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終焉夢想  作者: 四畳半
6/11

第5章「神は決して口で語らずただ背で語る」

 僕は膝を抱え、顔を埋めていた。

 とても寒く感じる。

 確か気温というのは精神的なものにも起因するという。

 絶望を味わえばそれだけ寒くなる。

 おそらくこの寒さは外的要因よりも僕の精神状態によるものなのかもしれない。

 と、ここまで冷静に判断しているという事はある程度頭が冷えたという事だろう。

 どうやってここまで来たのかわからなかった。

 俯けた顔を上げて周囲を見回す。

 僕が今居るのはやはり人気のない駅前だ。

 要は今まで来た道を逆戻りしてきたのだった。

 判断している余裕がなかったのだと思う。

 気がつけばここに居たというのが正しい。

 雪がしんしんと降るだけで人気は少しもない。

 焦っていたのでわからなかったがどうやらこの原因というのはニュースによるものらしい。

 パニックによる渋滞を抑える為かそれとも街の人達のモラルが高いのか乗り物を使って逃げるような人は殆ど居ないようだ。

 もっとも現在では異常事態が沈静化したらしいが万が一という事で未だ外出は控えるようにとニュースで繰り返されている。

「……はぁ……」

 映像はまだ脳の隅にチラついていた。

 それがフラッシュバックのように鮮明に焼き付いては僕を呻かせる。

 『真相』に近づいているのはわかる。

 祀が原因である事も。

 それに僕が深く関わっている事も。

 しかしまだ不明な点が多かった。

 表面のほんの一部だけしか見えてないといった感じだろうか。

 肝心の中身にはまだ遠い。

 時間が経てばわかってくる事だと思う。

 しかしやはり僕はそれが怖かった。

 全てを理解すればもう選択の余地はなくなる。

 僕の中に存在する誰かがそう叫ぶのだ。

「……痛っ」

 僕はこめかみを抑えた。

 痛みはまだ若干残っている。

 あの時と比べればまだマシな方だがそれでも十分キツイ。

 例えるならば早退レベルの頭痛。

 貧血じみた目眩も残っていた。

 多分立っていたら速攻で倒れると思う。

 もっとも今の僕に立ち上がることができるのかと訊かれれば答えることはできないのだけれど。

 背中を押してくれる人も居なかった。

 まさしく1人。

 孤独。

 ぼっち。

 寒いのもあってひしひしと惨めさを感じた。

 おでんみたいなのが食べたいと思う。

 食欲はないけど。

 そういえばまだ夕飯食べてないな、なんてどうでも良い事を思い出した。

「どうすれば良いんだろう……」

 ボソリと呟く。

 答えはない。

 自分の中にも。

 答えてくれる人も。

 何よりもそれが欲しいのに与えてくれる存在は居ない。

「……うお、根暗なのが更に根暗になってる」

 ……なんかわからないけどちょっとイラっとした。

 僕はジト目で声のした方を見る。

 そこには腹の立つ顔をしたジジイが立っていた。

 勿論僕はお年寄りには席を譲る好青年である。念のため。

 さすがの僕を苛立たせる老人なんてコイツくらいだろう。

「なんだよゼウス……」

 僕の目の前に居たのはギリシャの主神だった。

 そして先ほどほんの短時間ながら刃を交えた存在でもある。

 無論敵同士だ。

 こうして挨拶を交わすような関係ではない。

 普通ならば今ここで殺し合いが起きてもおかしくはないのだ。

 しかし僕にはそんな気力など無かった。

 動く気が少しも起きない怠惰は身体がまるで石になったかのようだ。

 そもそも彼にはとんでもない力がある筈だ。

 僕に気づかれないうちに殺す事だって朝飯前だろう。

 なのに何故彼はこんなところに来たのか。

 少しだけ気になった。

 ほんの少しだけど。

「いやぁ、早くも飽きたんだわ。これ」

「アマテラスの奪還?」

「そ。タダ働きだし」

 僕は呆れて何も言えなかった。

 ゲームとかマンガでは厳格でカリスマの塊みたいな奴なのに本物がこれとは。

 夢見がちな中学生がこんなのを見たらショックで3日は寝込むと思う。

 いや、下がってくれるのなら別に良いのだが……

 なんだかなぁ。

 あまりのいい加減さに拍子抜けした。

 ギリシャはこんなチャランポランが主神で大変苦労している事だろう。

 というかこんな奴に雷霆を与えるとか子どもに核兵器を持たせるのに等しいと思う。

 ゼウス以外のオリンポスの11柱は至急コイツを主神の座から外すべきだ。

 きっと全てが上手くいく。

「早く帰ってオナゴとイチャイチャしてーわー」

「本格的に駄目だなお前」

「おまっ……主神舐めすぎだろ。犯すぞ」

「すみません」

 僕は慌てて土下座をした。

 こんな老人に僕の大事な純潔を奪われるなど死んでも嫌だ。

「最近相手が同じだから飽きてきたし……誰か襲うか」

「もうお前死ねよ」

 恐怖はもう無かった。

 というか人間性のかけらが無い。

 なに? なんなのコイツ。

 生まれてすぐ父親に飲み込まれたからってこんなにも人格が破綻するものなの?

