」
「え、つまり婚約者って言うのは」
「こいつが勝手に言っている事だ」
「えぇ!?アタシ達あんなに愛し合ったのに…!」
「妄想を事実として述べるな」
どうやら婚約者というのはアリーチェの一方的な願望らしい。熱烈なアプローチを軽くあしらわれた彼女は、めげずにジルベルトの腕に自分の腕を絡ませる。そして猫なで声でこれからの事を提案した。
「ここには一日滞在するんでしょ?」
「なぜ知っている」
「ドックの滞在申請書を確認したからよ。ジルがエーデル・シュタインに来たらすぐ知らせるように言ってあるの」
「ほう。(今度からは身分詐称するか、管理局に口止め料を払うか)」
「で、これからどうするの?アタシとデートよね?んー今日はショッピングって気分かなぁ」
強引に話を進めるアリーチェはジルベルトの腕をグイと引っ張る。行先は商業区の方角、しかし彼は無遠慮に手を振り払い、その場に留まった。繋がりを解かれたアリーチェは何をするのかと頬を膨らませて抗議する。
「悪いが俺は捕まえた賊の件で聴取を受ける。まぁ時間があったとしてもお前とは買い物なんぞしないがな」
「えぇ~、なにそれつまんない~!!」
「しかし買い物か…。ならナトリ、お前とコンラードとマリアンで行ってこい」
「え?」「え?」
鳴鳥とアリーチェは目を丸くする。一方同行するように言われたコンラードとマリアンはあっさりと承諾した。今後の予定を確認すると、ジルベルトは連合支部へ賊の件についての聴取を受ける。アランとスティングはアルヴァルディのメンテナンスに立ち会う。コンラードとマリアンは日用品や弾薬などの消耗品の買い出しに行くそうだ。ショッピングと言っても雑務のような内容、その上目当てであるジルベルトは居ない。アリーチェはぶすっとふてくされた様子であったが、鳴鳥は特に断る理由もないので快く承諾した。その様子にジルベルトは口角を上げて少しだけ笑みを見せる。
「ナトリ、少しは学習したようだな」
「い、いいえ、別に。特にすることも決まっていませんでしたし」
「いいや、素直に言う事を聞くのはいい事だ」
「むうううううっ!!!」
妙に鳴鳥を持ち上げるジルベルトに、アリーチェはますます機嫌が悪くなる。二人の会話の内容は些細なことであるが、アリーチェには仲睦まじいように見えるようだ。嫉妬の炎をメラメラと燃やす彼女は乗り気でなかった筈だが、鳴鳥に負けまいと手を挙げアピールをする。
「はいはい!アタシがこいつらを案内するわ」
「それは助かる。アリーチェ、頼んだぞ」
「は~い!任されました~。そうと決まればさっさと行くわよ」
「あ、はい」
ジルベルトに感謝され、機嫌を良くしたアリーチェは意気揚々と商業区に向けて歩き出す。その様子に対し、彼女の後を歩くコンラードとマリアンはいつもの事であるかのようにサラッと流す。一方鳴鳥は「(この子、ホストとかに尽くすタイプだ)」と内心思い呆れた。
四人を見送り、厄介者が二人も居なくなった所で肩の荷が下りたと感じたのか、ジルベルトはハァっと溜め息をつく。彼はこのまま用事のある連合警備隊支部に向かおうとしたが、アランに呼び止められ、その場に留まる。お前まで面倒を掛けるのかと斜めに構えて何の用だと聞き返すジルベルトに、アランはこれまで浮かべていたいつも通りの笑顔を真面目な表情に切り替えて用件を告げる。
「ここでは、その…」
「なんだ、他人に聞かれては不味い事なのか?」
「ええ」
人通りの多い広場では言いにくい内容だと人目を気にするアラン。彼は互いの用件の前に宿泊予定である予約した宿に行く事を提案した。
ジルベルトとアラン、もう一人、これまで一言も発せず黙っていたスティングら三人は宿場エリアの宿に辿り着く。その宿は安宿よりはひとつランクが高く、かといって各個室が広い訳ではない。ビジネスホテルと言ったところだろうか、四畳半の室内にはベッドとテーブルとイスが備え付けてあり、ユニットバスもある。アランはジルベルトとスティングを自分に割り当てられた部屋に招き入れる。各々が落ち着く形、アランは椅子に、ジルベルトはベッドに、スティングは部屋全体を見渡せる壁に寄りかかる。ここまで引っ張っておきながらアランは伝えようとした事を言い淀む。その様子に少し苛立ちを感じたのか、ジルベルトは煙草に火を点しながら促した。
「一体用件は何なんだ」
「…これはまだ、正式に発表された情報ではないのですが、船長がナトリさんを迎えに行っている間に分かったんです」
「あいつの前で言えない事、か」
「はい。手の空いた時間を使い、彼女の母星について調べていたんです。そこで先程、本部に入ったある事件の調査状況にその名を確認しました」
「その事件とはなんだ?」
