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第4話 閃光のパセリ



 放課後の校門は、いつもより少しだけ静かだった。 


 俺は戸井美鶴先輩の後ろを歩いていた。クリス先輩が帰り際に耳打ちした言葉が、まだ耳に残っている。


「アズくん、戸井さんを家まで送り届けてあげて。彼女につきまとう3つの影に注意」


 夕暮れの道は人通りが少なく、街灯の光が長く影を伸ばしていた。先輩は相変わらずハイテンションで、オカルト話を続けている。


「ねえ環足くん! さっきの会議の結論だけど、絶対に塀国の自作自演だよ! だって月刊117の最新号で『誘拐は自作自演で監視口実』って特集されてたし!」


「先輩、声大きいです……」


「えへへ、ごめんごめん! でもディースリー3本キメてるから止まらないんだよね〜」


 先輩のポニーテールが跳ねる。俺は少し後ろを歩きながら、周囲を警戒していた。クリス先輩の言葉が頭に残っている。


 不意に路地裏から黒い影が3つ現れた。


 その姿を見た途端に俺の頭は一瞬で冷えた。


 3つの影、3人は黒い防護服のようなものに身を包んでいた。それは全身を覆うSCMスーツ——Super Conducting Magnet Suit。超電導磁力で身体能力を爆発的に強化する、塀国軍の最新装備だ。


 見た目は黒いフルフェイスのヘルメットに、関節部分が金属光沢を帯びたタイトなボディスーツ。表面に浮かぶ青白いラインが、電磁場を流している証拠。


 動きは人間離れしていて、蹴りの一撃で岩を抉るほどの出力。普通の人間なら骨が折れるレベルだ。


 スーツの内部には磁力で筋肉を補助する機構が入っていて、装着者は常人の数倍の速度と力が出せる。


 でも、弱点もある。電磁干渉に弱く、強力なパルスを浴びせると回路がショートして機能停止する——


 そんな知識が、なぜか俺の頭に浮かんでいた。


 ヤフィールチェックブックで調べたのか、それとも……もっと古い記憶の断片か。


「土井美鶴、あなたを塀国へ招待するわ。私と同じ待遇でね」


 その声には聞き覚えがあった。美鶴もすぐに気づいて反応する。


「え?アンタレスさん…ですよね?」


「先ほどはどうもね。あなたが色々と話してくれたおかげで、愛傍学園への編入なんてまどろっこしい潜入任務をしなくて済みそう」


「え?どういう意味?」


 アンタレスは土井美鶴をオラクルのデザイナーと誤認している。そしてその誤った認識のもと、彼女を誘拐、監禁しようとしている。


「土井美鶴、しばらくの間、あなたを塀国で保護させてもらうね」


 3人のスーツ兵が先輩に手を伸ばす。俺は咄嗟に前に出た。


「やめろ!」

俺は咄嗟に前に出たが、多勢に無勢だった。スーツ兵の一人が俺の腹に膝蹴りを入れ、もう一人が腕を捻り上げた。痛みが全身を走る。俺は地面に倒れ、息が詰まる。視界が揺れ、地面の冷たさが背中に染みてくる。


「アズくん!」


先輩の叫びが聞こえる。スーツ兵が先輩の腕を掴み、引きずり始める。


死ぬかもしれない——そんな恐怖が頭をよぎった瞬間、脳裏に走馬灯のように文字が浮かぶ。


PROZECT LONGINUS___プロゼクト・ロンギヌス


 ヤフィールに接続するときとはまるで別の感覚。何かのプログラムがアズの脳内に強制介入する。戸惑うしかないアズだったが、今度は口の中に苦みを感じる。蹴られた衝撃で胃液でも上がってきたのだろうか。いや、違う、これは。


「苦手なものは1つずつ克服していかないとね」


 顔を思い出せないが、懐かしい声が脳に再生される。思い浮かんだのは、目の前に置かれたパセリを食べる記憶だった。目の前に座る白衣を着た女性の優しい笑顔。その笑顔に、期待に応えたくて喉に絡みつく苦味を、必死に飲み込むあの日の感触。


 なぜ、今、この窮地においてこんなことを思い出すのだろう。理由はわからなかったが、アズの思いはただ一つ、土井美鶴を救いたいというその一心と覚悟だ。


 視界に新たな電子文字が浮かび上がる。


PULSE-RAY-READY?___パース・レイ、レディ?