「おまっ……儂のガラスのハート傷つけるとか……死ねって……ひど……」

 割と響いたようだった。

 ゼウスはうつ伏せになって嗚咽している。

 なんだか何もかもがどうでも良くなった。

 僕は人生で何度目かもわからない溜息を吐く。

「てか、アンタには怖い奥さん居なかったっけ?」

「嫁? 儂の経験人数は4桁近くいってるから誰が嫁とか忘れたんだけど」

「ヘラだよ。よくあんな人が居て浮気できるよな」

「ああ、ヘラはなぁ……可愛かったんだよ。一目見てな、儂の雷霆が反応したもん」

「良い加減枯れてしまえ」

「でもなーまさかあんなバケモノとは思わなかったわーヘタレのアレスもヒステリックなアルテミスも普通に素手だけでフルボッコだもん」

 彼の顔からは笑顔が消え失せていた。

 どうやら彼もかなり酷い目に遭ったらしい。

 なんか雷霆が切り落とされそうになったとか潰されそうになったとか無表情でブツブツ言っている。

 ちょっと怖かった。

 そのまま暫くぼーっとしているといつの間にかゼウスが黙っている。

 これはこれで不気味だ。

「……どうしたのさ?」

 僕は恐る恐る彼に尋ねる。

「いやぁ、お前は何でそんなに悩んでいるんだって気になってな」

「……」

 僕は押し黙る。

 彼が主神たる理由をほんの少しだけ理解した。

「アンタみたいに単純なら良いんだけど……」

「うっせーガキめ。性転換してやっても良いぞ」

 再び黙る僕。

 ゼウスもちょっと気まずそうだった。

「……まぁとにかく、なにを悩む必要があるのかとこっちはイライラしてる訳だが」

「僕だってなにをどうすれば良いのかわからないんだよ……」

 自分の言った事に対し舌打ちする。

 ウジウジしてばっかりで悩むどころか思考停止しているじゃないか。

 こんな弱い自分にとんでもなく腹が立った。

 しかしゼウスは僕の隣に立ってくれていた。

 何が目的なんだ、とか考えるのはやめた。

 ただそうしてくれることに感謝をする。

 礼は言わないけど。

「何をすれば良いかわからない、ねぇ……」

 ゼウスが僕の言葉を反芻した。

 白い吐息が広がる。

 しかしそれはすぐに消えた。

「わからないなら感情にでも従えば良いんじゃねぇの?」

「アバウトだな……」

「大事よー。自分の思うままに生きるの。ちょー楽しい」

「責任って言葉知ってるか?」

「大丈夫だってー。ポセイドンとハデスが儂の代わりに頑張ってくれるし」

「2人の感じているストレスは相当なモンだと思うよ」

「うるっせーっての。んじゃ儂ムラムラしてきたから帰るわ」

 するとゼウスは重い腰を上げてこちらに背中を向ける。

「もう行くのか?」

「おう。こういうのは気が進まねーのよ。儂が一番だと思うのはこうしてさっさと帰る事だしな」

 最後にそれだけ言ってゼウスはすぐに消えた。

 僕は周囲を見回すがやはりどこにもそれらしい姿はなかった。

「……また独りか」

 自分が良いと思う事。

 感情に従って動け。

 それは一体何なのだろうか。

 僕は何がしたいのだろうか。


   ×


「……ってまたお前か」

「それはこっちの台詞だ厨二病」

「だから何回説明すれば気が済む?」

 人気の無い小路を歩いていたゼウスの前に現れたのはオーディンだった。

 初めて会った以来ウマが合わず犬猿の中である。

「仕事はどうしたよ? あ?」

 早速ゼウスは相手に食ってかかった。

「貴様に言われたくないわ恐妻家。こっちも似たような理由だ」

 オーディンは呆れ顔で答える。

 多くの場合若干ながら彼の方がまともだった。

 もっともゼウスがぶっ飛び過ぎているというのもある。

 どうしてこんなのが主神、いやそもそも神なのかわからない。

 ギリシャの国民は不幸だな、と思った。

 しかしゼウスはオーディンの心配などいざ知らず神妙な顔になった。

「オナゴか?」

「貴様の発想はそれしかないのか? ちょっと怖いわ」

 真面目な顔をしたかと思ったらまさかのボケだった。

 単に気が進まないだけだ、と訂正するオーディン。

 基本的な思考は彼もゼウスと同じだった。

 それをどれだけセーブできるかの違いだろう。

 ゼウスよりはマシなだけで十分彼も低い。

 しかしゼウスは別の事を気にしていた。

「スサノオキレっかな……」

 ゼウスが悪い事をした事に気付いた子どものような顔になっている。

「何今更怖気づいているんだ? そもそもこの計画自体アイツの個人的なワガママが大きいだろう」

 オーディンは溜息を吐いてそう指摘した。

 確かに今回は重大な事件だが遠くから話を聞いた限りアマテラス自身も進んで起こした事ではないか。

 それが

「あのシスコンめ……」

 ゼウスは仏頂面な男の顔を思い浮かべる。

 忌々しい事この上無かった。

 帰ったらアイツの携帯にイタ電しまくろうとゼウスは企んだ。

 後で恐ろしい報復があるだろうがそんなリスクでやめる男ではなかった。

 どれだけ妻に折檻されようが浮気を重ねるだけはある。

 きっと学習能力が無いんだろうとオーディンは判断した。

「でもよぉ……このまま何もしないで帰るのも悔しくね?」

「……それには同意する」

 口ではそう言っているが2人とも雷霆とグングニルをお互いの急所に向けて突き合っている。

 主に股間を執拗に狙って。

 2人にとってはちょっとしたお遊び程度だが普通の人間にとっては目にも止まらぬスピードである。

「じゃあどうするよ?」

「決まっている」

 オーディンは答えた。

「奴らが如何に愚かか気づかせてやる」

「儂達も馬鹿だけどなー」

「自覚があるだけマシだろ」

 とはいえじゃれ合いは中断だ。

 目的が合致した以上遊んでいる暇はない。

 彼らは合図をしない。

 それは必要ないからだ。

 表ではいがみ合っていても内心では互を認め合っている。

 それが彼らの繋がりだった。

 故に道は違えど到着点は同じ。

 主神たる所以を今発揮する。

 雷霆とグングニル。

 2人はそれぞれの象徴を携えて疾走した。

 

 ×

 

