第7話 Black or White
ダンっとテーブルを拳で叩き、ジルベルトは不機嫌そうな面構えでアランを睨んだ。
「おい、お前ならどうにかできたんじゃないのか?」
「いやぁ~。僕でもARKHEDのAI相手では歯が立たないものですよ」
「チッ!お前がそう言うのならそういう事にしといてやる」
舌打ちをしながら後ろ頭を掻くジルベルトにブリッジに居たもう一人の人物が声を掛けた。その者の名はスティング・スヴェルトホーン。彼の姿は全身茶色の鱗に覆われ、頭はドラゴンの形をしていて、背には翼があるが、それは片方だけであった。竜人種である彼はアルヴァルディの舵を握る操舵士である。寡黙である彼は普段無駄な事は一切喋らない。彼が口を開いたという事は有事であるという事だ。
「船長、どうする?」
「アルヴァルディはこのまま予定通りの進路を取る。アイツは俺が連れ戻す。その間この船を任せるぞ、アラン」
「了解」「了解しました。お気をつけて」
年功序列に沿えば年上であるスティングに任せるのが筋なのだが、彼に采配能力は無い。ここは年下でも頭の切れるアランに任せた方が良いという事だ。当人達も納得がいっているのか、ジルベルトの指示に従った。
ブリッジに居る者達への指示を済ませたジルベルトはハンガーへと向かう。その途中、ラウンジで優雅に紅茶を飲んでいたマリアンはジルベルトの鬼気迫る表情にぎょっとする。
「あら?どうかしたの?そんなコワイ顔して」
「あの馬鹿が勝手に船を出て行きやがった」
「あらまぁ」
ジルベルトは「あの馬鹿」と言い、名を伝えなかったが誰がしでかしたのかマリアンは分かったらしい。ティーカップに注がれた残りの紅茶をグイっと飲み干すと、マリアンは船長からの指示を受けた。
「マリアン、一応砲撃戦に備えてブリッジで待機しておいてくれ」
「りょーかい。連れ戻すのには一人で行くの?」
「いや、コンラードを連れて行く」
「わかったわ。まぁ貴方の事だから心配はいらないだろうけど、一応念の為、気をつけてね」
「ああ」
ジルベルトはマリアンに指示を出すと再びハンガーに向かって歩き出す。マリアンは飲み終えたティーカップをさっと片付け、ブリッジへと向かう。
「ふふ、あの子が来てから、表情がよく変わるようになったわねぇ」
クスクスとマリアンはこの場に居ない人物の表情を思い出して笑った。
第7話 Black or White
ハンガーに辿り着いたジルベルト。その様子を物陰から見ていたコンラードは戦慄を覚えた。ジルベルトのギンっとした鋭い視線は獲物を追い詰める獣のようであり、コンラードは小動物のようにぶるぶると震えて身を縮こまらせる。
「おい、犬。ここに居るのは分かっている。大人しく出てこい」
「…」
「…給料査定が楽しみだな」
「ひぃ!!」
船長であるジルベルトの方が一兵卒であるコンラードより偉い。給与の査定はジルベルトが行う訳ではないが、失態を犯して上に報告されれば給料は減らされる。これ以上事を大きくしないように、給料を減らされないように、コンラードは慌ててジルベルトの前に姿を現した。
「給料減額だけは勘弁して欲しいっス!」
「お前、アイツの傍に居たんだろう。何故止めなかった」
「それは~その~」
何やら言いにくそうに口ごもるコンラードにジルベルトは更にイラつく。しかしここで油を売っている場合ではないと気が付いた彼はARKHEDに乗り込む。そしてボケっとしていたコンラードに指示を出した。
「なにをぼさっとしている。アイツを連れ戻すぞ」
「え?俺もっスか?」
