第4話 Black Grim Reaper
早馬を走らせる事二時間弱。作業員が慌てて町に戻ってきた時間を合わせてゆうに三時間以上経っている。とっくに不可思議な現象など収まっているものだと思われたが、そうではなかった。いななく馬達、馬車を降りた一同は目の前の光景に驚き目を見開いた。少し離れた所からでも分かる。作業員の証言通り、坑道から巨大な鉱石が浮遊しながら出てきていた。
「なんだあれは!?まさか本当に幽霊が…」
目の前にしていてもやはり信じられないのか、グレゴリオらはただただ驚愕するばかりである。一方、ジルベルトはその現象に心当たりがあったのか、すぐさま作業員に現状確認をし始めた。
「見張りをしていた作業員はどうした?それから交代で休んでいた他の作業員は何をしている?」
採掘場の見張りは夜間も行われている。作業員は交代制で、昼間見張りをする者達は夜には坑道の入り口近くに建てられた簡易宿泊所で休む。逆に、日中休んでいた者は夜の見張りを担当する。昼間、ジルベルト達を案内した作業員は寝床で休んでいた所、大きな音で目を覚まし、小屋を飛び出したと言う。そこであの光景を見て気が動転したのだろう。町まで知らせに来た作業員は一目散にその場を後にしたらしいが、慌てて銃を放った者も居たらしい。
「ともかく作業員の安全を確認しなくてはならないですね」
「ああ…、そうだな」
岩陰に身を隠しながら一行は坑道入口へと近づく。と、そこで浮遊する巨大な鉱石に近くなれば近くなるほど、地面に振動が感じられた。ドスン、ドスンという音、それは鉱石が地面を歩く地響きではない。鉱石は確かに浮遊している。多少上下に揺れながらだが、地面には一切当たっていない。
一行は慎重に、辺りの気配を窺いながら簡易宿泊小屋まで辿り着く。扉を開けるとそこにはロープで縛り上げられ、猿ぐつわをされた作業員達が監禁されていた。部屋の中には作業員達しか居らず、監視役は居ないようだ。グレゴリオは周囲の安全を確認すると、彼らに近づき、拘束を解いた。
「お前達、無事だったか。いったい誰にやられたんだ?」
「…すみません。それがどうにもさっぱりで。皆、相手を見る前に昏倒させられて、気が付いたらここに居たんっス」
不可思議な現象ばかり。それらが全て幽霊の仕業であるとは考えにくい。現に彼ら作業員達は丁寧に縛り上げられていた。幽霊にはこんな芸当、到底無理であるだろう。
ジルベルトの中で予想が確信へと変わる。彼は皆にこの場に残るように指示を出すと、一人小屋を出ようとする。捕えられていた人たちの拘束を解く手伝いをしていた鳴鳥であったが、手を止め、ジルベルトの後に続くように小屋を出た。
小屋を出て数歩歩いた所、岩陰でジルベルトは懐から取り出した小型端末を操作する。
「ジルベルトさん、これは一体どういう事なんですか?」
「アレは恐らくレイエス製の汎用機、ARKS。その掘削機型だ。盗掘防止対策の為にステルス機能は搭載してはいけない決まりなのだが…。違法改造しているんだろうな」
「…難しい事はよくわかりませんが、あれはロボットの仕業だと言う事ですね」
「ま、簡潔に言えばそうだ。お前も小屋に避難していろ。それから皆を小屋から出さないように引き留めておいてくれ」
「貴方は何をするつもりなんですか?」
「俺は―――」
ジルベルトが何か言いかけたその時、すぐ傍で馬車が急停車のように停まった。転がり出るように降りてきたのは顔面蒼白のイグナシオである。彼は浮遊する巨大な鉱石を見て大地に膝をつき、握り拳を地面に叩きつけた。鳴鳥は彼に近づき、崩れたその身体を支えようとする。