自分では言いにくいのか、アランは調査状況が記載されているデータが表示されたタブレット端末をジルベルトに手渡した。それに目を通したジルベルトはその内容に目を見開く。彼は咥えていた煙草をぽとりと床に落とした。
コンラード・コントリーニ(20)、商業区画で買い物をする彼は今、至福の時を過ごしていた。隣には少し気になる子、目の前には可愛らしい少女、後ろには美人なお姉さん。と、言っても正確に言えば後ろを歩くマリアンはお姉さんではないのだが、傍から見れば女を侍らせているように見える。おまけに前を歩くアリーチェはジルベルトにぞっこんであり、他の男に興味を示さない。隣にいる鳴鳥も物珍しそうに辺りをきょろきょろとしていて隣に居る者の事を意識していない。けれども男が一度は夢見るハーレム。それを傍目では実現できたことにコンラードは喜びを噛み締めていた。と、コンラードはにやける顔をキリっとしたものにしようと努めていたが、上着のフードを目深に被る彼はその童顔ゆえに傍から見れば女の子に見えない事もない。身長も鳴鳥とあまり変わらない為、周りからは女性四人組に見えていた。
「ここよ」
スタスタと歩いていたアリーチェが一軒の店の前で足を止めた。そこは西洋風の外観、暖色系の洋瓦の屋根に茶色い煉瓦を積み上げた壁には蔦が這っていた。
鳴鳥達四人は日用品や弾薬などの消耗品を買い終え、昼食にアリーチェお勧めのお店を訪れている。自信をもって勧めるだけあって、その店の料理はどれも外れが無かった。味と店の雰囲気は悪くない筈だが、アリーチェは不満げにデザートのフルーツタルトをフォークでつついていた。
「ほんとうはぁ~ジルと来るつもりだったんだけどなぁ~」
アリーチェの愚痴に鳴鳥達は苦笑いを浮かべた。それはジルベルトがこのような小洒落た店で女の子と二人で楽しく食事をする姿が想像できないからだ。
空腹も満たされ、用事も終えた。後は自由に行動できるのだが、これからどうするかが決まらない。アリーチェはショッピングに行きたいと言い、マリアンはエステに行きたいと言い、コンラードはARKSの兵装を見に行きたいと言った。意見が合わない為、唯一何処にも行きたい場所が無い鳴鳥に意見が求められるが、誰の意見を採用するか彼女は決めあぐねていた。と、そこで困っていた鳴鳥を助けるようにマリアンとコンラードの元にメールの着信が入った。
「あら?船長からだわ」
「ホントっスね、なになに…」
メールを見ていた二人は一瞬目を見開き、マリアンは顎に手を当て考え込み、コンラードは鳴鳥の方をちらちらと窺っていた。なんだろうと小首を傾げるだけの鳴鳥に対し、アリーチェは二人の挙動が気に食わなかったのか、何があったのか説明しろという視線をコンラードに向けた。慌てて目線を逸らし、気まずそうにするコンラードの代わりに、マリアンがニコっと笑顔を浮かべて答えた。
「メールの内容は船長から、賊を引き渡した事で報奨金が出たからボーナスだって。で、皆で遊園地にでも行って来いってチケットが送られてきたわ」
「あら?いい事じゃない。それなのになんでそんな辛気臭い顔をしたのよ?」
「だってほら、あの船長が自腹でチケットを贈ってきたのよ。これは天変地異の前触れかしらと思ってね」
「そ、そうっス。あのドケチな船長がこんな羽振りがいいなんて後が怖いなと思っただけっス」
二人の説明に鳴鳥はなるほどと納得し、ジルベルトは何を考えているのだろうかと彼の意図を考えていた。一方アリーチェは何を勘違いしたのか、手を合わせてきゃっきゃっと喜んだ。
「ジルったら、アタシとデート出来ないから気を遣ってくれたのね…!」
鳴鳥達はアリーチェの楽観的な思考に苦笑いを浮かべていたが、当人は気が付いていないようで、すぐさま遊園地に行こうと息巻いていた。
リゾートエリアの遊園地、規模は一日では回りきれない程の大きさである。アトラクションはどれも鳴鳥が行った事がある遊園地の物と酷似していたが、一部は違い、ゴーカートは宙を飛び、ARKSのバトルリングもあった。
「よーし!アナタ、名前はナトリだっけ?ARKSのバトリングで勝負しましょう!」
「え?私ですか!?えっと…私はまだARKHEDしか操作できないので…」
「大丈夫よ!初心者用の操作が簡単な物もあるから」
アリーチェが社長に就任しているバルニエール商会の事業は軍事産業、兵器開発や流通を担っている。それだけあって、彼女はARKSに乗る事が好きなのだろう。尻込む鳴鳥をグイッと引っ張り、バトルリングの受付に向かって行った。鳴鳥とアリーチェがエントリーを済まして機体に搭乗した後、バトルフィールドに入場したのを見届けたコンラードは、観戦エリアでマリアンに声を掛ける。コンラードは焦りを感じているのか、切迫している様子であり、彼と同様にマリアンも遊園地に似つかわしくない真剣な表情であった。