「当たり前だ。アイツが飛び出して行ったのはお前にも一因がある」
「…了解っス」
しぶしぶながらも了解したコンラード。鳴鳥との約束があるが、上司に逆らう訳にもいかない。コンラードは自分の所有機であるARKSに乗り込んだ。彼が搭乗を済ませた頃、ジルベルトは一足先にカタパルトへ、アランの指示誘導で発進し、アルヴァルディから飛び立つ。続けてコンラード機もジルベルト機の後を追うように飛び立った。
鳴鳥が搭乗するARKHEDがアルヴァルディを立ってから約十分後、機体は小惑星群宙域の入り口に辿り着いていた。大小さまざまな小惑星が漂う空間、そこは話にあった通り普通の船舶では航行が困難な上、死角になる場所が多かった。鳴鳥は後方を確認するが、アルヴァルディは追いかけてくる様子もない。
「(こんなに飛ばして来たのに全然平気だなんて…。やっぱりこの機体、すごいなぁ)」
超加速でここまで辿り着いたARKHEDだが、搭乗者の鳴鳥は耐Gスーツを着用していなくても失神する事は無かった。それもひとえにARKHEDの機体性能のお陰である。
アルヴァルディでコンラードに勧められてフライトシミュレーターを操作した時は、うっかり耐Gスーツを着忘れた為に大変な事になった。ARKSと違いARKHEDは耐Gに加え、急回転に耐えれる為の三半規管を守る機能も備えている。操作は音声認識と思念作動である上に、搭乗者が身体を鍛えていなくても問題ない。ARKHEDは万能な機体であるが、人の手で作る事は出来ず、遺跡や精神結晶と一緒に坑道から発掘されるのみである。また、一つの機体に搭乗者は一人きり、他の者は操作する事が出来ない。これを「契約」といい、契約者が死なない限り、他の者は手を出す事が出来ない。そして契約者はARKHEDという強大な力を得る代わりに枷を嵌められることとなる。
鳴鳥はジルベルトからARKHEDについての説明を受けた時の事を思い起こした。
「…枷ですか?」
「ああ、契約を交わす時に真っ暗な空間に居た覚えはないか?」
「え?私は真っ白な空間で女の人の声を聞いたんですが…」
「俺の時とは違うのか」
二人が契約した際の相違点にジルベルトは顎に手をあて何かを考え込む。そして結論がまとまったのか、ひとり頷いて次の質問を鳴鳥に問いかけた。
「その、異空間で聞こえた声に願いを叶える代わりに何かを要求されなかったか?」
「いえ、ただ皆を守れる力が欲しいと願ったら、次の瞬間にはコックピットに居たので…」
「枷は不明か。本来ならば願いと共に契約者には枷である事象を負う事になる」
「ジルベルトさんにもその『枷』ってあるんですか?」
「…ああ」
枷はあると答えたジルベルトはそれがどういう内容であるかを鳴鳥に教えなかった。よほど言いにくい事なのだろうか、彼は眉間にしわを寄せて不機嫌な表情になる。そこで鳴鳥はハッと気がついた。それはフェルスボウデンでの事、大怪我を負った筈のジルベルトがしばらくしたらピンピンとしており、傷口も消えていた。それが枷だとすれば納得がいく。
「わかりました…!ジルベルトさんは死ねない身体って事なんですね」
「…ああ、まぁそうだが」
「もしかして、ドン引きされると思いましたか?」
「そう、…だな」
「大丈夫です!獣人種や魚人種、竜人種も居るんです。身体が他の人より丈夫なだけじゃないですか」
「…そうだな」
