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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase one : geotaxis
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第5話 An ocherous knight

 屋敷を出た時には陽は落ち、暗い夜空であったが、今は薄日が射しており、夜が明けているのがわかった。相変わらずのどんよりとした曇り空。鳴鳥はこの星に来てから一度も晴れた空を見ていない。

 ジルベルト達が貨物船制圧の為に突入してから数十分が経っていた。その様子は鳴鳥の搭乗するアルケードからでは知る事ができない。


「(ジルベルトさん…。怪我していたのに大丈夫なのかな)」


 未だ戻らないジルベルトを心配する鳴鳥であったが、彼の言いつけを守らないと後で何を言われるかわかったもんじゃない。けれどもただ待っている時間というものは長く感じるものであり、無事なのかどうかと不安に駆られる。


「(そうだ、この機体、考えた事を再現できるんだよね。もしかしてあの貨物船の内部を探れるんじゃ―――…えっ?)」


 ゴゴゴと腹に響く重低音。どうにかジルベルト達の様子を知ることができないか、考えていた鳴鳥のもとに現れたのは彼ではなく、白銀の戦艦であった。大きさは先程貨物船を拿捕した青い船より大きく、その戦艦は鳴鳥達を見下ろすように降下してきた。空中で留まる戦艦から射出されたのは数機の人型機体、先陣を切るのは黄土色の外装に黒いラインが入った機体、形からして鳴鳥が搭乗しているARKHED(アルケード)に酷似している。後に続くのは戦艦と同じ白銀色の機体であり、黄土色の機体よりも少しサイズが小さく、汎用機だと思われる同様の機体が五体、後に控えていた。黄土色の機体は銃を構えて言い放った。


「所属不明のアルケード、貴様が報告にあった賊か。大人しく投降しろ、さもなくばその命、無いと思え」




   第5話 An ocherous knight




「…え?!いきなり何を言い出すんですか」


 若い男性の高圧的な声が響く。それに合わせて後ろに控えていた五機も銃を向けてきた。無論照準は鳴鳥の機体に合わせられている。どうやら敵だと勘違いをしているようなので、鳴鳥は誤解を解こうとする。


「わ、私は敵ではありません…!ジルベルトさんに助けられた者で―――」

「奴が人助けだと…?奴がそんな一文の得にもならない事をするか!」

「えぇ?!(なんかジルベルトさんへの評価が低い?)」

「現に機体に奴が乗っていないではないか」

「それは…!ジルベルトさんは今、あの貨物船を制圧しに行っているんです」

「ならばお前はここで何をしている」

「…うっ!そ、それはジルベルトさんにここで大人しくしていろと言われて―――」

「女性に対して気遣いだと?奴に限ってあり得んな」

「………(やっぱりこの人、ジルベルトさんを誤解している)」


 相手は相当な頑固者らしい。一度思い込んだら中々考えを変えられないようだ。彼のジルベルトに対する評価は著しく低い為、その名を出して自分が無害であると主張するには難しそうだ。


「まったく。あの男は大口を叩いておきながらこのザマとは。支援要請を受けた時は煩わしく思ったが、このような体たらくでは致し方ない事だな」

「むむむ」


 ぼろ糞に詰る発言をする男に鳴鳥はカチンとくる。ジルベルトは口は悪いが、突然荒野に投げ出された鳴鳥を救ってくれた。リリアンを気遣ったり、グレゴリオや作業員を守る為にその身を挺した。自分の悪口を言われている訳ではないが、やはり恩人を悪く言われるのは気分が悪い。相手は武装しているのでここは穏便に事を運ばなくてはならないが、偉そうな男の物言いに鳴鳥は我慢が出来なかった。


「あの…っ!その言い方は無いんじゃないですか?」

「なんだと?」

「ジルベルトさんは貴方が思っているような人ではありません…!」

「お前にあの男の何が分かる」

「確かに、私とジルベルトさんとは出会って間もないですけど、それでも彼は一方的に批判されるような人ではないと思います!」


 これまでたどたどしく受け答えしていた鳴鳥はジルベルトの事を擁護する時だけハッキリと主張した。彼女のその態度が気に食わなかったのか、男はギリッと奥歯を噛み締めて鳴らす。やはりこの男の前でジルベルトの肩を持つような言動は避けた方が良かったらしい。男は嘲笑いながら宣告した。


