第2話 オカルトFM、ナウオンエアー
「環足くん! 聞いて聞いて! 超ヤバい発見しちゃった!!」
放課後の食堂で、環足アズが一人でぼーっとスマホをいじっていると、突然後ろから爆弾のような声が降ってきた。
振り返る間もなく、2年の戸井美鶴が俺の隣にドカッと腰を下ろした。大きなお尻が椅子のクッションを深く沈ませ、体が少し触れ合うくらいの距離で座ってるのに、先輩は全く気づいていない様子。明るい茶色のポニーテールがぴょんと跳ね、大きな瞳が異様にキラキラ輝いている。いつも元気いっぱいだけど、今日はなんだか一段とハイだ。
「戸井先輩……」
「いいからいいから! これを見て! Falling Grace!件の預言のカードだよね。この世界にたった一枚しかないカードのイラスト、拡大すると背景の雲がDⅢリンク社の隠しロゴの形になってるの! しかもそのロゴの中心に目みたいなマークがあるってことは、アリスはDⅢリンク社の刺客で、天輪は彼らの新世界秩序の最終兵器で……」
先輩の言葉は止まらない。俺はただ頷くことしかできなかった。体が触れてるのも気づかず、スマホを俺の鼻先に突きつけてくる。
「でねでね、DⅢリンク社って関連企業がいっぱいあって全容が掴めなくて結局のところ正体不明で、子会社は飲料製造の事業もやってるなんていうけど、そんなのカモフラージュに決まってる!真の目的は人類全体の目覚め、だよね! ディースリー飲んだら第三の目が開いて洗脳されるって今月の月刊117に書いてあったし、缶底のバーコードを逆さにリーダーに読ませると『起動音ぐぽーん』って出てくるらしいんだよ……分かる?ピッ、じゃなくて、ぐぽーんなんだよ?つまり、これってつまり機械そのものにぐぽーんの音がそもそも内臓されてるわけで、つまりリンク社の影響というのは既に全世界にまで……」
周囲の視線が痛い。近くのテーブルで弁当食べてた男子たちがクスクス笑ってるのが聞こえた。俺は顔を伏せて耐えるしかなかった。
「戸井先輩、テンション高くないですか?」
俺が小声で言うと、先輩はニヤリと笑った。
「うん、ディースリー3本キメてきたからね。目が冴えちゃって! 昨日は全然寝てないの」
先輩はポケットから空のディースリー缶を取り出して見せびらかした。銀色の缶が照明を反射してキラリと光る。学園の自販機で普通に売ってるやつだ。
「それ飲むと魂吸われるって言ってませんでした?……それにさっきは洗脳とか何とか。怖くないんですか」
「それも117に書いてあったよね! でも元気出るし、頭冴えるし、最高じゃん!」
先輩は完全にハイだった。俺はもう、ついていくのがやっとだった。
「こんなのもあった。アリスのスラスターの噴射パターン、解析したらモールス信号が出てきて、『ポーラーACに従え』ってメッセージが隠されてるの! ポーラーACって絶対に極地の秘密結社で、つまりアリスは異次元から来た使者で、天輪は異次元の門で……。一生懸命話してたらのど渇いてきちゃった。環足くんも一本どうぞ」
先輩はバッグの中からディースリー6缶パックを取り出した。
「ボクも一本頂いても?」
突然、穏やかな声が割り込んだ。
奏頼クリスが、学園でたった1人のみ着用を許されている白いブレザーを翻して俺たちのテーブルに近づいてきた。銀髪が食堂の照明を浴びて、まるで光の輪のように見える。
「クリスさん!」
戸井先輩が飛び上がるように立ち上がった。周囲の視線が一瞬クリスに移ったが、すぐにまた俺たちに戻ってきた。痛い。
「ちょうどいいところに! クリスさんにもお話ししたかったんです!そして願わくばいつものように鋭い意見を……」
クリスは俺の隣に座り、静かに微笑んだ。
「ボクの意見なんて取るに足らないものだけれど……それでもよければ」
「やった!では早速なんですが」
戸井先輩の熱弁はさらに加速し、オラクルのカードの裏面に隠されたサブリミナルメッセージや、ランキング上位者の魂売却契約説まで飛び出してきた。クリスはディースリーの缶を受け取り、静かに一口飲むと、戸井先輩の話に耳を傾けているようだったが、その目は時折俺の方を向く。
談義は果てしなく続きそうだったが、突然、校内放送が鳴り響いた。
『生徒の呼び出しを申し上げます。一年二組環足アズ!……それから三年一組奏頼クリスさん、至急理事長室までお越しください』
