第3話 The ore of crimson
高い断崖を壁伝いに、馬車で舗装されていない悪路進む事二時間、グレゴリオの調査依頼の場所である採掘所に辿り着く。そこには数人の作業員が留まっていた。燃料は得られなかったがここにはまだ重要な物が残されているのだろう。彼らはいわば監視員の様な役割を担っているようだ。
馬車を降り、採掘作業員の案内で採掘所内部へと入る。ごつごつと凹凸が残る人の手によって掘られた横穴、そこを暫く進んでいると徐々に赤茶色の岩壁に鉱石が混じっているのが見られた。半透明のクリムゾンレッドカラーの鉱石、そこには乳白色の不規則な円と線の模様が浮かび上がっている。奥に進めば進むほど、その鉱石の含有量は増え、キャンドルランタンに照らされた景色は燃え盛る灼熱の火山洞窟のようであった。もちろん、それは見た目だけであって、坑道内は涼しく快適だ。物珍しそうに辺りをきょろきょろと見まわす鳴鳥に対してジルベルトは少しだけ眉根を潜め、すぐさま元の真面目な表情に戻った。
「もう少し純度が高ければ宝飾品として使えるのですが、ね。それにこの模様。削り取るにはコストがかかってしまって―――」
などと説明をするグレゴリオ。彼にとっては、と言うよりもこの星の住人にとってはこの鉱石は価値の無いものなのだろう。
「(結構キレイなのになー。なんだか勿体ない)」
じっくり眺めていた鳴鳥の歩くスピードは皆より少し遅く、気が付くと置いて行かれる形になっていた。慌てて後を追いかけるが、すぐに歩みが止まる。ジルベルト達が立ち止った理由は目の前にあった。
「これがその例のモノです」
「(これは…!)」
第3話 The ore of crimson
坑道の奥の行き止まりには広い空間があり、そこにはこれまで見てきたのと同じ色、同じ模様の鉱石があった。しかしそれはあまりにも大きく、顎を限界まで上げないとてっぺんが見えないほど大きな鉱石である。しかもその鉱石の内部には―――。
「(ロボット…!?)」
鉱石の中には人型の機械がある。大きさは3、4階建のビルくらいだろうか、巨大なロボットがそこに存在していた。
「(お、お台場ガン○ム…!!すごっ!これ、動くのかな?)」
実際の所、ガン○ムのようなパーツが角ばったフォルムではなく、どちらかと言うとエ○ァのようなより人に近いシルエットの機体であったが、鳴鳥の頭の中では等身大ロボとなると真っ先にそちらが思い浮かんだのだろう。
隣に居るジルベルトも驚いているようで、目を見開いて機体を凝視していた。しかしそこで疑問が生まれる。彼が乗っていた機体も鳴鳥からしてみればかなり高度な技術の塊だ。何故、彼は驚いているのか、ひょっとすると彼は初めて人型ロボットを見たのか。その理由を尋ねる前にグレゴリオから声が掛った。
「機械人形のようですが、どうにもこの大きさは初めて見るもので…。一体どうすればよいのやら、決めあぐねていた所なんです」
「確かに。この大きさは類を見ないですね」
「周りの鉱石を取り除いてこの機械人形を取りだそうにも、下手に手を出して暴走などと取り返しがつかない事になるやもしれんから。…と言う訳です」
「そうですね。現状維持、それが最善の対応でしょう」
ジルベルトはこの星を地球と同じ『後進惑星』だと言っていた。彼が搭乗していた『ARKHED』とやらはこの星ではオーバーテクノロジーである。だが、グレゴリオの「機械はさっぱりだ」という言葉から、この星に機械や科学技術が全くない訳では無さそうだ。
状況確認を終えたあと、ジルベルトは調査に取り掛かった。と、言っても今日はそれほど時間に余裕がある訳ではない。グレゴリオの孫娘との約束もあるので手短に、機体の周りにある鉱石を少しだけ削り取って採取した。
本日の調査も終わり、後は町に戻るだけであったが、一行は坑道の出口で足止めを喰らった。出口を塞ぐように立ちはだかる三人の影。その内の一人、両脇に立つ男達より一歩前に出ている青年はグレゴリオの姿を見て驚いていた。