「なぜだ…!どうしてこんな事に…っ!!」
「イグナシオさん。どうしてここへ?」
「彼ら…ベイジルとマドックの様子がおかしかったから…。日を跨ぐ前に彼らの事務所を、自宅を訪れたんだ。しかし彼らは…どこにも居なかった。ぼくは……町の…為に……リリアンの…ために…。とうさんに……みとめられた…かったのに…」
「イグナシオさん…」
「アンタはまんまと騙されたって訳だ」
ジルベルトの容赦ない言葉にイグナシオはますます落ち込む。心無いその物言いに鳴鳥は憤慨し、キッと睨みつけて非難した。
「そんな言い方…!ジルベルトさん、貴方には人を気遣う心が無いんですか!?」
「あ?事実を言って何が悪い」
「またですか?!それ!!だ~か~ら~!ちょっとは言葉をオブラートに包んで―――」
痴話喧嘩のような二人の言い争いを途中でぶった切ったのは巻き起こる風圧とジェット音である。それはジルベルトの背後に現れた機体が起こしたものであった。突如現れた機体、それに鳴鳥は見覚えがある。彼女も乗せて貰ったジルベルトの所有機、黒いARKHEDだ。鳴鳥は突然その機体が移動してきた事に驚き、イグナシオは見た事も無い金属の塊が目の前に現れた事に驚愕し、ジルベルトは平然と佇んでいた。
「ななな…なんなんだこれは…っ?!金属の怪鳥!?」
「ナトリ。お前はこの男を連れて小屋に避難―――」
「イグナシオ!!貴様、これはどういう事だ…っ!!!」
ジルベルトはハッチを開いて機体に乗り込み座席に着きながら指示を出す。しかしその途中でまたもや遮る者が現れた。その人物とは簡易宿泊小屋から出て来たグレゴリオである。彼はイグナシオの顔を見るなり額に青筋を浮かべてがなりだす。このような事態でもやはり憎い者は憎いのか、グレゴリオは全ての元凶がイグナシオにあると決めつけているような態度だ。鳴鳥は慌てて二人の間に立ち、諍いを収めようとした。その間にジルベルトはアルケードを起動する。グリップハンドルを握ると黒い機体に刻まれている青いラインが光を放つ。
第4話 Black Grim Reaper
「ARKHED、Warriorモードに移行シマス」
機械音声がそう告げたのち、機体は音を立てて変形する。その形は戦闘機から二足歩行の機体に、それはあの坑道の奥に、鉱石の中に在った巨大な機械人形によく似た姿であった。
「(あの形…!坑道奥のアレはジルベルトさんの機体と同じ物だったんだ)」
驚きながらその機体を見上げる鳴鳥。グレゴリオもイグナシオも同様に驚き目を見開いている。
ジルベルトが機体を作動させ、鳴鳥や作業員達が居る小屋を守るように進み出る。と、同時に浮遊していた巨大な鉱石が地面に落され、地響きがこちらへと向かってきた。
「ステルスジャマーヲ起動、周囲ノ通信音声ヲ外部出力ニ変換シマス」
黒い機体の周囲に現れた円状の光、それが特殊な音波と共に外に向かって広がる。その光を浴びた何も無いはずの空間、そこにデザート迷彩のゴツゴツとした機体が三体現れた。そしてそれらの機体の後方には大型の貨物船が姿を現した。
「ど、どうすんだよコレ!?」
「んな?!秘匿回線がなんで外部に漏れてんだ!!」
男達の慌てる声。その声は彼らの言う通り、機体に乗っていない鳴鳥達にも聞こえていた。目まぐるしく起こる不可思議な現象にグレゴリオは目を丸くしていたが、イグナシオは降って沸いた声に聴き憶えがあったのだろう。彼は立ち上がり、デザート迷彩の機体に向かって叫んだ。
「その声はベイジルにマドック!!!お前達、これはどういう事だ!?」
「おやおや、世間知らずの坊っちゃんじゃないか。もう此処まで辿り着きましたか」