自分と違うという事で差別する者は多い。未知の存在に対して警戒するのは人として当然であるからして、違うという事は中々受け入れにくいものである。鳴鳥はジルベルトも人より丈夫だという特徴を気にしているのだと思い、自分は気にはしないと言った。地球に住む人としては驚異的な自己治癒力は凄いものなのだが、コンラードやマリアンやスティングと会った後ではインパクトに欠ける。鳴鳥の言葉は気を遣ってではなく、嘘偽りないものであった。ジルベルトはその言葉に苦笑いを浮かべていたが、真剣な表情に戻して忠告する。
「ともかく、お前の契約状況はイレギュラーな事が多い。いつ枷が発動するかもしれないから迂闊な行動は取るなよ」
「はい、わかりました」
迂闊な行動を取るなと言われ、頷いた鳴鳥。彼女は今、ジルベルトの言いつけを守っていない。約束を破ってまでもやりたかった事。鳴鳥はグリップハンドルを握り直すと、救難信号が発せられた小惑星群宙域に突入した。
鳴鳥機は不規則に浮遊する小惑星を避けつつ進む。一応アランの忠告を受け、周囲に潜んでいる賊が居ないか感知しつつ、目視による視認とこちらの存在を知られないようにステルス機能とジャマーを発しながら奥に行く。これまでの宙域とは違い、スピードを上げる事は困難だ。けれどもARKHEDの性能のお陰か、比較的早いスピードで小惑星にぶつかることなく目的地に向かって進んで行った。
程なくして少し開けた場所、救難信号が発せられた場所には二隻の船が停泊していた。片方は白色を基調とした民間の貨物船、もう片方は真っ黒な外装に髑髏マークがでかでかと目立つ武装船であった。どちらが被害者で加害者かとても判りやすい外装である。
「(救難信号は賊って言っていたし、武装船からアンカーフックが貨物船に向かって撃たれている。という事は賊はもう貨物船を乗っ取っている?だとしたら―――)」
鳴鳥機はステルス状態を維持したままWarriorモード(二足歩行形態)に変形し、ゆっくりと黒い武装船のブリッジ部分に近づく。砲台が動かない様子から、こちらの存在はまだ気付かれていないようだ。銃を構え、姿を現して警告をしようとした鳴鳥であったが、ブリッジには人影がなかった。視認できないだけであって、死角になる所に人が居るのかと思いレーダーで生命反応を確認するが、ブリッジには人っ子一人存在していなかった。それは妙なことである。この宙域でいくら優位であろうとも自分の船のブリッジをもぬけの殻にするのは不用心だ。どうしたものかと考えを巡らせていると、貨物船の方から通信ではなく外部音声で声が聞こえた。
「た…助けて…っ!!」
「来るんじゃねぇ!!」
聞こえた二人分の声。助けを求めてきたのは女性の声。もうひとつの大声で怒鳴りつけるような警告はしわがれた男の声であった。賊と被害者はどうやら貨物船のブリッジに居るようだ。鳴鳥は機体を声のした方へ寄せた。貨物船のブリッジには拘束された民間人と思しき女性と男性が数名、その中には子どもも居る。その者達に銃を向けているのは鷲鼻のガタイの良い男と、手下であろう同じく銃を構えた賊が数名居た。
「そこの白いの!助けに来たつもりだろうが一足遅かったなぁ」
「人質って訳?卑怯な真似を…!」
「賊に卑怯もクソもあるか。金目の物を取り終えるまでそこで大人しくしていて貰おうか」
「…っ」
賊は銃を拘束された子どもに向ける。恐怖のあまり声が出ないのか、幼い少年は目を見開きガタガタ震えていた。鳴鳥は今すぐにでも悪人を殴りつけたい気持ちを抑えて音声通信を遮断する。フェルスボウデンの一件以来、鳴鳥のARKHEDは不用意な作動を防ぐため音声認識に設定してある。ここは敵にこちらの動きを知られないように、こちらの声を聞こえないようにした。そして鳴鳥はAIに命じた。
