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ミニスカ・アルゴリズム ~マナカの情報技術試験と幼馴染ハルの脆弱性~  作者: 滝川 海老郎


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第2章1 バレンタイン&高校入試

 二月十四日。バレンタインデー。

 塔山東中学三年二組は、ソワソワした雰囲気に包まれていた。

 バレンタインデーといえば、主に女子が男子にチョコレートを贈る日だ。

 俺、工藤マナカは教室内でノートパソコンを広げ、変な雰囲気の中、小説の続きを書いていた。


 まずトップバッターは意外にも遠藤ハルだった。

 ついものセーラー服にミニスカート姿が目に眩しい。

 四角い箱をもって立ち上がったハルを見て、女子たちはキャッキャと勝手に盛り上がる。


「はい、マナカ君、幼馴染チョコだよぉ」

「サンキュー」

「他に言う事は?」

「毎年ありがとう、ハル」

「それだけ? まあいいや、マナカ君いつもこうだもんね」

「お、おう」


 ちょっと不満顔のハルをなだめてチョコを受け取る。

 ハート型の手作りチョコだ。幼馴染チョコだと言っていたが、それは義理ではなく本命という意味だろうか。

 毎年貰っているとなんだか有り難みが薄れてしまってよろしくないな、などと罰当たりなことを考えてしまう。

 男子でも教室の隅でこの日が過ぎるのをただ耐え忍んでいるやつもいるのだ。

 俺はまだ恵まれていた。


 改めてハルのチョコを見る。

 ピンク色のリボンでラッピングされ、とても可愛らしい。

 ハルは照れ顔をして、頬が赤く、女の子らしい。

 それを見て、俺も心のセキュリティーホールを鷲掴みされたような気持ちになった。

 心臓はバクバクと鼓動し、不具合が多発する。

 こんなんではデバッグもおぼつかない。


 次に前に出てきたのは、友人に背中を押された佐藤アヤカだ。

 勉強ができる優等生だが、プログラミングはさすがに勝手が違うらしく、度々頭をひねっていた。

 その黒髪ロングを揺らして、俺に迫ってくる。


「工藤君、いつもパソコンの課題見てくれてありがとう。これはそのお礼チョコ。た、他意はないわ」

「そうか、サンキュー、佐藤さん」

「別にいいのよ、これくらいわね」


 顔を赤くした佐藤さんが走って教室から逃げるように去っていく。

 何なんだろうあれ。他意はないのではなかったのか。

 あれじゃまるで、本当は……。

 そんなことないよな、人前で恥ずかしかったのだろう。


 それからクラスメート女子の有志一同。連名で袋入りの小さな一口チョコを分けてプレゼントしていた。


「はい、工藤君。義理チョコ。貰えない人もいるんだから、ありがたくいただくように」

「はい! ありがたく」

「うむ、くるしゅうない、あはは」


 こういうノリがいいやつは嫌いではない。

 短いポニーテールと笑顔が可愛らしい。


 クラス男子全員からアンケートを取ってチョコの統計とか出したら面白いかもしれない。

 ゼロ個のやつが可哀想か、だよな。匿名なら、うむむむ。



 放課後、ハルと並んで家に帰る。

 二月の外はさすがに寒い。俺でも縮こまる。

 しかし心の中はチョコが貰えて、少し暖かかった。


「マナちゃん、他の子のチョコ、私が味見してあげようか」


 口を尖らせ、不満たっぷりの顔で言ってくる。

 嫉妬なのだろうか。


「義理しか貰ってないぞ」

「ちゃっかり、貰ってるじゃない」

「でも、その子の気持ちもあるからな」

「そうだよね、ごめん」


 俺は家に着いて、何個かあるチョコを見る。

 チョコの甘さから女の子たちの気持ちを噛みしめるのだった。



