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短編小説

これは、変な手紙です。

作者: うわの空

 マンションに帰ってくると、男は郵便受けを覗きこみました。そこに入っていた封筒を見て、男は首をかしげました。

 それは、宛先も宛名も差出人も書いていない封筒でした。

 つまり、郵便受けに直接投函したということになります。


 何も書かれていないというのは不気味ですが、その封筒はかなりかわいらしい絵柄つきでした。全体はきれいなピンク色で、右端にはパンダの絵。小学生が使いそうな、というか小学生しか使わなさそうな封筒でした。

 男は一人暮らしの独身で、こういうファンシーな封筒とは全く無縁のはずでした。

「…………。」

 とりあえず、男は封筒の中身を取り出してみました。中に入っていた便箋にも、かなりかわいらしいイラストが描かれています。

  男はまず一行目を読んで、そして固まってしまいました。そこには若い女の子が書きそうな丸っこい文字で、こう書かれていました。


『これは、変な手紙です。』


 この文章がまず変だろ。男は内心突っ込みながら、続きを読みました。


『この手紙を受け取った人は、翌日までに同じ文章の手紙を3人に出してください。

 この3人は、知り合いでもそうでなくてもかまいません。


 出さなかった場合、あなたには必ず変なことが起こります。』


 書いてあるのはこれだけでした。男は手紙をもう一度読み直して、そして鼻で笑いました。そういえば昔、不幸の手紙って流行ったなあ。まだこういうのがあるのか。

 男は笑いながら、その手紙をゴミ箱に捨てました。



 翌朝。男は、ジュウジュウと音を立てるフライパンの前で、ぽかんと口を開けて固まっていました。

 その日の朝ご飯は、トーストと目玉焼きとウインナー。に、するつもりでした。男は冷蔵庫から卵を取り出すと、熱したフライパンに直接、卵を割り落しました。そして、目を見開きました。


 その卵には、黄身がありませんでした。


 ジュウジュウ音を立てて焼けているのは、白身だけでした。

 これでは、目玉焼きではなく白目焼きです。

「…………。」

 こんなことは生まれて初めてです。男はぽかんとした顔で、焼けていく卵を観察し

「…………。」

 結局あきらめて、白身しかないそれに醤油をかけて食べました。

 かなり、テンションの下がる味でした。



 白目焼きを食べて、男はテンション低く家を出ました。マンションの自転車置き場に向かい、自分の自転車を見て、目をこすりました。


 男の愛車のママチャリから、ハンドルだけが忽然と姿を消していました。


「…………。」

 サドルを盗まれたことはあっても、ハンドルを盗まれたことはありません。男はもう一度目をこすって、ハンドルがないのを確認してから、腕時計に目をやり

「…………。」

 駅まで全速力で走りました。



 会社に着くころには、男はすっかり疲れていました。男の職場は、17階です。男はエレベーターのボタンを押して、しばらく待ちました。


 ポーン。


 エレベーターが到着した合図とともに、目の前のドアが開きました。中には、誰も乗っていません。男はエレベーターの中に、足を踏み入れました。


 ブーッ!


 定員オーバーを告げるブザーが、エレベーター内に鳴り響きました。

「…………。」

 男は怪訝な顔で、あたりを見回しました。が、このエレベーターに乗っているのは自分一人です。彼は一度外に出ると、もう一度エレベーターに足を乗せました。


 ブーッ!


 やはり、定員オーバーの音が鳴ります。エレベーターの故障?男は肩を落としました。ただでさえ、今日はもう疲れているのに。


 そこに、違う部署の人間がやってきて、エレベータに乗りこみました。


 …………。


 定員オーバーの音は鳴りません。男は首をかしげながら、自分も乗り込みました。


 ブーッ!


 定員オーバーの音が、鳴り響きました。

「…………。」

 エレベーターに乗り込んでいた人に、かなり白い目で見られました。

「…………。」

 男はしぶしぶエレベーターから降りると、階段へと向かいました。階段をのぼりながら、男は自分の体型をチェックしました。

 どちらかといえば細身で、自分一人で定員オーバーになるはずのない体型でした。



 ここにきて男はようやく、昨日自分が捨てた手紙のことを思い出しました。


『あなたには必ず変なことが起こります』


 偶然だ。そうに決まってる。男は内心で呟いて、自分自身を納得させました。



 昼食後、男は自分のデスクの引き出しの中を覗きこんでいました。そこには、お菓子がいくつか入っています。男は甘党で、昼食後に甘いものを食べるのが毎日の楽しみでした。

 少し考えてから、缶入りのドロップスを取り出しました。かの有名なドロップスです。昨日コンビニで買ってきた新品でした。

 男はそのドロップスの中でも、特にイチゴ味が大好きでした。そして今日は、イチゴ味が食べたい気分でした。男は缶の蓋をあけると、手のひらにドロップをひとつ、落としました。