「ハっ!どちらにせよ所属不明のARKHED(アルケード)をのさばらせておく訳にはいかない」

「それってどういう意味―――」

「決まっているだろう」


 言葉と共に発せられたのは発砲音、黄土色の機体が放った弾は鳴鳥機の足元を穿つ。これは警告だった。次に狙うのはコックピット部分である頭部。これ以上逆らうと命は保証できないといった様子だ。

 まさか本当に撃ってくるとは思わなかった鳴鳥は茫然とする。相手はジルベルトの支援に来たと言うのだからてっきり味方だと思い安心していたが、冷酷な性格で強硬手段を取るらしい。ここで反抗しても良い事は無い。ヘタな手を打てばグレゴリオ達に被害が及ぶかもしれない。そう考えた鳴鳥は言いたい事はあるが、大人しく引き下がる事にした。


「わ、わかりました。大人しく投降します。えっとS2、コックピットから降りたいのだけれど」

「了解シマシタ。形状変換、Fighterplaneモード」


 AIに指示を与えると機体は人型から戦闘機へと変形する。大地に近くなったコックピット、鳴鳥はハッチを開いて機体から降りた。と言っても、両手両足を縛られたままである彼女は無様にも地面に転がり落ちるように降りる。大人しく投降したが、黄土色の機体は未だに銃を構えたままだ。


「あのっ!これで良いんですよね?」


 横たえていた身をよじりながら起こしつつ、大声を張り上げて是非を問う鳴鳥であったが返答は無い。聞こえなかったのかと首をかしげつつ、もう一度叫ぼうと息を大きく吸い込んだ瞬間、無慈悲な言葉が空から降ってきた。


「連合所属で無い機体など要らない。お前にはここで消えて貰う」

「っ!!」


 銃身が発砲の反動で上にあがる。放たれた弾丸は吸い寄せられるように目標へ一直線に向かう。対象は普通の女子高生、そんな彼女が敵の弾を見てから回避余裕でした、とはならない。間抜け面を晒してただただ着弾を待つばかりであった。

 黄土色の機体が撃った弾は大地に着弾し、砂埃を上げた。と、同時に煙の中から飛び出す影、その影はゴロゴロと地面を転がり止まる。


「…っ、あれ、私……ってジルベルトさん?!」

「ケガは無いか?」


 鳴鳥の危機を救ったのはジルベルトだった。彼は衝撃から身を守るように抱えていた鳴鳥の頭と身体を起こしながら問いかけた。突然の出来事に彼女は生きている心地がしなかったが、ジルベルトの顔を見て今生きている事を実感する。一旦落ち着いた所で鳴鳥はある事を思い出して再び慌てだした。


「ジルベルトさんこそ!さっき撃たれたケガは大丈夫なんですか!?」


 心配しながら声を掛ける鳴鳥は、ジルベルトが負傷した部分を確認する。左わき腹と右大腿部、その部分は抉られていて骨がむき出しになっていた筈だが、傷跡は全くなく、引き締まった肉体が破れた服から覗いていて、服には血が付いていたが怪我はしていなかった。


「あれ…。確かにあの時死んじゃう位の怪我を―――」

「気のせいだ」


 ジルベルトは深く追及されたくないのか、一言で済まして鳴鳥の拘束を手早く解き、彼女より先に立ち上がる。これ以上この事を聞いても返答は無いだろうと判断した鳴鳥も自由になった手足を使い立ち上がった。

 衣服に付着した砂を落としていたジルベルト。彼は確かに生きている。何事もなく無事であった事に安心したのか、緊張の糸が切れた鳴鳥はこれまで抑え込んでいた感情を一気に露わに、顔をぐしゃっと歪ませて目じりに涙を浮かべながら問いかけた。