 塩凪工業高校、入学試験当日。

 寒さに震える中、試験会場に向かう。こんな日でもハルはもちろんスカートだがいつもより少し長めに調整されていた。

 髪型も普段と違いアップにしてあり、気合いが入っている。


「マナちゃん、テスト頑張ろうね!」

「おう、試験範囲はだいたい網羅したし、あとはやるだけだな」

「頼もしいじゃん」

「ハルと勉強……したからな」

「えへへー」


 午前中は筆記試験だ。

 数学は中学のものは簡単だ。図形問題が面倒なくらいだろうか。

 情報と数学はかぶる部分があるので、こういうのは得意だったりする。

 マイナスの扱い、一次関数、二次関数、比例、反比例。

 四角形の対角線の問題、何に使うか分からないが、覚えてしまえばいい。

 国語は得意ではないが、小説投稿サイトを読みあさった甲斐があって、読みは完璧だ。漢字の書き取りはやや不安だが、文章問題も大丈夫。

 小説投稿サイトを読むようになって読解力や文章を書く能力はかなり向上したと我ながら思う。

 それまでは日本語よりプログラミング言語のほうが得意だった。

 英語はプログラミングの都合、少しだが読み書きもできる。

 もちろん自動翻訳もあるのだが、専門用語の多い文章は誤訳や訳しちゃいけない単語などもあるので、原文の英文を読む機会も意外と多い。

 やってるうちに基礎くらいは身についた。

 コンピューター関連の英語と日常会話じゃ単語の範囲が全然違うのだが、知らないよりは役に立った。


 ハルも隣の席ではないが、同じ教室内で試験を受けていた。

 試験が終わると明るい笑顔を浮かべて近寄ってくる。


「どうだった?」

「私は余裕。舐めんなよ~」

「そりゃよかった。俺はぼちぼちだが、まあ、志望の情報科はなんとかなるだろ」

「情報科が一番倍率高くて偏差値も高いんだよ」

「知ってるけど、受けて立つさ」


 お昼のお弁当をはさみ、午後は面接となる。


「志望理由を聞かせてください」

「中学で初級ITテストに合格しました。プログラマに憧れがあって、情報科を希望します」

「他にアピールポイントはなんですか」

「簡単なホームページ制作を仕事で受けている実績もあります。大人の人と一緒に作業して、完成させる喜びはとても素晴らしいと思います」

「卒業後の進路は考えていますか」

「情報系の大学もしくは、地域の産業機械のプログラマとして活躍できたらいいと思っています。ソフトウェアの開発が希望です。特に知り合いがIT社長を目指すと言って憚らないので、自分は社長の右腕として活躍したいです」


 五十代の先生にまだ二十代の若い先生、もう一人中年太りの先生がいた。

 しっかり礼をして面接を終わる。


 さて、ハルはというと、これは聞いた話だ。


「遠藤ハルさんですね」

「はい」

「早速ですが志望理由を教えてください」

「私の夢はIT社長になって、お金をがっぽがっぽ稼ぐことです。お金はいくらあってもいいですからね。家は中流家庭で育ちましたが、贅沢もしてみたいです。それに、寄付や社会貢献にも興味がありまして、それをするにもお金は大事だと思います」

「アピールポイントはありますか」

「尊敬している人がいるんです、幼馴染なんですけど。その子の父親がシステムエンジニアだったんですけど、死んでしまって。それでみんなその父親を尊敬しているのが分かったんです。幼馴染も父の背中を見てプログラマを目指してて、私はそんな彼と一緒にプログラマ、システムエンジニアを目指したいと思っていて、なんでもできるんです彼。でもそんな風にいばったりしなくて、ほいほいっとやってしまう。特にプログラムはすいすい水の中を泳ぐみたいに簡単にやってしまう。そういうのを見て、一緒に頑張りたい、隣にいたいと思って、情報科に入りたいと思っています」

