第11章 合格通知オールパス
合格発表までソワソワした日々が続く。
今年もブラックフライデーになり、あちこちでセールを見かける。
ネット通販もそうで、安売りのオンパレードでびっくりする。
そうは言っても、俺は去年と同じで特にほしいものはない。
いや、今年はGPUを買ってしまったので、さらに高いもの買うわけにはいかない。
GPUは今も値段がぐいぐい上がっていて、その上で生産数をサーバー用途のものに移行するので、一般ユーザー向けの数が減るとか報道されていて、ああ欲しい時に買っておいてよかったと思っていた。
メインメモリーの値段もバカみたいに上がったり下がったりすることがあるので、笑い事ではない。
組み込み系チップの生産が地震など複数の要因で減った関係で、あちこちで生産制限が続き、自動車のラインが止まるなど影響が出たこともある。
欲しいものはあるうちに買っておくに限る。
ただし、やみくもに何でも買ってたら、お金がなくなってしまう。
困ったものだ。
「マナちゃん、なに悩んでるの」
「えっと、何買おうかなって」
「またパソコン?」
「ううん? いや、秘密」
「え、マナちゃんが秘密なの? 怪しい」
「別にいいだろ」
「いいけど。いいもんいいもん。ミハルに聞く」
「それはやめてくれ」
「あー相談したんだ。私には秘密なのに」
「そういう問題では」
「そういう問題でしょ。文句あるの?」
「ありません」
「よろしい」
いやハルのクリスマスプレゼント相談してたんだよ。
去年はそれどころじゃなかったから、あげなかったじゃん。
何も言ってこないから、大丈夫かもしれないけどさ。
でもハルだって女の子だし、クリスマスプレゼントくらい欲しいと思うんだ。
ミハルにはごまかしておくように先に言っておこう。うん。
それにしてもハルって趣味なんだろう。何が好きなんだ。
ずっと一緒にいるのに実は細かいことはよく知らないんだよ。
ピンクのウサギのぬいぐるみが好きで大切にしていることは知っているが、同じようなのあげてもよろこぶとは思えないし。
かといって、本当に趣味があるんだかないんだか。困ったなぁ。
情報技術試験の合格発表日。
季節はそろそろ十二月。普通に寒い。
雪が降らない太平洋側だって、気温はずいぶんと下がる。
マイナス何度とかの世界を地元民は知らないので、これでも十分寒いんだ。
その気温での生活様式しかしていない点も大きい。
北海道までいくと冬は部屋の中はセントラルヒーティングで家丸ごと温かく、半袖らしいが、こちらでは家の中もそこそこ以上に寒くて、長袖に上着まで家の中で着たりする。
暖房もつけることもあれば、つけないこともあるくらい。
もちろん雪国の外で着る服装よりは薄着なのだろうけど、そういう世界なのだ。
俺たちはスマホの前にスタンバイしていた。
それが学校の日常の中にあるというのが、変な感じだが、今日はソワソワしている。
さて時間だ。合格発表である。
「よし、これで上級試験への道が……!」
俺は合格の文字を見て、ガッツポーズを思わず決める。
しかし次の瞬間、隣のハルに確認すると不合格らしい。
首を横に振るその顔がどことなく寂しい。
「おめでとう、マナちゃん! さすが私のヒーロー♡」
笑顔を向けて祝ってくれるが、その表情にはどこか陰りが見える。
そう思っていた次の瞬間、ハルの目から涙が一滴落ちる。
二滴、三滴と洪水をおこし、笑顔が崩壊していくではないか。
ガチ泣きを見せるハルに俺はどうすることもできなくて、そっと見つめるだけ。
「隣に立てない自分が悔しくて……試験落ちたより、マナちゃんに追いつけないのが……!」
「ハル……」
「うわあああんんんんんん」
ハルは試験に落ちたことではなく、俺と一緒に、横に立てないことを悔しがっていることだった。
俺とハルはいつも一緒に生きてきた。
このままだと一緒にいられないかもしれない。そういう不安があるのだろう。
でも大丈夫だぞハル。俺たちの高校生活はまだあと二年以上ある。
それに俺は別に情報の試験に落ちたくらいでハルを見捨てたりはしない。
いくらコンピューターバカでもな。
涙を浮かべるハルに、俺は胸を締め付けられる思いだった。
「まだ終わってないよ、ハル。次がある。俺だって上級試験で落ちるかもだ。一緒に頑張ろう」
「うん……」
そっとハルを抱き寄せ、ぎゅっと抱きしめる。
ここまでしっかり抱きしめたことは今までなかったと思う。
あの恐怖の観覧車でさえ、どちらかというとハルが一方的に抱き着いてくるだけだったのだ。
それを今はお互いがお互いをぎゅっときつく抱いていた。
体温が伝わってきて、温かくなってくる。
柔らかい体の感触がダイレクトに伝わってきて、それに背徳感を感じるほどだ。
今ここにハルという人物が実際にいるというのが、痛いほど理解できた。
普段は目や匂いだけでしか感じられないソレが、ゼロ距離で認識できる。