「今まで何やっていたんですか!?」

「は?あの船の制圧だが―――」

「なかなか戻って来ないから心配したんですよ!…怪我もしていた筈だし」

「って言われてもな。そんな五分やそこらで出来る事ではないし―――」

「それに!なんか怖い人が来るしっ!」


 そう言いながら鳴鳥はびしっと空中にいる黄土色の機体を指差した。ジルベルトはその指された機体を見て露骨にうんざりとした表情を浮かべる。彼はズボンのポケットから端末を取り出して通信を入れた。薄型の小型端末から浮かび上がる立体映像に映されたのは、コックピットに座る一人の男性である。金髪をオールバックにセットしている三白眼の、浅葱色を基調とした軍服を着た男はジルベルトを忌々しそうに睨みつけた。


「なんか外が五月蠅いと思ったら、お前だったのかクヴァル」

「馴れ馴れしくファーストネームで呼ぶな!デクトリ大尉と呼べ!」

「はいはい、デクトリ大尉。支援要請を受けたのはお前だったのか」

「…来たくて来た訳ではない。貴様の尻拭いなど死んでも御免だが、任務でこの宙域を航行していたのが我々の艦だったからな。それに貴様の元にソフィを遣る訳にはいかないのもある」

「ソフィが任務?何かあったのか?」

「フン…!貴様には関係の無い事だ」

「あーそうですか、はいはい」


 支援要請を出した当人の確認が取れ、クヴァルは艦に着陸の指示を出す。機体から降りてきた彼はずんずんと、堂々とした立ち振る舞いでジルベルト達の元へと歩み寄って来た。


「で、首尾はどうだ?」

「盗掘者の貨物船はほぼ制圧済み、と言うかお前が邪魔をしに来なければ既に済んでいた」

「フン…!貴様の手際が悪いだけだろう」

「はいはいスミマセンね、無能で」

「しかしもう片が付いたとなると私が来た意味がないではないか」

「いや、あの大きさの貨物船をこちらの船、アルヴァルディには収容できない。牽引したまま航行でもいいが、アレは一応商業船登録なんでな、航行中に賊に狙われかねん」

「ほぅ。本当に尻拭いをしろと」


 ジルベルトの報告にクヴァルは額に青筋をたてて怒りを露わにする。一方これまで嫌味を言われても平然と受け流していたジルベルトはスっと顔色を真剣なモノへと変えてクヴァルを問いただす。


「それよりもどういうつもりだ」

「何の事だ?」

「こいつを殺そうとした事だ」

「!」


 不意に話題を振られて鳴鳥は驚く。どうやらジルベルトは先程の、クヴァルが丸腰である鳴鳥を撃ち殺そうとした事の是非を問いかけているらしい。確かに彼の言う通り被害者である鳴鳥は加害者であるクヴァルを責める権利がある。しかし、ギンっと鋭い目つきで睨みつけてくるクヴァルに鳴鳥は委縮し、ジルベルトの袖を引きながらそのことはもういいと言った。


「あの、こうして生きている訳ですし、私の事はもういいですよ」

「馬鹿を言うな。殺されかけてその言い草とはとんだお人よしだな」

「この女もこう言っている。ならば私が謝る謂われはないな」

「いや、俺が駆けつけなければお前は無実の人間を殺していたんだぞ」

「連合所属で無いARKHED(アルケード)はどう処理しても構わない筈だ」

「それはそうだが…」

「それに、ここで生かしておいた方が当人にとっても良くないだろう」

「え?」


 クヴァルは鳴鳥を憐れんだ目で見る。その視線に気が付いた鳴鳥であったが、この場でその理由を聞くのは憚られた。このクヴァルという人物に対し、鳴鳥はどうにも接しづらく感じている。つい先ほど殺意を向けられていたからか、表情が険しいからか、とにかくこの人とは関わりたくない、そう感じた。

 鳴鳥が何も言わずに黙っているとジルベルトが口を開く。しかしその内容はクヴァルを批判する言葉ではなく、別の話題であった。ジルベルトにとってもこの話はあまり触れたくない事らしい。