「お前…っ!イグナシオ!!何故お前がここに居る?!」
穏やかな物腰であったグレゴリオの様子が豹変する。彼を変えてしまった人物、イグナシオと呼ばれた中肉中背の青年は怒鳴られてばつが悪そうな顔をした。
「父さん…。僕が何をしようと関係ない筈では?」
どうやら彼はグレゴリオの息子らしい。しかし親子と言う割には二人の間にはピリピリとした空気が漂い、とても家族といった間柄では無さそうに思える。
「確かにお前はもう儂の息子ではない。だからこそ、この場に居る事を問い詰めているのだ。ここは子どもの遊び場ではないんだぞ」
「クッ…!いつまでも子ども扱いしないでください」
「お前はいつまで経っても子どもだ。それは何があろうと一生変わらん」
どちらも声を荒げて言い争っているが、グレゴリオの方が一枚上手なのだろう。イグナシオは反論の言葉を詰まらせ、怒りでわなわなと肩を震わせていた。その様子を見かねたのか、彼の両脇に居る男達が前へと進み出てグレゴリオとイグナシオの間に入る。
一人は糸目で細身、長身の男。もう一人はどんぐり眼の短足で肥満体形の男。彼らは場を宥めようと、笑顔を浮かべながら取り繕うような言葉を捲し立てた。
「旦那は悪くないんですぜ。町の事を思っての行動であって―――」
「町だと…?!どの町の事を言っている!?」
「そりゃあ『ラザン』に決まっていますで―――」
その町の名を聞いたグレゴリオは細身の男の言葉を聞き終わらぬうちに、胸ぐらを掴んで彼の顔を青筋を浮かべた自身の顔へと近づける。見開いた眼は血走っており、細身の男は「ヒ…っ」と情けなく小さな悲鳴を上げて顔を歪めさせた。
一触即発の現状を見かねたのか、坑道内を案内した作業員が止めに入る。彼らは普段、力仕事をしているせいか逞しい体つきであり、グレゴリオを押し止めるのは容易であった。しかしそれは身体的に二人を引き離すだけであってグレゴリオの怒りは一向に収まらない。作業員がどうにか彼を宥めている隙にジルベルトが一歩前に出て挨拶をした。
「お初にお目にかかります。中央から来ましたジルオット・ジラルディーニと申します」
差し出された手を握り、握手を交わすイグナシオであったが、彼はジルベルトの事をあまり快く思っていないようだ。眉根は潜められ、怪しい者を見るような目線である。
「君は一体…」
「私はグレゴリオ氏から依頼を受けた学者です」
「そう…ですか。僕はイグナシオ・オルバーンだ」
「私どもは調査の為にこの採掘場を訪れたのですが、貴方がたは一体ここで何を?」
ジルベルトの問いにイグナシオはすぐに答えず視線を逸らす。彼はいまだ怒りが収まらずに自分を睨みつけてくるグレゴリオをチラリと横目で見てから口を開いた。
「この二人、ベイジルとマドックは商人だ。彼らに商品を見せる為に僕たちは此処に来たんだが…」
先程グレゴリオに胸ぐらを掴まれた糸目の男がベイジル。もう一人のおろおろとしていたどんぐり眼の男がマドックという名らしい。二人は激昂するグレゴリオに怯えているのか、警戒しているのか、腰をかがめて身を縮こまらせていた。しかしイグナシオが彼らを紹介して目的を説明しだすと、佇まいを正して笑顔を浮かべた。二人は商人なのでここは出来るだけ穏便に事を進めたいらしい。だが、グレゴリオの眼光は鋭く、彼らの笑みは引きつったものだった。
「商品…だと?」
ドスの効いた低いグレゴリオの問いに、イグナシオは怯える事も無く、寧ろ忌々しげに吐き捨てるような返答をする。
「彼らはここにあるこの鉱石を買い取ってくれる。もうこれ以上他の場所を掘り返さなくて済むんだ」
「この石ころをか…?」
訝しげな表情でグレゴリオは二人の商人へと視線を移した。彼らは肝心の話題を振られて商売魂に火が付いたのか、もみ手をしながらグレゴリオに近づいてきた。
