表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

交換ノート

作者: 忍野佐輔

『では、水曜日に』

「はい。よろしくお願いします」

 奈々子は携帯電話を切り、心を落ち着かせる為に小さく深呼吸した。

 目を閉じる。今、自分に起こっていることを、改めて確認する。

 そうして再び目を開くと、ちょうど停留所にバスがやってくる所だった。ドアが開き、幾人かの乗客が吐き出される。それと入れ替わるように、奈々子はバスへと乗り込んだ。

 平日の昼間だからだろうか。奈々子が乗った車両には、乗客が二人ほどしか見当たらない。

 ――ちょうど良かった。少し座ってゆっくりしたかったのだ。

 奈々子は真っ直ぐに一番奥の席へと向かい、窓際へ腰を下ろした。

 バスが動きだし、心地よい揺れを奈々子に与える。車窓からの風景は、普段奈々子が生活する都内よりどこか寂れた印象があった。珍しいような、懐かしいような。そんな不思議な感覚に身を委ねて、奈々子はぼーっと車窓の外を流れる風景を眺めていた。


「ありゃ? 奈々子じゃん!」


 甲高い声。

 誰かと思い、奈々子が声の方向へ視線を向けると、懐かしい顔があった。

「……麻耶」

「なーに、その顔。もしかしてあたしの事、忘れてた?」

 いたずらっぽく笑いながら、麻耶は奈々子の隣へと腰を下ろす。

「おひさー、奈々子。元気してた?」

「うん、元気にはしてたよ」

「あはは! “は”ってなによ、“は”って! ……あ、もしかしてアレを忘れてたとか?」

「ううん、そんなことないよ。ちゃんと書いてる」

「ほんとにぃー? じゃあ見せて」

 そう言うなり、麻耶は奈々子が抱えていた鞄へと手を突っ込んで、無理矢理一冊の大学ノートを取り出した。表紙には大きく『交換ノート、その12』の文字。

 麻耶は交換ノートをパラパラとページをめくる。

「なんだ、書いてんじゃん」

「……だから書いてるって言ったじゃない」

「奈々子は口だけだからさあー」

 麻耶にだけは言われたくない。奈々子はそう言いかけたが、呑み込ん

だ。十年以上の付き合いで、麻耶とは口喧嘩で勝てないことを奈々子は知っていた。

「うん! これならもう、大丈夫そうだね」

「大丈夫って何が?」

「これだけ続けられたなら、これから先も書き続けられるでしょ?」

 麻耶はそう言って、ノートの中身を奈々子に見せるようにしてページをパラパラとめくる。

 内容は、必ず見開き二ページで区切られていた。左側には三行程度で書かれたお題と、右側にはお題を受けて書かれた小説。それがノートの最後まで延々と書き連ねられていた。

 それは、奈々子と麻耶の友情の証だった。

 お題を麻耶が出し、奈々子がそれに合った小説を書く。そしてそれを読んだ麻耶が、感想と共に新しいお題を出す。まだ二人が中学生だった頃。小説家を志していた奈々子に『小説の修行になるから!』と麻耶は無理矢理、この交換ノートを始めさせたのだ。

「それじゃ! あたしはそろそろ行くから」

 麻耶は交換ノートを奈々子に返し、席から立ち上がる。

「……? 次のノートは? お題は?」

「そんなのないよ」

「そんなのないって……。麻耶、それってどういう」

「んじゃ、奈々子! またねーん」


 ガタン、とバスが大きく揺れ、奈々子は目を覚ました。


 周囲を見回しても、誰もいない。いつの間にか、乗客は奈々子一人になっていた。

 バスのアナウンスが次で終点だと告げ、ほどなくしてバスは停車した。奈々子はバスを降り、そのまま『たちばな霊園』と書かれた敷地へと入っていく。

 そうして奈々子は、麻耶が眠る墓の前までやってきた。

「最後のノートだよ」

 奈々子は墓石の前にしゃがみ込み、鞄から『交換ノート、その40』と書かれた大学ノートを取り出した。

 墓石の前に置いたノートを見て、麻耶が死ぬ前に言ったことを思い出す。

『いい、奈々子? あたしはこれから死ぬけど、だからってあんたは小説を書くのをやめちゃだめ! でも奈々子のことだから、あたしが見てなかったらめんどくさがって、小説書かなくなっちゃうと思うの。だから、これを渡します』

 そう言って麻耶が奈々子に渡したのは、お題だけが書かれた交換ノートだった。

 麻耶は『こんだけお題考えるの大変だったんだから、奈々子はちゃんとあたしを楽しませなさい!』と笑って、そして、この世を去った。

「お題考えるより、小説書く方がよっぽど大変なのよ」

 奈々子は墓石に向かって苦笑する。お題だけが書かれたノートを何十冊も渡してきた時には、何を考えているんだと思った。死ぬ間際に何をしているんだと。

 でも、そのお陰でこの三年間、麻耶がずっと側にいてくれたような感覚があった。

「麻耶。私、新人賞を受賞したんだ。水曜日に編集者さんと会うの。何ヶ月かしたら、私の本が本屋に並ぶんだって。……麻耶が、交換ノートを続けてくれたお陰、かな」

 お題を書いておいてくれた、とは言わない。

 きっと麻耶は本当に、ずっと私の側にいて、私の小説を読んでいてくれたはずだから。


                 【完】

サクッと楽しめるものを目指して書きました。

少し長くなってしまいましたが楽しんで頂けましたでしょうか?

もし楽しんで頂けたのなら、意見や感想などを頂けると助かります。


所属サークルHPでも掲載中

電子書籍発信サークル【結晶文庫】

http://kessho-bunko.style.coocan.jp/index.html



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 麻耶の「あたしはこれから死ぬけど・・・」という台詞はあまりに予想外ですが、不自然ではなく、何の説明もなくあっけらかんとした感じが逆に想像力を掻き立てます。 きっと親友であっただろう奈々子に…
[良い点] 登場人物たちの動きの描写が細かく入っていて、何をしているのか想像しやすかったです [気になる点] 逆に、周りの描写が不十分かな、とは思いました 特に一番最初は回りの景色が分からなくて、どこ…
2011/11/05 18:21 退会済み
管理
[一言] はじめまして。 寂しいけど、あったかい小説だなあと素直に感じました。 お互いにお互いを思いやるハートが、しみじみ伝わる文章でした。 ありがとうございました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