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幸せとみそ汁

掲載日:2026/07/06

誰にでも、「当たり前だったからこそ気づかなかった幸せ」があると思います。

毎日の食卓や家族との会話。

その頃は少し鬱陶しく感じていたことさえ、離れてみると不思議と恋しくなるものです。

この作品は、そんな何気ない朝の時間を題材にした短編です。

みそ汁の湯気の向こうにある、家族の記憶や温もりを感じていただけたら嬉しく思います。

それでは、『幸せとみそ汁』をお楽しみください。


時刻は朝の5時。

大学生の一日の始まりにしては、随分と早起きだ。


「ふあ~あ。」


あくびが出つつ、グレーの衣を身に纏う。

背中の紐はちょうちょ結び。

長い髪は、ヘアゴムで一本にまとめた。


―――ぴょこっ。


「ん?」


触角が飛び出た。

寝ぐせは……まぁ、このままで。


「それじゃあ、作るとしますか―――」


油を敷いた。

菜箸を右手に装備する。


「私の今日の朝ごはんっ。」


フライパンがジュワパチっと、陽気に応えた


***


「よしできたっ。」


最後の品を盛り合わせたら、いつも通りの食卓が広がってきた。


ご飯にみそ汁、紅鮭の塩焼き。

あと、ほうれん草のお浸し。


「そうだっ。あと、飲み物に牛乳っと。」


食べるのが待ち遠しい。

跳ねる気持ちを抑えつつ、冷蔵庫へと駆けだした。


目標物をゲットして、いよいよ席に着く。


「準備完了、それじゃあ―――」


手を合わせた。


「いただきます。」


一人暮らしの部屋に、私の声だけが響いた。


まだ寝ている人、起こしちゃってごめんなさい。


でも―――


「はむっ。ん~、今日も完璧っ!」


これが私のモーニングルーティン。


だから、簡単には辞められません。


「特に鮭。焼き加減、塩加減、丁度良し!

また一段と腕、上がっちゃったな~。」


ニマニマと笑顔を浮かべる私。

みそ汁を啜って、ホッと一息ついた。


「味付けは変わらずの濃いめ、っと。」


苦笑いする。

でもこのくらいが、私には良いのかもしれない。


「はぁ~、幸せだなぁ。」


ふと、息を吐く。


昨日までの嫌な出来事。

今だけは全部忘れられた。


「それにしても、この献立。」


チラリと見て、既視感を覚えた。


「実家の朝ごはんのまんまじゃん。何で気づかなかったんだろ?」


お浸しを口に放り込んで言った。

ほんだしの味が口いっぱい広がる。


「ほとんど無意識だったけど、実家の味が恋しくなったから……なんて。」


コトッと箸を置いた。

カレンダー下の、写真立てに目を向ける。


「お母さん……。」


子供のころの私と、笑顔の女性が映っている、

随分前の写真だ。


「元気にしてるといいな。」


脳裏を数年前の光景がよぎった。


朝になると、お母さんに起こされて、

嫌々言いながらも、食卓に着くのが私の日課だった。


“朝ごはんがいつも同じ” って、文句言った時のムッとした顔も、


朝の何気ない会話も、


しょっぱ過ぎたみそ汁の味も、


全部全部、覚えてる。


「もしかしたら、あの時間が一番幸せだったのかも……。」


地元を離れて上京。


始まった大学生活は、常に課題に追われる日々。


おまけに、慣れない人間関係まで。


とっくに限界寸前だった。


「……会いたいなぁ。」


目が熱くなって、何かが込み上げてくる。

気を抜いたら、全部溢れてしまいそう。


「―――って、しんみりしちゃ、だめだめ!!」


誤魔化す様に首を振る。

暗い気持ちを、みそ汁に溶かして飲み干した。


「やっぱり、しょっぱいなぁ。」


自然と頬が緩んだ。

喉に残った塩味を牛乳で流し込む。


―――ピコンッ。


手元のスマホが鳴る。

見ると、母からメッセージが届いていた。


《調子はどう?元気にやってる?》


「もう、お母さんってば。」


《超元気!!》


一言送ってスマホを閉じた。


言っちゃえば、空元気なのかもしれない


強がりなのかもしれない。


それでも彼女の前だけは、良い恰好がしたかった。


これは私のプライドだ。


***


今日は7月20日。


夏休みはもう目前。


だから私は頑張るんだ。


実家に帰るその日まで。


あとちょっとで味わえる、 “幸せとみそ汁” のために。


―――カツンッ


シンクの中でお椀が鳴った。


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― 新着の感想 ―
説明と言葉が交互に来ていて、テンポがよく読みやすかった。ただワンテンポでたんたんと進んでいくのでひねりがあってもよかった。うちの味噌汁は具沢山で昨日の残り物とか、入ってたな… こっちにきてからはインス…
2026/07/19 07:44 わさびノリ二郎
私も毎日のように母に文句を言っていたのを思い出しました。 今では実家の味が恋しくてたまりません。 早く帰りたいな…
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