生徒会長、花蔦桃果の声だった。
「環足くん、また会長を怒らせるようなことでもしたんですか?」
言われてみると確かに生徒会長はアズに対していつも当たりが強い。その理由が気になったアズは頭の中でブラウザを起動する。ヤフィールチェックブックのトップページへと意識を集中させる。
質問者:AZ【知り合いの女の子がことあるごとに自分に対して当たりが強いのはどうしてだと思いますか】
質問を投げると、即座に1つの回答を得た。
回答者:全知ゼウス【それはワウワウ効果だよ! ワウワウ効果とは、「好きな相手に対して言葉強くすると、その恋が実りやすくなる」現象のことさ。科学的根拠? もちろんあるよ。相手の大きな声でびっくりして心拍数が上がるとアドレナリンが過剰分泌されて、脳の前頭前野が一時的に抑制されるんだ。すると、その相手のことしか見えなくなる。オカルト的に言うと愛のエネルギーが「ワウワウ」って波動になって相手を刺激するってこと。次にその女の子に会ったら『俺も君のこと好きだよ』って言ってみ! ワウワウ効果が反転して、結果、普段抑えている感情がストレートに爆発するはず。相手の心は一瞬で溶けるよ。100%落ちるって!】
アズは呆然として画面を閉じた。……なんだこの回答。美鶴はアズの表情を見て、興味津々で尋ねてくる。
「どうしたの? なんか変な顔してるよ」
アズはヤフィールの回答をそのまま説明すると、美鶴は目を輝かせて手を叩いた。
「それだよ! ワウワウ効果すごい!桃果会長はきっと環足くんのことが気になってるんだよ! 環足くんもワウワウ 試してみなよ、絶対うまくいくって!」
美鶴の興奮した声に、アズは苦笑するしかなかった。クリスは終始、このやり取りを白い目で見ていた。
「そろそろ行こうか、アズくん」
クリスは静かに立ち上がり、俺に目配せした。
「秘密会議ですか?私も行きたかったなあ……」
戸井先輩が残念そうに肩を落としていたが、軽く手を振って食堂を出た。急な呼び出しの内容について思案を巡らせる。タイムリーな話題といえばやはり、アリスによる天輪への挑戦だ。だが、それが学校運営にどのように影響するというのだろう。心臓が少し速く鳴っていた。
「不安そうな顔をしているね。アズくん、アリスの行動を見てキミの中で何かが変わり始めているのかもしれないね。」
俺は言葉を失った。確かに、アリスの映像を何度も見返している自分に気づいていた。あの白い影が天輪に挑む姿に、胸の奥で疼くような感覚がある。知らないはずの名前なのに、なぜか「アリス」と口が動く。
クリス先輩は歩みを止めず、淡々と続けた。
「今はまだわからないかもしれない。でも、キミはまっすぐに進むこと。どんなに暗闇が深くても、どんなに道が曲がっていても——キミは、きっとその先を見つける」
その言葉は、まるで俺の心の奥底に直接語りかけるようだった。
意味深な沈黙が続き、俺はただ、クリス先輩の背中を見つめることしかできなかった。
理事長室に足を踏み入れた瞬間、部屋の空気が肌に刺さるように重くのしかかってきた。室内にいたのは田中影威理事長、校長の土岐紗織、生徒会長の花蔦桃果の三人。
田中理事長はデスクの向こうで眉を寄せ、土岐校長は窓辺に立ち外の曇天を睨み、花蔦桃果生徒会長は拳を握りしめて立ち尽くしていた。三人の視線が俺とクリスに集中し、息苦しさが一気に増した。
「まだ一般には公表されていませんが……SC&AL社——通称スキャンダル社のCEO、エスティア・エルクバルクが行方不明。誘拐された可能性が高いです」
理事長が低く咳払いし、モニターを指差した。映像が流れ始め、砂嵐のノイズが部屋を震わせるように響き、「ALLICE」の文字が冷たく浮かび上がる。合成音声が淡々と声明を読み上げた。
『先日、我々は天輪に敗北を喫した。しかし、それは巧妙に仕組まれた罠だったのだ。首謀者はくだらない預言で我々を翻弄したSC&AL社CEOエスティア・エルクバルク。今我々は彼の身柄を確保している。彼から得た情報によると特区ヴァネッツエスト内私立愛傍学園に彼の協力者がいることが判明した。その人物はオラクルカードゲームを通してふざけた預言や扇動を繰り返している。我々はその人物の隠れ蓑であり、また表の顔として所属している私立愛傍学園を敵対組織と見做し、我々の意味するところの恐怖を与えることにした』
