いいえの女
やばい。気がついたら転生してた。攻略対象が鈴木青葉のヒロイン名「皆本陽香」じゃない。ヤンデレ相手とか勘弁してよ。
あのね、二次は二次。いくら前世で好きなキャラだったとしても、私は今世は幸せになりたいし、全力で回避するに決まってる。しかも、攻略対象は人外でして……そんな彼らが通ってる学園なんて、怖すぎるよ。下手してBADエンドになれば監禁させられるんだよ!? ノーサンキュー!
よって、春吹高校は受けない! 先生から勧められてたけど、前世の記憶を活用して、勉強に力入れるよ! 実は前世は文系人間だったので理系がさっぱり。しかも中三になってから前世のことを思い出したので、学力は前世とそう変わらないんだよね。受験勉強頑張ろう。
決心したその日から、図書館に通うことにしました。あっ、あの子いつも勉強に来てる。何だか親近感がわいちゃう。中性的な顔立ちに、切れ長の綺麗な目をしてるんだよね。くせっ毛のない真っ直ぐな髪は、羨ましいくらい。
「お姉さん、いつも勉強してるね」
「うん、受験あるから」
「でも春からしっかりしてるなんてすごいですね。兄さんなんて、隣の幼なじみをストー……追っかけてばかりなのに」
「今不穏な言葉が聞こえたけど、ストーカーは犯罪だからね!?」
「お姉さんはどこの高校行くんですか?」
スルーした!?
「うーん、春吹高校予定してたんだけど、悩んでるんだ」
「参考までに桜川女子はどうですか? 制服可愛いですよ」
「あー、そうかぁ。まぁ、考えてみるね」
そこで勉強仲間として、彼と仲良くなりました。彼は頑張り屋さんなので、勉強する姿に自分も頑張ろうって励まされたよ。どうやら一つ年下らしい。
春、見事受かりました! 青葉ルート全力回避成功! よし、図書館仲間である彼に報告しよう。
図書館に行くと、いつもの席に彼がいた。私に気づくと椅子から立てる。近寄って、緊張した面持ちの彼を見上げる。この頃には身長が追いぬかれてしまったんだよね。
「陽香さん、志望校どうでした?」
「うん! 桜川女子学園だよ。今度、若葉くんに制服見せてあげるね」
「嬉しいです」
この頃には名前呼びをするくらい親しくなってた。穏やかな彼の雰囲気は落ち着くんだよね。彼のことをもっと知っていればよかったと、後々後悔することになろうとはこの時夢にも思わなかった。
高校生活が始まっても、学力的に少し背伸びした学校だったために予習復習はかかせない。制服を見せるとも言ったし、放課後図書館に行く。そこで彼に似た男と、彼が仲良く話してるのを見た。若葉くんとそっくりの切れ長の目、凍えるような雰囲気の男――。
あっ。
デジャヴを感じた。鈴木青葉の隠しルート、弟くんルート入り口のイベントだ。ここで青葉に弟を紹介されて、仲良くなっていくのだが……。
つまり、若葉くんは弟くんだった!? 気づこうよ私! ゲームのフラグに巻き込まれたくない。ヤバいと思って知らないふりをして離れようとしたら、若葉くんと目が合った。
彼は逃すまいと、私を兄に紹介する。
「兄さん、あの人ですよ」
「弟から聞いてます。若葉と仲良くしていただいてるようで、ありがとうございます」
「あれ、ひなたちゃんは?」
「あいつ逃げたな。俺はここで」
青葉はいなくなったが、にっこり笑う彼にはめられた気がした。この出会いイベントが起こると、ルート確定はもはや回避できない。図書館は若葉くんルート発生場所だったのに、忘れてたなんて……!
▼ 鈴木 若葉ルートに入りました
脳内に馴染みのある画面が出てきた。この画面にはNOの選択肢はない。いや、これからでも何とかしてみせる!
「制服可愛いですね」
「ありがとう。……あの、私も帰るね」
「あぁ、ひなたちゃんは兄さんがストー……いや、僕らの幼なじみで、兄さんの彼女だよ。だからひなたちゃんとは何もないから、気にしないで大丈夫」
若葉くんが何を言いたいかわからないが、私が舞台である学校に入学しなかったばかりに彼女が犠牲になったのだろう。この世界のベースになっている乙女ゲームは攻略対象ごとに、主人公の名前を変えられるシステムだ。そのうちの一人、鈴木青葉は、雪男であるために暖かいものに惹かれる。だから彼攻略時のヒロインのデフォルトネームは皆本『陽』香。しかし、私が学園に入らなかったため、『ひなた』という名前の彼女が青葉のターゲットになってしまったようだ。そして、暖かいものに惹かれるのは若葉も同じ。むしろ、兄と比べられることの多い彼の方が暖かさに飢えている。私は隠しキャラである弟くんにも警戒しなければいけなかったのだ。
若葉くんはあれから、ガンガンイベントを起こしてくる。現在彼と一緒にいるカフエでも、周囲の目が痛い。若葉くんは切れ長の目でありながら、兄のように雰囲気が冷たくない。そのため、容姿が整っている彼といるだけで視線を集めてしまうのだ。そして今、彼の行動で視線が針のむしろのようになった。
ひぃっ、勘弁して! マイナスの回答ばかりしてるのに!
