第1.5話 ヤフィールチェックブックと脳内の空白
この学園に編入して3ヶ月。環足アズ(わたり あず)は記憶を失っている。名前すら本物かわからない。ヴァネッツエストの北東に位置する不可エリアの統免道路で倒れていたところを今通っている私立愛傍学園の田中理事長に助けられた、ということだけは事実だ。
あの雨の夜の記憶はなく、目が覚めたときには病院のベッドの上だった。眠っている間に様々な検査が行われたが、特に異常はなかったという。病院から連絡を受けた理事長がすぐに会いに来てくれた。
本当に良かった、と言われても、オレには助けられた記憶がなく、少し戸惑った。名前を聞かれ、何も思い出せず黙り込んだ。服の左袖に書かれていたAZという文字から、安直だがアズと名付けられた。理事長の娘、花蔦桃果は偽名を使っているらしいが、オレは本当の名前さえわからない。
過去の断片は、時折頭に浮かぶ言葉だけ。「この空を二人で分け合おう」——それが誰の声なのか、どんな情景なのか、思い出せない。まるで脳の奥に鍵をかけた箱があるみたいだ。不可エリアの統免道路でオレははじき出されたように倒れていたという。なぜそこにいたのか。誰が鍵をかけたのか。思い浮かべるだけで、頭がチカチカする。
それなのに、変な能力を持っている。インターネットに脳内で接続できる。端末なしで、意識を集中するだけでブラウザが開く。トップページはいつもヤフィールチェックブック——あの変な質問回答サイトだ。これで過去を探ろうとしたこともあったが、「記憶喪失の治し方」という質問への回答は「タイムマシンで過去に戻れ! 100%治るよ!」とか「頭を強く打てば思い出せると聞いたけど、試してみて!」とか、ろくでもないものばかりだった。実際に頭を打ってみて大いに失敗した。頭痛が酷くなっただけだ。
また、記憶喪失あるがゆえに、この脳内でウェブ検索できるという特別な能力が自分だけにしか使えないと理解するまでに時間がかかった。友人との会話が噛み合わず、出典として「ヤフィールにもそう書いてある」と言った際には笑われ、何度か赤っ恥をかいた。ヤフィールは便利だが、信用しすぎないこと。回答数の多さで知られる全知ゼウスなんてユーザーは、オカルトだの何だの、胡散臭い理論ばかり並べ立てる。
それでも、この能力のおかげで授業や日常生活を特に不自由なく送ることができている。奏頼クリス、学園一の秀才、才女の付き人として、彼女に必要な情報を集めたりするのに役立つ。でも、なぜこんな力が俺にあるのか……それも記憶の鍵なんだろうか。クリス先輩は何か知ってるみたいだけど、教えてはくれない。学園のトラブルに裁定を下す白曜の代表として、学園の秘密を握っている彼女の微笑みは、いつも意味深だ。