「(人質を取られた時ならあの時と一緒、閃光弾と麻酔弾で…!)…S2、貨物船ブリッジに向けてフェルスボウデンの時と同じスタングレネード弾とトランキライザー弾を発射」
「了解シマシタ」
即座にARKHEDは両手に銃を構え撃ち放った。賊がその挙動に対し発言する前に二発の弾はブリッジに命中した。
「よしっ!これで…――――――えっ!?」
成功したかと思われた制圧方法、それは呆気なく失敗した。弾はブリッジの内部に入ることなく着弾、爆発して音と光と麻酔ガスはブリッジの外部で炸裂した。
「ど、どうして?!」
何故しくじったのか、鳴鳥には皆目見当もつかなかった。彼女の攻撃は大人しくしていろと言う賊に対する裏切りである。鷲鼻の男はニタっと笑うと手にした銃で撃ち抜いた。撃たれたのは怯えて声も出なかった少年。パァンと乾いた音が響き、少年はドサリと床に倒れた。その額からは真っ赤な血が流れ出ている。貨物船の内部からは少年の母親であろう女の悲痛な叫び声が聞こえてきた。鳴鳥は急いで音声通信を繋ぐ。
「な、なんて事を…っ!!」
「約束はちゃんと守って貰わないとなぁ」
「だからって…!!こんなひどい事をっ!!!」
「ここは狩り場なんだぜ?獲物がのこのこやってきたら喰われるしかないだろうが」
「けど…っ、そんな無抵抗の子どもまで…っ」
「ったく五月蠅ぇなぁー」
失われた命、自分の軽はずみな行動によって少年は殺された。その重大さを思い知った鳴鳥は頭が真っ白になる。撃ったのは賊であるが、その引き金を引いたのは自分の甘い考えによるものだ。賊を責めた所でその事実は変わらない。
呆然とする鳴鳥の機体は無防備で、貨物船から射出されたアンカーフックにより、ARKHEDは抵抗する間もなく拘束された。
「へへっ、武装船に戦闘機体まで収穫できるとは、今日はツイてるねぇ」
鷲鼻の男は獲物に満足したのか、クツクツと笑い上機嫌である。一方鳴鳥は自ら犯してしまった罪に、取り返しのつかない事態に直面し、戦意を喪失していた。
「さて、あの白いのはARKHEDか、万能な機体とか言われているが随分と容易く手に入れられたなぁ。おい、アレを回収に行け」
銃を構えていた手下二名に鷲鼻の男は指示を出す。このまま鳴鳥の機体は賊の手に落ちるかと思われたがそうはいかなかった。
「…!?なっ、なんだあの黒いのはっ?!!」
勢いよく飛んできた黒い戦闘機、それは飛行しながら変形し、青く光る剣を構えた。そして貨物船と鳴鳥機の間を通り一閃、鳴鳥機を拘束していたアンカーフックを切り刻んだ。繋がれていた拘束が急に解かれた反動で鳴鳥機は貨物船から離れる。その場に止まる事が出来ない鳴鳥機を黒い機体より後から来た深緑色のARKHEDより小さな機体が支えた。
「お前、何をやっているんだ…!」
「ジル…ベルト…さん?」
力無くシートに身を預ける鳴鳥の前にジルベルトの顔が映し出される。彼は凄く怒っているようだったが、その顔を見て鳴鳥は涙ぐんだ。何があったのか説明しろというジルベルトに、鳴鳥は嗚咽を交えながら自らの罪を告白した。
「わたし…っ、助けようと…思った…のにっ、殺し…ちゃった……っ!!」
「…お前が?」
殺したという言葉がにわかに信じられず、ジルベルトは周囲の状況を確認する。黒い武装船はもぬけの殻、貨物船のブリッジには鷲鼻の銃を持つ男と武装した者達、その者達に銃口を突き付けられた民間人、そして一人の少年が横たわり、そこには赤い水たまりが出来ていた。ブリッジの前面には銃弾が二発撃ちこまれた跡、弾を防いだ箇所のガラスはびっしりとひびが入っていた。その様子で何があったのかを察したジルベルトはすぐさま行動を起こした。まずは敵の素性から、黒い武装船と貨物船のデータをアルヴァルディのアランの元に転送する。すると解析の結果は驚くべきものであった。