「ええ、この鉱石ですが、中央の新進気鋭のジュエリーデザイナーが気に入りましてね。是非ともこの坑道内にある全ての鉱石を買い取りたいと申し出ている訳です。私どもはその買付の商談をしにここに来たのですが―――」
「この純度も低く変な模様が入った鉱石をか?」
「ええ、この模様こそが新しい流行を生むんだとかなんとか…。私どもにはさっぱり分かりませんが、デザイナー先生のお眼鏡にはかなうようで」
「…ふむ」
悪い話では無さそうだ。現に怒り心頭であったグレゴリオが今では幾分か落ち着いて見える。彼は商人の説明を真剣に聞いていた。
商人とグレゴリオは取引価格について話を始める。ラザの町の奥の採掘場で採れていた燃料鉱石に比べると価格は下がるが、この埋蔵量からすると、町民の暮らしは当分の間安泰であろう。すぐに専売契約を結ぶかと思われたが、グレゴリオは首を縦に振らなかった。彼の懸念事項。ひとつはこの商人達が愚息、イグナシオが連れて来た素性の知れない者達である事。もうひとつは奥の巨大な機械人形の事である。
「すぐにでも引き渡したいのは山々ですが、まだ調査が残っているので。もう暫くお時間を頂きたい」
「それはこの奥にあるアルk「き、機械人形の事でしょうか」
「!」
マドックの言葉を慌てて遮ったベイジル。彼らの様子を見て、これまで黙って成り行きを見ていたジルベルトだけが眉を潜める。グレゴリオは不審に思っていないのか話を進めようとした。
「それなら問題ありません。こちらで優秀な機械工学士を用意しますので。ラザの町民の方々に危険が及ぶ事は無いでしょう」
ただの石ころが金になる。作業員が危険な目に遭う事も無い。この坑道を明け渡した分、新たな鉱脈を探す事に人員を割く事が出来る。良い事尽くめの筈なのだが、グレゴリオはまだ思う所があるようだ。
「時間も時間ですしこの話はここまでで。後日改めて話をしましょう」
グレゴリオにそう言われて二人の商人はこれ以上セールストークをする事は無く、素直に従った。彼らは笑顔でグレゴリオを見送ろうとしたが、イグナシオは憎々しげな視線を向ける。
「父さんのやり方ではいつまで経ってもリリアンを救えない」
「ならばお前に何ができると言うのだ」
「僕なら救える。あの子に不自由な思いはさせない」
「たわけが!お前はなにもわかっとらん!!」
最後の最後までグレゴリオとイグナシオら親子は仲違いしたままであった。
帰りの馬車の中でグレゴリオは息子の非礼と見苦しい場面を見せた事をジルベルト達に謝罪した。
「しかしそうなると我々の出る幕はなさそうですね」
「いや、調査はぜひ続けて頂きたい。彼ら商人との交渉は素性を調べてからでも遅くはあるまい」
「そうですか。そう言っていただけるとこちらとしても幸いです」
どうやら無駄足にはならなかったようだ。けれどもその答えはグレゴリオがいかに自分の息子を信用していないかが窺い知れた。
「(二人は仲直りできないのかな)」
グレゴリオとイグナシオの仲が気になる鳴鳥であったが、彼女が口出しできるような状況ではなかった。まだ二人と知り合って間もなく、事情を全て把握できていないという事もあるが、なにより彼らとは深く関われない。ジルベルトに余計な事はするなと釘を刺されているからだ。
馬車が町に着く頃、どんよりと曇っていた空は薄明かりすら射さなくなっており、夜が訪れていた。昼間よりも町の灯りが多く灯されている。夕食時ともあって露天酒場が営業しているようだが、客の入りようはあまり良くはないようだ。この町はこのままだと寂れていくのかもしれない、そう感じさせる光景であった。
「お帰りなさい!お爺様」
「ただいま、リリアン。待たせたようで済まなかったな」
「いいえ、わたくしぜんぜん平気でしたわ」