「…………。」

 出てきたのは白色、つまりハッカでした。男は、ハッカのドロップが苦手でした。出てきたハッカを缶の中に戻すと、ガラガラと音を立てながら缶をよく振って、もう一度手のひらにドロップを落としました。

 白色でした。

「…………。」

 それをもう一度缶の中に戻すと、今度こそよく振って、ひとつ取り出しました。

 白色でした。

「…………。」

 男はデスクにティッシュを広げると、そこに缶の中身をぶちまけました。そして、明らかに嫌そうな顔をしました。


 ティッシュの上には、真っ白なドロップスの山ができていました。

 イチゴどころか、オレンジも、メロンも、パインも、レモンも入っていません。


「…………。」

 男は子供のころからこのドロップスが大好きでしたが、このようなことは初めてでした。

 昼の休憩時間が終わります。男はため息をつくと、白いドロップスを缶の中に戻しました。



 15時。男は小休憩しようと立ち上がりました。向かうは自販機コーナーです。コーナーと言っても、男がいる17階にある自販機は一つだけでした。

 男はアイスココアを飲もうと決意して、自販機の前に立ちました。そしてまた、目を見開きました。


 その自販機は2段に分かれていて、上の段には「あたたか~い」と書かれています。

 そこにあるのは、すべて『おしるこ』でした。おしるこの缶がびっしりと、上の段に並んでいます。

「…………。」

 男は恐る恐る、下の段を見ました。下の段には「つめた~い」と書かれており、

 そこにあるのはすべて、『おでん缶』でした。

「…………。」

 男は、自分の記憶をたどりました。確か昨日もここで飲み物を買ったはずですが、その時、この自販機にはコーヒーやジュースや炭酸飲料が並んでいました。どこにでもある、ごくごく普通の自販機でした。

「…………。」

 男はもう一度目を細めて、自販機をじっくりと見ました。

 しかしやはり、上の段はすべておしるこで、下の段はすべておでん缶でした。

「…………。」

 男は甘党でしたが、おしるこだけは苦手でした。



 男は帰りに、駅前にあるお弁当屋さんで夕食を買いました。「作りたてで温かい」がウリの、その店の弁当の味は確かでした。

 男は奮発して、「デラックス海老フライ弁当」を買いました。その店では一番高価な、2段式の弁当です。下の段にはご飯がぎっしりと入っており、上の段には大きい海老フライが3本、それからポテトサラダや煮物が入っている弁当です。男が一番好きな弁当であり、高価なので特別な時にしか買わない弁当でもありました。

 今日は特別疲れていたので、自分を励ます意味も込めて、その弁当を購入しました。


 家に帰ると、男はきちんと手を洗ってから弁当に向き合いました。まず、上の段と下の段を分離させます。そして下の段の中身を確認しました。ぎっしりと入った白ご飯の真ん中に、小さな梅干しが乗っています。いつも通りです。彼はほっと溜息をついて、上の段の蓋を取りました。


 白いご飯がぎっちりと、詰め込まれていました。


「…………。」

 男はもはや、驚いた表情を作ることにも疲れていました。上の段のご飯にも、ちゃんと真ん中には梅干しが乗っていました。しかし、ポテトサラダも煮物も、もちろん海老フライも乗っていません。

 あの弁当屋にはちょくちょく通っていましたが、こんなことは初めてでした。

「…………。」

 男は文句を言おうかと、携帯を取り出しました。しかし、弁当屋の電話番号を知りません。タウンページは押入れの奥にしまい込んでおり、取り出すのが非常に面倒です。

「…………。」

 男は直接訴えに行こうとして、そして自転車のハンドルがなくなっていたことを思い出しました。男の脚はもう、今日一日でパンパンです。駅前まで行くのも、自分で料理を作るのも億劫でした。


「…………。」


 男は、2粒の梅干しをおかずにして、ぎっしりと詰め込まれたご飯を食べました。

 テンションの下がる、夕食でした。



 男はその晩、泥のように眠りました。酷く疲れた一日でした。



 翌朝。男は、ジュウジュウと音を立てるフライパンの前で、うんざりした顔をしていました。

 その日の朝ご飯は、トーストとハムエッグ。に、するつもりでした。男は冷蔵庫から卵を取り出すと、あらかじめ焼いていたハムの上に、卵をそっと割り落としました。

 

 その卵は、当たり前のように黄身がありませんでした。


 男は笑いました。とにかく笑いました。笑うしかありませんでした。



「いつまで続くんだ。この『変なこと』は」


 男はフライパンの前で、ただただ笑い続けました。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] お弁当の下り、「あなたが母親の~」(書籍)の「あなたに不幸が~」に似ているのは気のせいでしょうか……? [一言] 終わりの無い「変なこと」、なんか残念な感じがして面白かったです。 私…
[一言] ……。 高校生の時、母が作ってくれたお弁当(二段式)が、両方ともご飯だったことがあります(弟のお弁当が、両方ともおかずでした 笑)。 悔しかったので帰りにコンビニでカレーパンを買ったの…
2016/04/05 02:45 退会済み
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