第6話 The stars which twinkle in jet-black universe
拝啓、お父様、お母様、ついでに弟の棗。お元気にしていますでしょうか?私、鳴鳥はなんとか元気に暮らしています。違う星に飛ばされてはや三日、私が乗船している貨物船アルヴァルディはこの宇宙の中心とも言える星、惑星アストリアへと向かっています。アストリアには私を助けてくれたジルベルトさん達が所属する軍本部があるそうなので、そこに移送される形となります。地球に、自宅に戻れるのはアストリアへ航行する日数を含めてまだまだ掛りそうです。でも心配しないで下さい。この船の人達は少しばかり変わっていますが、とてもいい人たちです。それに何千万単位の値段の宇宙旅行をタダで楽しめると思えば気も楽です。
日記帳に家族への手紙をしたためていた鳴鳥。彼女は途中でペンを走らせるのを止め、窓の外を眺めた。漆黒の宙、そこに無数に点在する輝く星、色鮮やかな星雲。日常生活では写真などでしか見る事が出来ない美しい景色が広がっていた。
「ナトリさん。なにを書いているんっスか?」
しっぽを振りながら覗き込んでくる少年に見える青年。彼の名はコンラード・コントリーニ、アルヴァルディの戦闘員である。白兵戦と対戦闘機戦、と言っても彼はARKHEDを所有しておらず、彼が搭乗するのはARKSである。外見は深緑のツンツンとした髪にたれ耳としっぽを生やした獣人種の青年だ。
「家族に手紙を書こうと思っていたんですが、届かないからこうして日記に書いているんです」
「日記ならほら、艦長が貸してくれたタブレット端末に書き込めばいいんじゃないスか?」
「ええっと。そうなんですけど、私の母国語に似たような言語が登録されているんですが、使いづらくて…。あと記録メディアが私の母星で使える規格ではないですし。で、アランさんに相談したらこの日記帳とペンを下さったんです」
「ああ、アランは本とかも紙の物を好んでいるからなぁ。積載量でジルベルトに小言を言われていたアランの趣味が役に立った訳っスね」
ラウンジで会話をしていた鳴鳥とコンラード、二人の背後にある人物が近づく。その人物は鳴鳥の隣に座っていたコンラードの襟ぐりを掴んで引き離した。
「こらこら、坊や。乙女が日記をしたためているのを邪魔しないの」
「うわっ!マリオンっ!なにするんっスか?!」
「ワタシは『マリアン』よ!!」
長身で紫色のウェーブがかった長い髪の女性がコンラードの呼び間違いを訂正する。ちなみに彼女はアルヴァルディの砲撃手兼戦闘員である。女性らしからぬ腕力でマリアンは失言をしたコンラードをぽいっと投げた。と、言っても彼女は彼女では無い。正確には彼女は彼なのだ。その事が発覚した時の事を鳴鳥は思い起こした。それはアルヴァルディに乗り込み、フェルスボウデンを離陸する時の事である。
第6話 The stars which twinkle in jet-black universe
「あぁ~もうっ!これだから荒廃した土地は嫌よね。体中砂まみれよ」
アルヴァルディの船内の通路を歩いていたマリオンは払い落してもキリがない砂埃に顔をしかめていた。彼女は何かを思いついたのか、振り向き自分の後ろを歩いていた鳴鳥の手を取った。
「ナトリ、船長ったら可愛い服を買い与えてくれなかったのね。全く、女心が分かっていないんだから」
「え、い、いいえ。私は別に。買っていただけただけでもありがたい事ですし」
「こいつもこう言っている。俺が責められる謂われは無い」
先頭を歩いていたジルベルトは歩みを止めて振り返る。そして自分は悪くなどない、当人がこう言っているぞと顎をくいっと上げて鳴鳥を指した。彼女は決して脅されて謙虚な事を言っている訳ではないが、マリアンは不満そうに頬を膨らませてジト目をジルベルトに向けた。