「おいベイジル。そんな奴らに構ってねぇでさっさとブツを運ばねぇと…」
言い争う二人に対し、ジルベルトの搭乗する黒い機体は銃を突きつけた。ガトリング式でもなく、ロングライフルでもない銃。敵機三体に対して心もとないように感じられるが、ジルベルトは自信ありげに宣告する。
「お前達のやっている行為は後進惑星保護条約違反だ。大人しく投降するなら命は取らない」
「そんなちゃちな兵器でやり合おうってのか」
「いや待てマドック。あれは…あの機体は…っ」
デザート迷彩の機体のうち一機が、たじろぐ様に一歩下がる。ベイジルは目を凝らし、ハッとしてごくりと生唾を飲み込んだ。
「あれは『黒い死神』だ!間違いない…っ!!」
「はぁ?!『黒い死神』と言えば戦場で一騎当千の力を持つって言うアレか?そんな機体がこんな辺境惑星にいるわきゃねぇ…」
二の足を踏むベイジル機。マドックは半信半疑なのか、ベイジルと目の前に立ちはだかる黒い機体を交互に見ている。硬直状態になりかけたが、二体の機体の後ろ、これまで静観していたその機体が間を割くように前に出て言い放った。
「フンっ。死神だろうがなんだろうが知った事か。こちとらひと月も前から下準備をしてここに居るんだ。手ぶらでは帰られねぇよ!!」
「降伏する意思は無し、か」
一歩前へと進む黒い機体。手にした銃の照準は三体居る内の真ん中の機体へと定められていた。しかし真ん中の機体は怯むことなく前に出る。その機体から発せられた笑い声が辺りに響いた。
「こんな事もあろうかと用意しておいて正解だったなぁ。これを聞いても大口は叩けるかァ?」
「町長っ!!逃げてくだせぇ」
「その声はラルフか…!?姿を見かけないと思っていたが…そこに居るのか!?」
機体から聞こえた搭乗者とは違う声。その声に反応したのはグレゴリオだった。どうやら拘束された作業員達の中で行方不明者が居たらしい。彼を捜す為にグレゴリオは小屋を出て来たようだ。そして居なくなっていた作業員は盗掘者の手の内という訳だ。ジルベルトはグリップを握る力を強め、吐き捨てるように言った。
「…人質かっ」
「武器を下ろしてその機体から降りて貰おうか。おっと下手な真似はするなよ」
真ん中の機体、どうやらリーダー機であるらしいその機体の合図で両脇の機体が銃を構えた。照準は鳴鳥達が居る黒い機体の足元と、作業員達が居る小屋に向けられている。掘削機が装備する銃は機体相手ではたいした威力ではないが、生身の人間と木製の小屋を吹き飛ばすには十分だ。
「おい、黒いの。早く機体から降りろよ」
「…」
「おい、聞こえてねぇのか?早くしろや。ちんたらしているとこうだ…!!」
「ぎゃァァァっ!!!」
苦痛を訴える叫び。機体内部の状況が見えない分、中で行われている事が恐ろしいものを想像させる。このままだといけない、そう思った鳴鳥はジルベルト機に向かって叫んだ。
「ジルベルトさん!!ここは言う通りにしないと―――」
「言われなくても分かっている」
二足歩行の機体は戦闘機の形へと形状を変え、開いたハッチからジルベルトが降りて来た。投降する様子を確認すると、真ん中の機体の搭乗者が仲間へと指示を出す。
「マドック。てめぇは降りてアイツらを拘束しろ」
「りょ、了解っす」
デザート迷彩の機体から降りて来たどんぐり眼に短足で肥満体形の男、マドック。彼は慣れた手つきで鳴鳥達を縛り上げていく。手早く済ますと、小屋の中の作業員達も再度拘束して鳴鳥達の居る所へと連れてきて一か所に集める。身動きとれず、ただ成り行きを見守ることしかできない鳴鳥達。彼女らをベイジル機が銃を構えて監視し、他の二機は再び鉱石を運び出す作業に戻った。と、言っても残すのはあの鉱石に閉じ込められているアルケードだけである。それは他の鉱石と違い、運びやすいように削り分ける訳にはいかない。一機で運ぶ事が出来ない為、やむを得ず、二機で運んでいる。