「結局アンタはどうするんだ?」

 スサノオは姉――アマテラスに尋ねた。

 天光神社・境内。

 そこで三貴子みはしらのうずのみこは対峙していた。

 イザナミと共に国生みを行ったイザナキから生まれた存在である彼らは強大な力を持っている。

 つまりその場所は現在日本のどの場所よりも危険だった。

 地雷原とでも言えば良いだろうか。

 迂闊に足を踏み出せば即死。

 一切の油断が許されない。

 薄氷の上に載っているようでもある。

 逃げてもリスクが。下手をすれば冷たい海に落下する。

 彼らが放出している殺気はあらゆる存在を畏怖させるもの。

 静電気じみた肌を刺す痛み。

 それはまるで意識を直接焼くようだった。

 しかし彼女の表情は変わらない。

 何も響かないとでも言っているかのようだった。

 その余裕にスサノオは悔しげに歯を噛み締める。

「私は止まりませんよ。たとえこの身が犠牲になろうともこの娘を救います」

「クソッ! ふざけんなよ姉貴、アンタがなにをしようとしてんのかは知らねぇがそれは無茶に決まっている! あくまでたった1人の個人を選ぶつもりか!?」

「それが最善なのですよ」

「俺は絶対に認めねぇ……!」

 アマテラスを睨みつけ、犬歯を剥き出しにするスサノオ。

 その右手は既に腰に差した剣に触れていた。

 斬ってでも止めるという事だろうか。

 しかし隣に立っているツクヨミの顔色は変わらなかった。 

 先程まではスサノオを止めていのにも関わらずである。

「姉上。こちらも我慢の限界です。これ以上勝手な行動を続けるのならこちらも黙れません」

 そしてツクヨミも刀の柄に触れた。

 一帯の空気が更に張り詰める。

 常人ならば威圧感によって呼吸も困難になる事だろう。

 実際に隅のほうで眠っている狛犬2人の顔は悪夢を見ているかのように苦しそうだった。

 アマテラスは彼女達を巻き込まないようにしなければ、と考える。

「私に刃を向けますか? 良いでしょう。いつでもよろしいですよ」

「主神だから、太陽の神格だから大丈夫ってか? なら、その余裕……潰しても文句は無ぇよなぁあああ!!」

 スサノオが咆哮した。

 空気が震え、大地が不気味に揺れる。

 スサノオは石畳の地面を蹴り、小さなクレーターを生み出す。

 それは爆発と形容するのが正しいかもしれない。

 大小様々な破片が飛び上がり、それはやがて石礫の雨を降らせる。

 視界が灰色一色に染まった。

 アマテラスの表情はやはり変わらない。

 こんな小手先のものでどうにかなる相手ではない。

 根本から違う。

 これが主神と普通の神との違い。

 しかしスサノオにはツクヨミが居る。

 2では3に勝てないが合わされば4となる。

 単純だがもっともな理論。

 それは例外ではなく前提だ。

「吹き飛べ……ッ!!」

 スサノオは躊躇しなかった。

 握った刀を一切の迷いなく抜く。

 そしてそのままの動きで目の前に立っている主神目掛けて刀を振るった。

 居合切りだ。

 鞘から抜いて構え、そして斬るという動きは精密さも威力も高くなる。