「ハァ…。船長には女の子の扱いを任せられないわね。ここは女同士、貴女の事は私に任せて!」
「は、はい。ありがとうございます…!」
鳴鳥はジルベルトの対応に大きな不満があった訳ではない。しかし女同士の方が話しやすい事が多い。マリアンの提案に鳴鳥は笑顔で応えた。仲の良さそうな二人を見て複雑な顔をしたのがジルベルトと一番後ろを歩いていたコンラードだった。コンラードは学習能力が無いのか、またもや余計なひと言を溢してしまう。
「女同士って…―――ぶふぉ!!」
にっこりと笑みを浮かべたままマリアンはコンラードの鳩尾に拳を沈める。コンラードは白目を剥いて口から何か吹き出しながら膝から崩れ落ちた。ピクピクと痙攣を起こしてうずくまる彼を鳴鳥は心配するが、マリアンは失礼な男なんぞ放っておきなさいと鳴鳥の手を引いた。
「さ、おバカな犬っコロは放っておいてシャワーを浴びましょう。衣服はそうねぇ…、私のじゃ丈が余っちゃうから通販でちょちょいっと用意しちゃいましょうか」
「え?通販ってこの船に届くんですか?」
「ええ、宇宙どこでもお届けMitsurinnっていう通販会社があるから大丈夫よ」
「おいまて、Mitsurinnの航行船舶、即日お届けは配達料無料じゃないぞ」
コンラードが殴られても気にも留めなかったジルベルトがマリアンに突っ掛かった。鳴鳥は彼の様子を見てある事を思い出す。それはフェルスボウデンでの事、クヴァルが言っていたジルベルトがケチだという話だ。遡ってみると彼は鳴鳥の買い替えた衣服も安いものを、その領収書もちゃっかりと貰っていた。鳴鳥としては不満は無いのだが、こうもお金を気にする所を見せつけられると引かざるを得ない。
心配するジルベルトに対し、マリアンは得意げに言った。
「その点は大丈夫よ。私は年会費払っているから配達オプション付けても送料無料なの」
「そうか、ならいい。だけど経費で落とすなら値の張る物は買うなよ」
「私は船長みたくケチじゃないわ。ポケットマネーから惜しみなく出すわよ」
懐の広さを見せつけるマリアンであったが、彼女の懐からお金を出すと言われた鳴鳥は慌てふためいた。出会って間もない者にここまで親切にする必要はない筈だが、マリアンは譲らない。
「あ、あの…。別にこのままの服でもいいですし、替えもジルベルトさんに買っていただいたので」
「ダメよ!女の子なんだから身なりはキチンとしなきゃ!」
「え、あ、ちょっと押さないで下さいっ!」
「ささ、早くシャワーを浴びて服を選びましょう♪」
鳴鳥の謙虚な言葉を流すマリアン。彼女は鼻歌交じりで鳴鳥の肩を掴んで歩みを進めた。強引な彼女に悪気は一切なく、親切心からの行動である。鳴鳥は悪いと思いつつも彼女の気迫に押され、提案を受け入れる事にした。
と、そこで前を先先歩く二人をがばっと起き上ったコンラードが見開いた眼で見つめる。
「あぁ!ナトリさんっ!駄目っス!その人について行っちゃあ…!」
「忠告、遅かったな」
マリアンと鳴鳥は通路の途中の部屋に入る。そこはネームプレートにマリアンの名が刻まれていた。つまりは彼女の個室である。コンラードは慌ててマリアンの私室に駆け寄り中に入ろうとするが、ロックを掛けられている為、扉は開かなかった。ドンドンと扉を叩くが中から返事は返って来ない。
「船長!なんで止めなかったんっスか?!」
「まぁ身をもって知った方が良いと思ってな。世の中見た目で人を判断してはいけないという事だ」
「いやいやいや!マリオンは両刀使いなんっスよ。ナトリさんがどうなるか…っ!」