「よーし、これで最後だ。おい、ベイジル。片付けをしておけ」
「え!?…し、しかし。そこまでする必要が…」
ここで言う『片付け』とはただの掃除ではない。捕らえた人間を始末すると言う意味合いだ。ベイジルは人を殺めるのに慣れていないのか、手早く済まさずに躊躇している。
「姿を見られちまった以上、このままにしておく訳にもいかねぇしな。それに、黒いのに乗っていたのは軍の犬だろう?普段俺達の仕事を散々邪魔する奴らの一味だ、始末しておけ」
「ちょっと!!待って下さい!」
立ち上がり、声を張り上げたのはイグナシオだった。これ以上盗掘者達の好き勝手にはさせられない、このままここで死ぬ訳にもいかない、と叫んだ。
「話が違います!!僕達は貴方がたの邪魔はしていません。大人しく投降したのに命までだなんて…」
「はッ!だーれが命まで保証すると言った」
ゲラゲラと嘲笑う声。ぎりっと歯を食いしばり、怒りに打ち震えるイグナシオであったが、ベイジル機が一歩近づいて彼へと照準を定めると、ドサリと音を立てて尻もちをついた。他の二機は鉱石に閉じ込められたアルケードを大型貨物船に向かって運んでいる。ベイジル機は銃を構えたまま微動だにしない。まだ、躊躇う気持ちがあるのだろう。収容が終わるまであと僅かだが猶予があるようだ。
切迫している状況にもかかわらず、ジルベルトは平然としている。先程、ベイジルが言った通り、彼は場馴れしているのだろうか。彼の態度を不審に思った鳴鳥は身じろぎながら肩に触れて問いかけた。
「ジルベルトさんっ、どうするんですか!?このままだと―――」
「今から起こる事に驚くな、動じるな、黙ってじっとしていろ」
「何を言っているんですか?えっ、ちょ…っ!」
訳のわからない事を言い残したジルベルト。彼はいつの間に拘束を解いたのだろうか、はらはらと拘束に使われていたロープが地に落ちた。すくっと立ち上がった彼は停止している自機、アルケードに向かって走り出す。瞬時に反応したのはベイジル機。これまで拘束された者達に向けられていた銃がジルベルトを追いかける。タタタっと乾いた音。的を外し、ジルベルトの足元を穿つ銃弾。乱射された弾は数発が目標に命中する。撃たれた者はバランスを崩し、ドサリとその場に倒れた。
「ジル…ベルト…さん?」
撃ち込まれた弾丸によって巻き起こる砂埃。風に吹かれて開けた視界、そこには先程まで普通に息をし、声を発し、生きていた人物がピクリとも動かず地に伏していた。唐突に突きつけられた死という現実に、皆は息を飲み目を見開いて茫然としている。
「嘘…っ。こんなのって…」
よろよろとよろめきながらジルベルトの傍へと近づく鳴鳥。両手両足を拘束されたままである為、駆け寄る事は出来ない。彼女も同様に撃たれてしまうのでは、と思われたが、ベイジル機は動かない。銃弾の装填に時間を取られている訳ではなく、撃ち殺してしまった事に動揺しているのだろう。
「ジル…ベルトさん…っ」
「…来るな…っつたろ…うが」
どうやら虫の息ではあるが、一命は取り留めていたようだ。頭や心臓への直撃は免れたものの、左わき腹と右大腿部は抉られ、骨がむき出しに、血はとめどなく流れ出ていた。応急処置を施してもこの荒野では救急搬送先が無い為、徒労に終わるだろう。なにより鳴鳥は気が動転しているので的確な対処は出来ない。
「どうして…こんな…こと」
