婚約破棄をされたのでガッツポーズで辺境に引きこもったら、元婚約者たちの社会的地位が勝手に終わっていた。
「なぁ、そろそろ戻って来ないか」
かつての学友であり我が国の第一王子であるチェスター殿下は、国境沿いの辺境にある町までやって来てそう言った。
私は元々侯爵家の令嬢として王都近辺で暮らしていた。
しかし二年前。
王都の魔法学園に通っていた私は、婚約者である第二王子ランドルフ殿下とその浮気相手である子爵令嬢ジェイニーに嵌められ、周りからは悪女として罵られるようになった。
二人が私に擦り付けた罪はジェイニーへの虐めと、殺人未遂だった。
とはいえ、証拠が充分にあった訳ではない。
噂を信じない者もいたし、私は法で裁かれるような事はなかった。
しかし、噂を信じない者がそのまま私に味方になってくれるかと言えば話は別。
何せ、私が敵対したのは王族のランドルフ殿下だ。
王族の敵に回ってまで私を擁護する者の方が少ないというもの。
誰だって面倒事は嫌なのだ。
そんなこんなで私は婚約破棄をされ、社交界でもすっかり孤立し、居場所を失い……おまけに学園では嫌がらせで大好きな魔法の研究すらままならない状況になっていた為、両親らの許可を得て都市部から離れて暮らす事にした。
名目上は療養という形だが、私の『病』が治ることは一生ないだろう。
そう思っていた。
何故なら私は社交界や貴族としての地位に一切の興味がなく、魔法の研究さえ滞りなく行えるのであれば充分だったから。
寧ろやっかみを買わないで済む分、辺境で伸び伸びと過ごす方が性に合っていたと思う。
……といういいこと尽くめの事実に気付いた私は喜びの余りガッツポーズをした。
しかしそれを良く思わなかったのが……チェスター殿下だ。
私がウキウキルンルンで荷造りをし、勝手に決めた学園生活最後の一日を終えようとしていた頃。
彼は本当に戻って来ないつもりなのかと聞いてきた。
「正直、君の才能は最先端の教育施設で伸ばすべきものだし、それが叶わないのは我が国にとっても大きな損害となりかねない」
いくら学園内で魔法理論の白熱したディスカッションで殴り合って来た好敵手的な関係とはいえ、王族にここまで大袈裟な評価をされると、何だか居心地が悪い。
「少し時間をくれれば君が王都で学び続けられるよう、環境を整えてみせるが?」
「あ、結構です」
特段旨味の無さそうな話だったので、即答すると、チェスター殿下ががくりと肩を落とした。
顔には『呆れています』と書いてある。
「何故?」
「私は才能を伸ばすよりも無心で好きな事に没頭している方が好きなので。自分の気になる研究だけできればそれ以上は望みません」
「では、才能を伸ばしつつ、どこよりも好きな研究に没頭できるように完璧に整えられた環境を用意すると言ったら?」
「勿論すぐに向かいましょう。まあ、夢物語ですが。もし一貴族令嬢の為にそこまで手を尽くせるというのであれば、完成した時に声を掛けてください」
「了解した」
この時は、チェスター殿下は学園内から張り合いのある学友がいなくなるのが嫌で何とか引き留めようとしている――口先だけの言葉だと思っていた。
しかし、わざわざ私の居場所を突き止めてまで姿を見せた彼は誰もが振り向く美しい顔ににっこり笑顔を貼り付けて言った。
「衣食住全て完備、研究室はここの十倍の広さはある。研究における全ての費用は経費で落ち、君は研究に没頭するだけで構わない。約束通り……君の望む環境を整えてやったぞ?」
「ほ、本当ですか?」
「勿論。王族がわざわざこんな嘘を吐く必要もないだろう。さあ、これが契約書だ」
渡された書類に目を通す。
チェスター殿下が言った通りの事がそっくりそのまま書いていた。
それ以外の諸々も書いてあった様な気はするけれど……正直夢物語で片付けられそうな環境を提供してくれるのならば後の事は何だってよかった。