「ともかく、大尉にはここの後処理を頼みたい」

「言われずとも分かっている。貴様はどうするつもりだ?」

「彼女とARKHED(アルケード)を本部に移送する」

「そうだな、その役目は貴様の方が適任だろう」


 協議は終わり、クヴァルは踵を返して自機へと歩き出す。その途中でふと足を止めた彼は振り返り鳴鳥の方を見据える。


「そこの女、憶えておけ。そいつに関わるとロクな目に遭わんという事を、な」

「え、それってどういう…」


 言いたい事を言うだけ言ってクヴァルは立ち去った。彼の残した意味深な言葉に鳴鳥は首を傾げつつ隣に居るジルベルトを横目で見る。そこで互いに視線が交わるが、彼はさっと目線を逸らした。後ろめたい事があるのだろうかと思われるその挙動にも鳴鳥は問いかける事は無かった。と、いうのも声をかけようとした所で横やりが入ったからである。


「話はついたのかしら?」

「そっちも済んだか」

「ええ、乗組員は全員拘束、操舵室は掌握済みよ」


 現れたのは紫色のウェーブがかったロングヘアのモデル体型の女性と、深緑のふさふさ頭の少年である。二人はジルベルトと共に貨物船制圧に向かって行った人達だ。女性の方は顔も整っていてモデルと言われてもおかしくない程の美貌とプロポーションを兼ね備えている。少年の方は鳴鳥と同じくらいの身長で、上着のフードを目深に被っていた。


「あら、この子がアランの言っていた女の子?」

「ああ、そうだ」

「あ。は、初めまして。奈々塚鳴鳥…じゃなくてナトリ・ナナツカと言います」

「私はマリアン・マッケイブよ。こちらこそ、よろしくね」

「お、俺はコンラード・コントリーニっス。よ、よろしく」


 鳴鳥は二人と挨拶を交わす。終始高圧的な態度のクヴァルとは違い、二人は友好的だ。マリアンは優しく微笑み、コンラードも笑顔を浮かべている。コンラードの方は顔を少し赤らめているようだが、嫌われている様子はなく、敵愾心を感じる事も無い。

 マリアンは鳴鳥をまじまじと見つめると、ニコっと笑いながらハスキーボイスで言った。


「ふふ、想像していたより可愛い子」

「え、あの…っ!そんな事無いです!!マリアンさんの方がずっとお綺麗ですし」

「「…」」


 美人なマリアンに褒められて、鳴鳥は謙虚な姿勢で否定をする。彼女の言葉にジルベルトとコンラードは顔を逸らして口元を押さえていた。二人とも笑うのを堪えている様子だ。


「あれ?私、何か変な事言いました?」

「い、いやー。もしかして気が付いてな―――」


 何か言いかけたコンラードがマリアンの裏拳で沈む。唖然とする鳴鳥に対し、マリアンはウフフと誤魔化し笑いをしていた。こんな茶番に付き合っていられないとジルベルトは咳払いをし、真面目な顔で指示を出す。


「マリアン、悪いがクヴァルと合流してもう一度貨物船に行ってくれ」

「りょーかい。その方が早く済むものね」

「ああ、頼む。ナトリ、お前はアルケードをアルヴァルディに収容するように…って一人じゃ難しいか。コンラード、お前が鳴鳥のサポートに回れ」

「あててて…。了解っス」


 マリアンは戦艦の方へ歩き、コンラードは鳴鳥が搭乗していたアルケードに向かって歩き出す。ジルベルトはというとグレゴリオ達のいる方へと歩き出した。鳴鳥は指示された通りにアルケードへ向かって歩き出さなければならないが、気になる事があったので背を向けるジルベルトに声を掛けた。