「彼がいるんですね、ありがとうございました」

「えっへへ」


 面接官は、憧れの人の話に苦笑いだったそう。

 女心はよく分からない、題してミニスカ・アルゴリズムなんちって。

 面接を無事に終わらせた俺たちは、外で合流しハイタッチを交わした。


「マナちゃん、どうだった?」

「まあ及第点かな。ハルのほうは?」

「私は完璧。しっかりアピールもしたし、絶対大丈夫だよ。ブイブイ」

「そっか」

「マナちゃんのぶんまで、祈っておいたよ」

「ほーん、サンキュー」

「へへん」


 神社での祈願の効果だろうか。神様仏様とはいうが、俺たちのことも見守ってくれているだろうか。

 それから親父……。

 合格発表までは、そわそわした日々を過ごした。

 併願の私立は地方都市ではたいてい滑り止め扱いだったりする。

 都市部では伝統の私立は偏差値も高く、公立のほうが荒れていて偏差値も低いそうだが、地方では違うのだ。

 まあ中にはお嬢様学校もないわけではないが、俺の行く場所ではない。



 そうこうしているうちに合格発表の日。

 昔は合格が張り出されて、受験番号を先生と現地まで見に行くらしかったが今は、ほとんどがネット発表になっている。

 発表が出る日、スマホで確認し自分の番号を探す。


「あった、合格だ!」


 隣のハルのほうを向くと、今まで見たことがないような満面の笑みで頷いた。


「マナちゃん、私も合格してた!」

「やったな」

「一緒に情報科、頑張ろうね!」


 ハルが抱き着いてくる。シャンプーの匂いだろうか、女の子の甘い香りがする。

 ハルの体は温かくて柔らかかった。

 心の中まで染み込んでくるような安心感が広がっていた。

 今まで緊張していたのだと、このとき気が付いた。

 不安感も一気に吹き飛び、幸福感があふれてくる。

 俺たちはやったのだ。


「よし、あれだ。合格祝い、お昼は枡屋のウナギ、どうだ?」

「やった、おごり?」

「ああ、この前の仕事で懐も温かい。やったぜ」

「あはは」


 商店街を二人で歩いて行く。

 あった、老舗のウナギ屋、枡屋政吉。


 ガラガラと引き戸を開け、中に入る。

 中には数組の客が、ウナギを笑顔で頬張っている。

 俺たちはカウンター席に並んで座り、メニューを見る。

 う、分かっていたけど、高いには高いが、出せない額ではない。


「うな重、並みでいいか?」

「うん、うれしい」


 ハルはうっきうきだった。

 椅子を並べて、一つのメニューをのぞき込んで、肩を寄せ合う。

 店員のおばさんに注文をして、お茶をすする。

 ちなみにわが県ではお茶と言えば、緑茶が主流だ。

 他県では、番茶やほうじ茶が出てくると知って、驚いたくらいだ。


「ふぅ、ウナギとか何年ぶりかな」

「確か、三回忌の時に食べたんじゃなかった?」

「そうだっけ、そうだそうだ」


 父親、アキトの三回忌は何年前だったかな。父親は小五の時に死んだ。

 二年後にやるのが三回忌なので、中一か。まだ真新しい学生服を着て参加した覚えがある。

 社長以下数名、親戚一同に加え、ハル一家とけっこうな人数が集まって、ここの二階席を全部予約して精進落としをしたんだった。


「「いただきます」」


 配膳されてきたうな重を前に、顔を見合わせ、一緒にいただきますをする。

 四角いお弁当箱のような重の蓋を開けると、中から茶色に焼けたウナギが出てくる。

 お箸で隅からそっとウナギを取り、下のご飯と一緒に口に運ぶ。


 白身魚のふわっとした口当たりに、ウナギのしょっぱい漬け込んだタレ、さらに焼いて香ばしい匂いが口の中で合わさる。

 とてもおいしゅうございます。


 二口、三口と食べて、セットのお吸い物をすする。

 お吸い物はシンプルなもので、口の中をリセットできる。

 三つ葉の風味もいい。


 再び美味しいウナギを掻き込んで食べる。

 隣を見ると、ハルも口をもぐもぐとリスみたいにして頑張って食べていた。

 かわいい。


「ふう、ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした、美味しかったです」

「はいよ、今日、公立の合格発表なんだっけ? 合格だったのかい?」

「はいっ」

「それは、おめでとうございます」

「ありがとうございます。えへへ」


 俺とハル、二人して照れる。

 店主とおかみさん、さらに常連客たちが拍手をして俺たちを祝ってくれた。


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