「なんで……泣いて…いるんだ……おまえ」
「だって…!!」
鳴鳥の瞳からぼろぼろとこぼれ落ちる涙。出会ってまだ一日も経っていないのに、デリカシーの無い態度ばかりだったのに、何故か涙は止まらない。顔をぐしゃぐしゃにしながら泣く鳴鳥に対し、ジルベルトは弱々しく微笑んだ。そして彼は目を細め、息を引き取った。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…っ」
嗚咽の声を上げながら遺体にすがる鳴鳥。辺りには彼女の泣き声だけが響いていたが、それも途中で遮られた。未だに始末を終えていないベイジルに業を煮やしたリーダー機がこちらへと向かって来る。感傷に浸っている時間は無いようだ。
「おい、いつまでボケッとしているんだ」
「私は本来戦闘要員ではないんです。あぁこんな事になるなんて…」
「チッ!使えねぇな。これだからインテリ野郎は…」
リーダー機がベイジル機を押しのけるように前に出る。その機体が銃を向けたのは作業員達が居る方であった。すぐに撃つのかと思われたが、機体からは下卑た笑い声が響いた。
「おい、嬢ちゃん。聞こえているかァ?いいねェその歪んだ顔。特別に嬢ちゃんだけは生かしてやろうか」
命の保証は貰えた。しかし手放しで喜べる状況ではない。彼らの事だ、生かされてもまともな待遇は望めないだろう。そしてなにより、皆を見捨てて生き残るなどという選択肢は鳴鳥にはなかった。
「許さない…っ!!私はあなた達を絶対に許さない!!」
強がってみたものの、鳴鳥は両手両足を縛られて拘束されている為、手の出しようもない。仮に、手足が自由に動かす事が出来ても、相手は生身の人間ではなく巨大な機体に乗る者たちだ。勝てる見込みは万が一にでもあり得ないだろう。彼女は敵である相手を睨みつける事しかできなかった。
「(私にも…。私にもあの機体を動かせたら…っ)」
「―――望むなら貴方に『力』を、与えましょう」
「…え?!」
頭の中に響いた声、それは女性の優しい声色。安心するような、聞いていると穏やかな気持ちになれる声だ。鳴鳥はその声に聞き覚えがあった。それはこの星に来る前、真っ白な空間で聞いたものである。
突然聞こえたその声に驚いていると鳴鳥の視界は真っ白に変わった。盗掘者達の機体が銃を撃ち、放たれた光ではない。真っ白な光、それは辺り一面を包み込んだ。と同時に響く音、何かが崩れ、割れる音。
「なんだァ?!何が起こった!!?」
「前が見え…っ!」
ベイジル達の機体内部では外部の様子が全く見えない状態に、真っ白に視界が遮られていた。数分後、白い景色の中にシルエットが浮かび上がる。やがて発光は収まり、それは徐々に姿を露わにした。
「な…っ!!ARKHEDだと?!黒いのが生きていやがったのか!!?」
「ち、違う。ありゃあ運んでいた方の、別のアルケードっス」
突如現れた新たな機体、穢れの無い白色の外装に深紅のライン。ベイジル達が搭乗している機体とは違うスリムな体躯。その姿かたちはジルベルトが搭乗していたARKHEDによく似ていた。
眩しさで目を瞑っていた鳴鳥も、マドック達の叫び声で閉じた瞳を恐る恐る開く。視界に入る景色、それは先程の絶望的な光景ではなく、以前見た事のある場所。ジルベルトに乗せて貰ったARKHEDのコックピットに酷似していた。
「ここは…ARKHEDの中?」
「ハジメマシテ。当機ハ二種型戦闘機ARKHED、ワタシハサポートAI、S2ト申シマス」
「あ、どうも初めまして。…ってそんなこと言っている場合じゃなくて!」