 しかしそれにはあまりにも隙が多い。

 例えるならば相手に対してわざわざ攻撃宣言をしてから攻撃するようなものだ。

 素人相手やブラフならばともかくアマテラスという強敵に対しそんな事はしない。

 だからこそスサノオはこの攻撃を放つ。

 その速さと込める力故に中断する事は不可能。

 正真正銘容赦の無い攻撃。

 刃が空気を切り裂く度に轟音が発生し、木々が揺れて木の葉が互いを掠め合う。

 最早それは嵐のようだった。

 あらゆるものをなぎ払い、吹き飛ばす暴虐。

 そして彼の攻撃とほぼ同時に放たれたツクヨミの攻撃。

 それはスサノオとは違い、徹底的に洗練されたものだった。

 起こす破壊も最小限。

 ただ切っ先を前に突き出すのみ。

 しかし結果としてその一部分にだけ攻撃力が集中する。

 命中すればそれは必殺の一撃となる。

 そしてツクヨミはそれを出せる限りの速度をもって放っていた。

 銀色の残像が直線を空間に描いていく。

 驚異的な速度で迫るその刃を避けられる者は居ない。

 たとえ存在したとしてもスサノオの攻撃によってどちらにしろ身体は大破する。

 小さな傷で速やかに絶命するか原型を止めないで絶命するかの違い。

 2人が躊躇しないのはアマテラスの本体には一切のダメージが襲わないからだ。

 ただ彼女が宿っているこの娘が死亡する。

 故に彼らは迷わなかった。

 ただ視界には主神しか写っていなかった。

 だからこそ。

「どうして主神である私に攻撃が届くと思ったのです?」

 2人はアマテラスの言葉に凍り付く。

 空気を裂いて無慈悲に襲い掛かる銀色の刃。

 それがアマテラスの顔からほんの数センチ離れたところで停止する。

 見えない壁に阻まれたのではない。

 ただ単にスサノオとツクヨミの身体が動かなかった。

「なっ……!? どうして止まっている!? アンタには俺達のような戦闘に使える力は存在しなかった筈!」

 スサノオは声を荒げる。

 ツクヨミも僅かに目を見開いていた。

「確かに。私には貴方達と違って実戦に使える力は一切存在しません」

 アマテラスはスサノオの言葉を肯定し、頷く。

 彼女の言う事はどこも間違っていない。

 力がなかったから祀は一紗との戦闘時絶体絶命の状況に陥った。

 呪いの浄化の際に起動したゴーレムにも苦戦を強いられた。

 それは正しい。

 しかし本当に力が無いかと言うと模範解答にはならない。

 アマテラスが答えを言う。

「忘れたのですか? 私は主神であり、そして三貴子の1人ですよ? 性質が似通っている以上自分の身体を動かすように貴方達の動きを制御するのは容易いのですよ」

 アマテラスの顔が凍り付く。

 無情に、非情に、薄情に。

 一切の慈悲を与えない。

 スサノオは顎を砕かんばかりに噛み締める。

「私の前においては抵抗は無意味です。眠りなさい」

 それだけだった。

 その一言だけで2人の神は一瞬で意識を刈り取られる。

 何か言う暇もなかった。

 二人の身体はゆっくりと地面に倒れる。

 

