第6章「たとえ正解がわからずとも弾き出した確かな答えは胸にあって」
僕はふと顔を上げる。
重圧は何時の間にか消えていた。
驚異が取り除かれたという事を本能で察知する。
もしかしたら彼らは帰ったのだろうか。
目的を終えて。
それはアマテラスの奪還だったか。
しかしそれはおそらく祀が犠牲になる事。
目的を達成するのに彼らはきっと手段を選ばないだろう。
ならそれが意味するのは簡単だ。
その最悪の結末を頭がよぎった瞬間背筋が凍った。
もしかしたら。
もう彼女は居ない?
「――夜行」
だからこそ。
突然僕を包んだ温かさと声が意識を現実に引き戻してくれた。
「……祀」
後ろを振り返らない。
もう答えはわかっていたからだ。
本題を語るのだろうと。
しかしそれが意味するのは悲劇だと僕は判断する。
多分今まで本当に危ない橋を渡ってきたのだろう。
いつ何が起きるかわからない、そんな状態を。
それがただ単に今起きてしまった。
ただそれだけの話なのだろう。
始まりがあれば終わりが来る。
当たり前の事だと思う。
だけど僕はそれを認めたくなかった。
これから何が起きるのかは僕にもまだわからない。
しかしもう今までのようにはならないというのは理解していた。
だからこそ僕は何も言えずにただ顔を俯けるしかない。
祀もきっとわかっているだろう。
そして彼女自身もこれから起きる事を望んではいない。
しかしそれを彼女は切り出さなければいけない。
自分の思いを押し殺して残酷な真実を語らなければならない。
眠りたいと思った。
彼女の腕の中で眠って何も知らずにいられたらと。
それが幸せだと。
だけどそれは問題の先延ばしにしか過ぎない。
逃避ですらない。
現実から目を背けるだけの愚かな行為だ。
だからこそ僕は唇を噛むしかなかった。
何もできない無力な自分を呪った。
「少し――話をしませんか?」
「……」
やっぱりだ、と思った。
聞きたくないと思った。
ずっとこうしていたいと思った。
何も知らないまま夢のような空間に居たい。
だけど僕は無言で立ち上がった。
理性によってではなく身体が勝手に動いたというべきか。
自分が正しいと思う事を。
感情のままに動いた結果だ。
ならば祀の話を聞くというのが正しいという事だろう。
それがなにを招くのかは知らない。
しかしどっちにしろもうどうしようもないだろう。
ならばもう悩むのはやめよう。
どこか吹っ切れたのかもしれなかった。
ゆっくりと振り返る。
僕の目に飛び込んできたのは1人の少女。
小柄な体躯に後ろに纏めた若干明るめの髪。
少し変わったデザインの赤と白の巫女服。
僕は静かに彼女の目を見詰める。
吸い込まれそうな、強い光の宿った瞳。
迷いは一切感じられない。
「……まず神社に戻りましょうか。探すのに苦労したんですよ?」
「……ごめん」
僕は頭を下げた。
しかし彼女はただ柔和に微笑む。
寧ろそれが心苦しかった。
まるで自分の矮小さが浮き彫りにされているようで。
自分がどうしようもなく小さな存在に感じてしまうから。
「私と貴方が会ったのは春の頃でしたね」
まるで永遠の別れみたいだな、と僕は思った。
雪が降り積もる街はどこまでも静かだ。
人気は一切なく澄み渡った空に星がいくつも浮かんでいる。
銀色の雲みたいな星座が見えた。
あれはプレアデス星団だろうか。
青みがかっておりとても綺麗に映る。
街の光によって見えないと思ったが案外ここでもはっきりと見えるようだ。
もっと早く気づいていれば良かったと少し後悔する。
銀世界を僕は祀の隣で歩いていく。
「貴方にとってはほんの1年でしょうけど私にとっては違うんです」
どちらからだろうか。
いつの間にか僕と祀は手を繋いでいた。
彼女の顔を見ると少し恥ずかしそうにはにかんでいる。
いつもの大人びた雰囲気とは違って外見相応の可愛らしさがあった。
僕も小さく微笑む。
「どれだけ繰り返したんでしょうか……」
そうして祀は遠い過去に思いを馳せる。
それは老婆が孫に自分の思い出を語るように映る。
きっと彼女はそれよりも長い時間を過ごしてきたのだろう。
なんの理由があってそうなったのかはわからない。
事故か故意か。
しかしどちらにしてもそれは生半可な精神でどうにかなるものではない。
どんなに楽しい事をしていても同じ事の繰り返しでは飽きてしまうように。
やがてその飽きが苦痛となっていくように。
しかし祀は1人でそれをやってのけた。
いや、今も続けているのかもしれない。
そしてこれからも続けていくのかもしれない。
それはある意味死ぬ事よりも辛い事かもしれなかった。
僕は何も言えずただ彼女の言葉に耳を傾ける。
「同じ時間を何度もひたすら繰り返してそして何度も失敗を繰り返して……それでも結局諦める事はできませんでした」
祀は自嘲気味に笑った。
彼女が犯した失敗とは一体なんなのだろうか。
少しだけ気になった。