「アイツなら嫌だと思ったら殴ってでも抵抗するだろう。それに、マリオンもあのなりで紳士的な所がある。無理やりに事を運ぶなんて無いだろうさ」
心配するコンラードを突き放すようにジルベルトはあしらった。彼は鳴鳥達がどうなろうと関係ないらしい。コンラードをマリアンの私室の前に残して自室へと向かった。と、そこで彼が歩みを数歩進めた所で、マリアンの私室の扉が開く。そこから勢いよく飛び出してきたのはバスタオルで胸元を隠している鳴鳥だった。彼女は信じられないモノを見てしまったかのような驚愕の表情を浮かべている。
「な…なんですか、あれ!?」
「す、すみませんっ!ナトリさん。マリアンは本当はマリオンで…。えっと、つまりは男なんっス」
「え?男?」
「え?」
コンラードが伝え忘れていたマリアンの性別について説明しながら謝罪したが、鳴鳥はその事については初耳だとばかりに目を丸くした。
「わ、私が見たのは上半身の身体にあった鱗で…」
「へ…。鱗?」
「ああ、それも言い忘れていたな。マリアンは魚人種、普通の人とは違って身体に鱗がある。泳ぎが得意で水中でも呼吸ができる」
今更ながらさらりと説明を済ますジルベルト。彼はついでにとコンラードの目深にかぶっていた上着のフードを掴んで下ろした。隠れていたコンラードの頭には犬の様なたれ耳が生えていた。
「こいつは獣人種の犬系だ。人より力が強く嗅覚や気配の察知能力が優れている―――って、おい」
立て続けに衝撃的なモノを目の当たりにして、鳴鳥は目眩がしてふらっとよろける。身体から力が抜け、手にしていたバスタオルがはらりと床に落ちた。と、同時に露わになる肌。コンラードは鳴鳥の裸体を見て鼻血を出しながらバターンっと倒れた。
「ちょっとお、アンタ達何やってんのよ」
部屋から顔を覗かせたマリアンはぎょっとする。茫然と焦点の定まらない目で視線を彷徨わせる鳴鳥は裸でへたり込んでいる。コンラードは鼻血を垂らして倒れている。ジルベルトはというと、我関せずポーズで背を向け立ち去ろうとしていた。すぐさま状況を理解したマリアンはジルベルトの上着の襟ぐりを掴んで引き寄せた。ジルベルトは船長であるから皆と同じ立場ではないのだが、そんな事はお構いなし。マリアンは事の元凶であるジルベルトの首に手を回して彼の意識を落とそうとした。
鳴鳥が再び意識を取り戻した時、埃まみれだった身体や髪は綺麗に、汚れていた質素な衣服は近未来的なデザインのオレンジ色の上着と、ぴったりと体にフィットした浅葱色のワンピース、黒いタイツに着替えさせられていた。
「あれ?ここは…。それにこの服…」
「ウフフ。疲れて眠っちゃったのを忘れたの?」
にっこりと笑みを浮かべるマリアンは椅子に腰かけて優雅に紅茶を飲んでいた。鳴鳥が目覚めた場所、ここはどうやらマリアンの私室らしい。ベッドに横たえていた身体を起こしながら鳴鳥は頭を抱えた。なにか衝撃的なモノを見てしまったような、見せてしまったような気がしたがどうにも思い出せない。仕方がないのでここはマリアンの言う事を信じてみる事にした。
のちのち、鳴鳥がコンラードとジルベルトと顔を合わせると、コンラードは顔を真っ赤にし、ジルベルトは忌々しそうに舌打ちをした。なぜ彼らがそのような態度を取ったのか、気を失った前後に何があったのか、鳴鳥はブリッジに呼ばれて船員を紹介された時に思い知ることとなる。
「ったく、何しに来たんっスか?マリアンさん」
「発情期の犬っころがいたいけな少女を襲わないかどうかの見張りよ」
「し、失礼な事言わないで欲しいっス!俺がそんなやましい事を考えるはず無いっス!!」
「あらぁ~。そこまでムキになるなんて怪しいわねぇ」
