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久方ぶりに王宮本殿へと足を踏み入れる。
カティアを引き取ってから、最初の当城日だった。
ルナ離宮の静謐と比べれば、やはり王城は常にざわめきに満ちている。
だが私の足取りは迷わず、謁見の間へと向かっていた。
◇ ◇ ◇
「ユーリ。……正気か?」
開口一番にそう問いかけたのは、王太子――第二王子殿下だった。
傍らでは、第四王子である軍務統括の兄も重々しく腕を組んでいる。
「二人とも、随分と揃ってお迎えいただくな」
私は苦笑を浮かべ、肩を竦める。
「妃候補に、鉱石宮の王女を迎えるとは……相当な変わり者だな、おまえも」
「……いや。才を見出した、それだけだ」
私は淡々と応じた。
「妃など政治の道具だ。より上位の家門の娘を選ぶ道もあったはずだぞ?」
「それも理解はしている。だが、あの子には他に代え難い才がある。――埋もれさせては惜しい」
この手で救い上げなければ、やがて誰にも知られぬまま消えていく。
それだけは、私には耐えられなかった。
「……おまえらしいと言えば、おまえらしいな」
第四王子が重く呟いた。
◇ ◇ ◇
王族兄弟の問い質しが終われば、次は――
王城上層で待つ、上級妃たちの実家筋の貴族たちが押し寄せてくる。
「おや、ユーリ殿下。貴殿の選定はずいぶんと意外でございますな」
「妃殿下方の娘たちにも、まだまだ選択肢はございますぞ?」
「貴殿の補佐には、もっと血筋も立場も申し分のない令嬢が相応しいやもしれませぬ」
探りと牽制――宮廷においては日常茶飯事の盤外戦だ。
「ご配慮に感謝いたします」
私は微笑みを崩さず答えた。
「ですが、既に私の選択は揺らぎません。彼女は他に代え難い才を持っています」
◇ ◇ ◇
さらに後宮。
上級妃たちの謁見室では、優雅な笑みの裏に探りの視線が交錯する。
「まあ、ユーリ王子。鉱石宮の王女殿下とは、随分と新鮮ですわ」
「お若い殿下のようですけれど……まだまだ幼いのではなくて?」
「我が家の娘たちも、そろそろ年頃にございますのよ?」
売り込み。政略。牽制。
だが私は首を振らなかった。
「皆様のご厚意、感謝します」
「ですが、私はカティアを選びました。――あの子には、唯一無二の素質があります」
そこから一瞬の沈黙――
やがて妃たちの間に、別の空気が漂い始めた。
「まあまあ……殿下はお優しいお目をお持ちなのですわね」
「ふふ、お年の離れたお嬢様をお好みとは……」
……妙な含み笑い。
私はようやく気付く。
(……なるほど。そういう目で見られているのか)
――ロリコン疑惑である。
さすがの私も、わずかに眉を寄せたくなった。
「誤解は困りますよ、皆様」
「まあまあ。男は皆、嗜好がございますもの」
妃たちは波風を立てぬまま、含み笑いを深めて手を振った。
◇ ◇ ◇
当城を終え、ルナ離宮へ戻る馬車の中――
「……殿下。あれは誤解されても仕方ありません」
ノルベルトが苦笑混じりに呟く。
「わかっては、いる。わかってはいるのだが……」
私は額を押さえ、静かに溜息を吐いた。
(――あの子は、今救わねば埋もれてしまう)
まだ私は、カティアの柔らかな笑顔も、胸を打つような可愛げも知らない。
彼女の才覚と鋭い観察眼、その内に秘める孤独しか知らない。
だが――
この才を埋もれさせるには、あまりにも惜しすぎる。
私は静かに、心の内で盤を整え始めていた。