「あの、ジルベルトさんはどこへ?」

「俺は馬車に荷物の回収をしに行く」

「もしかしてこの星を離れるんですか?」

「ああ、後処理はクヴァルの部隊がしてくれる。元々俺達は調査だけが任務だったからな」

「そう、ですか。えっと…この星を離れる前にグレゴリオさん達にお別れを言いたいんですが」

「…挨拶、か」


 そこでジルベルトは顎に手を当てて考え込む。なにか出来ない理由があるのだろうかと疑問に思う鳴鳥に、彼は少し言葉を濁しながら結論を告げた。


「構わないが、彼らは俺達の事を忘れるかもしれないぞ。そうなれば話をしても無駄になる」

「忘れるってどういう事ですか?」

「前に説明した通り、ここは後進惑星だ。俺達がここで行った事の記憶を残してはならない」

「つまりは記憶を消去するって事ですか?!」


 鳴鳥が驚き声を上げるのに対して、ジルベルトはさも当然とばかりに頷く。「記憶を消す」と言われ、鳴鳥が真っ先に思い浮かべたのはグレゴリオの孫娘、リリアンだった。彼女はこの場に居ないが、鳴鳥達と接触している為、記憶を消す対象に含まれるだろう。ジルベルトの話を聞いてキラキラと目を輝かせていた事も、鳴鳥に父親の気持ちを教えられて喜び綻ばせたその表情も、全てが無かった事になってしまう。明日また話をしようという約束も果たせない。

 確かにジルベルトの言う通り、ここで何を話しても無駄になるかもしれない。だが、このまま何も言わずに立ち去るのも気が引ける。ただの自己満足にしかならないが、鳴鳥は自分の想いを貫く事に決めた。


「それでも、やっぱり挨拶はしておきたいです。これはエゴなのかもしれないですけど、後で出来なかった事を悔やんで…後悔はしたくないんです」

「…そうか。そこまで言うなら付いて来い」


 呆れたように肩を竦め、ため息をつきながらもジルベルトは別れの挨拶をする事を承諾した。

 ジルベルトの後を歩き、グレゴリオ達の元へと鳴鳥は行く。グレゴリオ達はクヴァルが引き連れてきた軍人に包囲され、銃を向けられていた。ジルベルトは兵士の一人に声を掛け、話をする事の了解を得る。鳴鳥は銃を向けられたままのグレゴリオに歩み寄り、声を掛けた。


「あの…グレゴリオさん」

「ああ、君達か。無事なようで何よりだ」


 そう言いながら笑うグレゴリオは憔悴しきった顔であった。そうなるのには無理もないだろう。この一晩で様々な事が立て続けに起きた為、頭の中で整理がつかない状態であり、さらにこの先どうなるかが分からないという不安で正常ではいられないようだ。ジルベルトと鳴鳥は彼を騙していたが、その事を咎める気力もないようだ。身体は大きく、精悍な顔つきであるグレゴリオに今やその影は無く、疲れきった様子であり、一回り小さく見えた。

 一方イグナシオはというと、鳴鳥が近寄ると希望を込めた眼差しでこちらを窺っていた。鳴鳥がグレゴリオにどう声を掛けて良いか言い淀んでいると、イグナシオが二人の間に割って入る。


「君っ、君もこの国には無い科学力を有する人なのか!?」

「え?い、いいえ、私の母星は…。ジルベルトさんの方がその点には詳しいかと―――」

「そうか。ジルベルト君と言ったね。君の国には不自由になった足を治す手立てがあるのかい?」

「!」


 イグナシオはジルベルトにすがりつくようにしながら問いかける。その言葉に鳴鳥達は在る人物を思い浮かべた。彼が問いたいのはリリアンの足の治療の手立てについてだ。


「…あるにはある。だが―――」

「そうか…!そうか、治るんだな…っ!!」


 何かを言いかけたジルベルトの言葉を遮り、イグナシオは喜びの声を上げた。リリアンの足の具合はこの星の医療技術ではどうにもならないものだったようだ。奇跡は本当にあるんだと言わんばかりに喜ぶイグナシオにグレゴリオも表情を少しばかり明るくする。しかし鳴鳥とジルベルトは素直に喜べない。それは仕方がない事である。彼らはリリアンの足を治せる術がある事を知れたが、その記憶も全て消されてしまうのだ。彼らが喜んでいる手前、浮かない表情をするのは良くないと思い、笑顔を浮かべるように努める。居た堪れない気持ちから逃げるように、鳴鳥は別れの挨拶を述べた。まずは素性を偽っていた事を謝罪する。するとグレゴリオは怒るどころか礼の言葉を述べた。