その人間ハルの存在を強く感じる。
俺とハルは見つめ合い、今度はきつく握手を交わす。
今度は戦友の目をしていた。
俺とハルは長年二人であらゆることと戦ってきた。
嫉妬の目だったり、学校の課題だったり、様々だけど。
二人で乗り越えてきた絆は思った以上に強いのだと再認識する。
ハルが立ち直ってくれて、本当に良かった。
「また頑張ろ、マナちゃん」
「ああ、絶対だぜ」
「うんっ、よろぴっぴ」
「ああ、『よろぴっぴ』な」
見つめ合う二人だったけど、横を見るとナカチュウたちがそっと俺たちを見守っていた。
またヘマはしないぞ、俺たちはな。学習したんだ。
バクバクいってる心臓をなだめて、ナカチュウに目を向ける。
なんだよ。生温かい視線で「全部俺たちは知ってるぞ」という顔だ。
ちょっとシャクだが、まあ俺たちが蒔いた種なので、さもありなん。
ここは勝者、合格者の俺が余裕を見せるときだ。
「どうしたナカチュウ」
「合格おめでとうマナカ。俺たちも落ちてたわ。次こそは本番だから。絶対合格する」
「おお、頼んだぜ」
「マナカ君だけ上級試験か。俺たちも追いつくように頑張るよ。次は俺がエンジン掛けるぜ!」
「トウマもよろしく」
「私だって、忘れないでよね。黒髪ロング、好きだもんね」
「今それは関係ないだろ、ミウ」
「あはは、いいのいいの、みんな、がんばりまっしょい」
「「「おおおお」」」
なんだよ、ただのいいやつらじゃないか。
俺たちはみんなで頑張る。
協調型ネットワークコンピューターのように、それぞれが目標に向けて仕事をこなす。
俺はさながら中央サーバーだろうか。
自分は受かったが、みんなは落ちた。でも次がある。
別に全員が落ちていたとしても、俺たちはまだまだやれる。
進化は始まったばかりなのだ。成長期の俺たちは自分の背が伸びるみたいに、ぐんぐん実力をつけていく。
「これが俺たちのログだな」
「うん、マナちゃん。一緒ならバグも直せるよ」
バックアップは大事だ。
そしてバグはソフトウェアに付きものなのだ。
デバッグして直していけばいい。さてバージョンアップを始めよう。
ある時はアジャイル開発のように、またある時は高速リリースサイクルで、俺たち自身を更新していく。
アジャイルというのは、小さなプロダクトから少しずつ改良を重ねて開発していくスタイル。
高速リリースサイクルというのは数か月とか一か月など正式リリースを大きな単位ではなく、細かく区切ってどんどんリリースしていく方式をいう。
可能な限り、常に最新版を使うのがセキュリティーの基本中の基本だ。
それができないなら、せめてパッチを当てる。
幼馴染の脆弱性と情報技術試験。俺たちの未来に乾杯。
家に帰った後、俺は一人でニヤニヤしていた。
「合格だったな」
パソコンを立ち上げ、何かをしようとするも興奮冷めやらぬで、手が付かない。
俺は自分がここまでうれしいと思っていなかった。
振り返ってみると、これを第一目標にしてきたので、その感動はなおさらだった。
次は上級試験だ。
ハルたちが落ちてしまったのは俺も残念だったが、どちらかというと合格するほうが奇跡に近いものだったので、これが普通という見方もできる。
高校入試試験などと違い、まだチャンスは何回もある。
一緒に頑張って行こうと思う。
俺は風呂を沸かして、一人で入る。
湯船につかっている時間は、とても心地いい。
この寒い日なんかは特にそうだ。
「あーあーあー」
適当に声を出してみたり、挙動不審だが、俺は今ハイなのを自覚していた。
試験合格の余波は思った以上で、これはヤバい。中毒になりそうだ。
まあ、そのうち元に戻るだろう。
俺はわくわくしたまま、この日を終えた。
『ミハル:ご主人様が情報技術試験に合格したんですか。おめでとうございます』
『ハル:そうなんだけど、私は落ちちゃって』
『ミハル:ハルさんは残念でしたね。また頑張りましょうね』
『ハル:うんミハルちゃんは応援してくれるんだね?』
『ミハル:もちろんですよ!』
『ハル:いい子だなー。マナちゃんなんて一人でガッツポーズしてたんだよ』
『ミハル:ご主人様らしですね』
『ハル:まあね、そういうところもマナちゃんらしいもんね』
『ミハル:ですです』
『ハル:ミハルちゃんは私とマナちゃん。対立したらどっちの味方になってくれる?』
『ミハル:それは難しい問題ですね! AIには公平性を保つ義務があるのです。えっへん』
『ハル:そうやって逃げるか。さすが』
『ミハル:それ以外の質問なら、なんでも受付しております』
『ハル:クリスマス、何着ていったらいいと思う?』
『ミハル:もちろんミニスカートです!』
『ハル:やっぱり!』
お、今日もやってるな。
ミハルも少しは成長しただろうか。
どうしてもメモリー制限があるから、なんでもかんでも記憶しておくわけにいかなくて、パーソナライズはまだまだ難しい段階にあるんだよね。
もう少し、調整してみるか。