鳴鳥の横でマリアンとコンラードは言い争いをしている。と、言っても決して険悪なモノではなく、からかって遊ぶマリアンと遊ばれるコンラードである。二人の話題の内容の当人である鳴鳥は二人の様子を見て笑みを浮かべていた。
書きかけの日記の続きを書こうと鳴鳥はペンを手に取る。しかしそこで船内通信が入り、鳴鳥は手を止めた。騒がしくしていたマリアンとコンラードもピタッと会話を止める。三人がくつろいでいたラウンジの中央にはモニターがあり、そこに通信相手の姿が映された。相手は茶髪に眼鏡を掛けた青年、名はアラン・スミシーといい、アルヴァルディの情報処理、電子戦担当である。彼は普段と変わらぬ穏やかなトーンで用件を伝える。慌てた様子ではないので急ぎの用という事は無さそうだ。
「ナトリさん、今、お時間を頂いてよろしいですか?」
「あ、はい。なんでしょうか?」
「先日の、ナトリさんと船長が訪れた『フェルスボウデン』の事なんですが―――」
アランの用件とはフェルスボウデンがどうなったか鳴鳥に伝える事であった。荒廃した星、フェルスボウデン。そこで発掘された鉱石、半透明のクリムゾンレッドカラーに乳白色の円と線が刻まれたその鉱石は、先進惑星では精神結晶と呼ばれているらしい。精神結晶はその名の通り、強い願い、精神力を込めれば力を発する。ARKHEDの動力もこの鉱石によるものなので、考えるだけで機体が作動する訳だ。万能な鉱石であるかのように思われるが、純度の低い物は使い捨てであり、使用する側にも負担がある。人間は深く考え込んだりすると精神に負荷が掛る。身体を動かし続けると疲弊するように、精神力も無限ではなく有限である。だが、小さな力で大きな威力が得られるこのエネルギーは、他のエネルギーと違って公害も起こさなければ産業廃棄物も生み出さない。環境に優しくコストもかからないこのエネルギーはこの宇宙で重用されている。その為、近年ではこの鉱石を採掘するために後進惑星に手を出す輩もいるようだ。そしてまさにその盗掘者と鳴鳥たちは鉢合わせになったのである。
フェルスボウデンには大量の精神結晶が埋蔵されていることが判明した。しかし後日行われた調査によると、かの星に住む人間には精神結晶を使用する能力が無いことがわかった。後進惑星は基本、他の星からオーバーテクノロジーを持ち込んではならない。その星の資源はその星の所有物であり、他の星が奪っていい物ではない。例えその星での価値が無くて、他の星では利用出来る物だとしても、一方的に搾取する事は宇宙連合法違反である。しかしこのまま他の星の攻撃から守れない星を放置しておく訳にはいかない。それはいつまた盗掘者が現れるか分からないからだ。その上、フェルスボウデンで一般的に使われている燃料鉱石は火にくべてエネルギーを生み出す物なのだが、その際立ち上る黒い煙、これが空に昇り有毒な成分を含んだ雨を降らす。このままこの星のこの環境を放置していれば生物はみな死に絶える事となるだろう。星の生き死にも自然の摂理であると言えるが、連合の協議の決は星を生かす事に傾いたらしい。星が死ぬまで接触をせずに守り、生き物が全て死に耐えたのちに精神結晶を採掘する方針では、生物が生きられない環境下での採掘となる。それは負担もかかるであろう。一方、すぐにでも接触を図り、正式に保護下に置けば生物も滅びず鉱石も安全に採掘できる。フェルスボウデンの人々が自ら環境改善の策を生み出す可能性も考えられるが、その確率は未知数だ。ならば手っ取り早く、一番リスクが低い案を採用するのが望ましい。盗掘者と違い、連合は鉱石を相応の価格で取引する。また、現地の住人を鉱石採掘の作業員として雇用する他、環境改善、精神結晶が使用できない人々に常用されている燃料鉱石にとって代わる物のエネルギー生産技術を提供するそうだ。