玄関のドアが開かれた先、真っ先に出迎えてくれたのは孫娘のリリアンであった。彼女は働く祖父を気遣ってか、少し遅くなって待たせてしまった事を咎めない。けれども待ちきれない気持ちでいっぱいなのだろう、早く夕食にしましょうと急かしている。その様子に、先程烈火のごとく怒りをあらわにしていたグレゴリオは目を細め、満面の笑顔であった
大きなテーブルにシミ一つない真っ白なテーブルクロス。その上には御馳走。と、言ってもここは荒野にポツンとある町であり、海産物は使われていないし野菜も少ない。けれどもステーキに使用された肉はナイフで簡単に切り分けられ、豆のスープは見た目に反して上品な味付けだった。限られた素材で最高の料理を提供する。これがこの町での最上級のおもてなしなのだという事が舌で感じ取れた。
リリアンは終始楽しそうにジルベルトへと質問をしていた。彼は中央での暮らしや、なぜ学者になったかなどを淀みなくスラスラと返答する。その内容が嘘であるか真であるか、鳴鳥は気になる所であったが、それよりも自分に質問を投げかけられないかが心配であった。しかしそれは杞憂に終わる。鳴鳥にリリアンの興味が向きそうになるとジルベルトがすかさず話題を振る。そうやってどうにか窮地は免れた。
「ふぅ…疲れた……」
緊張の連続であった夕食会が終わり、宛がわれた客室のベッドに大の字で身を投げる鳴鳥。彼女がクタクタになるのも仕方がない。気を終始張りっ放しだった上に、今日という日を彼女は実に20時間以上過ごしている。それは夕刻を過ぎた時間に自宅に帰宅した後、この星の昼間に移動したせいだ。うつぶせで倒れこんだまま、頭だけをずらして壁に掛けてある振り子時計を見る。まだ10時。普段ならテレビを見てまったりタイムを満喫している時間だが、今は体力的にも精神的にも限界だ。これからどうすればいいのか、家族は心配していないか、考えないといけない事は沢山あるが、疲労感に抗う事が出来なかった。
―――コンコン
振り子時計の音だけが支配する部屋にドアをノックする音が響いた。
「(ジルベルトさんかな?…あ、もしかして今日の行動でお咎めがあるとか)」
鳴鳥はいやな予感を感じた。彼女は本当は会いたくないと思ったが、彼に逆らう訳にはいかないので重たい身体をゆっくりと起こしながらドアへと近づく。と、そこでドアノブを握って回す前に扉の向こうから声を掛けられた。
「もうお休みになられたのですか?」
それは可愛らしい少女の声。ドアを開けてみるとそこにはジルベルトではなく、フランス人形の様な少女が車椅子に座って居た。グレゴリオの孫娘、リリアンだ。
「え、あの…。なにか私に用ですか?」
「ええ、お食事中に貴女とお話が出来なかったから。わたくし是非とも貴女とお話がしたいわ」
「え…あ~…その…」
「もしかしてわたくしとお話をするのはお嫌ですか?」
「そ、そんな事はないですよ!」
大きな瞳を潤ませておねだりポーズをする幼女。これにはロリコンでなくともこちらが折れざるを得ない。それにリリアンは車椅子生活である為、外界を知る機会が少ないのだろう。その点でもここで無下に扱うのは良心が痛む。ボロを出さないか不安ではあるが相手は子ども、そう自分に言い聞かせて鳴鳥はリリアンを部屋に通した。
ベッドの横のサイドテーブルに水差しから水を注いだグラスを二つ置く。その後鳴鳥はベッドに腰掛けた。リリアンはそれに向かい合うように車椅子に座っている。
「えっと…。私はまだ半人前だから先生のようにはお話しできませんが」
あらかじめ予防線を張っておく。学術的な事を聞かれても答えられないからだ。どんな質問が来るか内心ヒヤヒヤしている鳴鳥に対してリリアンは目を輝かせて最初の質問をする。その内容は予想の斜め上をいっていた。
「ナナリーさんはジルオットさんとどのような関係なんですの?」
「…え?彼は私の先生で私は助手(という設定)ですけど」
「それは存じ上げておりますわ。そうではなくて男と女としてですわ」
「男と女?」
「お二人はお付き合いをされているのですか?」
「!!?」