「あの…。騙すような事をしてすみません」

「いや、複雑な事情があった事はわかる。こちらとしては皆の命を助けて頂き、盗掘者から坑道を守っていただいて感謝しきれない所だ」

「い、いえ。私は何も…」

「僕からも礼を言いたい。盗掘者達を退治してくれてありがとう」

「そうだったな、息子の不手際も尻拭いをさせて済まなかった」

「父さん…」


 息子の為に頭を下げるグレゴリオ。昨日の夕刻、息子の非礼を詫びた時とは違い、グレゴリオの表情にはイグナシオへの蔑みが感じられない。わだかまりがあった二人であったが、イグナシオのリリアンを想う気持ちを知り、グレゴリオは考えを改めたのだろう。

 結果的には良かったのかもしれない。けれどもこの出来事も失われてしまう。


「グレゴリオさん、済みませんがリリアンちゃんにお話をする約束を守れなくなってしまった事を謝っていたと伝えて貰えますか?」

「ああ、わかった。儂から伝えておこう。落ち着いたらまた訪ねて来てくれ。リリアンも喜ぶだろうし、今回の事の礼も改めてしたい」

「…ありがとうございます。いつかきっと、また来ます」


 お辞儀をして鳴鳥は立ち去る。グレゴリオ達に背を向けた彼女の目尻には涙が浮かんでいた。また来るという約束は果たされない。記憶を消されてしまったら約束自体も無かった事になってしまうからだ。

 覚悟はしていたものの、つらい現実に直面すると心はきゅっと締め付けられる。泣いている事を悟られないように下を向きながら足早にアルケードへ歩いた。

 グレゴリオ達から離れた鳴鳥はトボトボと歩く。肩を落とした彼女に、馬車から荷物を回収したジルベルトが声を掛けた。


「だから言っただろう、挨拶なんて意味がないと」

「そう…ですけど…っ」

「まぁ命を取るような事にはならない。彼らは日常に戻るだけだ」

「…」


 やりきれない思いを残し、鳴鳥は荒廃した大地の星を去った―――。






 ―――黒い世界。右を向いても左を向いても、見上げても見下ろしても先の見えない暗闇。そこに響く声と漂う小さな光。

 金色の光は少女の声で笑いながら言う。


「新たな契約者が誕生したわよ」


 銀色の光は金色の光と同じ声で笑いながら疑問を投げかける。


「あれれ~、おかしいわね。観測装置が居ない?」


 エメラルドグリーンの光は凛とした女性の声で意見を述べる。


「68番の例もあるからな。事故の可能性も考えられる」


 紫色の光は幼い女の子の声でそんな事はどうでもいいとばかりに批判をした。


「それよりも6番、貴女の契約者は少々やりすぎじゃないの?」


 エメラルドグリーンの光は自分だけが悪い訳ではないと反論をする。


「43番は観測を続けているがこの場には来ない、68番は役目すら忘れて人間の真似ごとを、1番に至っては利用価値の無い契約者を未練たらしく切れずにいる。ならば私の契約者が少々暴走しても些細な事だろう」


 金色の光と銀色の光は嘲笑うようにエメラルドグリーンの光に同調した。


「そうよそうよ、契約者を見守るのが私達の使命なのよ」

「契約者への過度の干渉は使命の妨げになるのよ~」


 多勢に無勢。意見を否定された紫色の光はフンと鼻を鳴らし忠告をした。


「ともかく、私達の使命は『観測』をする事。夢々忘れなきように」


 三者はそんな忠告など無意味だと嘲笑う。


「使命の事なら貴女に言われなくても承知している」

「アンタなんかに言われたくないわ」

「右に同じ~」


「そう、理解しているのならいいわ」


 そう言い残し紫の光は消えた。


「あの子の方が使命を忘れかけているんじゃない?」

「契約者に入れ込んでいるくせにね~」


 去った者を小馬鹿にしながら金色と銀色の光が消えた。


「私は使命を果たすのみ…。それは契約者の観測。…フフフ」


 エメラルドグリーンの光は思い出し笑いをしながら消えた。

 漂う光が全て消え、その空間は何処までも続く果ての無い闇が広がっていた。



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