   ×


 轟音が響いていた。

 アリストは慌てて身体を捻り、フリンの蹴り放つガイ・ボルグを避ける。

 しかし攻撃はそれでは終わらない。

 地面に穂先が突き刺さると地雷のごとく厚いコンクリートに亀裂が走り、内側から爆発する。

 爆発物があるのではない。

 ただ穂先が変形して無数の棘となり、物体を中から貫いているだけだ。

 結果としてそれが爆発という現象を引き起こす。

 しかし無数のコンクリートの破片はアリストの身体を掠りもしなかった。

 普通ならば圧倒的な速度と破壊力を秘めた礫によって蜂の巣になっていてもおかしくはない。

 しかしコンクリの礫はアリストの肌に触れる直前、何か壁に当たったかのごとく弾かれ、軌道を無理矢理曲げられていた。

 まるで穢れを祓われたかのごとく。

「二次的な攻撃は大丈夫だが……槍はダメみたいだな、穢れとして認識されねぇ」

「僕が聖なる存在だって事を証明してくれたのは嬉しいね」

「聖人君子が殺人兵器振るってんじゃねぇよ」

 アリストは憮然と言い返す。

 ユニコーンである彼に本格的な戦闘を期待するのは間違っていると思う。

 しかし相手は容赦が無かった。

 というか外見からしてとんでもない。

 あんな美形がこんな怪物になるとはおそるべしバーサーカーモード。

「バリアもあんま保たねぇぞ」

 カサスは苦虫を噛み潰すような表情だった。

 地面に突き刺さったガイ・ボルグを抜き、フリンが再び足で蹴ってそれを飛ばしてくる。

 標的となったカサスは自らが作り出したバリアの陰に隠れるが槍は僅かな抵抗を見せるものの難なく展開したバリアを突き破って進んでくる。

 流石神話の武器だけはある。

「というか弱体化してなかったっか?」

「あれは嘘だよー流石に一本だけとかないわー」

「潰すぞ」

 ついカッとなって言い返すがそれができれば苦労しないのだった。

 そもそも彼らには防御系ばかりで攻撃手段がないのが痛かった。

 つまり肉弾戦でダメージを与えなければならない。

「破壊力が高いのは嘘……!」

 たまに雅が事象の逆転を行って攻撃を無力化するが効果はすぐに切れてしまい、それを有効に使えないのだった。

 宝の持ち腐れと言えるかもしれない。

「ダメだー。相手が悪すぎる。これじゃ勝つのは難しいね」

「勝てなかったらどうなる?」

「見逃してもらえるんじゃないか?」

「はははトドメを刺すよ」

「よし絶対倒す。あの槍もパクって売る!」

 アリストは士気を上げようと叫んだ。

 多分一生遊んで暮らせる金を手に入れられるだろう。

 しかしその為には生き残らなければならない。

 あまりにも無茶だったがそれを叶えなければ未来はなかった。

 アリストは半ばヤケクソでフリンの元に走る。

 しかし巨体はすぐさま気配に気づいて顔をそちらに向けた。

 そして右手には既に槍が握られている。

 アリストは思わず歯噛みした。

 全速力で走っているこの体勢だと避ける事ができない。

 向きを変えようにも致命的な隙が発生する。

 正に絶体絶命。

 このままでは爆死は必死。

「――吹き飛べ!」

「くっ……!」

 アリストは思わず目を瞑る。

 カサスと雅が息を飲んだ。

 奇跡が起きない限り生存は不可能。

 しかしそんな事など滅多に起きるものではない。

 誰かが故意に止めようとしない限り。

 しかしいつまで経っても攻撃は来ない。

「……なんだ?」

 ゆっくりとアリストは瞑っていた目を開ける。

 目の前に居るのはフリン。 

 しかしそのすぐ傍。

 そこに誰かが立っていた。

「フリンちゃぁん……弱いものイジメはカッコ悪いよ? あとキモイ」

「お前は……ゼウス!? いつの間に!?」