「マリアン、船長からのメールって…」
「待ってて、今から確認するわ」
マリアンは小型端末でメールではなく対話通信でジルベルトに連絡を入れる。すると相手は間を置かずに応答した。ジルベルトもマリアン達と同様に神妙な面持ちである。
「今は、二人だけか」
「ええ、ナトリはアリーチェとARKSのバトリングをしているからしばらくは戻って来ないわ」
「ならば丁度いい。このまま夕刻まで遊園地で時間を潰しておいてくれ」
「そう言えばどうして遊園地なのかしら?」
「娯楽施設ならば災害や緊急以外のニュースは入らない」
「なるほどね」
「それから帰りは迎えの車を用意する。いつのタイミングで連合が公式発表をするか分からない。情報関係には気を配っておいてくれ」
「今すぐ宿に戻って説明するのは…酷な話よね」
「そうだな。…アイツには俺から話す」
「損な役回りになるけれど、平気?」
「俺はアイツに嫌われているようだからな、丁度良い。それに、アイツにどう思われようが関係ない」
「…そう、わかったわ。こちらの事は任せて」
「ああ、頼んだぞ」
状況確認と今後の動きについての連絡終えたマリアンはふぅっと溜め息をつく。その表情はいまだに固く、やりきれない思いで奥歯を噛み締めていた。その様子を見て、コンラードはメールの内容が事実であったと思い知らされる。マリアンは小型端末を仕舞うと、頬を両手で軽く叩いて暗くなった表情を元に戻そうとする。
「コンラード、貴方もしけた面を見せない様気を配りなさいよ」
「はい、了解っス…」
コンラードも暗い気持ちを振り払うように、目深に被っているフードを落ちない様抑えながら顔を横に振るった。彼とマリアンとの間には何とも言えない重苦しい空気が漂っていたが、しばらくしてそこに鳴鳥とアリーチェが戻ってくると二人は努めて明るい表情を作る。鳴鳥とアリーチェの対戦は彼女らの表情を見れば一目瞭然である。アリーチェは満足げに笑顔で、鳴鳥はアリーチェの腕前に感嘆している様子であった。
「アリーチェさん、凄かったですね。ハイスコア出ていましたよ…!」
「まぁね。社長として当然よ。ARKHEDなら全弾命中のパーフェクトも出来るんだけどね。やっぱりARKSはまだまだね」
二人が対戦を行った形式は射撃タイプらしい。直接対決である格闘形式では力の差が歴然である為、初心者でもとっつきやすい射撃形式を選んだようだ。と、言っても機体に乗り慣れているアリーチェの方が勝つのは当然の結果であった。けれども鳴鳥は初心者の割にはいい成績だったらしい。上から目線でアリーチェは鳴鳥の腕を認めていた。
「アナタも中々やるじゃない。初心者の割にはいい感じだったわよ。向いているんじゃない?こういう事」
「あ、ありがとうございます。でも私は地球に戻ったらもうARKHEDに乗る事は無いと思うので」
「あら、そうなの。それは勿体ないわね。って、なによ二人とも、変な顔しちゃって」
鳴鳥の言葉に一瞬顔を強張らせるマリアンとコンラード。二人は取り繕うような笑顔を浮かべて何でもないとしらを切った。別に彼らの事などさしてどうでもよいのか、アリーチェは追及することなく次のアトラクションを目指した。
その後四人はアリーチェ先導で数々のアトラクションを回る。彼女が行きたい場所を一通り行き終える頃には陽は傾いていた。人工都市であるエーデル・シュタインも陽が昇り落ちるよう設定されている。そろそろ宿に戻ってもいい時間なのだが、アリーチェは最後に観覧車に乗りたいと提案した。鳴鳥も乗り気である為、マリアンとコンラードは反対しなかった。とくに問題もなく乗って終われるかと思われたが、乗る前にひと悶着が起きた。
「じゃ、じゃあナトリさん。俺と一緒に―――」
「ちょっと待ちなさいよ。それじゃあアタシがこのオカマと一緒に乗れって事なの?!」
「あらお嬢ちゃん。誰がオカマですって!?」
「あの~。四人で乗ればいいんじゃないでしょうか?」
「嫌よ。四人なんて狭いじゃない」
アリーチェは鳴鳥の手を引きゴンドラに乗り込む。残されたコンラードは涙目で見送った。ガクッと肩を落として残念がるコンラード、マリアンは慰めるように彼の肩を叩く。
「で、私達はどうするの?」
「こんな機会あまり無いっスよね。次回の為に予習のつもりで乗るっス」
コンラードは肩を落としたままゴンドラに乗り込んだ。その様子にマリアンはやれやれと肩を竦めて彼の後に続きゴンドラに乗った。
四人を乗せた観覧車のゴンドラはゆっくりと地上から離れ、時間をかけて回る。ゆったりとした時間が流れるその時がいかに貴重なものであるか、鳴鳥はまだ、知らずにいた。