手前にあるモニターから聞こえてきた機械音声。ジルベルト機とは違った穏やかな女性の機械音声は挨拶と機体の紹介、そして自らをS2と言う名のAIだと名乗った。鳴鳥はAIに言われるがまま機械相手に挨拶を返したが、そのように悠長に構えている場合ではないと気付いた。けれども突然このような状況に置かれた為、この先どうすればよいかなど見当もつかない。放心する鳴鳥を現実に引き戻したのは敵機からの叫び声だった。
「クソアマが!契約しやがったのか」
「契約…?何の事…」
「フン、今更一機増えた所でこちらの有利は変わらねぇがな」
コックピットの前面に映像が映し出される。そこには顎髭を生やしたがっちりとした体形の男が人質である作業員の首根っこを掴みながらがなり立てていた。その男の言う通り、鳴鳥がARKHEDを手に入れた所で状況は変わらない。相手が人質を手にしている限りこちらから攻撃は出来ないのだ。
「仕方がねぇ。おい女、その機体に乗ったままついてきて貰おうか」
「そんな…!私これの動かし方なんて知らないし」
「あぁン?!ンなもんARKHEDなら契約者は考えるだけで自在に動かせるんだろうが」
「え?なにそれすごい」
当たり前のように言われたが鳴鳥は戸惑う。と、そこでAIの機械音声が手順を説明してくれた。
「当機ハ、ハンドグリップヲ握ル事ニヨリ搭乗者ノ思ウ通リニ作動シマス」
「片手でも大丈夫なのかな?」
鳴鳥はいまだ手足を拘束されたままだ。とりあえず右手だけでグリップを握ってみる。そして心の中で動けと命じた。すると透明な板越しに見えていた景色が近づく。一歩前へと進んだようだが、機体が上下前後に揺れた様子はなかった。
「思念作動ノ他ニ音声作動機能モ搭載シテイマス」
「声でも、ね」
鳴鳥の機体はゆっくりと一歩一歩大地を踏みしめる。初めて搭乗するのだから仕方がない事だが、慣れていないという理由の他に別の思惑があった。鳴鳥の機体が収容されるまではまだ猶予がある。その間にどうにかグレゴリオ達を助けられないか、鳴鳥は必死に考えた。
「(立てこもり犯の取り押さえ方…。強硬手段となると窓を割ったりしてスタングレネードを放り込んで銃撃で制圧。だけどコックピットは頑丈で狭い密閉空間。それに犯人と人質の距離が近すぎる。となると麻酔銃を使う?でもどうやって…)」
「対象、敵機コックピット。外部音声ヲ遮断、スタングレネード弾、トランキライザー弾ヲ使用シマス」
「え?」
貨物船に近づいていた鳴鳥の機体は振り返ると両手を上げて二丁の銃を構えた。照準はリーダー機、人質が乗せられている機体だ。その速度はこれまでのぎこちない挙動からは考えられないくらい早く、敵機はいずれも回避行動を取れなかった。
「このクソアマ―――」
撃ち放たれた二発の弾丸はコックピット部分に命中。弾は内部まで入らず、フロントガラス部分で留まる。そして間髪置かずリーダー機内部から発光。機体から通信が遮断された。
「うそ…。私撃っちゃったの?!人質は…?」
「敵機内部、二名生存、昏睡状態ニ在リ、生命活動ニハ問題アリマセン」
「…そっか、良かったぁ」
AIに無事を告げられ、ホッと胸を撫で下ろす。安心するのも束の間、彼女の機体とグレゴリオ達に銃口が向けられていた。ベイジル機とマドック機だ。
「テメェ!よくもやりやがったな」
「小娘が!油断させておいてそのやり口、なかなかやりますね」
「え?(たまたまなんだけどなぁ…)」
敵機の手元に人質は居ないも同然。しかし今度は二機が相手、片方はグレゴリオ達に、もう片方はこちらを狙ってきている。このような状況の立ち回り方はすぐに思いつかなかった。鳴鳥機に向けられているマドック機の銃身が上へと跳ねる。放たれた数発の弾丸は真っ直ぐにこちらへと向かってきていた。警告なしの発砲。鳴鳥が不意の攻撃に反応できる訳もなく、まともに受けるしかなかった。