どこをどう見たらそう見えるのか、鳴鳥の頭には大量の疑問符が浮かんだ。冗談ではない、あのようなデリカシーのないオジサンなどこちらから願い下げだとばかりに全否定をして誤解を解こうとする。
「せ、先生とはそういった関係ではありませんっ!」
「そうなのですか?でも彼は貴女の事を随分と気にかけているようでしたわよ」
「あれはその…」
思い当たる節がある。ジルベルトが鳴鳥を気にする理由。それは彼女が余計な事をしないか目を光らせているだけである。決して恋心などではない。けれどもこちらの事情を説明する訳にもいかない為、鳴鳥は適当に誤魔化すことにした。
「わ、私が未熟者だから。だから先生は気にかけてくれているだけなんですよ」
「そう…ですか」
残念そうに肩を落とすリリアン。申し訳なく感じるが、こればっかりはどうしようもない。だが、このまま彼女をがっかりさせたままでは気が引けるのか、鳴鳥は別の話題を振る事にした。
「そ、それに私には他に好きな人が居ますし」
「まぁ…!それは本当ですか?どのような殿方なんですの?」
咄嗟に出た口から出まかせ、その言葉に鳴鳥自身が驚く。恋愛がらみの話題を出された為、無意識的に自分もそっち系の話題を選んでしまったようだ。鳴鳥はリリアンに問われて考える。
「(私の好きな人……)」
そこで思い浮かんだのはプラチナブロンドに蒼い瞳の青年。王子様のようないで立ちの彼。半日前位に再会し、鳴鳥のピンチを救ってくれた名実ともに王子様な彼。その名は久城蔵人。けれども彼に想いを寄せる訳にはいかなかった。思い浮かんだ想い人、それは叶わぬ想いであると気付き、鳴鳥は暗い顔になる。その表情の変化に、リリアンは聞いてはいけない事を聞いてしまったのかと心配そうに顔色を窺ってきた。
「もしかしてお話ししにくい事でしたか?」
リリアンに声を掛けられ、鳴鳥は現実に引き戻される。こんな幼い少女に心配をさせてしまった事を反省し、一刻も早くこの表情を変えさせねばと思い、暗い気持ちを振り払って笑顔を浮かべる。
「いいえ、そうではないんです。ただちょっと…。その、私が気になる人は好きになってはいけないと言うのか…。赦されない事なんです」
「それは道ならぬ恋という事ですか?」
「そんなロマンチックな話ではないんですけどね」
禁断の恋、身分違いの恋。年頃の女の子が好みそうな話題である。リリアンも例外ではなく、興味しんしんといった感じで瞳を輝かせた。ここまで期待されると話を途中で切り上げにくい。まだ幼い子に対してこんな話をしても良いのだろうかと悩む鳴鳥であったが、ここは自分の住む星とは違い自分の事を知る者は居ない。それにジルベルトの仕事が済めばこの星にもう一度訪れる事は二度とないだろう。ならば問題あるまい。そう自分に言い聞かせてこれまで誰にも言えなかった事情を、懺悔を口にした。
「私は私の気になる…。ううん。好きな人の大事な人を助けられなかった。…いいえ、見殺しにしてしまったんです」
「み…ごろし?」
「だから彼に愛して貰う事なんて絶対あり得ない。ありっこないんです」
「あいして…もらえない…」
鳴鳥の言葉をぽつりぽつりとオウム返しにするリリアン。その表情はこれまでの楽しげなものではなく、心此処にあらずといった様子だ。恋愛の話が人死の話に変わり、気分を害してしまったのかと慌てる鳴鳥であったが、その程度のものではなかった。彼女の言葉はリリアンの心に深く突き刺さってしまったようだ。
「お父様が…わたくしを嫌うのは…お母様を……わたくしが殺してしまった…せい?」
「え?」
覗き込んだリリアンの表情は絶望の色に染まっている。呟かれたのは自らを責める言葉。けれどもその考えが間違いであると鳴鳥は知っていた。
「…お母様はわたくしが生まれた時、命と引き換えにお亡くなりになりました。だから…、だからお父様はその事でわたくしの事を恨んでいらっしゃるのね」
