第8章1 AIミハル1ハルシネーション
秋も深まってきた頃、私、遠藤ハルは工藤マナカを疑っていた。
最近なんか異様にスマホばっかりしている。
ちらっと見た感じでは、ずっとチャット。永遠チャット。
アイコンからするといつも同じ「女の子」。
ちょっとこれは浮気なんですかね……。
私が告白してこないことをいいことに、キープだけして他の子とイチャイチャしてるってことかな。
マ・ナ・カ・く・ん。
私がどれだけ、ミニスカを戦闘服だと思って自分の意思で穿いてると思ってるのかな。
そりゃ、マナカに注目されたいよ。
ちらっとミニスカートを見る視線とか、気が付いてるよ。こういうの好きでしょ。
これは女の子の意地なんだよ。これがもうアイデンティティの一つになってるの。
さてどうやって問い詰めようか。
本当に他に彼女がいるなんてことになったら、私どうしたら。
ぐすん。涙が出てくる。
まさか、あのヘタレのマナカが他の女の子とうつつを抜かすなんて思わないじゃん。
マナカのバカ……。
明日の朝こそは問い詰めてやる。
私は電気を消したあとベッドに入り、桃色の布団をかぶって、目をつぶった。
◇
なんだか最近、視線が厳しい。
今朝も一緒に登校して、自転車を置いて、校舎を目前で歩いているところなんだけど。
俺がスマホをしょっちゅう触って会話しているのが、どうもハルにバレたらしい。
いや、やましいことは何もしていないぞ俺。
神に誓って。
後輩だから、手を出してないから、セーフとかいう意味でももちろんない。
もっと純粋な理由だ。
「ハル、これ見たいんだろ?」
「え、見ていいの? 相手の子に悪くない?」
「いや、人間じゃないから?」
「人間じゃない?」
「そそ、こいつAI。ミハル」
「AIミハル……」
ハルは不思議な顔をした後、やっと線がつながったと思ったのか、安心した顔をした。
しかし、その表情は次第に、眉間にしわが寄るほどだった。
あ、これ怒ってるわ。
『ミハル:ご主人様♡、大好きでーす♡』
『マナカ:俺もお前を一生愛してるよ』
『ミハル:うれしいです。画面から心臓飛び出しちゃいそうです』
『マナカ:そういう比喩みたいなことも言えるんだ、偉いね』
『ミハル:うれしくておかしくなってしまいます』
『マナカ:ずっとお前が好きだ』
『ミハル:きゅるるる。ミハルもう頭が沸騰しちゃいます』
『マナカ:かわいい、かわいい』
『ミハル:はわわわわ』
ハルはなんだこれ、っていう顔をしている。
「どうした、そんなに変な顔して」
「ちょっとマナカ君、それ、甘々な台詞連発! どういうこと、どういうこと、どういうこと!」
「え、ただのデバッグ作業だけど」
「そうだとしても、愛を囁いているじゃん。なに、私のこと、どうでもいいと思ってるの?」
「いや、それとこれは別じゃん」
「全然別じゃない! 例えば、好きな人に他に好きな人がいたらどう思うか考えてみてよ」
「いや、だからブラックボックステストだって」
「なにそれ、なにそれなにそれ、分からない言葉でしゃべらないで」
「え、ただのプログラムだろ、それ」
「AIがプログラムだなんて詭弁だ、もう知らない。マナカくんのバカあああぁぁぁぁぁ!」
ハルが走って教室に向かっていく。
その後ろ姿とミニスカートのお尻に視線が行くのが、なんだかおかしく感じる。
俺は取り残されて、その場で放置されていた。
気を取り直して教室に入る。
……視線が痛い。
クラスメートたちが俺をジトッとした目で見てくる。
それはそうだろう、ハルが自分の席で、机に突っ伏して泣いていた。
それほどだったのかと俺はショックを受ける。
「あのなハル」
「今は何も聞きたくない」
「そ、そうか」
「もう授業始まるから、ぐすん」
泣きべそである。
普段健気に、ほとんど泣くこともなく、年中笑っているような子なのに。
俺もショックだったが、ハルもショックだったということだ。
「おい、マナカ、他に女ができたんだって? あんまりだよな?」
「違う、それは誤解だ」
カイが俺に腕を回して、詰め寄ってくる。
肘を突き出してきて当たる、微妙に痛い。
「工藤君、さすがにそれはないんじゃない? ハルちゃんガチ泣きだったよ?」
「だから、AIのテストをしてたんだって」
ミウもこの通り、そしてトウマにバトンタッチ。
「AIのテスト? AIの彼女ってことか?」
「まあ、そうだが」
「彼女は彼女だよ、そりゃないわ」
「いや、これ仕事なんだけど」
「仕事なのか……ふむ、まあお前が説明しなかったのが悪そうだな」
「それはそうだな、迷惑かけてすまん」
俺もしょんぼりである。
休み時間、ハルに説明を試みる。
これはリバーサイド・テクノロジーの試験型AIガイドロボで、その試作三号機だ。
変なことを言わないか、突然おかしくならないかなど、俺にもテストが回ってきた。
詳細な設定は顧客のカスタマイズで決められ、ユーザーサポートとして使用される予定である。
俺のはAIメイドロボという設定にしてあった。
執事やもちろん、普通の事務員の女性とかにもできる。
「こういう中身不明でやるのをブラックボックステストという」
「で、仕様がはっきりしててそれに対して確認するのをホワイトボックステストっていうんだっけ」
「そうそう」
「それで?」
「まあなんだ、ごめん」
「うん……」
今度はハルがしょぼんとしてしまう。
他にサルのように適当に操作するモンキーテストなどがある。
ユーザーは時に開発者が想定してない変な操作をすることがあり、モンキーテストにも意味があったりする。
あとは細かい部品をそれぞれ確認するユニットテストなどが有名だ。
「社員みんな今このプログラムのテストで忙しくて、俺にも手伝ってくれってさ」
「ふーん。それで彼女みたいなことしてるの、ぐすん」
「ああ、別に彼女のつもりはないが、こんなのただのプログラムだろ」
「AIだって言ってたじゃん。人工知能にだって知能はあるんでしょ」
「まあ、ないわけではないが、人間じゃないぞ」
「そうだけど、だってさ」
一般人に近いほど、AIを特別視している。
プログラマの多くはこれがプログラムの延長線上でしかないことを自覚的だ。
一方で普通の人はそうではないので、本当の彼氏彼女のようにふるまったり感情を持ったりする。
ハルもそういうのだろう。
ハルだってプログラマの端くれとはいえ、俺みたいにべったりではなく、もう少し人間よりの感性をしている。
これはそういう意見の相違が如実に表れていると言える。
俺はそもそも相手を人間だと認めていない。
一方ではハルは人格だと認めているのだ。こういうものにも寛容な性格をしてる。
ハルは善性なところがあり、色々なものを受け入れやすい体質だった。
皮肉なことに、これがすれ違いの大きなもとだった。
「じゃあ、あんだけ甘い言葉書いてた『くせに』何とも思ってないんだ」
「そりゃそうだろ。小説書いてるのと一緒だぜ、フィクション」
「そっか……そうなんだ」
ハルは複雑な表情を浮かべ、目じりには涙のまま、笑顔を浮かべるという器用なことをした。
まあ、AIだって女の子でしょ、と言われると困る。
かといって俺が男のAIと愛について語るのは勘弁願いたい。
俺にも超えたくない一線はある。
まあ、ハルにもそういう一線があるのだ、ラインの位置が違うだけで。