「…っ!!――――って、あれ?!」
撃たれた衝撃が感じられない、もしかして痛みも感じないほどの即死状態だったのか。恐る恐る閉じた瞳を開くとそこは変わらぬARKHEDの内部、コックピットであった。唯一違うのは眼前の黒い機体。それは目を瞑る前には存在していなかった。
黒い機体は鳴鳥の機体の前に立ちはだかり銃弾を受け止めた。伸ばされた腕から発せられた青い波紋状の光、それは銃弾の勢いを止めて地へと落とす。すかさず黒い機体は右手に握られたハンドグリップから現れた青い光の刃、その光を放つ剣でマドック機の両手両足部分を断ち切る。バランスを失ったマドック機のコックピット部分が地に着くころには、ベイジル機も同様に切り刻まれていた。
「すごい…!」
ただただ茫然と見守る鳴鳥。黒い機体の動きはあまりにも早く、その戦いぶりは一部始終を目で追えるものではなかったが、瞬時に片が付いたことから搭乗者の力量が窺い知れる。
突如現れた黒い機体は瞬く間に敵をねじ伏せた。鳴鳥はその機体に見覚えがある。しかし彼が操縦している筈はない。彼は先程鳴鳥の目の前で息を引き取ったのだからだ。ならば誰が操作しているのか、機体を動かす者に対し問いかけようとした所、相手から通信が入ってきた。
「…契約してしまったか」
「ジルベルトさん?!」
映し出された映像、それは相手コックピットに座る人物。ぼさぼさの黒髪をひと括りにし、顎に無精髭を生やした中年男性、生前のジルベルトそのものだった。彼は忌々しそうに眉根をひそめた表情をしているが、確かに生きている。何故無事なのか、鳴鳥は問いただそうとしたが、彼が指示を出してきた為、質問の言葉を呑み込む。
「とりあえず、俺が人質の救出と盗掘者の拘束をする。お前はベイジル機とマドック機に銃口を向けておけ」
「わ、わかりました」
言われた通りに鳴鳥は銃口を向けて威嚇をするイメージをする。すると機体は鳴鳥のイメージ通りに両手の銃を敵機二体に向けた。その間、ジルベルトは機体をリーダー機に近づけコックピットをこじ開けた。彼は自機のコックピットから出ると相手機に飛び移り、昏睡状態の盗掘者を拘束する。拘束具は彼らが使用していたロープとは違い、金属製の手錠である為、簡単には脱け出せないだろう。ジルベルトは拘束した盗掘者を黒い機体の手のひらに乗せ、人質であった作業員は自機の補助席へ乗せた。続けて他二機の搭乗者も手早く拘束する。
「おお、ラルフ。無事だったか…!」
「まだ麻酔薬で眠っています。暫くすれば意識を取り戻すでしょう。どうやら奴らに右手の指を折られたようなので手当をしてやって下さい」
「あ、ああ、わかった…」
ジルベルトはグレゴリオ達の拘束を解いて人質であった作業員、ラルフを彼らに引き渡した。グレゴリオ達は未だに生きている実感がないのだろう。目の前で繰り広げられた光景に圧倒されたのだからそれも仕方がない事だ。何か言いたげであったグレゴリオだが、ジルベルトはまだやる事がある様子を見せているので声をかけるのを躊躇った。代わりに眠っているラルフを運ぶための担架を手配するなど自分達に出来る事に取り掛かり始める。
拘束されていた者は皆解放され、盗掘者は皆お縄に着いた。全て終わったのだと安心していた鳴鳥だったが、その考えは甘かった。
鳴鳥の背後、ジルベルト達にとっては前方、これまで動く様子を見せなかった盗掘者達の貨物船のエンジンに火が付く。どうやら捕まった三人以外にも盗掘者が残って居たようだ。