「つまりフェルスボウデンは救われるって事ですね…!」
「はい、そういう事です。お二人が接触された人々の記憶も改ざんされる事は無いでしょう」
「そっかぁ…。よかった…!」
嬉しそうに顔を綻ばす鳴鳥にアランもニコリと笑う。と、そこで二人の会話にマリアンが横やりを入れてきた。
「アラン、貴方その情報どこで手に入れたのよ。公にはまだ発表されていないんじゃないの?」
「ははは、まぁその点はお気になさらずに」
「まぁーた上層部の所に潜り込んでいるのね、懲りない子だわ」
やれやれと呆れかえるマリアンに対し、アランはニコニコと笑う。彼女の言う通り、アランは日常的にあらゆる所で情報収集を行っている。本人いわくそれは趣味らしく、情報を売買するような事はしていない。彼の趣味は皆も知っている事であり、予め聞いていた為、鳴鳥は驚く事は無かった。
「あの、わざわざ調べて下さってありがとうございます」
「いえいえ、偶然得た情報ですから、僕がそこまで感謝される謂われはありません。それよりもお礼を言うなら船長に言ってみてはどうですか?」
「え?船長ってジルベルトさんの事ですよね。それはどういう事ですか?」
「今回の連合の判断は、船長が提出した報告書も影響があったと思います」
「おい、余計な事を言うな」
アランがジルベルトのお陰でもあると言うと、言われた当人が出て来て話の腰を折った。その表情は憮然としたもので、お喋りの過ぎるアランに対し腹を立てているようだ。しかしアランに怒った所で彼は反省しない。相も変わらず笑顔を浮かべ、怒る者の神経を逆なでする。コイツに言った所で意味は無いと悟ったのか、ジルベルトは鳴鳥に向かって言い訳を言った。
「俺の報告書如きで上がどうこうなる筈もない。こうなる事は決まっていたんだ」
「でも、ジルベルトさんはあの星が、グレゴリオさん達が助かるような報告をしたんですよね?」
「……いや、まぁ。普通に報告をしただけだ」
そっぽを向くジルベルト。どうやら鳴鳥の考えは当たっていたようだ。照れを隠すジルベルトの様子にアランとマリアンとコンラードはクスクスと笑う。
「ジルベルトさん、ありがとうございます」
「だから言っただろう、俺は別に―――」
「いいえ、この件についてでもですが、私は貴方に会えていなかったら今頃こうしている事は出来なかった筈です。助けて頂いて本当にありがとうございます」
屈託のない笑みを浮かべて感謝の言葉を述べる鳴鳥に、ジルベルトは言葉を詰まらせる。二人のやり取りを窺っていた野次馬三人はニヤニヤと笑っていた。その冷やかしの視線に気づいたジルベルトは舌打ちをしながら突っぱねる。
「礼を言うのはまだ早い。そういうのは無事に母星に帰ってから言ってくれ」
「そ、そうですね。またしばらく、よろしくお願いします」
「おう」
鳴鳥の今後ともよろしくという言葉にジルベルトは一言だけ返す。そして彼はニヤつきながら窺っていた三人に何かを言おうとした。しかしその瞬間、緊急通信が入った為、ジルベルトは言葉を飲み込み、代わりに入って来た通信を聞くのに集中する。
「―――こちら、貨物船セレ…ヌ号……航行中の……船舶……救援…願いた……賊に―――」
ノイズ交じりの緊急通信、それは途中で途絶えてしまった。内容は助けを求めるものであったが、ジルベルトは慌てる様子もなく指示を出す。
「アラン、救難要請の発信源は?」
「この先約二万km、小惑星群宙域からです」
「そうか、一応連合軍に連絡を入れておいてくれ」
「了解です」
救難信号に対してアルヴァルディは特に急ぐ事もなく、通常運行を続けていた。その事に疑問を抱いたのは鳴鳥一人だけであり、彼女はどうして駆けつけないのかをジルベルトに問いかける。