 フリンは驚愕に目を見開く。

 生まれてしまった隙。

 それを見逃すギリシャの主神ではない。

 彼はすぐさまガイ・ボルグを止めている雷霆の先をフリンの腹部に持ってくる。

「目ェ覚ませやコラァアアア!! ちなみにすぐさっき」

 そして一切の迷いなく電撃を放出した。

 フリンの断末魔が夜の朧想街に響く。

 

   ×


 火の海という表現が正しいかもしれない。

 ワーミィは風を起こして壁のごとくそそり立つそれを吹き飛ばす。

 しかしどれだけそれを繰り返してもキリがない。

「シンプル故に強力ね……特殊な力を細かい調節などして使ってくるならちょっとした妨害でそれを止める事もできるけど相手が炎をそのまま振るってくるからこちらは防ぐか避けるしかない」

「随分と余裕そうだなぁ……」

「これでも焦っているけれど」

 舞子はワーミィに疑わしげな目を向け、すぐにホルスに突っ込んでいく。

 炎の奔流は彼女を飲み込むかに思えたが彼女は素早い動きで炎の波を迂回し、それを避ける。

 そうして出現したのはホルスのすぐ後ろ。

 旧鼠とは鼠の天敵である猫をも殺す力を持っている。

 つまり自分よりも強力な敵に対し、自分もそれ相応の力を手に入れられるのだ。

 単純な破壊力は五分五分。

 攻撃が当たれば一撃で終わらせられる。

 しかし舞子が握った拳をホルスの顔面に叩き込もうとした時には既に相手が動いていた。

 彼が行ったのは自分の周囲に爆発を起こす事。

 閃光と凄まじい衝撃が発生する。

「危なっ!?」

 舞子は無理矢理殴りかかる体勢を変え、地面を蹴ると後ろにさがる。

 その直後に地面の土や雪が舞い上がった。

 ほんの一瞬でも遅れていたら爆死だ。

「……相手の反応の方が早いから攻撃が当たらないよ……」

「……吹雪も通用しない」

 白雪は猛烈な白い吹雪をホルスに向かって放射していた。

 彼女の能力は分子の動きを止めるというものだ。

 ホルスに直接効果は無いので彼女は空気の分子自体を止めているのだがやはり相手が熱を使ってくるので効果は薄い。

「刻めー」

 棒読みでやる気のなさそうな風芽は手の平から空気の刃を発射する。

 透明な刃は見えないために地面や木々がひとりでに切断されているように見える。

 地面を疾走する亀裂はホルスに近づいていく。

 しかし彼はそれを見る事も避けたりもしなかった。

 ただ酸素を燃焼させて爆発を起こす。

 それだけで気流が乱され、空気の刃はかき消されていく。

「ハハハ貴様ら甘いな! こっちは自然の恩恵でパワーアップしているというのに!」

「なんだかんだでエルが一番意外だよね」

 風芽は溜息を吐いて声のした方に目を向ける。

 なんとエルは何時の間にかホルスの目の前に仁王立ちをしていた。

 しかし攻撃は小さな身体に襲いかからない。

 ホルスが止めているのではない。

 単に通用しないのだ。

「……八百万の神の力を借りているのか?」

「本当は四大精霊の力が使いたかったんだけどね! 効果は十分にあるから良いけど!」

 エルは妖精であり、他人よりも自然界に数多く存在している姿なき存在とのアクセスが容易にできる。

 彼女自身に特別な力はないが今は他者から多くの力を借りるという形で強大な敵に対峙していた。

 エルは次々に竜巻やら稲妻やらを起こしていく。

 これにはホルスも若干圧されていた。

「これでトドメだぁああ!」

「くっ……!」

「……ってあれ?」

 突然エルは頭に“?”を浮かべた。

「ええー!? ちょ……待ってよ! あと一撃なんだって! もう少しでマラ……ファラオが倒せるんだって! チロル供えるからもう力出ないとか言うなよォおおお!! 諦めんなよおおおお!!」