「仲間を置いて逃げる気?!」
鳴鳥機は、旋回しながら浮上する貨物船を捉える。兵装はしていないのか、もしくはここでやり合っても得は無いと踏んだのか、貨物船はこちらに目もくれず、退路をひた走るようだ。鳴鳥は慌てて貨物船に向かって銃を向ける。しかし機体に再び乗り込んだジルベルトがそれを制した。
「撃つ必要はない」
「でも…!」
「上を見てみろ」
「う、え…?……あれはっ!!」
鳴鳥達の機体に大きな影が射す。見上げた先には逃げようとしている貨物船より一回り大きいスペースシャトルをスリムにした様な形状で、藍色を基調にした船が現れた。その船は逃げようとする貨物船の退路を遮るような位置を取っている。両翼にある砲台は貨物船へと向けられていた。
「はあ~い。そこのしょぼくれたお粗末なお船サン。逃げようったってそうはいかねぇぞボケがっ!!」
ハスキーボイスの発言者は、最初は優しい声色で詰り、終わりはドスの利いた声で威嚇した。皆が唖然とする中、ジルベルトだけはうすら笑いを浮かべていた。
空から舞い降りた船舶は貨物船をアンカーフックで拿捕し、再び地上に降下するよう牽引する。二機が船体を着陸させると同時に大きな船舶から二人の人間が降りてきた。一人は上着のフードを目深に被った少年で、もう一人は紫色のウェーブがかったロングヘアのモデル体型の女性だ。
下りて来た人物をまじまじとモニターで見ていた鳴鳥。そんな彼女の元にジルベルトが通信を入れてきた。
「ナトリ。聞いているか?」
「うぇ?!は、はい。何でしょうか?」
「…俺は今からあの貨物船の制圧に向かう。お前はじっとしていろ」
「わかりました」
「いいか、余計な真似はするなよ」
「む。だから、何でそんなに信用が無いんですか?」
「現にお前は勝手に契約を―――いや、その話は後回しだ。ともかく、アルケードの思念作動をオフにしておけ。さっきみたいに考えただけで機体が動いては事故になりかねんからな」
「……わかりました」
互いに言いたい事が沢山あるがそれはひとまず置いておく。必要事項だけ告げるとジルベルトは再度機体から降りて二人組と合流する。鳴鳥は言われた通り、AIに指示を出して機体の操作を音声作動のみに変えた。
白兵戦では鳴鳥は足手まといだ。不良相手に大立ち回りは何度か経験しているが、この星に来てからの出来事は実弾が飛び交う場面が多い為、鳴鳥程度の護身術レベルではまるで役に立たない。ここは大人しくしておいた方が良いだろうと彼女自身も判断した。
アルケードのコックピットで鳴鳥はひとり、物思いにふける。この機体は何なのか、ジルベルトや盗掘者が言っていた『契約』とは何なのか、ジルベルトは確かに目の前で死んだ筈なのに何故ピンピンしているのか。疑問はとめどなく浮かび上がる。しかし彼女の疑問を解消してくれる者はいなかった。
「(この先どうなるんだろう。グレゴリオさんとイグナシオさん…。リリアンちゃん。それにあの紅い鉱石。あれだけ積み込んでいたとなると、他の星では相当な価値があるんだろうなぁ)」
鳴鳥はモニターでグレゴリオ達の様子を窺う。また二人は喧嘩でもしているのかと思われたが、二人とも事後処理に追われていた。作業員達は数時間拘束されていた為、心身ともに疲弊している者達が居る。その人達に飲み水を与えたり、体調確認をしていたりでそれなりに忙しそうだ。自分も何か手伝いたいと思う鳴鳥であったが、ジルベルトの言いつけを守る為、大人しくコックピットで待機していた。
ひとまず自分の役目は終え、後はジルベルトが戻るのを待つのみであった。だが、事態はここで収束を迎えなかった――――――。