「ナトリ、お前は人を殺してなんかいない」
「…え?」
ジルベルトの思いがけない言葉に鳴鳥は耳を疑う。俯いていた顔を上げ、凄惨な場面であり、自分が犯した罪をありありと現す貨物船のブリッジを見つめる。そこには倒れた少年と赤い血が広がっていたが、ジルベルト機から発せられた青い円状の光を浴びるとその状況は一変した。
「嘘…っ!これ、どういう事なの?!」
貨物船のブリッジ。そこには銃を向けていた筈の鷲鼻の男が拘束され、武装していた筈の男達も同様に捕まっていた。逆に拘束されていた筈の民間人は平然とした様子で、撃たれた筈の少年もピンピンとしていた。ブリッジの様子は鳴鳥が最初に見た時とまるっきり逆の状況であった。
「お前は人を見た目で判断しない奴なんだと思っていたが、これは考えを改めざるを得ないな」
「ジルベルトさん…私は夢を見ていたんでしょうか」
「いいや、これが現実だ。奴らの船はセレスティーヌ号、その所有者はバーゼルト一家。貨物船を模して救難に駈けつけた船舶を拿捕、捉えた船員は人身売買や臓器売買に流す外道で、連合から指名手配されている極悪人共だ」
「一家って……あの男の子も?」
「ああ、何度も言うが見た目に騙されるな」
驚愕の事実に鳴鳥は先程とは違う理由で茫然とする。今まで彼女が見ていた状況はバーゼルト一家の常套手段である視覚、聴覚操作であった。船籍を調べれば黒い船が賊の船で無い事が分かるのだが、鳴鳥はその見た目と状況で判断をしてしまったがために危うく捕まる所であった。
種明かしをされた民間人、もといバーゼルト一家の家長である男性は穏やかな表情でやれやれとため息をついて肩を竦めた。
「いやぁ~。今日は大漁だと思ったんだがなぁ」
「ご託はいい、大人しく投降しろ」
「ははっ、何を言うのやら。我々が優位なのは変わらないんですよ」
余裕を見せるバーゼルト一家、彼らは銃を構えると鷲鼻の男達に銃口を向けた。今度は偽物の映像ではない。彼らは人質を盾に交渉を切り出した。
「血なまぐさい事は嫌いなんですよ。ここはどうか見逃してくれませんかねぇ」
「わかった、応じよう」
「ジルベルトさんっ?!」
すんなりと要求を飲むジルベルトに鳴鳥は驚く。しかし彼の判断は間違ってはいない。ここで交渉が決裂してしまえば人質の命が危うい。先程見せられた幻が現実になってしまう。大悪党をこのまま逃してしまうのも癪だが人の命は何事にも代えがたい。鳴鳥は悔しさを込めてハンドグリップをギュッと握った。
人質解放は貨物船、セレスティーヌ号が小惑星群宙域を抜けてから緊急脱出ポッドでと決まった。黒い武装船のアンカーフックを外されたセレスティーヌ号はジルベルト達が見送る中、小惑星群宙域を進む。程なくしてその姿は見えなくなった。
「…これで良かったんでしょうか」
「ああ、問題無い。コンラード、お前はナトリと共にポッドの回収に向かえ」
「了解っス」
「ジルベルトさんはどうするんですか?」
「俺はあの黒い船を回収する」
「わかりました。あの…」
「まだ何かあるのか?」
「あ、はい。その…忠告を聞かずに飛び出してすみませんでした。それから、助けて頂いてありがとうございます」
「…。その件は後でじっくりと話をしよう」
「は、はい」
謝罪をしたが赦しは得られなかった。それも致し方ない事である。ジルベルトは険しい表情のまま通信を切った。
