20
目が覚めたのは、柔らかな朝日が差し込む頃だった。
私はぼんやりと天井を見上げ――そして、隣に温もりを感じてゆっくりと顔を向けた。
そこには、静かに眠るカティアの姿があった。
薄く寝息を立てながら、穏やかな寝顔を晒している。昨夜、私の涙を静かに受け止め、最後まで傍にいてくれた彼女だ。
胸の奥が、柔らかな幸福感でいっぱいになる。
ああ……幸せだ。
思わずその細い肩を、そっと腕で包み込む。
カティアの柔らかな髪が頬に触れた。
(……こんなに、傍にいてくれるだけで安らぐなんて)
私は初めて知った。
人は、孤独でないと、こんなにも心が満たされるのかと。
――しかし。
ゆっくりと意識が冴えていくにつれ、私の理性がゆっくりと悲鳴を上げ始めた。
(……あ、あれ?)
今の状況を整理する。
・ルナ離宮の私室
・未婚の王女と同衾
・侍従も人払いした昨夜のまま
(ま、まずい……!)
私はガバリと体を起こし、そしてようやく冷や汗が滲み始めた。
(記録官が……!)
ルナ離宮には王家直属の記録官が常駐している。
王子の妃候補が私室に泊まったなど記録されれば――
(……お手付きと、報告されてしまう……!)
血の気が引いた。
「カティア!」
思わず声を上げて、まだ眠る彼女の肩を軽く揺さぶった。
「……ふぁ……お兄様?」
カティアはゆっくり目を開けた。寝起きの無防備な瞳が、今はやけに罪深く映る。
「カティア……! 昨夜、私の部屋に――一晩、いたのだぞ?」
「はい。お兄様が泣き疲れて眠られましたので、そのまま傍に」
「だ、だからって……! もしこれを外部に知られれば……君は、私の……っ」
声が震えた。
「……国外に嫁ぎたいのか? アルセリアに行きたいと君が思うのなら――今すぐ記録官を呼び止め、記録を抹消させないといけない。記録が残れば、君は私のお手付きとして扱われ、他の縁談はほとんど望めなくなる。……私のわがままで、君の未来を狭めることはしたくない」
必死に理性を繋ぎ止めるように、私は絞り出した。
カティアの瞳が揺れた。
驚きと戸惑いが、その奥底に浮かんでいる。
だがすぐに彼女は柔らかな微笑みを浮かべる。
「……もし、そう思っていたのなら」
彼女はそっと私の手を取る。昨夜のように、細く温かな指で。
「とっくにお部屋を出て、自室に戻っていましたよ?」
私は言葉を失った。
「……お兄様の傍にいるのが、今は私の居場所です」
その言葉を聞いた瞬間、私の胸にあった迷いが霧のように消え去った。
「……カティア」
私はゆっくりと深く息を吸い、そしてそのまま彼女の両手をしっかりと握り込んだ。
「君を――私の正式な妃として迎えたい。君と共に生きていきたい。……どうか、私の妻になってほしい」
言葉にした瞬間、私の声は震えながらも驚くほど澄んでいた。
カティアはわずかに目を見開き――そして、静かに微笑んだ。
「……はい。ユーリ」
その返事は、とても小さく、けれど確かに私の胸に届いた。
窓の外には春の光が差し込み、二人の新たな関係を祝福するように、柔らかな風が吹き込んでいた。