 どうやら契約相手がエネルギー切れしたらしい。

 しかしエルはホルスのすぐ目前だ。

 このままでは危ない。

「隙を見せるのは危ないぞ妖精」

 するとその隙を狙ってホルスが手の中に火球を生み出す。

 このままではエルが消し炭だ。

「……エルちゃんには指一本触れさせないぜ」

 渋い幼女の声をホルスは聞いた。

 ホルスの横から和良が走ってくる。

 しかしそのスピードはやはり外見相応にとても襲い。

 ワーミィは止めようかと思ったがあまりにも距離が離れている。

 今行っても間に合わないだろう。

 なら飛び道具を使って相手の攻撃を止めるか、そう考えた時だった。

 突然ホルスがなにもないところでコケた。

 彼は背中から地面に倒れる。

「フハハ抜けているな! 私の幸運が貴様を不幸に陥れてやったわ!」

 そうしてワーミィはすぐに思い出す。

 和良は座敷わらしであり、運に関する能力を持っている。

 つまり単なる運だけで彼女はホルスの攻撃を無効化した。

「ごめんよ……倒せなかった」

「はははこっちもマグレだし」

 励ましながら撤退する2人。

 ホルスはようやくのっそりと立ち上がった。

「逃さない……! 白……じゃない、尻子玉は私の心の中で生き続けている」

 何か瓜が訳のわからない事を言っているとワーミィはちょっとだけ引く。

 瓜はホルスがコケたという絶好のチャンスを見逃さず、水の槍を何本か生み出すと連続で発射していく。

 しかしそれはすぐに蒸発して掻き消えた。

 やはり彼の放つ熱によって水は相性が悪い。

 しかし彼女の本命はこれではない。

 今のはあくまでブラフ。

 瓜のメイン能力は相手のやる気をなくすという精神攻撃だ。

「懐に入ったぁあああ!」

 瓜は水蒸気による目くらましを利用してホルスに肉薄すると右手を彼の鳩尾に向けて放つ。

 しかしホルスは後方に跳んで瓜の攻撃を回避する。

 そして殴りかかった体勢で無防備な彼女に向けて火炎放射をした。

 だが寸前のところでワーミィに拾われなんとかその攻撃を回避する。

「……死ぬかと思った」

「もう良い加減忘れなさい……」

 ワーミィはやれやれと溜息を吐く。

 そうして瓜を地面に下ろした。

「こんな相手を倒すにはどうすれば良いのかしら?」

「自分で止めたんだからどうにかしてください、って言いたいけど放っておくのはマズイしどうしようか?」

「本気でやっているつもりなのだけれどどうも通用しないわね」

 口調こそ余裕があるが内心ワーミィは焦っていた。

 これだけの大人数で攻撃を繰り出しているのにまるで相手には効果がない。

 唯一良いところまでいったエルはもう攻撃が使えない。

 ワーミィはバスタードソードを召喚し、全力でそれを振るうがホルスにとってはどんな攻撃も同じ。

 彼はただ右手に炎を収束させ、一振りの剣にしたそれをワーミィの握る大剣の刃に叩き付ける。

 一瞬で鉄の塊は焼き切られ、あっけなく残骸は地面に落下した。

 ワーミィは息を呑む。

 ハヤブサの面の下……ホルスが不敵に笑った気がした。

「まずは貴様から片付けてやろう」

 火の粉に照らされた無表情な面は不気味に映った。

 そうしてホルスが全身に炎を纏わせる。

 その姿が金色に染まっていく。

 まるで太陽そのもののように。

 辺り一帯を遍く照らす。

 ワーミィ達はジリジリと肌を炙るような痛みを感じていた。

 その光量は徐々に大きくなっていく。

 このままでは数分もしないうちに蒸発してしまう。

「太陽に手を伸ばそうとした愚者の末路は決まっている……貴様達も辿っていけ」

「うお、まぶしっ!」

 突然聞きなれない声がした。

 ワーミィはあまりの熱さに脳がおかしくなったのかと思ったが違う。

 逆光になっているのではっきりと細部はわからないものの誰かが居るのはわかった。

 腰が僅かに曲がっていることから察するに老人だろうか。

