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7

久方ぶりに王宮本殿へと足を踏み入れる。

カティアを引き取ってから、最初の当城日だった。


ルナ離宮の静謐と比べれば、やはり王城は常にざわめきに満ちている。

だが私の足取りは迷わず、謁見の間へと向かっていた。


◇ ◇ ◇


「ユーリ。……正気か?」


開口一番にそう問いかけたのは、王太子――第二王子殿下だった。

傍らでは、第四王子である軍務統括の兄も重々しく腕を組んでいる。


「二人とも、随分と揃ってお迎えいただくな」


私は苦笑を浮かべ、肩を竦める。


「妃候補に、鉱石宮の王女を迎えるとは……相当な変わり者だな、おまえも」


「……いや。才を見出した、それだけだ」


私は淡々と応じた。


「妃など政治の道具だ。より上位の家門の娘を選ぶ道もあったはずだぞ?」


「それも理解はしている。だが、あの子には他に代え難い才がある。――埋もれさせては惜しい」


この手で救い上げなければ、やがて誰にも知られぬまま消えていく。

それだけは、私には耐えられなかった。


「……おまえらしいと言えば、おまえらしいな」


第四王子が重く呟いた。


◇ ◇ ◇


王族兄弟の問い質しが終われば、次は――


王城上層で待つ、上級妃たちの実家筋の貴族たちが押し寄せてくる。


「おや、ユーリ殿下。貴殿の選定はずいぶんと意外でございますな」


「妃殿下方の娘たちにも、まだまだ選択肢はございますぞ?」


「貴殿の補佐には、もっと血筋も立場も申し分のない令嬢が相応しいやもしれませぬ」


探りと牽制――宮廷においては日常茶飯事の盤外戦だ。


「ご配慮に感謝いたします」


私は微笑みを崩さず答えた。


「ですが、既に私の選択は揺らぎません。彼女は他に代え難い才を持っています」


◇ ◇ ◇


さらに後宮。

上級妃たちの謁見室では、優雅な笑みの裏に探りの視線が交錯する。


「まあ、ユーリ王子。鉱石宮の王女殿下とは、随分と新鮮ですわ」


「お若い殿下のようですけれど……まだまだ幼いのではなくて?」


「我が家の娘たちも、そろそろ年頃にございますのよ?」


売り込み。政略。牽制。

だが私は首を振らなかった。


「皆様のご厚意、感謝します」


「ですが、私はカティアを選びました。――あの子には、唯一無二の素質があります」


そこから一瞬の沈黙――

やがて妃たちの間に、別の空気が漂い始めた。


「まあまあ……殿下はお優しいお目をお持ちなのですわね」


「ふふ、お年の離れたお嬢様をお好みとは……」


……妙な含み笑い。


私はようやく気付く。


(……なるほど。そういう目で見られているのか)


――ロリコン疑惑である。


さすがの私も、わずかに眉を寄せたくなった。


「誤解は困りますよ、皆様」


「まあまあ。男は皆、嗜好がございますもの」


妃たちは波風を立てぬまま、含み笑いを深めて手を振った。


◇ ◇ ◇


当城を終え、ルナ離宮へ戻る馬車の中――


「……殿下。あれは誤解されても仕方ありません」


ノルベルトが苦笑混じりに呟く。


「わかっては、いる。わかってはいるのだが……」


私は額を押さえ、静かに溜息を吐いた。


(――あの子は、今救わねば埋もれてしまう)


まだ私は、カティアの柔らかな笑顔も、胸を打つような可愛げも知らない。

彼女の才覚と鋭い観察眼、その内に秘める孤独しか知らない。


だが――

この才を埋もれさせるには、あまりにも惜しすぎる。


私は静かに、心の内で盤を整え始めていた。

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