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サルビアの花言葉

作者: 真柄

 結里花(ゆりか)の祖母は、末期癌の宣告をされ、余命三カ月程の命ということだった。結里花の両親は悲しむなどということはせず、これ幸いとでもいうかのごとく、祖母をその日のうちに入院させ、自分たちはすぐに仕事へと戻ってしまった。


 「おばあちゃん、具合どう?」

 祖母の入院翌日から毎日、結里花だけは病室に顔を出した。結里花の下校通路にちょうど病院があることも、行きやすい要因ではあった。

 結里花にとって、祖母は同居さえしていたものの、いてもいなくても変わりない、そんな存在だった。四人家族の結里花は、両親が共働きだったため、家のこと全てを高齢の祖母が担っていた。文句の一つも言わず、毎日黙々と家事をこなす祖母に、いつの間にか両親や結里花は、感謝を忘れ、使用人と思っていた節もあったくらいだ。

 そして両親は近頃、家事をしてくれている祖母を、邪魔だと思っているような印象を受けることがしばしばあった。

 そのような両親の対応に、結里花は違和感を覚えてはいた。そんな中での、今回の両親の祖母に対する扱いは、目に余ることだと思い、結里花はこうして毎日、同情お見舞いをしているのである。


 「今日も来てくれたのかい。結里花は優しいねぇ」

 病室に入って来た結里花に、祖母は目を細め、しわくちゃでシミだらけの垂れ下がった頬を笑みに染めた。

 結里花も後ろ手にドアを閉めると、笑みを乗せ、ベッド脇にある丸椅子に腰を掛けた。

 「今日は、学校で文化祭の準備をしたの。うちのクラスは喫茶店をするんだ」

 「結里花は何の係なんだい?」

 「ウェイトレスだよ。メイド服にも力を入れるんだって」

 話す内容はもっぱら、結里花のことであった。祖母のことを聞いても、変わりない、の一言だけで終わってしまい、間を繋ぐため、結里花の話をするのである。

 それでも、祖母は上体を立てた枕に預け、話し相手になっている結里花に、いつも優しい笑顔で頷いてくれるのであった。

 

 「私、そろそろ帰るね」

 陽も沈みかけ、夕闇が街を走る頃になると、いつものように結里花は切りだす。

 「気をつけてね」

 祖母は肩に羽織ったカーディガンから、腕を軽く上げ、ゆらりと手を振ってくれた。

 「じゃあ、また明日ね」

 結里花は手だけは元気いっぱいに、祖母へと振り、帰ろうとドアを開けた。

 「結里花、いつも来てくれてありがとうね」

 結里花は、ドアに手を置いたまま、後ろの祖母に顔を向けた。

 「どうしたの、いきなり」

 「結里花の両親が、私をどう思ってるか、ちゃあんと知っているよ。そして、結里花があの子らから、どう言われてきたかも……。それでも、こんな老い先短い老いぼれに、話し相手になってくれて、最後の夢を見せてくれて、本当にありがとうね」

 祖母のくちゃくちゃの顔は、より一層、シワが濃く刻まれた、優しい笑顔だった。

 結里花はそんな祖母の言葉に、何も返せなかった。

 ただ、お礼を言われることは何もしていない、そう言いたかったが、強く噛んだ下唇を開けることは出来ず、立ちすくんだままいることも憚り、乱暴に祖母へ一礼し、病室を飛び出した。


 病院近くの公園まで走ってくると、手近なベンチを見つけ、崩れ落ちるように座った。

 結里花は、両親から祖母の過去を聞いていた。

 祖母は若いころ、自分勝手に生活をしていて、結里花の死んだ祖父と父は、とても寂しい思いをしていたという。

 祖母は外で男を作り、祖父の金で遊び呆け、家事のことは何もしなかったそうだ。

 こんな祖母だったが、祖父は離婚せずに、祖母を愛し続けたと聞く。

 しかし、父はそんな祖母を憎み、母子関係は最悪なものへと変わっていった。

 そして、祖父は六十になる前に他界してしまい、父は今でも祖父が早くに亡くなったのは、祖母のせいだと思っているらしい。

 祖父が死んでから、祖母は別人になったように家事に取り組み始めたらしいが、父との関係は何も改善せず、悪化の一途を辿った。

 結里花は父から、祖母の悪行ばかりを聞かされて育ち、祖母をいないものとして生活するよう努めたのだ。

 祖母に冷たい態度を取らなければ、両親から見限られてしまいそうで、結里花にはとてつもなく恐怖だったのだ。

 しかし、結里花が知る祖母は、腰を曲げながらも、一生懸命家事に勤しむ姿だった。

 

 「親の意見になんか惑わされないで、もっと素直にしてればよかった……」

 痛みに引き攣れる下唇を震わせ、スカートの上で握った、白い拳の上に水滴が流れた。

 秋風に涙は流され、闇色を帯びた地面へと吸い込まれる。

 結里花は、警官に声を掛けられるまでずっと、その場を離れることはなかった。


 翌日、病院から連絡が入り、祖母の死が伝えられた。

 葬式で祖母の遺影を前に泣く人は誰もおらず、火葬後すぐに祖母の遺骨は、祖父と同じところに入れられてしまった。


 墓を前に結里花は無表情で、遺骨が入っているであろう、下のほうを見下ろしていた。

 しゃがみ込むと、墓前で十数秒手を合わせた後立ちあがり、深々と一礼をした。


 祖母の死から十年後、結里花はあの病院に勤めている。

 「カウンセラーの神本(かみもと)結里花です。あなたのお話、お聞かせ願えますか?」


 今でも祖母の月命日に結里花は、かならず話をしにお墓を訪れている。

 サルビアの花を携えて。


お読みくださり、ありがとうございました。


サルビアの花言葉には、「家族愛」などがあるうそうです。

そして、紫色のサルビアには「尊敬」という意味も含まれるそうで、今回はこのような、家族愛や尊敬をテーマに書いてみました。

最後のまとめ部分は、悩んだ末の結末にしましたが、何か気になる点、改良点、感想などがございましたら、教えて頂けたら幸いです。

よろしくお願いします。

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