セレスティーヌ号との距離を保ちながら鳴鳥機とコンラード機は後を追いかける。その道すがら、鳴鳥はため息をつき、落ち込んでいた。そんな彼女を見かねたのか、コンラードは励ましの声を掛ける。
「そんな気にする事はないっスよ。船長のあの仏頂面はデフォルトなんで、誠心誠意謝れば赦して貰えるっス」
「そう…だとしても私は私を許せないんです。皆に迷惑を掛けて、悪党もみすみす逃して…」
「うーん。みすみす逃すって部分はちがうかもしれないっスよ」
そう言いながらコンラードは先を見据えた。辺りに漂っていた小惑星は少なくなり、視界には広い宇宙が広がっていた。どうやら小惑星群宙域を抜け出したようだ。コンラードは機体を二足歩行形態に変形させ、投下された脱出ポッドを回収する。人質の無事を確認出来た鳴鳥はホッと胸を撫で下ろす。だが、安心している間も無いようだ。そこには逃げた筈の賊の船、セレスティーヌ号が停泊していた。驚き身構える鳴鳥であったが、セレスティーヌ号は何らアクションを起こさない。そうなるのも致し方ない、その船はアルヴァルディに拿捕されていた。
コンラードと鳴鳥の元にアルヴァルディを任されていたアランからの通信が入る。
「お疲れ様です、コンラード。帰還してきてからすぐにで申し訳ありませんが、セレスティーヌ号の制圧に向かったマリアンとスティングと合流して下さい」
「了解っス。あ、この人質はどうしますか?」
「そうですね。鳴鳥さん、脱出ポッドをコンラードから預かり、こちらに帰投して貰えますか」
「りょ、了解です」
「それじゃあ後を頼むっス」
「は、はい」
コンラードから人質が乗った脱出ポッドを受け取った鳴鳥はアルヴァルディに帰還する。ハンガーに機体を収めた鳴鳥は待機していたアランと一緒に脱出ポッドを開き人質を解放した。ポッドの中からは鷲鼻のガタイの良い男を始め、むさくるしい男連中が這う這うの体で転がり出てくる。とても被害者のように見えない風貌の彼らだが、恐怖から解放されたその表情は彼らに何があったかを物語っている。鳴鳥に拘束を解いて貰った鷲鼻の男は彼女の手をぎゅっと握り、うれし涙を流しながら感謝を述べた。
「おおお…!!めんこいお嬢さん、助けてくれてすまねぇなぁ」
「い、いいえ。私は何も…」
むさくるしい男達は次々とお礼の言葉を口にする。しかし鳴鳥は素直にその言葉を受け止められなかった。と、言うのも実際の所鳴鳥は何もしていない。賊に捕まり、成敗する事も叶わなかった上に迂闊な行動で彼らを危険に晒したのだ。
「あの、私は皆さんを危険な目に―――」
「いいや、お嬢さんが真っ先に来てくれていなかったらワシらはどうなっていたか…。普通のモンじゃああの場所から救難信号を発しても助けになんぞ来てくれんからのう」
「そう、なんですか」
鷲鼻の男の言葉にむさくるしい男達がウンウンと頷き同意する。どうやら全てが裏目に出た訳ではなかったようだ。自分の軽はずみな行動を後悔していた鳴鳥であったが、彼らの笑顔で落ち込んでいた気持ちが浮上する。
「皆さんが無事で何よりです」
「そうだな、無事で何よりだな」
「!?…そ、その声は」
頭から降って湧いた声と共に現れたのは黒いARKHED。鳴鳥に声を掛けたのはジルベルトであった。彼は慣れた動作で機体から降りると、鳴鳥達の元に歩み寄る。先程の小言の続きを言われるかと思い、鳴鳥は身構えるが、ジルベルトは彼女に構わず鷲鼻の男に声を掛けた。
「俺はこの船の船長、ジルベルト・ジャンディーニだ」
「おお、助けて頂き恩に着る。ワシはジョルジオ・ジャロンバルド、ガニメデ号の船長だ」
