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3

柔らかな朝の光がルナ離宮の回廊を照らしていた。

この静謐な離宮に、今日、新たな客人がやってくる。


私は執務室の大窓から、その光景を静かに見下ろしていた。

後宮からの護衛騎士に先導され、一台の馬車がゆっくりと門をくぐってくる。


「……さて、始まるな」


背後から控えていたノルベルトが、気配を読んで静かに応じる。


「第十一王女殿下、到着です」


私は頷き、執務室を出た。


◇ ◇ ◇


玄関ホールに進むと、そこには小柄な少女が立っていた。

亜麻色の柔らかな髪を丁寧に整え、やや緊張した面持ちで私を見上げるその姿。

それが、カティア・アゲート・アレストだった。


「ようこそ、カティア。ここが今日から君の住まいだ」


私が優しく微笑みかけると、カティアはすぐに礼を取った。

だが、彼女の仕草の奥には明らかな硬さがあった。


「お招きに感謝いたします、ユーリ殿下。……このたびは妃候補として、お声掛けを賜り、恐悦至極にございます」


その声に、どこか緊張と――警戒の色が混じる。


(ふむ……やはり緊張しているな)


私の意図は保護であり教育だが――

おそらく後宮側からは様々な噂を吹き込まれてきたのだろう。


私は、あえて柔らかな声を選ぶ。


「そんなに固くならなくていい。私は他の妹たちにもこうして接している。君だけ特別扱いするわけではないよ」


「……恐れ入ります」


カティアは丁寧に頭を下げたまま、目だけがほんの僅かに泳いでいた。


ノルベルトが後方で控えながら、苦笑を浮かべているのが視界の端に映る。


(殿下、もう少し距離感を…と言いたげだな)


私は構わず続けた。


「まずは今日から、生活環境を整えよう。専属の侍女も、教育係も、必要な書物や教材も全て用意させた。何か不自由があれば遠慮なく申し出てくれて構わない」


「……は、はい」


「部屋の準備もできている。移動の疲れもあるだろう、落ち着いたら改めて話そう」


私は軽く手を差し伸べる。

だがカティアは一瞬、微かに身を強張らせてから――ゆっくりと私の手を取った。


(ふむ……相当に警戒しているな)


当然だ。

優しさは裏返せば支配の序章――そう教え込まれて育ってきたのだろう。


だが、私は今は無理に打ち解けさせるつもりはなかった。

時間をかけて信頼は積み上げていけばいい。


廊下を歩きながら、私はふと思いつき、話題を振った。


「そういえば、君の年齢をきちんと確認していなかったな。君は今、いくつになる?」


「はい。十三にございます」


「……なるほど。思っていたより少しお姉さんだな」


私の言葉に、カティアは僅かにまぶたを伏せた。


「見た目が幼いことは、よく言われますので」


「ふふ、だが成長期とは面白いものでね。これから伸びる分もあるだろう」


「……は、はい」


再び慎重な答え。


後ろを歩くノルベルトが、またしても微妙に肩を揺らして苦笑していた。


(まったく…しばらくは彼女との距離感調整が必要だな)


そう思いながら、私はカティアをルナ離宮の新たな部屋へと案内していった。

小さくも確実に――物語は動き始めていた。

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