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友人

 次の日の朝。

 歩を進める意欲が欠けているようで、僕の足取りは重かった。空は灰色の曇り空。空気は淀んでいるように思えるし、一歩一歩踏み出すごとに、自分の中のやる気がそぎ落とされていくような、気持ち悪い感覚に苦しめられる。元々学校は好きではなかったけれど、こんなに登校が憂鬱になったのは初めてだった。

「どしたい? 辛気臭い顔しちまってさ。ここ最近のにんまり笑顔の二木君はどこに行っちまったんだい?」

 三枝の軽口にツッコミをいれる余裕もないほど、気だるい。

「無視かい? まあいいさ。だけどね二木。今のお前さんを見たら、六平が心配すると思うよ」

 三枝は扇子を広げ、扇ぐ。前髪を風で小さく舞いあがらせながら、僕を追い越した。

 三枝の背中が遠ざかっていく。僕は歩く速度を変えずに、ゆっくりと通学路を歩く。

 それにしても、嫌な天気だ。



「二木君どうしたの? 具合でも悪いの? 大丈夫? 風邪薬飲む? 腰とか肩が痛いなら、湿布もあるよ?」

 教室に入るなり、六平がそんなことを言ってきた。三枝の言った通りだ。

「大丈夫だよ。健康だから。ここ最近が変だっただけで、これが普通だから」

「にんまり笑顔の二木君状態だったのを、何だかんだで自覚してたんだね」

 すでに教室に到着していた三枝が、扇子で口元を隠しながら僕と六平の間に立つ。

「それより六平。薬やら湿布やら、どうしてそんなものを持ち歩いてるんだい?」

 六平は、自分に話を振られたことに少し困惑したが、いつも通りの控えめな笑顔を浮かべて、三枝の疑問に答えた。

「僕はあんまり体が強くないし、薬を持ち歩いていると、落ちつくんだ」

 六平は視線を床に向け、困った様子だ。

「備えあれば憂いなしっていうからね」

「故事かよ。噺家なら自分の言葉で表現しろよ」

 僕がそう毒づくと、三枝は僕の肩を抱く。

「落語ってのは伝統があるんだ。昔っからの言葉やら、その時々の言葉を上手く使うから、言葉に命が宿る。闇雲に狙った言葉を使ったら、そりゃあ会社の部長が暇つぶしに言うオヤジギャグと同じになっちまうんだよ」

 そう言って、三枝は僕から離れ、面白そうに笑う。

「女の色香に迷うのもいいけどね、それで一喜一憂してちゃ、身がもたないよ」

 三枝の言葉に、僕は少したじろぐ。すぐに、これは三枝の揺さぶりだと気付き、表情を直したつもりだったけれど、三枝の目を誤魔化すことはできなかった。

「あらら。やっぱり女かい。達観しすぎて色恋沙汰には無頓着の枯れ木だった二木にも、ようやく春がきたってことかね」

 三枝はにやにやと笑い、六平は僕をちらちら見ながら、大変なことを聞いてしまったという顔をしている。

 面倒だなと思いはしたけれど、その一方で僕は少し安心していた。

 自分の中にあるもやもやしたものを、少しだけ発散できた気がしたからだ。変に遠慮しない三枝と、変に遠慮する六平。この二人の友人はバランスがいい。こういうもやもやとした気持ちを持っている時には、そのバランスが救いになる。

 それが、自分でも笑ってしまうほどの平凡主義者である僕が、三枝と六平を友人というカテゴリーに入れている理由だ。

 つまり、僕はこの二人の友人が、嫌いではないのだ。

「色恋ねぇ。なんか心配になるよ。朴念仁の枯れ木君。もとい二木君のことだから、それはもう理論で武装したような小難しい女子なんだろうね」

 三枝はそう言ったが、六平が「そうかな?」と返した。

「僕は、自分を持った人だと思うな。二木君は怖そうだけど実は優しいってタイプの人だし……」

 僕は、「そうなのか?」という思いをこめた視線を、三枝に送る。三枝は、首をかしげ、おどけるように笑った。

「だから、二木君が好きになる人って、自分の思いみたいな確固たるものを持っていて、それに突き進んでいるような人じゃないかなって思う」

 六平は、こういう時妙に鋭い。

 いつもはおどおどしていて、自分の意見というか、思いを他人に合わせているが、その分人を良く観察していて、その人間をこういう人だと分析するのに優れる。六平の特技のようなものだ。

 そして、美月の性格にかなり近い人物像を想像した六平の言葉に、僕は反応してしまった。勿論、それを口にしてはいないけれど、三枝がそれを見逃すはずがなく、大きく頷き、言った。

「そうかい。意外と、情熱溢れる女子が好きなんだねぇ。以外だよ」

 三枝はそう語りつつも、「だけどね」と付け加えた。

「その情熱溢れる女子が、枯れ木の二木につけこんで、騙してるんじゃないかと考えちまうね。品川心中みたいに、その時の熱に誰かを巻き込みたいってだけかもしれないし、飽きたらぽいっとされちまうんじゃないかと、私は心配になるよ」

「品川心中? ああ、アン・ルイス」

「そりゃあ六本木心中だろ」

 三枝は間髪いれずにツッコミをいれる。

「えーと……夢見る少女じゃいられない人?」

「だから、それは六本木心中だろ! というかね、夢見る少女じゃいられない人ってなんだい。別に歌ってる本人が夢見る少女じゃいられないわけでもあるまいに。しかし、六平がそんなボケをするとはね」

 三枝は、六平をまじまじと見つめる。

「品川心中ってのは落語の演目だよ。話が脱線しちまったじゃないか」

 三枝は扇子をとじて、それを制服の内ポケットにしまう。

「じゃあ、話をきかせてもらおうか」

 三枝がそう言ったのと同時に、ホームルーム開始を告げるチャイムが鳴った。

「空気のよめないチャイムだねぇ」

「チャイムが空気読んだら怖いだろ」

 三枝は伸びをして、自分の席へと帰る。去り際に「次の休み時間に聞かせてもらうからね」と言った。六平は「無理して話さなくてもいいからね」と言って、席へ帰る。

 僕は、自分の席へ座り、窓の外を見る。

 相変わらず、外の景色は淀んでいた。

 

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