私はルンルンで契約書にサインをする。
チェスター殿下も珍しく、社交的な愛想笑いとはまた違ったにっこにこでルンルンな笑顔だった。
「よくぞ戻った、カーラ殿」
さて、荷物をまとめた私はチェスター殿下に連れられ……何故か今、王宮の謁見の間で国王陛下と対峙している。
陛下は何故か涙を目に浮かべ感激している。
「この度は、貴女には大変肩身の狭い想いと……そして屈辱的な想いをさせてしまい、大変申し訳なく思う」
「へ? は、はい」
「王都を離れた後、貴女が発明したという魔法を組み合わせた道具の数々には日々驚き、感動させられていた。今や貴女の発明品は知らぬ者などいない程、国中で普及しておる」
確かに私が暇潰しに作った発明品の数々は商人の目に留まり、何度も業務提携を申し込まれた事がある。
おかげで気付かない内にお金が沢山私の懐に入っていた。
「また、チェスターの調査の成果によって、我が愚息ランドルフと子爵家の息女ジェイニーの愚行も明らかとなった」
私達の前では陛下の命によって跪かされ、みっともなく泣いているランドルフとジェイニーがいる。
「う、す、すまなかったぁ……っ! お前が父上と兄上に気に入られているなんてしらなくって」
「そんなにすごい人なら、敵に回る事なんてしませんでしたのに!」
迷惑ではあったけれど、結果として現状困っていないので二人に怒りや憎しみはない。まあ許される行いをしたかと言えば否なので返事はしない。
「して、カーラ殿」
すっかり顔を濡らしている二人を、陛下は冷たく睨む。
「貴女が望むのならば、二人の地位を剥奪し、我が国から追放する事だってできるが、いかがか?」
「「な……っ」」
「なるほど」
研究のために戻って来ただけなので、見返りを求めていた訳ではない。
しかし、婚約破棄後の研究の妨害などの虐めの経験を鑑みれば、二人と二度と接触しない環境を作っておくのは今後の私の研究生活の為にも喜ばしいことかもしれないと思った。
何でも、貰えるものは貰っておいた方がいい。
「では、お願いします」
「承知した」
「そ、そんなあっさり……っ!?」
「う、うそ、うそよぉぉぉっ!」
「誰か、国の宝を穢そうとしたこの極悪人共を連れて行け」
陛下の命により、ランドルフとジェイニーはそのまま謁見の間から連れ出されていった。
私が二人の姿を見たのはこれっきりである。
***
「……で、何故チェスター殿下が私の研究室に?」
「というか、君の研究室が私の家にあるんだよね」
その後。
確かに私は何でもそろっていると言っても過言ではない研究室をチェスター殿下から与えられていた。
……王宮の中に。
「いや、王族でもない私が得て良い待遇ではないでしょう」
「その点は父上からも了承済みだ。あと、君はこれから王族になるから問題ない」
「は?」
「ここへ来る前に、契約書にサインしただろう」
「ああ、はい。……ん? 待ってください、まさか」
「ここの研究室と引き換えに、私との婚約についても了承してくれるんだろう?」
大層ご満悦そうな顔でチェスター殿下が言う。
いや、全然初耳ですけどもね。
「…………なるほど、私はまんまと嵌められたと」
「いや、契約書をきちんと読まなかったのは君だろう」
「そういう性格だとわかっていたうえで用意したんでしょう」
一応文句は言うけれど。
何を言おうと、契約書をあまり読まず、サインをした私に落ち度があることは事実だ。
「それに」
チェスター殿下は私の手を掬い、その甲にそっと口づけを落とした。
「別に、嫌ではないんだろう?」
「…………はぁ」
私は否定が出来なかった。
だって……彼との婚約は、確かに嫌ではなかったのだ。
「これからもよろしく頼むよ。私の――未来の奥さん?」
どこまでも、彼の掌で踊らされていたらしい私は、その事に気付きながら長い溜息を吐いたのだった。