「はい、あーん」
「嫌。人目があるのに」
「二人っきりならいいんですか? ちょっと自信がありませんね」
照れくさそうにけしからんことを言うな!
「ほら先輩、あーんして。ちゃんと食べなきゃ駄目じゃないですか。ほら、生クリームついてますよ」
む、無理やりケーキを食べさされました。なんと強行軍! 唇のクリームを指でとり、な、な、なぜ私の口に突っ込むんですかね!? エラーです! ゲームでは、あーんして終わりだったはずなのに! 何これ、ゲームよりも恥ずかしい!
「先輩、ちゃんと最後まで食べて」
こんな時に、甘い声でささやくなんて卑怯だよ! 甘いのは生クリームだけでいいから!
彼がせかすように、歯茎をなぞる。思わずピクリと反応してしまい、彼の視線がますます強くなる。彼の目に思わず、舌を指に絡める。
「丁寧にお願いします。ええ、上手ですね」
優しい声に導かれるように、舌で生クリームを舐めとっていく。ほめられた言葉は、耳元で吐息ごと囁かれて、もう駄目だと思った。接するたびに惹かれてしまう。ううっ……。
デートに誘われるようになって、いつから手を繋ぐようになったんだろう。もう、手を繋ぐことが自然になってる。しっくりと手に馴染む。待ち合わせ場所で合流して、いつものように手を繋いで、全身を見て顔をしかめた。主に下半身を見て。
「スカート短いですよ。またお仕置きされたいですか?」
「だ、だから家じゃなくて外の時に着てるじゃん」
この前勉強会で彼を家に呼んだ時に、楽だからってつい短パンはいてたら、沢山セクハラされたんだよね。いつの間にかうたた寝してたみたいで、うっすら目が覚めた時には、ニーソと肌の境目を撫でて、ちゅっちゅとやらしい音がしてた。もう思わず絶叫したよ。はい、勉強中にうたた寝よくない! もう絶対しない! むしろ彼を部屋に連れてきたのがいけなかった! さすがに人目があるから、今回は大丈夫でしょう!
「僕を意識してくれるのは嬉しいですが、他の男の目に触れさせたくない気持ちもわかってくださいね?」
「そんなこと知らない」
駄目、ほんと駄目。顔がどうしょうもなく熱くなってしまう。デートはやばいと思ってるのに、彼に会いたくて断れなかった。例え好感度の下がる選択肢を選んでいても、私がここまで好きになってしまったら駄目だ。
「陽香さん、あなたずるい顔してますよ」
「え?」
顔を上げると、優しい顔で見つめる彼がいた。
「否定ばかりしてても、そんな顔してちゃ意味がないでしょう? 駄目じゃないですか。こんなに誘惑しちゃ」
彼の冷たい手が触れる。こんなところで彼も雪男なんだなと感じさせられた。彼の吐息を、頬に感じる。年下だったはずの彼は、男の熱い目をして私の唇を奪った。
「高校生になるまで、我慢するつもりだったんですけどね。好きです、陽香さん」
本来のゲームは、三学期終了時に相手に告白されてハッピーエンドだ。彼の場合は、卒業証書片手に主人公と同じ高校になったと知らせて告白だった。
けれど、私は春吹には入らなかったから、彼と同じ高校になることはない。現実に向かい合ってる彼は、私が女子校に入ったことを何故か嬉しそうにしてたくらいだ。こんなのゲーム通りじゃないし、私はゲームフラグに巻き込まれたくない。だから断ればいい。なのに、口ばかり動いて、声がでない。
そうだ。ゲームの話が元になっていても、今の彼は本当で、現実はゲームみたいにうまくいかない。何より私の気持ちはいいえを望んでない。
「ごめんなさい……じゃないです」
彼は吹き出した。
「それ、どういうことですか? 僕のことどう思います?」
どうして私は素直になれないんだろうか。脳内で地面を転がりまわりたいくらいだ。好きっていいたいのに言えなくて、押し黙ってしまう。
「好きですか?」
「嫌いじゃない」
「変なところで可愛いですね、あなたは」
「違っ……」
「はい」
ニコニコと見守る彼を見て、伝えたいと思った。勇気出して言うしかない。
「好き」
ぎゅっと彼の腕に抱きしめられながら思う。彼に会った時から、もうフラグは回避できなかったような気がする。けれど、これでいい。居心地のいい腕の中、背中に手を回し抱きしめ返した。