「お宅の船は護衛を生業にしているそうだな」
「その通り。ワシの船の見た目でたいていの奴は逃げて行くぞ。まぁ今回は救難信号を拾って助けに行った所、ああなった訳じゃが、普段はこんなヘマはせんぞい」
ジョルジオの話によると、ガニメデ号もセレスティーヌ号からの救難信号を拾い、救助に向かったそうだ。故障した貨物船をアンカーで牽引し、小惑星群宙域を抜け出そうとしたが、バーゼルト一家の人当たりのよさそうな人柄にまんまと騙され船を乗っ取られ船員も捕縛されたらしい。
「大変な目に遭った所で悪いが、一つ依頼をしたい」
「おお、なんでしょうか?命の恩人とあらばこのジョルジオに、なんなりとお申し付け下せぇ」
「いや、金は払う。賊を捕まえた報奨金が出る筈だからそこから払おう」
「いやぁ~。何から何まですんませんなぁ。で、仕事の内容は」
「ここから近い連合警備隊支部は…。アラン、何処にある」
「はい、ここからだと…エーデル・シュタインが最も近いですね」
「…。……そこしかないのか?」
「ええ、ちょうどアストリアまでの宙域を航行しているみたいです」
アランが端末で調べた結果にジルベルトは苦い顔をする。しかし致し方ないと諦めた彼は仕事の話に戻った。
「エーデル・シュタインまで賊の船を牽引する。お宅にはその間の護衛を頼みたい」
「あいわかった。おう、野郎ども、船に戻るぞ!」
契約を交わしたジョルジオは手下を引き連れ、アランの案内で自分の船へと戻って行った。残された鳴鳥はそろっとジルベルトの傍から離れようとした、が、背を向けた瞬間、衣服の襟ぐりを掴まれて引き寄せられた。
「…おい、何か言う事があるだろう」
「ごめんなさいごめんなさいっ!こんな事になるなんて思わなかったんです。だってフェルスボウデンでは上手くいったし…」
「トランキライザーとスタングレネードか。アレはお前のイメージでなし得た結果だ。音声作動の時に前回と同じ物でとか言ったんだろう?」
「うっ…。確かにそうですけど」
「掘削用ARKSと貨物船のフロントガラスが同じ厚さな訳無いだろうが」
「…」
自らの詰めの甘さを理解してしゅんと肩を落とした鳴鳥にジルベルトはため息を吐きつつ問いかける。
「心の底から反省しているか?」
「はい!深~く反省しています」
じっと目を見つめるジルベルトに、ここは負けまいと視線を合わせる鳴鳥。しかし彼の表情は険しく、自然と目線は外れていった。もう二度と勝手な真似はしないだろうなという無言の圧力に対して、鳴鳥の正義感が抑えられる保証は出来ない。鳴鳥のいまいち反省しきっていない態度を悟ったのか、ジルベルトはやれやれとため息をついて処分を下す。
「言ってわからない奴には身体に憶えさせないと駄目だな」
「えっ?そ、それって、ヤダっ、乱暴する気なのっ?!」
「はァ?誰がそんな貧相な身体を抱くんだ?」
「むかっ!」
拳を握りしめ振りかぶって来た鳴鳥であったが、その攻撃はいとも容易くかわされてしまう。気にしている身体的特徴を馬鹿にされ、思わず手を出してしまった鳴鳥に反省の色は無いと判断したジルベルト。彼はあきれ顔で話を続ける。
「俺達の仕事は上からの命で色々とこなす。輸送から荒事までな」
「えっと、それとこれがどういう関係で…」
「罪人を捕まえたりもするからこの船には独房が備え付けてある」
「へ?」
「これ以上余計な真似をされては敵わんからな、お前には大人しくしていて貰う」
「そ、そんなぁ…っ」
自業自得であるからして、この処分は致し方ない事なのだが、鳴鳥はがっくりと肩を落とした。