 

 俺は昔、自然にそうしていたかのように、右手の腕時計に触れた。


 痺れるような感覚とともに指先に電磁の光の矢が凝縮する。青白い輝きが、アズの手を包む。アズは迷わずに美鶴を両サイドから強引に引っ張るスーツ兵に向かって投擲する。


パース・レイ 


それはまるで、超音速の光のダーツだった。


 空気が歪み、矢は空気を切り裂く音を立てて飛んだ。


 光の矢がスーツ兵を貫く。スーツが悲鳴のような電子音を上げて停止し、兵士は膝から崩れ落ちた。


「何だ、体が動かない、何が起きた!?」


 矢がSCMスーツの回路を焼き切り、運動サポート機能を一瞬で破壊。スーツの関節部分は硬直し、その場に倒れこんだのと感覚で理解できた。記憶を失う前のアズは過去にもこうやってSCMを着たスーツ兵に対峙したことがあったのだろうか。


「その男が何かしたんだ!取り押さえろ」


 少し離れた場所に立っていたアンタレスがアズを指差すと、残る1人が俺に飛びかかる。だが、俺の体はもう動いていた。無意識に、右手が再び光を呼び起こす。


 二本目の矢が兵士の胸を貫く。再びスーツが嘶くように断末魔を上げ、その場に倒れこんだ。


「何をされたの!?」


「分かりません。体に痛みは無いのですが、金縛りにでもあったかのように体が動きません。あっ、SCMコントロールパネルに16913、原因不明のエラーコードが出ています!!!」


 アンタレスが問うと、兵士は可能な限り冷静に返答したが、焦りは見え見えだった。


「参ったわ。さっきまでは問題なかったのに、通信機能も使えなくなってる。どういうことか説明してもらえるかな?」


 アンタレスが鋭い視線をアズに向ける。電波障害はアズにとっても予想外だった。敵の混乱に乗じて警察への通報とクリスへの連絡を試みたのだが、アズ自身も通信することができなかった。どうやらパースレイは強力な電磁波を発生させるようだ。


 アズはできるだけ小さなモーションで光の矢を手に取り、アンタレスに向かって投擲する。

 

 しかし、投擲した先にアンタレスの姿は無かった。


「消えた?!」


「キミがさっき私の仲間に対して何か投げつけるような動作をしたの、見えちゃったんだよねー」


 アンタレスはいつの間にかアズの背後に回り込んでいた。彼女の目が、獲物を狙う獣のように輝く。


「くっ」


 アズは至近距離からパース・レイをもう一投するが、これもまた躱されてしまう。アンタレスから手痛いパンチによる反撃も付いてきた。


「さっきから数発もらってるはずなのに結構頑丈だよね。ていうかSCMスーツの打撃を受けて骨折れてないの、おかしくない?」


「おかしいのは相手の骨折も厭わずに殴ってくる方ではないかと」


「それ、言えてる!あーもう!想定外の事態で予定時刻を超過しちゃってる!…もう面倒だから君も連れていくよ。まだ名前も知らないけど、あとでゆっくり聞かせてね」


 アンタレスが低く呟き、体が一瞬ブレた。いや、ブレたというより物凄いスピードで残像のように見えたのだ。流れるように拳が俺の腹に迫る。


 アンタレスは勝利を確信していたのか不敵な笑みを浮かべていた。その笑みを客観的に見られるほどにこの刹那を冷静に分析できている自分自身にアズは驚いていた。アズは迫ってくるアンタレスの腕の下から膝を突き上げ、拳の軌道を逸らす。


「えっ」


 アンタレスは驚愕するも、態勢を整えるために後退する。そのときの動きが少し、普通とは違っていた。


「そのステップみたいな動きは何ですか」


「…へえ、過脚が見えるんだ?君、何なの?ま、オラクルのデザイナーの護衛ともなれば只者ではないんだろうけどさ。…私の知らない勿来番士のメンバーなのかな?」


「俺は勿来番士でもなければ、オラクルのデザイナーの護衛でもないです」


「じゃあ邪魔しないでよね!」


 再び彼女の体が残像を残して消え、アズの前に現れる。


 だが、アズの体はすでに動いていた。見様見真似で、アンタレスのステップを模倣する。アズの視界は速く流れ、アンタレスの拳をギリギリで避け、そのままカウンターを入れる。


「なんで過脚が使えるの?!」


 アンタレスは焦りからか、彼女自身が過脚と呼んだそのステップが不完全なところで崩れた。一瞬、足がもつれ、隙が生まれる。


 アズはそれを逃さず、パースレイを放つ。光の矢がアンタレスの胸を貫き、彼女のSCMスーツが電子音を上げて機能停止する。アンタレスはその場に倒れ込むも、ニヤリと笑ってみせた。


「ふふ……やるわね、君。で、私たちをどうするの?」


「どうもしませんよ。ただ、追ってくるのならまた同じようにします」


 アズは息を切らしながら、美鶴先輩の手を取った。


「先輩、帰りましょう!」


「う、うん」


 アンタレス達から少し離れると電波が回復した。アズはまず、警察にアンタレス達のことを不審者として通報した。おそらく地位協定によってアンタレスが逮捕されることはないだろうが、事情聴取くらいはしてくれるだろう。


「ね、ねえ…環足くん?どこに向かっているの?」



「そんなの決まってます。俺が一番信頼している人のところですよ」


 アズが美鶴を連れて向かう先は、奏頼クリスの自宅だ。


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