テロ予告だ。
——アリスの敗北は罠、エスティアの誘拐、学園の協力者、オラクルの預言、そしてテロの脅威。言葉一つ一つが鉛のように重く、俺の胸を締めつけた。皆険しい顔をしていたが、クリスの微笑みだけが不気味に静かだった。
理事長が映像を何度か繰り返し再生したあとに一時停止させ、重い溜息をついた。
「この声明はアリスから塀国政府を経由して日本政府、最終的に愛傍学園へと送られてきたものです」
桃果が立ち上がり、クリスを指さして声を荒げた。
「クリス、あなたがアリスを焚きつけたのよ! 匿名のカードのデザイナーとして活動を黙認してきたけれども、学園が巻き込まれたのなら話は別。この責任、どう取るつもり?」
「それだよ」
「それって何?!」
「テロ予告の目的は不安とパニックを煽ることに他ならない。今のキミみたいにね。……理事長、このテロ予告とセットで、何か連絡はありませんでしたか。…例えば塀国部隊を護衛としてこの学園に送る、という提案あたりが妥当でしょうか」
「まさにその提案を受けました。丁重にお断りしたのですが、その後もずっと電話が鳴りっぱなしで」
理事長はクリスが発言するのを待っていたかのようだった。二人は顔を見合わせて笑った。
「断った?!何故ですか!理事長もクリスもまるで他人事みたいにニヤついて!」
「落ち着いて桃果さん。塀国人エスティアの誘拐。塀国経由で声明が届いたことは一見すると自然だけど……」
土岐校長が宥めながら口を挟んできた。
「声明から誘拐されたエスティア・エルクバルクが何らかの方法、おそらくはテロリストの尋問や拷問に屈して愛傍学園のことを話した可能性があるということがわかります」
桃果は「おおよそ間違いないかと」と頷くと、校長は続ける。
校長は静かに言葉を紡ぎ続ける。
「まず、声明までのタイムラインを振り返りましょう。エスティアが最後にSNSを更新したのは日本時間で本日13時13分。声明が塀国政府経由で日本政府に届いたのは同日14時48分。そして愛傍学園に転送されたのは15時03分。誘拐から声明発出までわずか1時間半です。仮にアリス勢力がエスティアを拉致し、尋問し、情報を引き出し、声明を合成音声で作成し、配信する——これだけの工程を、わずか1時間半で完遂するのは現実的に見て極めて困難です」
「そうだ。エスティアの誘拐を知ってから声明が出るまでが短すぎる」
理事長が小さく頷く。校長はさらに続ける。
「もう一つ。塀国はこれまでスキャンダル社にデザイナーの開示を求めてきたが、プライバシー保護を理由に拒否され続けていた。ですが、塀国政府は別ルートからもデザイナーの正体を探っていたはずです。この数か月、学園のローカルネットワークに不正なアクセスが複数回あったことを今この場にいる皆さんを含めた会議に議題としてあげさせていただきましたね」
桃果が息を呑む。
「……まさか、塀国が……」
「スキャンダル社の通信記録から学園のIPアドレスとのやり取りを知っていた塀国が、今回の事件を契機にエスティアを『保護』名目で囲い込み、アリス勢力の声明を偽装して学園に士官を送り込む——これなら全てのピースが綺麗にはまります」
「見事な推理だとは思います。ですが、すべて想像に過ぎません」
強気を崩さない桃果。
「推理とは想像の積み重ねです。なぜなら、事実の断片から未知を埋めるには、複数の仮説を想像し、それらを論理的に重ねて真実に近づくしかないからです」
校長の言葉は静かだが、重く、確信に満ちていた。部屋に沈黙が落ち、塀国の陰謀の影が濃厚に浮上した。桃果は未だに納得がいかない様子でクリスをにらみつけるが、言葉を失っていた。
「土岐校長の言う通りだった場合、クリスさんは塀国とアリス勢力の2つを同時に相手取ることになる」
理事長が深刻そうな表情で言った後、魔が通ったかのように全員沈黙した。
突然、空席だった理事長の椅子から声が上がった。
「壁に耳あり障子に目あり。そして椅子にはアンタレスあり、なんてね。うんうん、それもまたスパイ活!だね」
「いつからそこに?!」
桃果は驚きの声を上げた。
ゆっくりと立ち上がったのは、長い黒髪の少女だった。軍服を着ているのに、どこかアイドルめいた立ち姿で、ニヤリと笑うその顔は、甘さと危険を同時に湛えていた。