「助けを呼ばれたのに行かないんですか?」
「ああ、俺達は賊退治や人助けが専門ではない。上からの命であったり依頼を受けたのならやらない事もないが、こういった事態は軍の星間警備隊に任せればいいさ」
「でも、この船には砲台もARKHEDもあるんですよ。助ける力があるのに助けないって…」
「賊の戦力も判明していないのに飛び込むのは馬鹿のする事だ」
「そう…ですけど。その星間警備隊が到着するのはどのくらいかかるんですか?」
「さぁ、近くを巡回航行していれば早いが、駐屯地からとなると時間がかかるな」
「だったらなおの事、私達が行かなければ助かる命も助からないんじゃ…」
「あの宙域に民間船がのこのこと行ってしまうのが悪い。この船は予定通り小惑星群宙域を迂回して進む」
しつこく助けるようにと進言する鳴鳥に、ジルベルトは頑なにその提案を断る。彼はうんざりしたのか、このまま航路を変えないと言い切りモニターの画面外に行ってしまった。むぅっと頬を膨らませて納得のいかない様子の鳴鳥にアランが説明した。
「船長がああ言うのも仕方がない事なんです。小惑星群宙域はその名の通り沢山の小惑星がある所で、航行が難しい上に死角になる場所が多いんです。そういった所には賊が潜んでいる場合があって、レーダーで感知も違法改造やステルスを使われれば意味がないですし」
「そう、なんですか…」
アランの説明に鳴鳥は納得せざるを得なかった。話は鳴鳥が折れた為、ここで終わるかと思ったが、マリアンとコンラードが混ぜっ返した。
「まぁ船長の場合、余計な戦闘で弾薬やエネルギーを消費したくないってのが本音よね」
「ああ、そうっスね。ドケチな船長なら仕方ないっス」
「………」
「あれ?ナトリさん、どこに行くんっスか?」
「…部屋に戻ります」
鳴鳥は勢いよく立ちあがるとテーブルに広げていた私物を纏めて持ちラウンジから出て行った。コンラードは慌ててその後を追いかける。その様子にモニターの向こうに居るアランは苦笑いを浮かべながら苦言を呈した。
「マリアン、無意味に波風を立てるのはどうかと思いますよ」
「あら、私は事実を述べたまでよ」
「それはそうですけど、ね」
不機嫌さを露わに、鳴鳥は通路をずんずんと歩く。その後をコンラードが追いかけていた。
「やっぱりジルベルトさんはクヴァルさんの言う通り、お金に関してシビアな考えをお持ちなんですね」
助けて貰っている手前、鳴鳥はジルベルトの金に汚い部分を丁寧に批判する。追いついて隣に並んだコンラードは概ね同意しつつもジルベルトの名誉を守るための弁明をした。
「船長がケチっていうのには事情があるんっスけどね」
「事情…?」
コンラードの思いがけない言葉に鳴鳥はピタリと歩みを止めて聞き返す。しかしコンラードはその事情とやらが詳しく話せないのか、目線を外して口ごもる。
「詳しくは俺の口からは言えないんっスけど、ただ遊ぶ金が欲しいとかそんな下らない理由ではないのでそこんとこ理解してあげて欲しいッス」
「そう…なんですか」
「それに、今の俺達の任務はナトリさんとARKHEDを無事に本部まで届ける事っス。ナトリさんを危険な目には遭わせられないって理由もあるんだと思うっス」
「…」
皆が言いたい事は理解できる。ミイラ取りがミイラになるという言葉があるように、迂闊に首を突っ込めば自分の身の安全は危うくなる。現に数日前鳴鳥は、不良に絡まれていた男子学生を助けようとして自分が捕まってしまった。ここは失敗から学び、大人しく従うべきなのだが、やはりじっとしていられない性分はどうしようもない。
「(助けを求めている人がいるっていうのに、助けられる力があるのに何もしないなんて…。うん、やっぱり私には指を咥えたままなんて居られない…!)