「そんな事は無いです!イグナシオさんは貴女の事を心配して―――」
「お父様が…?」
坑道での一件。グレゴリオとイグナシオが言い争っていた時の事を思い出して口にする。リリアンの父親への誤解を解こうとする鳴鳥であったが、これまでの事を思い返す。採掘場から帰ってきてから、そして夕食の間もグレゴリオはイグナシオの話題を口にしなかった。グレゴリオはイグナシオと坑道で会った事をリリアンに知られたくなかったのだろう。それを鳴鳥はうっかりと口を滑らせて知らせてしまった。どうしたものかと内心頭を抱えるが、誤魔化そうとしても遅かった。
「お父様にお会いになられたのですか?」
「え、ええ。調査に行った採掘場で偶然に、お会いしました」
「そうですか…!お父様はお元気でしたか?」
「はい。リリアンさんの事を気に掛けていましたよ。ですからイグナシオさんが貴女の事を恨んでいるなんて事は決してあり得ないと思います」
「そう…ですか…」
父親の気持ちを知り、嬉しそうに微笑むリリアン。その様子に鳴鳥はほっと胸を撫で下ろす。グレゴリオには悪い事をしてしまったが、リリアンの笑顔を見て話してしまった事への後悔は和らいだ。
それからリリアンは父親との思い出を語った。それはごく僅かな、ひとときの出来事でたわいもない内容であったが彼女にとっては大切なものらしい。話を聞く限りではイグナシオがこの屋敷から出て行ったのは数年前だそうだ。おそらくこの町の採掘場からの産出量が減り、この先どうするかでグレゴリオと揉めたのだろう。だが、リリアンは幼い。難しい大人の事情など理解できないだろうし、知らされてもいなかったのだろう。
「早くお爺様とお父様が仲直りして下さるといいのに」
「そうですね」
リリアンが鳴鳥の部屋を訪れていた頃、ジルベルトは咥え煙草をしながら、客室のベッドに腰掛けて手にした小型で薄い機械を操作していた。ボタンを押すと立体映像が浮かび上がる。映されたのは若い男、歳は二十歳そこそこか、茶髪に眼鏡を掛けた真面目そうな青年であった。
「お疲れ様です。どうですか、そちらの様子は」
「どうもこうもない。楽な仕事だと楽観視していた訳じゃないが予想外の出来事が多くてな」
「それは…心中お察しします」
通信相手である青年は労わりの言葉を述べるが、終始笑顔である。ジルベルトは彼を忌々しげに睨みつけた。
「で、状況の方はどうでしたか」
「情報通り、採掘場には大量の精神結晶を埋蔵している。それから未契約のARKHEDも一体確認した」
吸い終わった煙草を携帯用の吸い殻入れに入れ、新しい煙草を手にする。口に咥えたそれに火を点けたのはマッチでもなく、ライターでもない。ジルベルトが右手に持つのは採掘場で採取した鉱石。半透明のクリムゾンレッドカラー、そこには乳白色の不規則な円と線の模様が浮かび上がっているものである。その鉱石から淡い赤色の光が発せられたのち、小さな炎が上がる。それに煙草を近づけて火を点した。
「回収はどうしますか?」
「それが厄介な事になりそうだ。アラン、早急にこの星の周辺宙域の航行記録を調べてくれ。それから、本部に緊急支援要請をしておくように」
「分かりました。なにがあったのか聞いても差支えないですか?」
「ああ、説明が要るな。採掘場を案内して貰った時に妙な二人組と遭遇した。奴らはARKHEDの事を知っている口ぶりだった。おそらく未開惑星を狙った精神結晶の採掘目的だろう」
「なるほど。そう言う事でしたら運送関係かエネルギー関係、GEファウンデーション傘下の船籍を主にあたってみます」
「盗掘まがいの行為だ、船籍を偽装している可能性もある」
「そうですね。了解しました」
「と…それから」
指示を与えたのち、ジルベルトは少しばかり言いにくそうに、首の後ろを掻きながらもう一つの指示を出す。
「これは手が空いたらで構わないんだが、後進惑星で『地球』という名の星がないか調べてくれ。俺には後進惑星の情報は調べられない」