 頭には帽子らしきものを被っており、右手には槍らしきシルエットが見える。

 彼はホルスの背中にゆっくりと近づいていく。

 ホルスも何事かと老人に顔を向けた。

「なっ、貴様はオーディン!」

「やべぇ気づかれたし! 喰らえ儂のグングニル! あ、なんかちょっとエロい」

 どうでも良かった。

 オーディンの手から離れた槍は猛スピードで光の中心に向かっていく。

 普通の槍ならば触れる間も無く灰と塵に変わる事だろう。

 しかしそれは北欧の主神が携える兵器・グングニルだ。

 熱によって消える事はない。

 ホルスは慌ててそれを回避しようとした。

 だが追尾機能を持っている槍は執拗にホルスを追う。

 決着は早かった。

 彼女達は腕の隙間からその瞬間をはっきりと見ていた。

 ホルスの胸をグングニルが貫いた、その瞬間を。

 

   ×


 神鳴山の麓では肉を打つ音が響いていた。

 その度に悲鳴が聞こえてくる。

 その声は男のものだった。

「おいやめ、……やめてください本当調子乗ってましたすみまs」

「まだまだ甘い。半神半人が聞いて呆れるわね!」

 魅麗はギルガメシュに馬乗りになり、彼の顔を往復ビンタしていた。

 彼の顔は見るも無残に腫れ上がっている。

「ホレホレ、蛇だぞー」

「いやああああ! 俺の手に入れた不死の草食った奴じゃん! やめて近付けないで!」

 貉那は木の葉をギルガメシュの額に載せていた。

 そして彼の腕を木の枝でつついている。

 どうやら幻術によって枝を蛇だと勘違いしているようだ。

 ギルガメシュの絶叫は止まらない。

「……酷いさね」

「流石にこっちも同情しちゃうなぁ……」

 2人はげんなりとしていた。

 一応ギルガメシュに応戦したのは主にこの2人である。

 確かに彼は神としての性質を持っているだけあってそれなりに強かった。

 彼の放つ蹴りや殴打は岩を容易く砕く程の破壊力があった。

 まともにそれを喰らえば4人とも危なかっただろう。

 だが、実際にはそんな事にはならなかった。

 相手が悪かったというべきだろうか。

 鬼。

 天狗。

 狐。

 狸。

 古来より人々に恐れられている存在だ。

 少数ながらあらゆる地方で信仰されている存在でもある。

 タイマンならばあちらの方が強かっただろう。

 しかし相手は4人居る上に全員がそれなりの力を誇っている。

 ギルガメシュを倒すのは大して難しい事ではなかった。

 まず朱音が相手の攻撃を受け止め、受け流し、隙を作る。

 そうして照玖が風を起こして彼を空高く舞上げる。

 最後に重力に従って落下してきた彼を魅麗と貉那がボコボコにして今に至る。

「半神半人って事は半分人間って事じゃない。能力は何かと思えば単なる身体強化だし」

「どうしてこちらに勝てると思ったのか聞きたいけどねぇ……」

「いやいやこっちも邪魔をされたら排除しろって言われてるし……」

「しかし運が悪かったわね。相手がまさか自分よりも強いなんて」

「はははは……ごもっともです」

「許さないわ」

 魅麗の顔はにこやかだが彼女の手は既にグーになっている。

 一体いつまで続くやらと朱音と照玖は嘆息した。

 しかし彼女達は気付いていなかった。

 木陰からその様子を覗いていた2人の老人が居た事を。

 そしてその老人達が顔を引攣らせてそそくさと逃げた事を。

「今はお互い暴れてる場合じゃねぇ……下手したらこっちもやられる」

「同意だ……この国のオナゴは顔が良いがあまりにも危険だな!」

「ヘラの方が怖いがこっちが本領を発揮できない以上どうしようもないわ」

 雷霆とグングニルを携え、多くの少年少女の命を救い、仲間の目を覚まさせた2人の神はさっさとこの国を出ようと決心した。

 あとはあの少年がやるべき事だ。

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