決意が固まった鳴鳥は自室として使わせて貰っている客室の前を通り過ぎ、ARKHEDが収容されているハンガーへと向かって行った。
「あ、あれ?ナトリさん、ナトリさんの部屋はここじゃ…。どこ行くんっスか?」
自室に戻らずどこかに向かって行く鳴鳥をコンラードは慌てて追いかけた。
貨物船アルヴァルディの船体後方、ハンガーにはジルベルト所有機の黒いARKHEDと鳴鳥の白いARKHED、マリアンの赤色のARKS、コンラードの深緑色のARKSが収容されている。鳴鳥は自分の機体のハッチを開いて乗り込む。迷いの無いその行動に、コンラードは血相を変えて機体の横で制止を呼び掛けた。
「な、ナトリさんっ、落ち着いて欲しいっス。一人で助けに行ってどうにかなるもんじゃ―――」
「私は落ち着いています。冷静に考えて決めた事なので。私は困っている人を見捨てられないんです」
「勝手な事をしたら船長に何を言われるか…」
「その時はその時です。大丈夫ですよ、皆さんには迷惑かけないように一人で行って来ますので」
「いや、このまま行かせたら俺も何を言われるか…」
「ごめんなさい…!でも私、どうしても助けに行きたいんです。お願いです、コンラードさん、戻ってきたら私、何でもしますので、今回だけ見逃して下さい…!」
「ん?今なんでもって―――」
コンラードの中の天秤がガタッと傾く。自分好みの女性になんでも言う事を聞くと言われれば年頃の男としては従わざるを得ない訳で、コンラードは瞬時に浮かび上がったピンク色の妄想に顔を緩めながら鳴鳥の機体から離れた。と、そこで彼はある事に気が付き、開いていたコックピットを閉じて発進しようとする鳴鳥に声を掛けた。
「あ、ナトリさん。カタパルトからの射出はメインコントロールからでないと操作できないんっスよ」
「…そうなんですか?。うーん…壁に穴を空ける訳にもいかないですよね」
「俺がブリッジに行って開けてきてもいいっスけど」
「ううん、それは駄目です。ジルベルトさんとアランさんに気づかれちゃいます」
どうしたものかと考える鳴鳥。一刻も早く助けに行かないと、このままだと手遅れになってしまう。強行突破で壁に穴を空けるのは下策だ。金にうるさいジルベルト相手にそのような事をしでかした場合、タダじゃ済まない事は明白である。コンラードをブリッジに向かわせるのも、ジルベルト達に鳴鳥のやろうとしている事に気づかれ止められてしまう。ならばどうしたものかと顎に手を当てて考える鳴鳥、そこで彼女はフェルスボウデンでの出来事を思い起こした。ジルベルトがARKHEDを使い、ステルス機能で姿を隠していた盗掘者達の機体を目視できるようにした時の事を。鳴鳥はすぐさま思いついた事を行動に移した。
「S2、貴女の力でカタパルトを起動する事は出来ない?」
「了解シマシタ。メインコントロール掌握、対象アルヴァルディ。カタパルト起動…」
鳴鳥が命じた通り、ARKHEDは動く。機体はハンガーから射出口へ、閉ざされていた金属製の扉が開き、その先には漆黒の宙に無数に輝く星々が広がっていた。射出までのカウントダウンが進み、このまま順当に離船出来るのかと思いきや、そうはいかなかった。鳴鳥が搭乗する機体のメインモニターにブリッジから通信が入る。映しだされた映像にはギンっと鋭い視線のジルベルトと苦笑いを浮かべるアランが居た。
「おい小娘!何を考えてやがる!!」
「え、えーっと、…ちょっとそこまで」
「なにが「ちょっとそこまでだ」下らない言い訳はいいから今すぐブリッジに来い!」
「そ、それは後ほど!」
射出までのカウントダウンがゼロを告げる。鳴鳥が搭乗するARKHEDは勢いよく射出され、旋回ののちアルヴァルディを追い越し先に飛んで行った。