「確かに、後進惑星の情報は星団連合の上層部しか知り得ませんからね。所でその『地球』とやらはどういった用件で?」
「…大きな拾い者を、な」
ジルベルトはこれ見よがしに大きくため息をつく。その様子から、彼の苦労が窺い知れる。けれどもアランと呼ばれた男はもう労いの言葉を掛けない。何やら得心がいったようで、ニコリと微笑んだ。
「なるほど。その拾い者とは女性ですね。それも若い女の子かな」
「ん?何でわかる」
「さっきから煙草を吸うペースがいつもより早いです。気遣って我慢していたんですよね」
「…別に。そういう訳じゃない。吸う暇もないくらい忙しかっただけだ」
「そうですか?あと、船長が心底面倒臭がるって事は相手が女性で間違いないかと」
「相変わらず、お前は何でも知っているな」
「いえいえ、これしきの事、少し考えれば分かりますよ」
嫌味とも取れるその言葉にジルベルトはイラつきを隠せないのか、チッと舌打ちした後、別れの挨拶をせぬまま通信を遮断した。
「(さて、明日も色々と大変だ。寝るには少し早いが休んでおくか)」
何本目かの煙草を吸い終わった所でジルベルトは床に着いた。
夜中の三時頃、町長の屋敷には振り子時計が時を刻む規則的な音だけが響いていた。鳴鳥が暮らしていた住宅街とは違い、車のエンジン音や救急車のサイレンの音などは全く聞こえない。彼女は疲れが溜まっていたせいか、不慣れな場所であるにもかかわらず、ぐっすりと眠っていた。リリアンはというと、彼女が自室から居なくなっていた事にメイドが気づき、連れ戻しに来た為ここには居ない。自分の部屋に戻る事を相当渋っていたが、「また明日もお話をしましょう」と約束すると素直に引き下がった。
静寂に包まれた夜。このまま朝まで……と言う訳には残念なことにいかなかった。
真夜中の訪問者。ドアノッカーが乱暴に叩かれたのち、鍵を開けるまで訪問者は相当焦っているのか、ドアを拳でドンドンと叩いていた。バタンと乱暴に開かれる扉。なだれ込むように屋敷に入ってきたのは真っ青な顔をした採掘所の作業員であった。何事かとロビーに集まる屋敷の面々。リリアンは車椅子の為、皆より少し遅れてロビーに来た。
「こんな夜中に何事だ」
「で…でで…出たんです…!!」
グレゴリオと鳴鳥とジルベルトにはその作業員に見覚えがあった。彼は昼間、坑道を案内してくれた作業員の一人である。彼の見開いた目は焦点が定まっておらず、額には脂汗をかいている。よほどの恐怖を味わったのだろうと窺い知れる。グレゴリオはへたり込んでいる彼の肩を支えるように手を伸ばし、落ち着いて話すようにと促した。作業員はメイドが運んできたグラスの水を一気に飲み干すと、一呼吸置いてゆっくりと話しだす。しかし彼が述べた事は荒唐無稽ですんなりと受け入れられるものではなかった。
「出たんです。幽霊が…!!」
「幽霊だと?なにを馬鹿な…。寝ぼけて見間違えたのではないのか」
「あれは見間違いなんかではありません!確かに目の前を大きな鉱石の塊が浮遊して、それからぱっと消えて無くなったんです!!」
「!」
真剣な表情の作業員。彼が嘘をついているようには到底見えない。しかし話す内容があまりにも信憑性に欠ける事である為、皆は顔を見合わせてどうしたものかと首をかしげる。だが、ただ一人、ジルベルトだけは作業員の言葉に何か気付いたようだ。上手く現状を伝えられない彼に助け船を出すように提案をする。
「ここでこうして考えていても始まりません。彼の言葉が嘘か本当か現場を見に行けば分かるのではないでしょうか?」
「…そうですな。ゴンザ、これから儂らは採掘場に向かう。馬車の準備を頼む」
「畏まりました」
手早く支度をするグレゴリオ、ジルベルト、鳴鳥の三名。夜中であるが、見知らぬ土地で鳴鳥を一人きりにするのは不安だったのだろう。ジルベルトは彼女にも同行するように言った。